裸足の女神

ACT5 夜のピアノとギター
週末。

人気のない静かな保育園。


当然、誰も居ない。


『あかね保育所』


看板の前に身長180近くある長身の男。


ギターを背に担ぎ、何故か立っている。



(なんで立ってんだよ。オレは)


あるいは病気の少女のため、あるいは


最近知り合った女のため・・・?


(女ってまだ何もねぇぞ!)


誰に言っているのか歩よ。


とにかく、夜の保育所に今、歩は来ている。


(あいつ、人を呼んでおいて遅刻かよ)


スニーカーを踏んで少しイライラしていると・・・。


〜♪


誰も居ないはずの保育所からピアノの音が・・・。


(・・・なんで・・・)



歩ははっきり言って、幽霊とかそういう類はどちらかというと
信じては居ないほうだ。


(気になるな・・・)


歩はゆっくりと保育所に入っていく・・・。暗がりにのグランドの鉄棒やブランコの遊具がうっすら見える。


ピアノは広い遊戯室から聞こえてくる。


長身の歩。膝を屈めてそっと窓越しに中を覗くと・・・。


(誰もいねぇ・・・)


大きなグランドピアノが見えるだけ・・・。


(・・・?ピアノの音が止まったぞ・・・)


中の様子をキョロキョロとうかがっている歩の背後に人影が・・・。


「ねえッ」



「うわああッ!???」



長身の歩、腰をぬかす。


振り向くとパンツルックのかごめが懐中電灯をもってたっていた。


「そんなに驚くことないでしょ。こっちがびっくりしたわよ」



「て、てめぇッ・・・!後ろからいきなりこえ掛けるなよ!」


「だって人の気配がしたから誰かと思ったのよ。でも歩でよかった。一人で怖かったから」



「・・・///」



”歩でよかった。一人で怖かった”


『歩』とかごめの優しい声で呼ばれ何だか体がこそばゆい。


まだ慣れないせいか・・・。



「へッ・・・。大体な、夜の保育所なんて場所に呼び出すか?普通・・・」


「だって。ここにしかピアノないのよ。私持ってないから。今さっき最後まで残っていた子、
お母さんのお迎えが来たの。ちょうどよかったわ」



「・・・ま、別にいいけどよ・・・。ともかく。始めようぜ」


「うん!私も早く曲、聴きたい!」


「・・・///(照)」


両手を合わせて、喜ぶかごめ。


可愛らしい仕草に一つ一つ反応していまう歩・・・。



(・・・完全にこいつのペースだな。こりゃ・・・)


だがそんな自分は案外嫌じゃない。


カラ・・・。


引き戸から遊戯室へ入る。


かごめは電気のスイッチをいれた。

天井の小さな照明だけつけられ、板張りの床の遊戯室の真ん中にでん!と
グランドピアノが置いてあった。


奥は園児達が踊ったりする小さなステージが。


「なんか。なんもかんもがちっちぇぇ・・・」


180センチの身長から見下ろせば、園児達が遊んで使っている積み木や象の滑り台は
小さく、まるで”ガリバー”になった気分だ。


「ふふ。歩は大きいものね。”ガリバー”みたい。フフフ・・・」


「笑うことねーだろ!」


気がついたら、歩はきりんの形をした椅子に座っていた。


「・・・だって。うふふふ・・・」


大男がきりんの首が背もたれの椅子に腰を下ろしている。


かなり滑稽な光景にかごめの笑いは止まらず。


「わ、笑うな(汗)わら・・・」



歩の脳裏に


かごめと初めて出会ったときの笑顔が浮かぶ・・・。


きらきらした川原に笑顔が映えて・・・。


見惚れてしまっていた。



「・・・?歩?どうかした?」


「わッ」


かごめが顔を近づけてきて思わずひいてしまう歩。


「?」


「な、な何でもねぇよ・・・(汗)と、ともかく始めるぞ!」



「うん!」


”かごめの笑顔に一瞬見とれて意識が飛んだ”


などと言えない歩。


テレ顔を必死に隠しながら歩はギターを取り出し、ピックを持った。


楽譜をかごめに見せる歩。



「”飛べなくていいよ”・・・。これ、タイトル?」


「ああ。ナンだよ。ナンか変か?」


「ううん。そんなことないけど。どうしてこのタイトルにしたの?」


「・・・。雀が・・・」


「雀が?」



「・・・いや、何でもねぇ。と、とにかく始めるぞ!」



”怪我した雀からイメージした”

なんだかこっぱずかしくて言えない歩。



かごめは楽譜を持ちながら歩のギターに静かに注目した・・・。



〜・・・。


メロディラインは三拍子。

子供が歌いやすいように歩が少し新に手を加えたのだ。



ポロン・・・。


歩のハスキーボイスが


高音部で柔らかい裏声に変化する。


とても優しい・・・。



たった二人の演奏会。




かごめは歌う歩の声にひたすらに耳を傾ける。




目を閉じて・・・。





歩のピックが弦を弾いて、そして静かに止まった・・・。


「・・・とまぁ・・・。こんな感じだ。どうだ・・・?」



「・・・」


かごめは俯き応えない。


「お、おい・・・。も、もしかして・・・変だったのか・・・?」

ちょっと焦りかごめの顔を覗き込む歩。


(・・・ぎょッ!!)


かごめはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。


「変なんてそんな・・・。とってもよかった・・・。飛べなくてもいいよ・・・
ってところがとくに・・・。ひっく・・・」


「そ、そんな、大げさな。泣くなよ(慌)」


「だって・・・。仕方ないでしょ。勝手にでてくるんだから。ぐすッ・・・」

かごめは目をこすりながら話す。


女の涙を前にして、歩、23歳。

クールな男と評判ですがかなり焦っています。


「・・・ちッ・・・。しょうがねぇな・・・。ホレ」


歩はポケットからブルーのハンカチを取り出し、ぶっきらぼうにかごめに
差し出した。


「・・・ありがとう」



「///い・・・。いいから早く泣き止めよ。なんかオレが泣かせちまったみてぇだろうが・・・」



「うん」


かごめは四つにきちんと折り曲げられたハンカチの角でそっと涙を拭った。


「泣き止んだか?」


「うん。もう大丈夫。ごめんね」


「謝ることはねぇよ。と、ともかくだ。とりあえず、曲はできた」


「じゃあ。私もピアノで合わせてみよ♪」


「お、おう・・・」



かごめの涙。


歩の心にしっかり染み込んだ。


今まで自分がつくった唄で涙する人間は初めてで・・・。


激しいロックで熱く興奮することはあっても・・・。



心の奥の弦が喜んでいる・・・。





かごめはピアノの前に座り、鍵盤に手を置いた。


「じゃあ、一小節目からいくね」


「お、おい。お前、楽譜みなくていーのかよ」


「大丈夫。もうメロディラインは頭に入ってるから」


「そうか」


「あ、それといい加減私の事、”お前”って呼ばないでね。かごめでいいから」


「・・・わ、わかったよ(照)か、か、か、かご・・・め」

自分の名前を舌をかみながら初めて呼ばれた。


かごめも嬉しそうだ。


「ふふッ。それでよし!じゃ、いくね!」


「お、おう・・・」



歩が持つピックが動き出す。


同時に



かごめの細く白い指が鍵盤を弾き始めた・・・。


かごめのピアノは歩のギターに寄り添うように
伴奏されていく。


初めてジョイントするのにぴったりリズム感も合って・・・。



(音感・・・いいんだな)



とても『一体感』を感じる・・・。




それに。


なんて・・・。



(なんでそんなに楽しそうなんだ・・・?)



初めて、オモチャのピアノを買ってもらった少女のように



体を揺らして喜んでいる・・・。



その嬉しさの振動が伝わってくる。


歩の大きな体も小刻みに横に揺れて・・・。





ピアノの旋律とギターの弦が響く音色は



まるで今宵の空の月と星。



それぞれの柔らかな光が重なって作られる空のように・・・。













ポロンッ・・・。








シの♯の音階でピアノは終わり・・・。


ピックも最後のコードを弾いた・・・。





「・・・フウ・・・」



「ハア・・・」



歩とかごめは同時に一息、つく。




「・・・。結構・・・様になってた・・・な・・・」



「うん・・・。なんか”ひとつ”になったみたいだったね・・・」



(・・・)



何故だか”ひとつになった”という響きに
ドキッとする歩。



(へ、へ、変な意味じゃねぇっての・・・ッ)





「きっとこの唄・・・。星羅ちゃん喜ぶと思う・・・」



「そうか・・・?」


「うん。絶対・・・。だって、聞いてると元気、出てくるもの。絶対・・・」


「・・・なら・・・。いいんだが・・・」


不安げな歩。


誰かのためにつくったのは初めてだから・・・。



「・・・!」


かごめはぎゅっと歩の両手を握った。



「大丈夫よ!きっと・・・ね!」




「・・・」




魔法だ。




かごめの言葉と笑顔は魔法だ。




どんなに枯れた花でもたちまち生き生き蘇らせるような。



そんな魔法にかかってしまった。



湯水のように湧いてくる。


何か。



わくわく、きらきらしたものが・・・。





「あ・・・。見て。空、雲が晴れて、星が見えてきたよ。歩」



窓を指差すかごめ。



「綺麗・・・」




月明かりがかごめの頬を照らす。



「ね、いい眺めだよ。歩。一緒に見ようよ」



「・・・。ああ・・・。わかった。かごめ」




星が綺麗な晩。



歩が初めて”かごめ”と呼んだ夜だった・・・。