星羅の退院の日。 快晴で空には飛行機雲が。 ウィーン。 病院の自動ドアが開き、赤いフリルのスカートをはいた星羅が 両親と 手をつないででてきた。 「あ・・・!かごめ先生!」 「星羅ちゃん!!退院おめでとう!」 かごめは星羅の目線までしゃがんで花束を手渡す。 「ありがとう!わあ、綺麗なお花だね!」 「うん。星羅ちゃんの好きなチューリップよ」 「いい香り・・・」 星羅はピンクのチューリップをくんくんとかいだ。 「ねぇ・・・。かごめ先生。歩お兄ちゃんは?」 「うん。それがお仕事でね・・・」 「そっか・・・」 しゅん・・・と俯く星羅。歩も本当は来るはずだったのだが、バイトのシフトが急に 変わって、来られなくなったのだった。 「・・・じゃあ、のぞきに行く?歩お兄ちゃん」 「え?ホント?」 かごめはくすっと笑って頷いた。 かごめは星羅の両親にある場所に立ち寄って欲しいと 頼み、車でその場所の近くまで乗せてもらった。 その場所とは・・・。 「オーライ!オーライ!」 赤い帽子に赤いスタッフジャンパー姿の歩。 ガソリンスタンドから道路に出る車を誘導していた。 そう、かごめと星羅が来た場所とは歩のバイト先だった。 反対側の道路からかごめと星羅は忙しそうに働く歩の姿を眺めていた。 「歩お兄ちゃんってガソリンスタンドで 働いてるんだね!かっこいい!」 「・・・そう?うふふ」 夜になればクールで無口なバーテン&ボーカリストとなる歩だが。 昼は額に汗して働く青年。 ふたつの顔をどちらも知っているかごめ。 お客に対してあの大きな体を曲げて挨拶している姿は とても新鮮に映った・・・。 「・・・歩お兄ちゃんに会いに行く?」 「ううん。いいや」 「いいの?」 「だって・・・。お兄ちゃん、お仕事中なんでしょ。 邪魔しちゃいけないし。その代わり、あの歌、今度 星羅の家まで弾きにきてってかごめ先生から言っておいてね!」 ぺろっとしたを出す星羅・・・。 「星羅ちゃん・・・」 幼い女の子らしい表情。 小さな体で大きな手術を耐え抜いた生命が光っているように かごめには見えた・・・。 「でも。あの”約束”はまだ有効だからね。私、早く 大人になって歩お兄ちゃんにプロポーズするんだから!負けないからね! えへへ・・・」 「・・・うん。わかった。うふふ・・・」 ピンクのチューリップを手に二人は笑い合う。 道路の向こうの歩を見つめながら。 「あ、店長さんになんか怒られてる。歩おにいちゃん」 「本当だ。うふふ・・・」 確かに小さな命が生きている。 歩にも伝えたい・・・ かごめは今日、歩のバイト先に星羅が見に来たことを早く 歩に伝えたいと強く思ったのだった・・・。 その夜。 ガソリンスタンドは午後2時まで。 「んじゃ、先に失礼します」 「おつかれさま」 Gジャンに皮の黒のズボンに着替え、歩はガソリンスタンドの スタッフ口から出てきた。 「歩!」 ドアの前でかごめが座っていた。 「か、かごめ!?なんで・・・」 「待ってたの。夜はあたし、会えないでしょ。だから、待ってたの」 「ここでか?」 コンクリートにスカート姿でちょこんと・・・。 「うん。歩を待ってたの・・・」 ”歩を待ってたの・・・” (うッ・・・///) そのフレーズが歩の思考回路を熱くする (・・・し、しかも上目遣いでいうなよ・・・) かごめのきょとんとした瞳に歩はすでにペースを崩しております。 「ま、まぁこんなとこじゃなんだ。そこの公園行くか」 「うん!」 かごめは嬉しそうに立ち上がった。 かごめの仕草一つ一つに 愛らしさを感じて歩の鼓動ははやくもハイペース。 二人は並んで、公園まで歩く・・・。 その後を。ある影が見ていた・・・。 「そうか。星羅、退院したのか・・・。よかったな・・・」 「うん」 昼間の公園。子供達が笑いながらブランコや 滑り台で遊ぶ。 ベンチでかごめと歩は座り元気な子供達の姿を見つめていた。 「ところで歩、今日、店長さんにおこられてたでしょ?」 「ブハッ」 歩、思わず噴出す。 「な、なんで・・・」 「うふふ。実はね、今日、退院した帰りに星羅ちゃんと一緒に ガソリンスタンドまで見に行ったの」 「・・・み、見にくんじゃねぇよ。ったく・・・(照)」 「ごめん。でも、星羅ちゃん行ってたよ。働いてるおにいちゃん、 かっこいいって・・・」 星羅がそんなことを・・・。 歩は素直に嬉しいと思った。 「・・・。そ、そりゃどうも」 「私も思ったよ。歌ってる歩も素敵だけど、お客さんに 丁寧に挨拶してる歩も・・・かっこよかった」 「・・・(照)」 にこっと笑って言うかごめ・・・。 自分を誉めるかごめの笑顔に 歩の体の力が抜けそうになる・・・ (ううッ・・・///。く、くそ・・・。だ、駄目だ なんかもう・・・) まるでアイスのように溶けそうになるこの気持ちは・・・。 「・・・か、かごめ。お前・・・やめろよもう・・・」 「え?」 「にこにこして・・・。お、オレ、ナンかへ、変になっちまうじゃねぇか・・・」 「変?変ってどんなふうに?」 「ど、どうんな風にってお前・・・」 「?」 きょとん、としたかごめ。 その表情がまた・・・・。 可愛すぎて。 (くそ・・・。オレ、もう・・・もたねぇ・・・) 「ちょ、ちょっとオレ、缶コーヒーかってくる。待ってろ」 いてもたってもいられなくなった歩。 公園の入り口にあった自動販売機まで小走りで 走っていった・・・。 「・・・歩ってばどうしちゃったんだろ」 自分の仕草や動作で歩が意識していることなど かごめはまるで分からない。 ・・・そこがまた、歩をさらに弱らす。 首を傾げるかごめに長い影が・・・。 見上げるとそこには派手な赤いハイヒールをはいた女が立っていた・・・。 「ちょっとあんた、歩のナンなのよ」 「え・・・?何って別に。貴方こそ、一体誰ですか?」 「・・・あたしは・・・。歩の女よ」 「・・・!」 加奈子の発言に驚くかごめ。 「だから。歩に近づかないで。わかったわね?」 加奈子はバックからたばこを取り出し火をつけふかした。 「・・・嘘」 「え?」 かごめはまっすぐ加奈子を射抜くように見た。 「貴方・・・嘘ついてる。とっても悲しい目をしている・・・傷ついてるような・・・」 「な、何じろじろみてるのよ。と、とにかく歩には近づかないで!!」 「・・・そんなこと、貴方に言われる筋合いないわ」 「お、おとなしそうな顔して・・・。歩は私もモノよ! いつも私のためだけにカクテルつくってくれるもの!!ともかく 歩は渡さないわ!会わないって言いなさいよ!」 「きゃ・・・ッ」 加奈子はかごめのカーディガンを掴んだ。 「おい!!なにやってんだ!!」 缶コーヒーを放り投げ、加奈子を突き飛ばしてかごめから引き離した。 「かごめ・・・!大丈夫か!??」 「私は大丈夫・・・。はッ!!あの人!!歩!!」 振り返るとなんと、加奈子はカッターナイフを取り出して いるではないか!! 「加奈子!やめろ!!」 「うるさいわね!!もういいのよ!!あたしなんて・・・! 婚約者には逃げられ、歩にまで見放されて・・・もうなんでもいいのよ!」 「やめろっていってんだろ!!」 「痛・・・ッ。離してよ!!」 歩は加奈子の腕をぐっと掴んでカッターを取り上げた。 「離してよ。歩!あたしなんてもうどうなってもいいのよ! 生きてたってしょうがないのよーーー!!」 昼の公園に叫び声が響く。 パシッ!!! 加奈子の頬をかごめの手の平が打たれた・・・ 「・・・かごめ・・・」 「甘ったれないで!!生きてたってしょうがない人間なんていないわ!! 絶対いないんだから・・・!」 かごめは涙をためて加奈子に訴える。 かごめの脳裏には 星羅の笑顔が浮かんでいた。 小さい体で必死に生死と向かい合っている星羅の笑顔が・・・。 「・・・。たったひとつの命でしょう?私にはあなたの痛みは分からないけどでも・・・。 生きていればまた違う恋だってできるはずよ・・・。簡単に自分を諦めないで・・・」 かごめは加奈子の手をぎゅっと握り締めた・・・。 ぽたっと加奈子の手の甲に落ちた・・・。 「・・・変な女ね・・・。あんた・・・。あたしのために泣くなんて・・・」 「わ、悪かったわね・・・。でも出てくるんだもの仕方ないでしょ・・・」 「・・・」 加奈子はパッとかごめの手を離し立ち上がった。 歩が近づく。 「・・・加奈子。お前・・・。フィアンセのことはけりが ついたんじゃなかったのか・・・?」 「・・・。つけてたわよ。でも・・・。この前・・・。送られてきたの。 結婚式の招待状よ・・・。今日なのよ・・・」 「・・・。お前、もしかしてじゃあ、カッター持ってたのって・・・」 加奈子は頷いた。 「そうよ。本当はカッターもって披露宴に乗り込んでやろうと思ってた。 けど・・・。いざとなると勇気がなくて・・・むしゃくしゃして・・・。そんな時、 仲よさそうに歩いてる歩達をみかけたの・・・。そしたらカッとなって・・・」 本当に仲よさそうに。 あのクールな歩が照れくさそうな顔で女を連れて歩いている・・・。 加奈子の行き場のないもやもやが爆発した。 「だからってな。かごめにそれを向けるなよ!冗談じゃすまねぇだろ!!」 「それオモチャなの」 「へッ?」 歩はカッターの刃先を触ってみる。 ゴム製で柔らかかった。 「加奈子、てめぇ!人を振り回すのもいい加減に・・・」 「・・・。よかった」 かごめがつぶやいた。 「よかったってかごめ・・・。何言ってんだよ」 「だってそうでしょう?もし、披露宴に乗り込んで一番傷つくのは・・・。 加奈子さん、貴方だもの・・・。だからよかったって思ったの・・・」 自分に襲い掛かった加奈子を心配するかごめ・・・。 「・・・。本当、あんた、変な女ね・・・」 「・・・そう・・・?」 加奈子はスカートをパンパンとはたいて立ち上がった。 「歩・・・。ごめん・・・。あたし馬鹿だった・・・。あんたに八つ当たりするつもり なかったのに・・・。本当にごめん」 「加奈子・・・」 加奈子はちらっとかごめに視線を送った。 「かごめ・・・とか言ったっけ?いいこと教えてあげる」 「いいこと?」 「歩はいい男よ・・・。今まで歩に言い寄ってきた女は沢山いるけど 私が知る限り”本命”はいなかった。でも多分あんたは違う。本気だと思うわ」 「・・・」 頬を赤らめるかごめと歩。 「歩、本当にごめんね・・・」 加奈子はふらっとしながらかごめと歩に背を向け、 去ろうとした。 「待って」 かごめは呼び止め、あるものを手渡した。 それは。 さっき、星羅からもらったイチゴキャンディー。 「これ・・・。あの、保育所の女の子にもらったの。 とっても美味しいから・・・」 かごめはそっとキャンディーを加奈子に握らせた・・・。 イチゴの模様がかいた小さなキャンディー・・・。 「ふふっ・・・。歩、あんた、本当に妙な女に惚れたわね。でも いい女だわ。じゃあね・・・」 加奈子は赤いスカートをひるがえし、 公園をあとにした・・・。 「・・・。かごめ。すまなかった。なんか妙なことに 巻き込んでしまって・・・」 「ううん。気にしないで。それより加奈子さん・・・。大丈夫かな・・・」 「だいじょうぶさ。アイツは。いつもうちの店で酔っぱらうが ちゃんと家に帰っていく。自分の足でな・・・」 今度、BARに加奈子が飲みに来たら・・・ 今度は違う、色のカクテルをつくってやろうと歩は思った・・・。 時計の針は午後三時半。 歩とかごめは公園を出て、 BARの方へと歩く。 住宅街の坂道・・・。 「・・・かごめ。すまなかったな・・・。なんか妙なことに 巻き込んで・・・」 「ううん・・・」 怪我がなかったとはいえ、自分の関わったことで かごめに迷惑がかかったことに変わりはない・・・。 「かごめ」 「なあに?」 「・・・あの・・・。オレとこうして歩いてるの・・・平気か?」 「・・・どういう意味?」 「オレは・・・。10代の頃は結構馬鹿なことやってた・・・。 あの街じゃ武勇伝まであったりして・・・。だからオレと関わると今日みたいな ヤバイ こと起きるかもしれねぇ・・・」 静かなビル街。 電柱のあたりで 立ち止まるかごめ。 「・・・。だから・・・?」 「だから・・・。オレと一緒にいねぇ方がいいのかって・・・」 「・・・意気地なし」 「なッ・・・」 少し先を歩いていた歩がかごめに振り返る。 「あのな、オレはお前が心配で・・・」 「悪いけど私、怖いなんて思ったことないわよ」 「けど・・・」 「それにね。物は考えようで。心強いじゃない。 歩みたいな強い人とがそばにいるなら きっと変なセールスも来なくなるかも。えへへだから、私は全然大丈夫よ!ふふ・・・っ」 「かごめ・・・」 さっきもそうだが・・・。 自分を傷つけようとした 加奈子に真正面からぶつかるかごめ・・・。 とても強く見えた・・・。 笑顔だけじゃなくて・・・。 「・・・本当にいいのか?」 「うん・・・。歩の歌・・・。私・・・ずっときいていたいの・・・」 見詰め合う二人・・・。 互いしか見えていない・・・。 だがその時。 チリリリン! 坂の上に止めてあった誰も乗っていない自転車が猛スピードで二人に向かって走ってきた・・・!! 「あ、あぶねぇッ!!」 「きゃあッ!」 住んでのところで歩はかごめの腕を引き寄せ、路肩に 倒れた 暴走した自転車はそのまま下までいっきに下までおりてゴミ置き場に突っ込んだ・・・。 「大丈夫か!?」 「うん・・・」 歩の大きな腕がかごめを守っている・・・。 逞しくて温かい・・・。 「ほらね・・・」 「あ・・・?」 「歩は強い・・・。強くて優しいからだから私は怖くないの・・・」 ぎゅっと・・・ 歩の腕を掴むかごめ・・・。 (・・・かごめ・・・) 愛しさが爆発しそうだ・・・。 かごめを抱く腕に一層力が込められて・・・。 「・・・お前の方が強いよ・・・。お前が・・・」 「歩・・・」 「オレはそんなお前が・・・」 じーッ。 「!・・・」 「・・・!」 小さな少女の視線に気づき、ぱっと離れる二人。 「ねぇ。お姉ちゃん達、今、”何”してたの?」 「え、な、何でもないよ。ちょっと目のゴミをとってもらったの」 「ふうん。てっきりあたし、チューしようとしてたと思ったんだけど」 歩とかごめ、ぎくっと反応。 「ねぇ、チューしてみてよ。うちのママとパパみたいに ぶちゅって・・・もがッ」 「余計なこと言うんじゃないのッ。ご、ごめんなさいね・・・」 母親が慌てて娘の口を塞ぎ、申し訳なさそうに会釈して 去っていった・・・。 ・・・。 なんとも盛り上がった雰囲気が一気に 抜けて・・・。 「ふふ・・・っ」 可笑しくなる。 「ふッ・・・」 二人は吹き出して笑う・・・。 「・・・また変に誤解される前に行こう、歩」 かごめが立ち上がり、歩に手を差し出した。 「お、おう・・・」 初めて握ったかごめの手・・・。 細くて白い手だけれど・・・確かに温かくて・・・。 坂道をかごめと歩は・・・ 手をつないでゆっくりと降りて別れた・・・。 『makikoへ・・・』 夜。いつもの如くmakikoへの返事を書いているのだが 一行も書けていない。 変わりにかいてある文字は。 『かごめ、かごめ、かごめ・・・』 ぎっしりつめて書いてある。 (はッ。オレは何を書いてんだ・・・。 これじゃ少女漫画じゃねぇか!めぇさませ・・・) なかなか筆が進まないのでシャワーを浴びた歩。 ぼんやり天井を眺めてる・・・。 ”歩は本当に強くて優しい。だから私は怖くないの・・・” (そんなこと言われたの初めてだ・・・) ケンカをふりかけられちゃあ、相手を数知れず病院送り させてきたり。 たちの悪い酔っ払いに絡まれてもその体の大きさと鋭い眼光で 一気に酔いをさまさせたり・・・。 武勇伝があるほどの自分に。 ”強くて優しい” だなんていわれたのはかごめだけだ・・・。 歩の手に残るかごめの手の温もり・・・。 初めて握手したときも感じた・・・。 (人間の手って・・・ホント、あったけぇんだな・・・) かごめの手だから尚更・・・。 細い手が愛しいと思う・・・。 (かごめ・・・) 「いけね!妄想してる暇ねぇ。返事かかねぇと・・・」 歩は起き上がり再びペンを取る。 そしてこう書いた・・・。 『makikoへ・・・。オレ・・・。好きな女が・・・できた・・・』