チッチッチ・・・。BARの時計をチラチラ視線を送る歩。 (確か。手術終わるのは9時っていってたな・・・。ならもうそろそろだ・・・) グラスを拭きながら落ち着かない歩・・・。 「歩。どうした?」 「え・・・」 「この間ここに来た女のことでも考えてんのか?」 「い、いや・・・。知り合いが今・・・手術受けてて。難しい手術 なんだ・・・」 グラスを拭く歩の手が止まる。 「・・・なんか”訳あり”らしいな・・・。しかしお前は 本当に優しい奴だな。オレが女なら即惚れてるぞ」 「・・・ま、松さんッ」 「アハハ。いや・・・。笑い事っちゃねぇよな。人の”命”が関わってんだから・・・」 「・・・」 そう。 命が・・・今、この一秒を闘っている・・・。 あの小さな体と心が・・・。 「行ってこいや」 「えッ?」 「気になるんだろ?病院・・・」 松本はグラスとフキンを歩から取り上げた。 「でも・・・」 「へッ。いいからいいから。さ、行った行った・・・」 松本は全てお見通し。松本に勧められなくても今晩は早退させてもらう つもりだった歩。 「松さん・・・。すんませんッ!」 歩はタキシードのまま、店を飛び出していった・・・。 「ふッ・・・。アイツらしいな・・・」 『夜間外来』 病院の裏口をものすごい勢いでボーイ姿の男が 受付を駆け抜ける。 「なんだ?今の・・・」 (手術室・・・。7階か!) 病院案内の看板をみて手術室に向かう。 階段をかけあがる。 ナースセンターを黒と白の物体が横切る。 看護婦は首をかしげた。 「な、何今の・・・」 『手術中』 赤いランプのドアの前。 かごめと星羅の両親が長いすにじっと座っていた。 「歩・・・。きてくれたの・・・」 「・・・どうなんだ。様子は・・・」 「うん・・・。思ったよりも時間がかかってるみたい・・・」 かごめも両親も手術の行く末が芳しくないせいか表情が重い。 ”手術がうまくいったら屋上でもう一度あの曲を弾いて・・・” (そう約束したじゃねぇか。ふんばれ・・・!) 歩はそう思って手術中のランプを見上げた。 「あ!」 パッと手術のランプが消えた。 歩達は息を呑んで手術室のドアに注目。 ギィ・・・。 緑色の手術服を来た医師と看護婦が出てきた・・・。 「あ、あの先生・・・」 「・・・。ふう。お母さん。星羅ちゃんは頑張り屋さん ですね!手術は無事成功しましたよ・・・!」 医師の微笑みに少女の両親はハァ・・・っと安堵の息を同時についた・・・。 「しかしまだ第一歩を踏み出したばかりですあとは星羅ちゃんの強い意志が必要になります。 一緒に頑張りましょう!」 「・・・はい!」 医師と両親は固い握手を交わした・・・。 「よかった・・・。本当によかった・・・!」 目に涙をこんもり溜めるかごめ・・・。 (・・・) 「ん」 「え?」 歩は水色のスカーフをかごめに差し出す。 「・・・拭くモンいるだろ。だから。ホレ」 「・・・ありがとう・・・」 「・・・(照)」 かごめの涙を見ているのは・・・何だか。 でもこういう嬉しい涙は悪くない・・・。 手術が終わり、少女が目覚めるのは明日の朝。 歩とかごめはまた明日、改めて見舞いに来る事にして 病院をあとにした・・・。 帰り道。電灯が白々と灯る。 既に時計の針は10時をまわっている。 二人は住宅街の坂道を静かに歩く・・・。 「ごめんね。わざわざ送ってもらって」 「い・・・いや。ま、お、お前の一応女だし・・・」 「一応って何よ。ふふ。でも歩ったらお店、飛び出してきたの?」 「な、なんでわかるんだ!?」 歩君、ボーイ姿です。 白のワイシャツに黒のベスト。 「結構そそっかしいんだね。ふふ・・・」 「う、うるせぇ///」 ぷいっと照れを隠す。 「でも嬉しかった・・・。きてくれるなんて・・・」 「あのガキんちょは今日・・・。ちっちぇえからだで 踏ん張ってやがると思うとな・・・」 「うふふ。素直に気になったって言えばいいのに」 「るっせえ!お、男をからかうな(照)」 歩の背中が思い切り、照れている。 (・・・歩) 広い背中がとても可愛らしくて・・・。 それからまぶしかった・・・。 「な、何じろじろ見てやがる」 「えっ・・・。な、何でもないわよ」 「・・・変な奴」 歩の背中に見惚れていたなんて・・・。 いえない・・・。 そうこうしているうちに・・・。 かごめのマンションについた。 小さな白い2階建てのマンション。 屋根はピンク色で女性が好みそうな可愛らしい雰囲気だ。 「んじゃ。オレはお役御免だな。じゃ・・・」 「あ、待って」 「ナンだよ」 「・・・」 かごめは少しもじもじっとした。 「コーヒーでも飲んでいかない・・・?」 「えッ・・・(汗)」 歩、突然のお誘いにドッキンと心臓が波打つ。 (お、オレはもしや今、誘われてんのか!?) 「あ、や、やだ勘違いしないでよ。ほら、色々お世話になったし、 コーヒー飲んだら帰ってもらうんだから。星羅ちゃんのこととかも 話したいし。ご、誤解しないでよ」 「・・・あ、あったりめぇだ!誰が」 思いっきりドキドキしてます、歩君の心臓。 「お、おめぇの申し出はわかったが。そのなんだ。やっぱり こんな夜遅くに男が若い女の部屋に・・・つーのはじょーしきてき上やべというか・・・」 「ふふ。わかってるわよ。私、人は見る目あるつもり。 歩そんな度胸ないって」 「なッなんだと!?よーし!飲んでいってやるぜ!一杯だけな!」 稲葉歩、男の意地(?)のため、かごめの部屋でコーヒーを飲む固い決意をする。 ガチャ。 「入って。ちょっと散らかってるけど」 玄関の電気のスイッチを入れる。 歩は恐る恐る忍び足のように部屋に入った・・・。 玄関から入るとすぐに横はキッチン。 台所の奥にフローリングのリビングがありピンクのソファアが 置いてあった。 身長180の歩は天井に頭がつきそうだ。 「今、コーヒー淹れるからそこに座ってて」 座っていろといわれても。 どこに座ったらいいかわからない歩。 とりあえず、ドスンと腰掛ける。 (・・・!!) 歩が腰を下ろしたのはベット。 すぐ立ち上がり、じゅうたんに鎮座した。 (お、オレは何してんだ・・・(汗)) 「おまちどおさま。インスタントだけど・・・」 お盆にブルーのマグカップ2つ。 白い湯気とコーヒーの落ち着く香りが・・・。 「ふう。でも本当によかったね。星羅ちゃんの手術うまくいって・・・」 「ああ。そうだな・・・」 「これからまだ大変だけど・・・。きっとよくなるわよ!」 「ああ・・・。そうだな」 オウム返しの歩。緊張しているのが丸分かりだ。 「ふふ。やっぱり歩、緊張してるんだ〜」 「・・・んなことあるか!!けッ・・・」 かごめの追求にたじたじの歩。 完全に歩君のまけです。 「ふふ・・・。でも・・・明日、星羅ちゃんに会いに行こうね」 「ああ。約束したからな・・・」 ”屋上であの唄を” いくらでも弾いてやるつもりだ。 自分の曲を聞きたがってる人がいる、それがこんなに嬉しいなんて。 心がふわふわする・・・。 「歩の歌って・・・。本当に人の心の奥、ずっとずっと奥に響くのね・・・」 「お、大げさな」 「大げさなんかじゃないわよ!私は前から知って・・・」 かごめは突然そこで言葉を止めた。 「前から・・・?前からってお前、そんな前から店にきてたのか?」 「・・・い、いや同僚が歩の歌がいいって、そう話聞いてただけよ。そう。そうなのよ」 かなり動揺しているかごめ・・・。 何か隠しているのか・・・? 「あのね・・・。歩。実は・・・」 ピンポーン。 インターホン。 「ちょ、ちょっと待ってて」 何かを言いかけたかごめ。あわてて玄関にむかった。 管理人らしい。 (一体何なんだ・・・。ま、いいけど・・・) 「ふあ・・・」 かごめの部屋・・・。 なんだか暖房もいれていないのにあったかい・・・。 部屋の景色が ぼんやりぼやけてくる・・・。 瞼が重くなり・・・。 「ごめん。歩。さっきの話なんだけど・・・って・・・」 かごめが戻ってきてみると・・・。 ぐおー・・・。 大きな熊、歩。大の字になってじゅうたんの上で就寝に入ってしまった・・・。 思えば。ガソリンスタンドのバイトから帰ってすぐBAR。 昨日から一睡もしていない・・・。 「・・・。なんか。お約束的展開じゃない・・・?」 店をほおって、今日、少女のために駆けつけてくれた歩・・・。 強引にだけど、少女のための唄をつくってくれた歩・・・。 かごめは本当に・・・。 嬉しかった・・・。 セットしてあった前髪が下りて。体はでかいが寝顔がまるで少年。 「・・・緊張してたのは、貴方だけじゃないんだから・・・。私だって・・・」 歩の前髪をそっと触れるかごめ・・・。 「ずっと・・・。私は・・・。貴方を見てた・・・」 そう・・・。 ずっと。 ずっと・・・ (はッ。わ、私ってば何を・・・(照)) 歩の前髪から手をはなすかごめ・・・。 かごめは押入れから毛布をとってきてそっとでかい体にかけた・・・。 足がでてしまう。 「おやすみ。歩・・・」 優しい声・・・。 眠っている歩に少しだけ聞こえていた・・・。