キレイな愛じゃなくても
前編
ただ、その人が好きだった。



ただ、その人の笑顔が好きだった。




ただ・・・


愛しかった。





・・・兄の恋人だったけれど・・・。





キレイな愛情なんて知らない。




愛しい人が俺を見てくれるなら


俺は・・・





汚れた愛情でもいい。




俺は・・・








「あーあ。いつまで続くのでしょうかねぇ。 この”氷河期”は」 「知るかよ。小泉首相に聞いてくれば?」 「余裕のお言葉で。いーよなぁー。蓮君はー。”世界に通用する ”才能と美貌をお持ちで就職とは無縁だろうから」 「皮肉言うなよ」 「皮肉じゃないもん。事実だもーん。ね、浜崎あゆりん♪」 第一音楽室でバイオリンの手入れをする蓮。 となりでアイドル雑誌を読むのは友人の富樫だ。 富樫とは音大に入った時からの仲だが、どうもバライティ系のノリには いまだについていけない蓮。 「それより富樫・・・。お前、また彼女かえたのか?」 「あ?あぁ。なーんかさ。純愛路線まっしぐらーって 女で。”私、本当の富樫君をもっと知りたい”なーんて台詞こくんだぜ。 深入りしたら、きっとストーカーになりかねんタイプだって思って分かれた」 「・・・」 富樫のこの切り替えの速さは流石の蓮も舌を巻く。 「それより、蓮の方こそどーなんだよ?」 「は?」 「兄貴の彼女さん、まだ惚れてんのか?」 ギっ・・・。 滑らかにひいていたバイオリンの弦がきしんだ。 「正直な奴だなー。ほんまに蓮くんはー」 「う、うるさい!」 「それに純愛好きなんだから。一途だねぇ。ったく・・・。バイオリンのように恋愛も弾きこなせないかねぇ。」 富樫はたばこにライターで火をつけながら言った。 「お、お前には関係ないだろ・・・っ」 「ま・・・。簡単にゃいかねぇだろうけど・・・。 もういいんじゃねぇか?兄貴死んでもう5年だろ?遠慮すること・・・」 ガタン! バイオリンケースを荒々しくしめる蓮。 「・・・。悪かったよ。そんな怖い顔すんなって。せっかくのキレイな 顔が台無しよー」 富樫の単なる冗談・・・。 だけど、蓮にとっては軽いジョークも心が軋む。 (・・・。遠慮なんてしてないさ・・・) 5年前。兄の純がバイク事故で逝ってしまった。 ”俺・・・もうバイクはやめようと思うんだ。かごめの奴が危ないってうるさくて な・・・” そう、蓮に言ってすぐ後だった。 『蓮・・・。蓮君・・・純が・・・純が・・・』 かごめの震えた声。 携帯にかかってきて兄の事故を知った・・・。 (あれからもう5年か・・・) 兄と同い年になった。 そして兄と同じ・・・兄から譲り受けたバイクに自分は走らせて。 ヘルメット越しに見る空・・・。 5年前と変わらない・・・。 背も年も兄を越してしまったけれど・・・ 想いだけは超えられない・・・ ”5年もたったんだから遠慮なんかすることねぇだろ” (兄貴・・・。遠慮しないでいいか・・・?俺・・・。兄貴・・・) 見上げる空の向こうに兄がいるなら聞いてみたい。 尋ねたい・・・。 ぼんやり視線を空にばかり向けている蓮。 「きゃあああ!!!」 女の悲鳴。 「!???」 蓮の視界に入ってきたのは 目の前、赤信号なのに横断歩道、少女が風船を持ってわたっている・・・!! キィ、キキキキ・・・・!!!! 蓮は思い切りブレーキをひいたが、間に合わない・・・! 蓮は少女のすぐ手前でハンドルを右にきった! ドゥガガガガ・・・ドカンッ!!!! バイクはそのままガードレールに突進して突っ込んだ・・・。 カラン・・・。 ヘルメットが転がる・・・。 ガードレール下に投げ出された・・・。 意識が遠のく。 微かに聞こえる人の騒ぐ声・・・。 (・・・俺・・・兄貴ンとこいくのかな・・・兄貴・・・) 薄れていく意識の中で 想うのは・・・ (かごめ姉さん・・・) 好きな人の笑顔だった・・・
「君・・・君」 自分を呼ぶ声。 とても優しい声が蓮を呼ぶ・・・。 「ん・・・」 ぼんやり蓮が目を覚ますと・・・ 「蓮君!よかった・・・気がついたのね!」 点滴のすぐ下に涙をこんもりためたかごめがいた。 「・・・かごめ姉さん・・・。どうして・・・」 「どうしってって・・・。当たり前でしょう・・・? バイクで転倒して頭打って・・・」 (ああそうか・・・俺・・・女の子を横切って) ようやく自分が事故にあったことを思い出す。 「あの・・・女の子はどうなった?俺、もう少しで・・・」 「女の子?ええ、大丈夫よ。無傷」 「そうか・・・よかった・・・」 ほっと安堵の息をつく蓮。 「よかったじゃないわよ!私やお母様がどんなに心配したか・・・」 「大げさだな。骨折ぐらいで」 「お、大げさってなによ!私がどんなに心配したか・・・っ」 (う・・・) 目のこんもり涙をため、ベットの布団でふくかごめ。 (・・・天然のなのか。自なのか・・・(汗)) 「ごめん。心配かけて・・・」 「本当よ・・・!私・・・私・・・。本当に怖かったんだから・・・! 担架で運ばれて・・・手術室にいれられて・・・私・・・私・・・」 かごめの手が震えている。 蓮にもわかる。 純が運ばれていくさまを 手術室・・・ ”ご家族の方、どなたか輸血をお願いできますか・・・!” 険しい表情の看護婦・・・。 かごめの言葉がわすれられない。 『私・・・何もできない・・・純が戦ってるのに何もできない・・・できなぁい!!!!!』 細い手を壁に打ち付けて泣き崩れる・・・。 あの涙と声が・・・ 忘れられない。 切なく・・・ 苦しく・・・。 「・・・。かごめ姉さん」 震えて泣く肩。 自分のために流される涙ではないけれど・・・ この世で一番綺麗な涙。 ・・・愛しい涙。 その肩に何度触れたいと思ったか 何度・・・。 「かごめ・・・さん・・・」 歩の手がゆっくりとかごめの肩に吸い寄せられる・・・。 コンコン! 「!」 ノックに蓮の手はすごい速さで引っ込めた。 「母さん」 「蓮!よかった!意識が戻ったのね!息子よーー!!」 「・・・母さん、泣きすき(汗)」 ちょっと小太りだが切符のいい蓮の母。 見舞いにもらった両手にメロンをかかえておお泣き・・・。 「本当によかったですね。お義母さん」 「ああ・・・。かごめさんあなたにも色々心配かけたわね。ありがとう」 「い、いえそんな・・・。蓮さんは私の大切な義弟(おとうと)ですから・・・」 ”義弟ですから・・・” 一番聞きたくない台詞だ。 一番嫌いな・・・言葉。 「じゃあ、蓮君またくるね」 かごめは蓮の母に深々と頭を下げて、病室をあとにした。 「本当にかごめさんには感謝しないとね・・・。あたしのかわりに ずっと付き添ってたんだから」 「え?」 「そう・・・。目覚めるまでずっと。あたしは出張先から還ってこられなくてね」 蓮の母はばりばりの保険セールスレディ。 セールスレディの母とも会社ではいわれるほど。 「・・・かごめ姉さんが・・・」 「・・・きっとダブったんだろうね。純のこと・・・。かごめちゃん・・・ そろそろ・・・純を卒業してくれてもいいのだろうけど・・・。でも、命日に お参りに来てくれるの・・・親としても嬉しいんだ・・・」 「母さん・・・」 命日、毎月墓参りと蓮の実家に必ず手を合わせくるかごめ。 この6年欠かさずに・・・。 「・・・」 「蓮。あんた、当分バイク禁止。というか免許停止らしいわよ」 「え??」 「バイクの修理代とか罰金とか自分で払いなさいよ」 「・・・(汗)」 少女に怪我がなかっとたいえ、一歩間違えば大惨事になっていた。 退院した蓮を待っていたのは、きついリハビリと事故処理、もろもろの 手続きだった。 (貯金・・・すっからかんだな・・・(汗)) 色々あるけど・・・。 窓の外の空を見上げて思う。 (俺・・・助かってよかった・・・。生きていてよかった・・・) ヘルメットが空に飛んだ瞬間・・・。 このまま兄の下へいくのかと思った。 いってもいいと思った・・・。 だけど・・・ ”本当に心配したんだから・・・” 自分のためじゃなけれど・・・ あの涙が・・・蓮の心に染み込んだ・・・。
アパートで一人暮らしの蓮。 「よっと・・・」 ギプスは半分はとれたのだがまだ鎮痛剤にサポーターが ごつい左足。 ベットから起きあがるとき、左足に体重をかけるとまだ 痛みが若干残っている。 若いから医者はすぐ治るというものの 日常生活にはかなり支障をきたすものだ。 朝食を作るのに台所にたっていると 左足がかなり疲れてくる。 (運動不足たたってるかな・・・) インスタントのラーメンをゆだった鍋の中に入れる。 (しばらくこれにご厄介だな) 割と料理が好きな蓮。インスタント物は苦手であったが 体の自由がきかない今、その便利さをやっと感じていた。 コンコン。 「はい」 「・・・あの。私・・・」 (か、かごめ姉さん!?) かごめの突然の訪問にあわててドア開ける 蓮。 「かごめ姉さん・・・」 「突然ごめんね。近くまできたから・・・。あ、蓮君、 お湯、噴きあがってるわよ!!」 「え」 かごめは部屋に入ってカチッとガスを止めた。 「ふぅ・・・。危ないなぁ。蓮君、ガス代を離れるときは 止めなくちゃ」 「あ、え、は、はぁ・・・」 「はぁじゃないわよ。それにもっと栄養のあるもの食べなくちゃ 。ふふ、私最近料理に目覚めちゃったの。ほら」 かごめはスーパーで買ってきた材料をどさっと テーブルの上に並べた。 白菜、大根、ぶりの切り身・・・ 「もしかして・・・」 「そ、お鍋しようと思って。でも一人じゃ 寂しいでしょ?だから蓮君と食べようと思って。台所 使ってもいいかな?」 「え、あぁ、どうぞ・・・」 「できるまで蓮君は休んでいて。ね?」 バックからピンクのエプロンを取り出し、 かごめは早速調理しはじめた。 本当に突然のかごめの訪問・・・。 それに。 (夜だぜ・・・?) かごめはきっと『ケガした義弟を気遣って』みたいな 気持ちなのかもしれないけれど・・・。 (俺にとっては・・・) 『姉』なんて思えるはずがない。 部屋には二人きり・・・。 ベットに戻った蓮は机の上の写真盾を見つめる。 そこには 兄と蓮、かごめが笑って映っている・・・。 (兄貴・・・。オレ・・・もう『弟』でいられるかわからないぞ・・・) 台所で野菜を切るかごめの後ろ姿・・・。 今にも後ろから抱きしめたい衝動を 写真を見つめながら押さえていた・・・
最近少女漫画では『兄妹』と『姉弟』とか禁断の王道ものが はやっていますね。 ちょっと挑戦してみたけれどなんか難しい(汗) 更に個人的趣味がはいって『かごめ』ってつけちゃったし(爆) 後編も頑張ってみますので、見ていただける方はまたよろしくお願いしますvv