チュンチュン・・・。 かすみが目覚める・・・。 「・・・」 昨晩抱きしめられた肩が・・・ まだ・・・ (熱い・・・) 17歳の少年だと思っていた。 いや・・・ 弟のように・・・。 (違う・・・。”男の子”じゃなくて・・・。”男の人”だったんだ・・・) 耳の奥でまだ感じる・・・ 首筋にかかった・・・荒い・・・一夜の・・・息つかい。 (や、やだな・・・) 意識してないはずなのに 心臓が早くなってくる・・・。 (・・・なんでもない。ちょっと・・・。一夜の意外な一面にびっくりしただけ・・・ それだけなのよ・・・) 恋愛なんてしている場合じゃない。 そう・・・。かすみは・・・。 「お母さん・・・。私は・・・。私がするべきことは・・・」 机の上の母の写真立てを見つめる・・・。 「一夜が強く生きていってくれるために手伝うこと・・・。 それだけ・・・。そうよね?お母さん・・・。さて・・・。今日も一日が 始るわ・・・」 着替え、部屋を後にするかすみの背中を 写真の中の母は笑っている。 ただ・・・。かすみを見守るように・・・ 「あ・・・」 「・・・あ」 部屋を出た途端、朝からご対面の一夜とかすみ。 「・・・」 「・・・」 お互い、顔が見合えない・・・ 視線を逸らして・・・。 「お、お、おはよ」 「お、おう・・・」 ぎこちない挨拶・・・。ふっと思い浮かぶのは昨夜の抱擁・・・。 「・・・あ、朝ごはんだね」 「あ、ああ・・・」 二人の間の空気が硬くなったようで・・・。 「し、下・・・。行こうか」 「・・・おう・・・」 その日交わした会話も・・・これだけで・・・。 「なんだかなぁ・・・家の中が静かだなぁ」 一夜とかすみのケンカ声が店から消えて・・・ 例えば洗濯物が間違って一夜がもっていってしまったとか。 そんなことでケンカするふたりの姿が消えた・・・。 一夜もかすみも・・・。 どうしていいか、分からない。 今までどおりの態度ができない。 (このまんまじゃいけねぇ・・・。どうすんだ!どうすんだ・・・) 朝の仕込みをしながらも、一夜の考えることはそればかり。 「あ、こら!犬君!それ、醤油だぞ!ソースじゃねぇ!」 「え・・・」 オムレツにお醤油をかけてしまった・・・。 「・・・。すまない・・・(汗)」 「たくも〜。犬くん、厨房はもういいよ。ゴミ、出してきておくれ」 「わかった・・・」 やっと、野菜の皮むきが出来るようになったのに・・・。 (目の前にある仕事もまともに出来ないなんて・・・。オレ、どうしちまったのかな) ポリバケツの中のゴミを分別し、ゴミ袋へ入れる。 生ゴミは堆肥にするので別の容器に。 紙のプラスチックも振り分けて袋にいれる。 (・・・かすみとこのまんま・・・。喋られないまんまなのか・・・) ぼんやりした顔でしゃがんでいる一夜の背中をポン!と 誰かがつっついた。 「誰だ!」 「久しぶりだな。一夜」 紺のスーツ姿・・・ 眼鏡をかけた月森だった。 「ツキモリ・・・。お前か」 「オレじゃ駄目だったのか?かすみ君の方がよかったか?」 「・・・!」 ピクリと一夜の眉が動く。 「分かりやすい奴・・・。ふふ。何ならオレが”恋の相談役”になってやってもいいが?」 眼鏡の縁をくいっと人差し指であげた。 「うるせえ。てめにゃかんけいねぇ」 「・・・。オレがかすみ君に惚れている・・・。といってもか?」 「!!」 一夜は思いっきり凝固する。 「・・・な・・・。お、お前・・・」 「ふふ。お前がかすみ君に恋愛感情を抱くのは時間の問題だと思っていたからなぁ。 純情少年」 月森は背風呂のうちポケットから煙草を取り出し火をつけた。 その仕草が男の一夜から見ても色気があって・・・ 「自分に無償の愛で尽くしてくれる女性・・・。孤独の真っ只中にいたお前にとっては さしずめ”太陽”みたいにまぶしかったろうな。彼女の健気さは・・・」 「・・・う、うっせぇよ」 「でも一夜・・・。恋をするなら、”自分を高める”ような恋愛をしろ。果たして”今”の お前はかすみ君に見合うだけの男・・・かどうか」 フウー・・・と静かに煙を吐く月森・・・。 「今の自分は誰のおかげで存在するのか・・・。己を磨け、ということだな」 「説教こきにきたのかよ。てめぇは!」 」 「ふふ。恋愛はいいぞ?パワーが出る・・・。特に思春期の男はいろんな意味で、な」 「・・・う、うるせぇえ!!」 月森の言葉に何故か赤面する一夜。 「一夜」 急に月森の声のトーンが変わり、振り返る一夜。 「・・・この先・・・。どんなに辛い現実にぶち当たったとしても・・・。 かすみ君を想う気持ちを保ちつづけられるか?」 「な、なんだよ。急に」 ぐっと一夜の肩を掴む月森・・・。 「強い、強い想いを持ち続けろ・・・。オレが言いたいのはそれだけだ。じゃあな」 月森は軽くウィンクして車に乗り込み、颯爽と立ち去った。 「・・・けっ。気障男が・・・」 月森の一夜に告げた言葉が・・・ 後々に深い意味があったのだと一夜は気づくことになる・・・。 そして・・・また夜。 「ふぅ。いいお湯だったー」 濡れ髪をバスタオルで拭きながかすみは出てきた。 「あ」 「・・・あ」 階段の上り口で一夜とばっかり遭遇。 変わらないきまずーい雰囲気が漂う。 「・・・何よ」 「何だよ!」 やっぱり平行線。 「・・・あ、あんたね。一緒に暮らしてるんだから・・・もっと自然体で居なさいよ!」 「お、お前こそ・・・っ」 さらに平行線。 「・・・。何よ。まだ子供のくせに恋愛だなんて・・・」 「ばっ・・・誰がお前の恋してるなんていったよ!!」 「な、な、何いってるのよ!私は一般論言っただけでしょ!大体、私、年下は好みじゃない」 (え・・・) 一夜、ちょっと胸がチクリと痛む 「そ、そうだよなぁ。オレだって年上なんて・・・」 (・・・そうなんだ・・・) 今度はかすみの胸がチクリ。 一夜のことは可愛い弟の様に思ってきたから なんだか・・・ (そうよね。一夜だって年頃なんだし・・・) 「・・・でも一夜。恋愛は悪くないかもしれないよ」 「あん?」 「・・・誰かを好きになるって・・・。何だかすごく優しい気持ちに なれるんだよ」 かすみは髪を巻いていたタオルをぱさっと取った。 その仕草に一瞬ドキっとする。一夜。 「・・・ま。誰かを好きになる前に、自分をもっと磨かないとね。 一夜。あんたまだ、子供だもん」 「うるせー!オレは寝る!」 バタン! 荒々しく閉められたドア。 「・・・そういうところが子供だっていうの。ふふ。でも元気 な証拠ね」 一夜の成長を感じると嬉しくなる。 ・・・命がけで母が救った命が今、こんなに大きくなって 生きてる・・・。 それだけで 嬉しい。 「・・・素敵な恋をして・・・。幸せな自分の道を 早く見つけてね。一夜・・・」 ドアの向こうの一夜に そう願うかすみ・・・。 だが一夜の気持ちははっきりと鮮明だった かすみを見ると心が熱くなってくる。 かすみをの肌を見ると 触れてみたくなる。 かすみを見ると・・・ 「・・・くそ・・・っ!!」 座布団を壁になげつける。 かすみを顔を見る度、わかってくる。 自覚してくる。 (オレは・・・オレは・・・) この胸の焦がれる気持ちは・・・ (オレ・・・。かすみが・・・。好きだ・・・) 目覚めた恋心。 一夜ははっきりと自覚した・・・