裸足の女神

ACT8 オレ・・・もしかて


チュン・・・。



チュンチュン。



まるで”メシをくれ!”と言っているような
けたたましい雀の鳴き声。



「ん・・・」



前髪がはね、ボーイ姿のママ寝起きの歩君。


ぼんやりしています。


「あ、そうだ。カゴメ(助けた雀の名前)にメシやらねぇと」


起き上がる歩。



「あたしが何?」




お盆にほかほかご飯をのせたかごめが目の前に。



「わあああッ!!!」



目の前に本人が登場。


「何そんな驚いてるのよ」



「え・・・。な、なんでお前がここに・・・」


「なんでって。ここ、わたしのマンションよ」



「え!?お、オレとまったのか!???」


「そうよ。だからここにいるんじゃない!」


「じゃオレとお前・・・」



歩、その先の言葉は言えず、かごめも頬をそめる。




「い・・・言っておくけど、歩が勝手に
寝ちゃったんだからね。た、ただ、それだけよッ!」



「あ、あったり前だ!オレだってお前に手を出そうなんて”まだ”
思・・・」



(ハッ。オレはなにを口走って・・・)




かごめ、さらに真っ赤。



歩、墓穴を掘る。



(・・・は、早く帰りてぇ・・・(汗))



「と・・・(照)とにかくご飯にしましょ!」



ピンクの丸いテーブル。



ほかほか白いご飯と大根のわかめの味噌汁。
ふわっとした圧巻き卵と納豆・・・。



(・・・すげ。うまそう・・・)



自分でもそこそこ料理はつくれるが、
トーストと牛乳だけ。


こんなあったかい朝食は久しぶり・・・。



「どうしたの?食べないの?」



「え。あ、ああ、じゃあ・・・」




歩は大きな手を合わせて、合掌。



なんだかそれがかごめには箸がちいさく見えて可愛く感じた。



「ふふッ。うふふふ・・・」



「な、なんだよッ」



「だって・・・。なんか・・・可愛くて」


「んなッ・・・」



”可愛い”なんて生まれて初めて言われる歩。


「お、男に可愛いとはなんだ!」



「だって・・・。うふふふ・・・」



「笑うなわら・・・」




かごめが笑う。




笑う・・・。




(・・・)



心の奥があったかい。


笑顔をいつまでも見ていたいと


見ていたいと思う・・・。





「・・・歩?どうかした?」


ハッと我に返る歩。


「な、なんでもねぇよッ。なんでもッ」


照れを隠すようにご飯をかきいれる歩。



「うふふッ。本当、歩って子供みたい。ふふふ・・・」



「・・・フンッ(照)」




味噌汁をずずっとすすりながらも、
かごめの笑顔から目が離せない・・・。




あったかい笑顔と、あったかい朝食・・・。




こんな朝も・・・。



(悪くねぇ・・・)




そう思う歩だった・・・。



「ごはん、おかわりする?歩」



「お、おう・・・(照)」













朝食をとったあと、歩とかごめはすぐ、星羅の病室を訪ねた。


酸素吸入をしている。


細い手に太い管の点滴をさして・・・。



(ちっちぇえ手に・・・)



歩は内出血している星羅の手の甲が
痛々しくてたまらない。



「・・・あ・・・。星羅ちゃん・・・」


星羅はしずかに目を開けた・・・。



「かごめ先生・・・」


麻酔が覚めきっていないのかぼんやり
とする星羅。




「星羅ちゃん。よく・・・。がんばったね・・・!よく・・・」



かごめは目を潤ませながら
小さな手の平をぎゅっと握った・・・。



「・・・かごめ先生の手、あったかい・・・。安心するね・・・」



「星羅ちゃんの手もあったかい・・・」



太い点滴の針をさしてある小さな手の甲。


かごめはそれに触って痛まないようそっと
両手で包んだ・・・。




「・・・。ガキンチョ・・・。偉かったな・・・」


歩はおかっぱ髪をそっと撫でた。



「・・・歩兄ちゃん・・・。ねぇ・・・。お兄ちゃんのあの怪我した雀・・・どうなった・・・?」



「・・・大分元気になったぜ・・・。多分もうすぐ
飛べると思うぜ・・・」



「そっか・・・。でも、飛べても飛べなくても・・・。
きっとおにいちゃんに助けてもらって”ありがとう”って
言ってると思うよ・・・」




「・・・ああ・・・そうだな・・・」



それは星羅から歩への”ありがとう”



自分のために曲をつくってくれた歩への・・・。



「・・・ねぇ・・・かごめ先生ちょっと・・・」



「なあに・・・?」



か細い星羅の声。


かごめの耳元でなにか話した。



「・・・ね・・・?」



「・・・わかった」



「おう、ナンだよ。オレだけ仲間はずれか?」


「うん・・・。これは女どうしの・・・おん・・・な・・・」



星羅はゆっくり目を閉じた・・・。



「お、おい!ガキンチョ!しっかししろ!!医者よべねーと医者ッ!!」


星羅の意識がなくなったと思い、慌てる歩。


「大丈夫よ歩。星羅ちゃん、眠っただけ・・・。ほら・・・」


静かに寝息が酸素マスクに白くかかる。


「よかった・・・」



ほうっと息をつく。



「・・・しょうがないわよね。星羅ちゃん本当に
頑張ったんだだもの・・・。いっぱい、今は休んで欲しい」




「ああ・・・そうだな・・・」




こんな小さな体にメスをいれ、

何時間もの手術と闘った。


たった一人で・・・。


命。



歩の脳裏に雀が必死で飛ぼうとして羽根をばたつかせていた
姿が浮かぶ・・・。



「・・・。大丈夫だ。きっとお前は飛べる・・・。
その強さを持ってる・・・。オレは信じてる・・・」



歩の大きな手が、眠る星羅の頬をそっと撫でた・・・。



限りなく優しく・・・。




星羅は歩に応えるような

穏やかな微笑を浮かべ・・・。


心の強い羽根を休めた・・・。











病院を後にしたかごめと歩。


紅葉してきた銀杏並木を歩く。


「・・・星羅ちゃん。早く元気になるといいな・・・」


「そうだな。きっとなるさ・・・。きっとな・・・!」


力強い歩の言葉・・・。



かごめじっと歩を見上げた。




「な、なんだよ・・・(照)」




「うふふ。やっぱり優しいね。歩って」


かごめの上目遣い。


歩が弱いかごめの視線だ。



「ばッ・・・。お、男にそんな・・・」


(だ、だからその上目遣いやめろって・・・)


まともにみられないのでそらす。



「あたし・・・。本当に嬉しかったの。星羅ちゃんを本当に
曲を、あんなに真剣に作ってくれて・・・」



「・・・お、お、めぇがたのんだからだろ・・・(照)」



「うん。でも・・・。あたし・・・。嬉しかったの・・・。ホントに
ホントに嬉しかったの・・・」




潤んだ瞳で見つめられる歩・・・。




(う・・・。なんでそんなに見つめるんだ・・・)



歩の体はかあっと熱くなって動けない・・・。



ヒラッ。




銀杏の黄色い葉が



落ちる。




「歩・・・。私・・・。実は・・・」



何かを訴えるような・・・。



とても言いたげなかごめ・・・。





(な・・・なんだよ。一体・・・)




「歩、あたし・・・」















ワンワンッ!!




「!!」


犬の鳴き声に歩もかごめもビクッと
肩をすくめる。



クワン!



迷い犬が歩のズボンに擦り寄る。



「なんだ?オレの服は食いもんじゃねーよ」




犬は歩の顔をぺろぺろなめる。


「くははは。やめろ。くすぐってぇ」



少年のように笑う歩。



(歩・・・)


胸につかえていいたかったことがある。

だけど・・・。



「・・・かごめ、今、何かいいかけただろ?なんだったんだ?」


子犬を抱き上げ歩はかごめに尋ねた。


「・・・。ううん。いいの。なんでもない。ふふ。可愛いね。
なんか歩に似てるかも」


「だから可愛いとか言うなって・・・」


「毛がふわふわしてる。気持ちいいな」


歩の腕の中の子犬を撫でるかごめ。



(・・・)



なんだか自分が撫でられているような
気がしてくすぐったい。



「・・・。ま、そんなに触りたいならいいけどよ・・・」





かごめの笑顔が一秒でも長く見ていたい。



歩は照れくさそうだが、しばらく子犬を二人で
可愛がっていた。



・・・かごめが伝えたかったことがあるのを知らずに・・・。










子犬と別れ、二人は銀杏並木をぬけ、赤信号で立ち止まった。



「・・・あ。やべぇ・・・。オレ、今日は午後のシフトだったんだ・・・」


腕時計はすでに正午を過ぎている。


ガソリンスタンドのバイトが入っていたのだ。



「仕事?」



「ああ・・・。わりぃがオレ、青になったら行く。すぐそこなんだ」


信号を渡った先にガソリンスタンドが見える。


「そう。今日は本当にありがとう」



「ああ・・・」




「あの・・・。歩・・・また・・・会って・・・くれる?」




かごめは歩をじっと見つめる・・・。




歩のこたえを緊張して待つように・・・。



「・・・。ああ。い、いいぜ・・・。べ、べつに・・・(照)」




「よかった。・・・ありがとう・・・。安心しちゃった」




(・・・うッ。だからその上目遣いは・・・)
















信号が青になった。





「・・・んじゃオレ・・・。行くわ」



「う、うん・・・」




他の歩行者がわたりはじめる。



歩も・・・。


かごめに横断歩道の真ん中で振り返る。







「・・・じゃあ・・・”また”な」





「うん・・・。”また・・・ね”」



大きく長い腕が照れくさそうにあがる。



人ごみにまぎれていく歩。


頭一つひとより大きい歩。



「ふふッ・・・のっぽだなぁ・・・」




歩の広い背中・・・。





かごめはいつまでも歩の後姿を見送っていた・・・。





(・・・歩・・・)



胸の高鳴り・・・。



止まらない鼓動・・・。



そして微かな痛み・・・






こうして・・・二人の恋が始まった・・・。




ちなみに。


星羅とかごめの女同士の約束とは・・・。





”ねぇ。歩お兄ちゃんのお嫁さんにどちらが
なれるか競争よ!”


かごめの応えは勿論・・・。




”私も負けないわ・・・!”


だった・・・。
















歩の携帯にかごめのアドレスが登録されている。 専用の着メロは『飛べない鳥』 歩が星羅のために作った曲だ。 BAR「ホワイト・ビーナス」 「歩〜。ねぇ。今晩こそ付き合ってよー」 歩目当ての派手な赤い服のOLがカウンターでグラスを拭く 歩むに絡む。 「・・・悪いな。俺は酔った女は相手にしねぇ主義なんだよ」 「もー。付き合い悪いわね。もしかして。『本命』の女ができたとか?」 キュッ。 グラスを拭いていた歩の手が止まる。 「・・・何よ。もしかして図星?」 「いるわけねぇだろ。そんなの・・・」 だが今、歩の脳裏ではかごめの笑顔でいっぱいだ。 「ちょっと。何柄にもなく照れてるの?やだ!本当なのね! どこの女よ!」 「うるせぇな。そんなもんいねぇつってんだろ。それより 今日は早く帰れ!」 「もう!!歩!」 歩はタクシーを呼び、女を無理やり乗せた。 「歩。あんた・・・本当に惚れた女が・・・できた・・・のね?」 「・・・。帰りな。酒癖悪くならねぇうちにな」 歩は一瞬、女から目を逸らした。 「・・・。そう・・・。本命の女が・・・」 「・・・。じゃあな」 バタン。 女は複雑そうな顔でドアを閉めた。 ブロロロ・・・。 タクシーの後ろの窓からじっと歩を見つめていた・・・。 PPPP〜♪ 着メロが歩のズボンのポケットで鳴る。 メロディはそう、あの歩がつくった『とべなくていいよ』 かごめ『専用』である。 携帯を取り出すと、かごめからメールが・・・。 『歩!聞いて!ビックニュース!星羅ちゃんの 退院する日が決まったの!!私、嬉しくってメールしちゃった。 本当は直接歩に報告したかったんだけど・・・。今日も夜間保育なの。 あ、赤ちゃんが泣いてる!オムツの時間だったわ!じゃあね!』 「ふふ・・・。慌ててやがるな・・・」 メールから保育所での奮闘振りが目に浮かぶ・・・。 かごめからのメール。 一日に一回は送ってくる。 保育所であったこととか、それから・・・。 『・・・今晩は星がとってもよく見えるよ。歩。 よかったら眺めてみてね』 なんてささいなことまで・・・。 だけど・・・。 ふっと夜空を見上げる歩・・・。 この街の明かりといったら水商売やスナックのネオン ばかり。 でも。もっと綺麗な灯りがあることを・・・。 風馬は最近知った・・・。 BARが終わり、家路に着く。 もう朝だ。 シャワーを浴び、軽い朝食。 そして。 ブルーの便箋を引き出しから取り出す。 ”makiko”への返事を書くのだ。 最近の手紙には「かごめ」という三文字がよく書く。 手紙の内容がかごめとの出来事が多くなり・・・。 『・・・なんつーかその・・・。アイツの笑顔がオレの”急所”みてぇなモンに なっちまって・・・。が、柄じゃねぇのはわかってる。でも駄目なんだ。アイツが 笑ってるとなんつーかこう・・・。体が解けちまいそうっていうか・・・』 便箋の上を走っていたペンが止まる。 「・・・何を書いているんだ。これじゃあまるでオレがアイツに・・・」 ”本気で惚れた女ができたのね” OLの女の言葉がよぎる・・・。 (・・・そ、そんなことは・・・。そんな・・・) ・・・だけど。 かごめの笑顔を猛烈に欲するこの気持ちは確かで・・・。 (オレは・・・) 『・・・makiko。オレ・・・』 何でも相談してきたmakikoなら・・・ どう応えてくれるだろうか・・・。 『・・・。オレ・・・。好きな女が・・・。できたかもしれねぇ・・・。 あ、あくまでも『かも』だぞかも・・・』 自分が恋愛ごとの相談なんて・・・。 だけど自分が誰かにマジになるなんて・・・。 (・・・。絶対に松本さんには知られちゃいけねぇな。あーあ・・・寝よう・・・) 歩は便箋を封筒に入れ、封をした。 そしてベットに倒れるように眠った・・・。 (・・・かごめ・・・) だが・・・。 眠っている歩のマンションをじっと電信柱の影からじっと見上げる女がいた・・・。 そう・・・あのOLの女だ・・・。 女の名前は加奈子という・・・。 マンションを見上げる加奈子の視線は・・・嫉妬心で溢れていた・・・。