裸足の女神

ACT6 ギターの音色と祈り
保育所での練習から三日後。

黒いギターケースを担いだ男が


小児病棟の廊下を歩く。


当然、そんな姿の歩は目立つ。


廊下を点滴をぶらさげて歩く子供。


まるで熊が来たような驚いた目で

歩を見上げる。




(・・・。オレは熊か)



『さくらルーム』



小児科の病棟にある子供達が遊んだり勉強したりする部屋。


ここでは幼稚園や保育所に通えない子供達が通う。


『院内保育』

をうけている部屋でもあり、部屋には積み木やブロックなど
小さな保育園のようだ。


「あ、かごめ先生だ!」


子供達はかごめに駆け寄ってきた。



「みんな、元気だった?」



「うん。みんなかごめ先生くるの、待ってたんだよ」



「嬉しいな。私も会いたかったよ。みんなに!」



子供達を腕の中で抱きしめながら言うかごめ・・・。


頬をすりよせ、かごめとのコミュニケーション



(・・・人気あんだな)



子供達がかごめを見つめる目。


かごめが子供達に注ぐ瞳・・・。


「」


子供達とかごめの関係の深さを歩は感じる・・・。



(・・・ん?)



歩の足元で少年がじっと見ている。



(・・・なんだよ。じっとみるな・・・)



歩は子供達と接するのはあまり機会がないせいか反応に戸惑う。



「ねぇ。お兄ちゃん。かごめ先生のコレか?」



少年は親指をたてた。



「なッ」



かなり少年は言動からませた少年らしい。



「割といい男だな。うん」




「おう。坊主。おめーな。初対面の人間に
そういう生意気な・・・ってあ””ー!」




ギターケースを子供達はいつのまにか強奪。



「こら、おめーたちそれはおもちゃじゃねぇ!」



しかし、既にとき遅し。ギターは子供達にあちこち
触られ、弦を弾いてオモチャにされている。


「すげーいいおと!な、これ、兄ちゃんどうやって弾くんだ?」


少年はきらきらした目で歩に聞く。



「あん?へっ。これはな、こう弾くんだ」



歩はためにしに子供達に人気の『マニモニ』の唄のフレーズを弾いて見せた。



「おー!!すげー!」



「へっ。まぁ、ざっとこんなもんだ」



「なぁじゃあ、『SMAP』弾いてくれよ!」


「おう。いくらでもいいぜ」



歩のギターが鳴ると自然に子供達が歩の周りを囲んだ・・・。



かごめもキーボードで参戦・・・。



自分の奏でる音で、子供達は体を楽しそうに揺らす・・・。


手拍子をとったり、


口ずさむ子も・・・。




”楽しい”




素直な感覚を全身で感じる歩・・・。




自分の音が子供達に伝わった喜びを・・・。




照れずに感じられる・・・。




『さくらルーム』はいつのまにか小さな演奏会場となっていた。



パチパチパチ・・・。



小さな手達が拍手喝さい。



「ふッ」




子供達のまえでかなり天狗の歩君。


しかし子供達は移り気。演奏が終わるとつぎの遊びを探し出し結局・・・。




「お馬さんはいよー!」



180センチの体は子供達3人を乗せた馬になっていた。



「乗り心地悪いな。もっと走れー!」



(・・・オレのキャラじゃねぇ。こんなの・・・(汗))



歩の『馬姿』が滑稽でかごめも一緒になって笑う。


「あ、こら、かごめ、お前まで笑うな!」



「だって・・・。ふふふ・・・」




そんな歩と子供達をかごめは嬉しく想う・・・。





子供達と遊んでいる歩を見つめるかごめ・・・。



かごめと歩はであってまだ間もない。



いや・・・。



本当は・・・かごめは・・・。




(歩・・・。変わらない・・・。その音色・・・。歩・・・)



何故か懐かしい視線を送るかごめ・・・。





「ねぇ。かごめ先生。星羅ちゃんね・・・。かごめ先生が今日来るよって
教えてあげたのにこなかったの・・・」



「そう・・・」


少女が心配そうにかごめに話す。



(・・・星羅・・・?星羅って・・・たしか)



その少女のためにじぶんは唄をつくったのだ。



「・・・。歩。星羅ちゃん、紹介するからついてきて・・・」



少しかごめの表情が深刻になった。



『桜ルーム』を出て廊下を歩く。



一番奥の病室。



病室の表札には『田中星羅』とかいてあった・・・。



「かごめ。なんか神妙な顔してるな・・・」



「うん・・・。前にも話したけど星羅ちゃんは心臓が悪くて・・・。さくらルームに
まで来て遊べる子はまだ元気な子たちで・・・。小児病棟にはさくらルームで遊べない子もいて・・・」



さっき、さくらルームでは本当に病気なのだろうかと
思うくらいに子供達は元気に見えた。

けれど・・・。


カラカラ・・・。


重たそうな大きな点滴をぶらさげ、少し苦しそうに歩く少年・・・。


(・・・)



ちいさな体の中でそれぞれ、病気を抱えていることを
歩は実感した・・・。







ガラ・・・。





部屋の中に入るとそこは4人部屋。


3つのベットは空で子供達は桜ルームで遊んでいるようだ。


しかし

4つのベットが並び、右奥のベットのカーテンが重く閉められている・・・。



「星羅ちゃん。こんにちは」



「・・・」



ベットには星の形のキャラクターのぬいぐるみを
持って眠る少女が一人・・・。


三つ編みの少女。少し顔色が悪い・・・。



「・・・かごめ先生・・・」



声もどこか弱弱しい。



「星羅ちゃん。ほら。この人なの・・・。星羅ちゃんのために歌をつくって
くれた・・・」



少女はかごめに背を向け、拒絶した。



「・・・星羅ちゃん・・・」



「歌なんていらないっていったでしょ・・・」



かごめの話では難しい手術を目の前にして元気がない・・・と聞いていたが
元気がないというよりどこか投げやりな気持ち・・・。



「ごめんね・・・。一方的に私の気持ち押し付けて。でもとってもいいうたなの。
一度でいいから聞いてみて」



「・・・うるさいな!出て行ってよ!どうせ、私なんて手術したって
治らないんだから!出て行ってよ!」


かごめに星のぬいぐるみを投げつける少女・・・。


歩はぬいぐるみを拾い、少女の枕の横にすとん・・・と置いた。



「おう。顔色悪いにしちゃ元気じゃねぇか」



「・・・」




「・・・。聞きたくねぇならそれでもいい。だがオレはここで
弾くぞ」


ギターケースからギターを取り出す歩。


しかし少女は耳を両手で塞ぐ。



「お前が元気になるかわからねぇけど・・・。
お前のためにつくった歌だ。だからオレは弾く・・・」



「・・・」



見知らぬ少女のためになんて最初は、できやしないと思った。

けれど、今、心の門を閉ざした少女を目の前にして・・・。



自分の歌が届いて欲しいと歩は思った。



自分の歌にそれほどの何かがあるか分からないけれど・・・。




・・・ポロン・・・。



ギターを弾き始めた。






タイトル『飛べなくていいよ』



歌詞はこんな感じ・・・。




『飛べなくていいよ』


僕の羽、片方がちぎれてなくなった


大きな空をとびたかったのに


青い青い空を飛びたかったのに


”飛べないやつは鳥じゃない”


友達だったのに


みんな僕から離れていった


羽がないから 飛べないから


みんな僕を嫌ってしまった


どうしよう   どうしよう


どこへ行ったらいいんだろう



一人になっちゃった 


さみしくて さみしくて


いっぱい泣いた。


声がかれるまで泣いた


どうしよう  さみしい


どうしよう くるしい


そしたね、僕の足元に咲いていたピンクの花が

言ったんだ 



「飛べなくてもいいんだよ。キミハひとりじゃない」


言ったんだ。



言ってくれたんだ。



上ばかり見ていた僕 


足元にこんなに近くに友達がいた。


小さいけどあったかいともだちが・・・



「キミハヒトリジャナイ」


そう。僕は一人じゃない。


羽はないけど、僕はひとりじゃない。


羽はないけど、僕は飛べる。



大地にどっしりと足をつけ、僕は飛ぶ


小さな友がいるこの大地を


僕の心の青空を・・・












少女は両耳を塞いでいるけれど・・・。


指の間から聞こえてくる・・・。



少女は歩の方に体を振り向いて


静かに歌をきいた・・・。






ポロン・・・。



演奏が終わり、ピックがギターから離れた。


「・・・こんな大男がなんちゅうかにあわねー歌かもしれんけど・・・」


歩は少し照れながら言った。




「・・・ねぇ・・・。歌の中の鳥は・・・その後どうなったの・・・」




「・・・。生きたさ。片方の羽根がないけど、飛べないけど・・・。地上でダチ
いっぱいつくってうまいモンたらふく食ったんだよ」



「・・・。美味いもんってなあに?」



「そうだなぁ。林檎、蜜柑。あ、大黒屋のラーメンでもいいか」



「ふふッ・・・。鳥はラーメン食べないよ。変なの」



「わ・・・笑うんじゃねぇよ。真面目に答えてんのに・・・」



照れる歩に少女はやっぱり笑った。


「変なおにいちゃん・・・。でもハンサムだね」



「けっ・・・(照)」


少女相手に頬を染める23歳、稲葉 歩。


(照れてどうする。オレって奴は。もっと気の効いた言葉ねぇのか。
ガキんちょを元気付ける・・・)


腕組みをして考え込む歩の姿はまるで
本当に熊の様。





「ふふ・・・かごめ先生。面白いおにいちゃんだね・・・」




「・・・。そうなの。すっごく面白いのよ」



「かごめ先生の彼氏?」



「えッ」



二人はお互い顔を見合った。




「じょ、冗談。オレはかごめに歌作れっていわれただけだ」


「そ、そ、そうよッ。私は歌つくって頼んだだけ。
彼氏にするならもっとキムタクみたいのがいいわ」


(・・・ズッキン)


かごめの言葉に歩君はちょっぴり傷ついたみたいだ。



「・・・手術すればね・・・。私の命は延びるけど・・・。
それだってどのくらいか数年かもしれないし一年かもしれない。なら痛い思い
なんてしたくないって思うの・・・。どうして私だけ・・・!
どうして私だけ・・・!」



少女は遠い目で窓の外を見つめる。



小さな両手で顔を覆って





なんて現実だろう。



その事実を耳にしただけでも衝撃なのに
この小さな体と心には一体どれだけの

不安と



恐怖が重く



のしかかっているか・・・。




歩は必死に言葉を探した。



少女への言葉を。



だけど見つからない。




見つからない・・・。



その時何故かあの雀のことが浮かんだ。







「・・・。オレんちに迷い込んだ雀がいるんだ」



「雀?」



「ああ・・・。怪我してて・・・。羽根がおれちまってた。
多分もうとべねぇかもしれねぇ」



「・・・」





「だけど、生きてるんだ。一日中チュンチュンうるせーんだけど、
餌くれって鳴きやがる・・・」




チュンチュン・・・。


窓の外にも数羽の雀が飛ぶ。




「ちっちぇえ体だからいつ動かなくなるかわからねぇけど
アイツはまだ諦めてねぇ」




「・・・だから?」




「だ、だからだな。あのその・・・」




雀を例えに必死に少女を励まそうとしているのだが旨く言葉が
つながらず焦る歩。



「ぷッ・・・」





「な、何だよ。笑うなっての!」




「だって・・・。お兄ちゃんの励ましって超似合ってない・・・ふふ」




「う、うるせぇな!!と、とにかくだ、元気になれ!一年後でも二年後でも
五年後でも唄の続きつくってやっから生きて元気になれ!!」




大きな腕は、小さな少女を抱き上げた。


「わぁ高い・・・」



「へっ。元気になったらどこでもつれてってやる。”馬”よりはいいからな。どこがいい」




「・・・。屋上。屋上でもう一回さっきの唄弾いて」





「・・・おうよ。いくらでも弾いてやる・・・」






「約束だよ・・・」





「ああ・・・」





歩の首に回された両手がぎゅっとTシャツを掴んだ。



恐怖に耐えているように・・・。






「お兄ちゃん・・・怖い・・・。怖いよ・・・。
痛いのやだよ・・・う」








「絶対に大丈夫だ!絶対に絶対に絶対に手術は
成功する!!!絶対だ・・・っ」






”絶対”


自分には保障はできないけれど、


その言葉を何度も言いたい。






歩も震える少女の体を励ましの気持ちを込め

いつまでも抱いた・・・。







かごめはその二人を側で涙をためて


ひたすら祈った・・・。






”神様。お願い・・・。この子を助けて・・・”
























病院の帰り道。



銀杏並木を歩く二人・・・。


空気が重い。


星羅の手術のことを考えると・・・。



「きゃははは・・・。すっごい銀杏が綺麗!」


星羅と同じぐらいの少女と母親が
黄色く染まって地面に落ちている銀杏を
しゃがんで拾っている。


「きれいだね。ママ」



「そうね」


少女は嬉しそうに銀杏の葉をビニールに入れ、拾う。



楽しそうに・・・




「・・・。子供が陽の光を浴びて元気に外で遊ぶ・・・。そんな当たり前で子供にとって
とても必要な時間が病院の子たちにはないのよね・・・」



「そうだな・・・」



「でもね。私思うの。小児病棟の子達は確かに
辛い現実を小さな体で闘ってる・・・。でもその分、
人の痛みや悲しみを誰より分かるこころを持ってるって・・・」



かごめの言うとおり。



見た目にも顔が痩せ、薬の副作用で毛がぬけている子供もいた。


だが桜ルームにいた子供達は
初めてたずねた大きな男の自分もすぐ受け入れ、笑い、
そして曲を聴いてくれた。



「さくらルームにいたガキンチョ達に・・・。オレのほうが
なんか・・・パワーもらった気がする・・・」




「歩・・・」



「自分が作りたい曲がわからとかちっちぇえことで
塞ぎこんでた自分が情けねぇな・・・」







歩は銀杏の葉をしゃがんでにこにこしながら拾う少女を見つめる。





「・・・。かごめ。大丈夫だ。星羅はきっと助かる・・・!
オレは信じてる・・・」








かごめはぎゅっと歩のシャツをの袖口を掴んだ・・・。




「うん・・・。きっと・・・。星羅ちゃん大丈夫よ・・・。あの子みたいに・・・

陽の光の下で笑えるようになる・・・。きっと・・・」












そして、一週間後・・・。



手術室の赤いランプがつく。



心配そうにランプを見つめる星羅の両親と
そして


(星羅ちゃん・・・)



かごめ・・・。








星羅の闘いが始まった。





























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