歩行者優先
「う・・・。足、重・・・」



病院の玄関。



靴を履く。





キャストブーツ。



左足になんともいえぬ重量感が走る。



「よっこらしょ・・・」



その台詞にも力が入る。





「ふー・・・」




靴を履くのにこんなにため息をつくとは・・・。




私の足に季節外れの白い”長靴”。




そうだ。



今日からギプス生活第一日目。





怪我に理由はなんだと聞かれても、ただ、『道を歩いていて転んだ』
そう応えるしかできないので、実につまらない話の結末になるだろう。





「お大事にー・・・」




受付の看護士のお決まりの台詞。



(言われなくても、お大事にするさ)




ままにならない左足で、苛ついているせいか心の中でちょっとひねくれたことを
思ってしまう。私。



「よいしょ・・・」



松葉杖を両脇に抱え、右足から先に踏み出す。



一歩一歩、左足に気を使いながら。






「っこしょ・・・っ」





不器用な松葉杖裁き。



持つ松葉杖に余計な力が入りすぎて震える。





(転ばないように・・・転ばないように・・・)




地面とにらめっこしながら灰色の歩道を歩く・・・。







(あーあ・・・。なんでこんな・・・)





通り過ぎる人々は不器用な松葉杖裁きの私に振り向いていく。




当然、目立つ。



周囲の視線を気にしつつ、私は歩く。



普通に歩いている人より速度が遅い。





当たり前なんだけど・・・。




何だか私だけ”何か”に取り残されていく、そんな虚しさ
をじわりと感じる・・・。




すたすたと急ぎ足のサラリーマン。



「ふはははー。それでぇー」




携帯電話を開きながら自転車に乗る女子高生2人・・・。






そんな通行人たちを見ているとふと思ってしまった





(どうしてそんなに急ぐんだろう・・・。どうしてもっと
周りをみないんだろう・・・)




私も自転車によく乗る。杖をついたお年寄りや目の不自由な人と
すれ違ったことがあったことを思い出した。





そして気がついたこと。





足元の点字ブロック・・・。






当たり前のように踏みつけて歩いていた。






時にはごつごつしてうざったいな・・・なんてとんでもないことを思った。






「ごめんなさい・・・」





私は何故か、そんな言葉をつぶやいてしまった。





ぼんやり、地面を眺めて立ち止まっていると・・・。





チリンチリンっ!




(!?)




ベルの音に気がついて、顔を上げると目の前に自転車が・・・!





「わっ!!!」




私は松葉杖をほおりなげてよけた。






「どこ見とんがよ。バカが!」





そんな罵声を一言置いて、白髪交じりのおじさんは自転車を走らせ、青い顔で逃げた。






(ばかはどっちだよ!じじい!!)



心の中で私も言い返してやった。




だけどこれからが大変だ。





「ったく・・・よいしょ・・・」




飛ばしてしまった松葉杖を歩道の脇にハイハイして
取りに行く。




片方の松葉杖につかまり、もう一本を取ろうとケンケンして
取りに行く。





「ちょっと!お姉ちゃん、大丈夫!?」





中年のおばさん。



わざわざ車を止めて、もう片方の松葉杖を持って私に駆け寄ってきたくれた。





「はい、これ」




「ありがとうございます」





「あんた、家、どの辺?遠いなら送っていこうか??」




方言丸出し。



でもなんか、あったかい感じがした。





「大丈夫です。もうすぐそこなので・・・」




「そう?本当に大丈夫け?」



「はい。すいません。お気遣い頂いて・・・」




「困ったときはお互い様やからねぇ。ま、とにかく
気をつけてかえるんやよー・・・」




おばさんは車に乗ってにこっと笑って
手を振ってくれた。




私も返した。





・・・人に優しくされたとなんだか妙に実感した。




嬉しかったというのも勿論だけど



何だか申し訳ない気もした。




優しくされる、思いやってもらえる。




慣れていないから、神妙な気持ちになる。






「よいしょ」




私は再び杖をついて、歩き出した。





あいも変わらず人々は私を通り過ぎていくけど
私はさっきみたいな卑屈な気持ちではない。





ゆっくり歩くと、色んなものに気がつくから。




たとえば、街路樹のハナミズキの蕾。



街路樹なんて普段は見向きもしないけど、きっとこれは誰かが手入れしているから
毎年、綺麗な花が咲くんだろう。






ハナミズキ。




こんなに綺麗な花だったのかと




今日気がついた。






「ふう・・・。やっとここまできた」





信号機。



この信号を渡ればすぐ自宅にたどり着ける。





信号は赤で。当然私は立ち止まって、青になるのを待っている。






ビュウン、ビュウウンと



何台もの車が走っていく。




怖いほどのスピードで・・・。




目的地へ行くのには便利だろう。



楽だろう。



だけど・・・。




スピード感が怖い。




人の心までどこかへ連れて行ってしまうそうな・・・。






パッポウ、パッポウ・・・。





「はっ」




信号機のカッコウの音にはっとして私は横断歩道を渡る。





松葉杖を必死でついて渡る。



右折してきた車の運転手。


いらいらした表情が目に入ってきた。



(は、早くわたんなきゃ・・・)


焦りながらもなんとか渡りきった。




横断歩道は歩行者優先って、教習所で習った気がする。


だけど・・・



心が優先されていない。



渡っている人が、曲がってきた車のためにいそいそと
渡る、いや、渡らないとドライバーに
悪いんじゃないか


そう思わせる。




なんか変だ。



どこか・・・変だ。



時代の流れが速い、よくそんな台詞を耳にするけど
目の前の車の激流を見ていて、私は本当にそうだなぁと
実感した。




私はしばらく、横断歩道から、道路を我が物顔で
走る車の群を複雑な怒りを感じつつ


・・・眺めていた・・・。






「やっと到着ー」



家の門までやっとついた。



でも最後の難関が。


門を開け、5,6段の階段が目の前に。


たった5、6段だけど今の私にとっては


跳び箱がいくつもそびえているように感じる。




「最後の力をふりしぼって・・・」



松葉杖をついてあがる。




怖い。


狭い階段の幅。松葉杖が滑らないかと神経を使いながら
一段一段あがる。



そしてやっと・・・





「頂上についたぞー!」



エベレストでも登頂したかのように万歳してしまった私。



大げさだけど、でも


病院からここまで歩いてきた

たった10分程度の時間がとても深い
時間だったように思える。



『怪我の功名』


そこまでは前向きな捉え方はできないけど
でも・・・

何かが不自由になって感じたことは


『本物』。きっと私の心の糧になったと信じている。