琴音おばあちゃん・駄菓子屋日記

大通りを左に曲がって少し入ったところに、「高林雑貨店」というお店があります。

そのお店には、日用雑貨から昔の駄菓子まで色々なものが売っています。

「ニャー・・・」

昼下がり店の看板猫のサスケが店においてある丸椅子にちょこんとお昼寝中。

その横を琴音おばあちゃんがせっせとほうきで掃除をしていました。

「ほら、サスケや、ちょっとどいておくれ」

琴音おばあちゃんがこのお店をはじめてもう40年が過ぎようとしています。

最初は、床の間に飾っている写真の正次おじいちゃんと一緒に始めましたが、その正次おじいちゃんは5年前に亡くなって今は琴音おばあちゃんが一人で切り盛りしていました。

ちょっと頑固そうに正次おじいちゃんが写真に写っています。

「あら、もうこんな時間かね」

午後の三時を過ぎ、おばあちゃんはお店の一番前に置いてある棚の布を取り、少なくなっている駄菓子の補充をします。

三十年以上前のあめ玉や、ガム、おせんべいが今も変わらずおいてあります。その中でも子供達に一番人気なのが、すき焼き味の棒の形をしたスナックのお菓子です。これは比較的新しいお菓子ですが、そのソースの味が子供達には美味しいのでしょう。

「こっとねばーちゃん、こんちはー!!」

「いらっしゃな」

おばあちゃんのお店は学校のすぐそばにあるので、学校帰りの時間ともなると子供達がたくさんやってきます。

「おばーちゃん、梅味のガムとラムネジュースちょうだい」

「はいはい。ちょっと待ってね・・・」

子供達が持ってきたお菓子を(ジュースは別)レジの横にある計りにわらばんしでつつんで重さを量ります。

お店の駄菓子は皆、量り売りで、それでもだいたいほとんどが100円以内に収まります。

そして、そのまま、わらばんしの口を束ねて輪ゴムでしばって子供達にあげます。

「おばーちゃん、今日さ、俺、50メートル走で2位になったんだ。まぐれかもしれんけどね!」

「まぐれだなんて。将太君、足、長くなったからきっと速くなったんだよ。ほら、もう、私、追い抜かされてしまってるものね。ほら」

「あ、ホントだー。でもことねばーちゃんが縮んだんじゃないのー?」

「そうかもしれないねぇ・・・。でもまだまだ、健康そのもの!毎日ラジオ体操してるからね!」

そのおばあちゃんの健康の源はラジオ体操も一つですが、何より、子供達との何気ない会話や笑顔です。

子供達の元気な声を聞くとおばあちゃんもよし!明日も元気にがんばろう!と思うのです。

チーン・・・。

夕飯の後、おばあちゃんは仏壇の正次おじいちゃんに今日一日あったことを報告します。

「今日は、将太君が50メートル走で2位になった話をしてくれました。それに最近、背が伸びたんですよ」

その後、おばあちゃんは茶の間の丸いちゃぶ台の上に『駄菓子屋日記』と書いたノートに今日1日の出来事を書いてから眠ります。

もう、この日記はお店ができたときからずっと書き続けているもので、既にノートの数は50冊以上になっていました。

ノートにはたくさんの子供達の名前がでてきます。

おばあちゃんは全て顔と名前を覚えています。

名前や顔だけではなくて、その子の性格やクセなども日記をみればすぐに思い出せるのでした。

このノートがおばあちゃんの宝物です。子供達との思い出がいっぱいつまっているからです。

楽しい思い出・・・。のはずですが、子供達を様々なめまぐるしい様子が最近は多く日記に記されています。

「それじゃ、ことねおばーちゃん、さよーならー・・・」

「はいはい。気をつけてねーっ!」
小さな黄色い帽子と黒と赤のランドセルに向かって手を振るおばあちゃん。

その子達ほとんどは家に帰っても塾へ行く子、習い事へ行く子等がほとんどでした。中には幾つもかけもちしている子もいます。

昔はお店の軒先にランドセルを置いて、店の前の空き地で遊んで帰ったものでした。今はもう、駐車場になってます。

「この辺も車が多くなったねぇ・・・」

車が増えれば自然と駐車場も増えます。

『時代の流れ』とよく人は言うけれど、それにしてもあまりにもめまぐるしく、そして速すぎる・・・おばあちゃんはそのスピードに時々ついていけないわぁと仏壇の中の正次おじいちゃんに漏らしているのでした。

「あれ?将太君?」

「ことねおばあちゃん・・・」

店の前のベンチにぐったりとした顔で将太くんが座っています。

「どうしたの?みんなと帰ったじゃないのかい?それに顔色、悪いよ?」

おばあちゃんは将太君のおでこを触ってみました。すると、とても熱い。

「あれまぁ!すごい熱!大変だ!」

おばあちゃんはすぐさま、将太君をだっこして奥の部屋へと寝かせました。そして、おでこを水枕と冷たいタオルで冷やしました。

「大丈夫?将太君」

「おば・・・あちゃん・・・」

「今ね、診療所の先生に電話してうちに来てもらうからね。あ・・・。そうだ。おうちの人に連絡しとかないとねいけないね・・・。将太君、電話番号、教えてくれるかな・・・?」

すると将太君はランドセルを指さしました。

「え?」

「けいたい・・・」

「え?けいたい?」

おばあちゃんはランドセルの中のちいさな携帯電話を取りだしました。

「これ?」

将太君はだまって頷きました。

「困ったわね・・・。私、使ったことないから・・・」

将太君はおでこのタオルをとっておばあちゃんから携帯電話をもらうとピ、ピ、とボタンをおして、再びおばあちゃんに渡しました。

「これでママの会社つかながるよ・・・」

しかし、おばあちゃんが携帯を耳に当てて聞いてみると、「現在、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないためかかりません・・・」という案内が聞こえてきただけでした。

「あらまぁ・・・。困ったわね・・・」

とても便利な携帯電話。しかし、連絡したい相手につながりません。

ピンポーン・・・。

「前川医院ですー。往診に来ましたー」

「あ、はいはい。とにかく今は将太君を診てもらいわないと・・・」

おばあちゃんは将太君の携帯電話をあまたの上に置いて玄関へ走っていきました。

その携帯電話の画面にはメール着信の画面が。

『ママ、今日、少し遅くなるから、ご飯は昨日の残りをチンして下さい。ママより』

「前川先生、ありがとうございました。」

「いーや。ちょうど暇してたしなぁ。何せ、我がマドンナの琴音さんのおねがいとあらば・・・」

「相変わらず先生は口は達者ですこと。でも、お酒は止めた方がいいですよ。美紀子(前川先生の奥さん)が言ってました」

「ったく。余計なことを・・・」

お店の近くの前川医院の院長さんの前川先生。

琴音おばあちゃんとは小学校の時からの同級生で、若い頃は正次おじいちゃんと琴音おばあちゃんを取り合いをしていたこともあります。今ではいい茶飲み友達です。(とりあえず琴音おばあちゃんはそう思っています。)

「疲れからきた風邪だとは思うが、念のため大きな病院へ行った方がいいかもしれませんな。子供の熱は怖いですから」

「はい。親御さんにそう伝えておきます」

「・・・。じゃ、ワシはこれで」

「ほんとうにありがとうございました」

琴音おばあちゃんは本当にありがたいとおもっていました。最近では、なかなか急な往診をしてくれるお医者さんがいないからです。

小さな子は突然、体の調子が悪くなります。そんなとき、往診してくれるお医者さんがあればとても助かるものです。大きな病院もこの近くにありますが、沢山の患者さんでなかなかすぐには診てくれないのです。

「将太君・・・。少しお水飲もうね・・・」

おばあちゃんはストローでお水を飲ませてあげました。

「熱があるときは何よりも水分をとらないといけないからね。あ・・・それと、将太君、お母さんに電話してみたけれど、連絡つかなくてね・・・。後でもう一度かけてみるから」

「・・・。大丈夫だからおばあちゃん。僕、お母さんにメール送ったから」

「メール?」

「うん・・・。多分、お母さんもお父さんも今日は仕事、遅くなるっていってた・・・」

「そう・・・」

将太君はとても寂しい顔をしているな、とおばあちゃんは思いました。体の調子が悪いだけでも心細いのに、両親の帰りが遅いなんて・・・。

こんな時こそ、誰かに側に居て欲しいのに・・・。

おばあちゃんは将太君のサラサラの髪の毛をそっと撫でて布団に寝かせました。

「お母さんが迎えに来るまでゆっくり眠ってていいよ。それまでずっとそばにいるからね」

「うん・・・。ありがとう。琴音おばあちゃん・・・」

おばあちゃんはふとんを叩いてリズムをとっています。

「何してるの?おばあちゃん」

「子守歌・・・唄ってあげようと思ってね」

「・・・。僕、もう10歳だよ」

「風邪ひいたらみんな子供にもどるんよ」

「ふうん・・・」

おばあちゃんの子守歌。それはおばあちゃんのオリジナルで、おばあちゃんの子供達もそれをきいて育ちました。

♪かわいいかわいいわたしのぼうや。ねんねしているぼうやのかおがとてもいとしい、わたしのぼうや。げんきにそだちや。わたしのぼうや。ぼうやのえがおがわたしのげんき。ぼうやのかなしみわたしのかなしみ。かわいいかわいいわたしのぼうや。げんきにそだちや。わたしのぼうや・・・♪

「ゆっくりお休みなさいね。将太君・・・」

将太君はゆっくりと眠っていきました。

それから2時間ほどして、将太君のお母さんから迎えに行きますという電話がありました。

「こんばんは!将太の母です・・・」

もう、すでに時間は夜の8時をすぎていました。

「将太・・・」

眠っている将太君の顔をみてお母さんは少し安心しました。

「あの・・・一応、お医者様には見せたのですが、念のため、大きな病院で診てもらって下さいっておっしゃってましたので、また、みてあげてください」

「はい・・・。あの、ありがとうございました。なんてお礼を言っていいか・・・。すぐ、失礼しますで。ほら、将太・・・おきなさい」

「あの、お母さん、将太君、今さっき眠ったばかりなので・・・。お母さん、お茶入れました。しばらくお母さんも休まれていってくださいな」

「はい・・・。すみません・・・」

おばあちゃんと将太君のお母さんは静かにふすまを閉めて茶の間へ移動しました。

「はい。一服して下さいな・・・」

あたtかいお茶。将太君のお母さんは湯飲みをギュッと持ってこういいました。

「はあ・・・。ホッとしました・・・。あ、すみません。変なこと言って・・・」

「いえいえ・・・」

「私ったら携帯の電源切ったままで仕事してたもので・・・。もっと早く迎えに来ればよかったのに・・・」

「でも、メールって便利ですね。電話で伝えられないことをメールならいつでも伝えられる・・・」

おばあちゃんは携帯電話の使い方はよく分かりませんが、手紙より速い電気のお手紙(そのままですが)だと機械だと思っています。

「・・・。子供に携帯もたせるなんて本当はさせたくなかったのですが、私も主人も仕事が忙しいとどうしても入り用になって・・・。でも、やっぱりだめですね。せっかく持たせてもこんな事が起きるんじゃ・・・」

おばあちゃんは何も言わずお母さんのはなしを聞いています。

「メールででも子供とコミニュケーションできてると思ってた私が甘かったです・・・。肝心な時にそばに入れやれなくてこうして、他の人までにご迷惑かけてしまって・・・」

「・・・。どんな形であれ・・・お母さんが将太君の事をいつも想っているっていう事が大切なんじゃないでしょうか。きっとそれは将太くんもわかっていると思います」

「だといいんですが・・・」

「・・・。お母さんに一つだけ、お願いしたいことがあるんですが・・・よろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「今晩、将太君が眠るとき、子守歌を歌ってあげて下さい。お母さんが知っておられる子守歌を」

「子守歌?」

「それが何よりも将太君のお薬になると思うのですが・・・。さしでがましくてすみません。でも、できるなら、是非、そうしてあげて下さい」

「・・・。分かりました。小さかった頃はよく私も唄ったんです。でも私音痴で・・・」

「大丈夫!さっき、カラオケで30点以上だしたことのない私の子守歌でも将太君は眠りましたから・・・」

「・・・ふふふ・・・」

おばあちゃんとお母さんはお互いに顔を見合って笑いました。茶の間はあたたかいお茶の湯気と香しいにおいでいっぱいでした。

おばあちゃんはお母さんと将太君のためにお店の外にタクシーを呼んであげました。

「高林さん、今日は本当にありがとうございました。あの、改めてお礼に来ます」

「いえ。そんな気を遣われないでくださいな。それより、早く将太君が元気になってまた、お店に来て下さい」

「はい。ありがとうございます・・・。では、おやすみなさい」

バン!タクシーの窓越しに将太君がお母さんの膝で眠っている姿が見えます。

おばあちゃんはタクシーが見えなくなるまで見送りました。

「ニャーン・・・」

おばあちゃんの足にサスケが顔をすりつけています。

「あ、ごめんよ、サスケの夕ご飯、忘れてたね・・・」

おばあちゃんはすぐにサスケのご飯(今夜はあじの塩焼き)をあげました。そして、おばあちゃん自身も少し遅めの夕食をとります。

「・・・。将太君・・・。早く治るといいねぇ・・・。ね、おじいさん・・・」

正次おじいちゃんもきっとそう思っていることでしょう。でも、おばあちゃんは将太君の具合も心配ですが、お母さんがとても疲れた顔をしていたが気になっていました。

お母さんが疲れているなら、それはきっと将太君にも伝わるからです。

ボーンボーンボーン・・・。柱時計が9時をさしています。

「今日も、また、一日、終わっていくねぇ・・・」

今も昔も時間の流れは同じです。でも、今はとても過ぎるのが早く感じすぎる。

と、おばあちゃんは思います。

せめて、夜はゆっくりと過ぎて欲しい・・・。

そして、疲れている人をゆっくりさせて欲しい。おばあちゃんはそう、今日の日記の最後に記したのでした。

琴音おばあちゃん日記、まだまだ続きます。 さて、明日はどんな事が書かれているでしょうね・・・。

終わり