久遠の絆


第十章 涙雨

夜・・・。 月森とカネ子が食堂で話してる かすみが大学を半年休学することについて・・・ 「オレが彼女に頼んだばかりに・・・」 「ぼっちゃま。でもそれはかすみ様のためにあえて犬ちゃんをかすみ様に託されたの でしょう・・・。ご自分を責めては・・・」 「だが・・・。たった一度しかない彼女の人生の時間を 一夜のためにあてるというのは・・・。やはり間違っているんじゃないかと・・・」 かすみの休学届けを見つめながら 鎮痛な面持ちの月森・・・ 「・・・でもぼっちゃま。今、犬ちゃんは少しずつかすみ様にようやく心を 開いてきてるところなんです。かすみ様でなければ・・・」 「・・・。そう・・・だが・・・」 月森の切なそうな表情・・・ かすみに対しての申し訳なさだけではない それ以上の感情をカネ子は確かに感じた・・・ 「カネ子さん、負担かけて悪いが彼女と一夜のこと。よろしく頼む。 金銭面でのこと、一夜の今後のことはオレが責任をもつから・・・」 「はい・・・。ぼっちゃま」 月森とカネ子のやりとりを・・・。 一夜が階段の影から聞いていた・・・ そして翌朝。 ”オレはもう一人で大丈夫だ。一人でイキテイケル。今まで世話になったな” そんなメモを残して月森別荘から姿を消した。 一夜のメモを見つめる月森とかすみ・・・ 「もしかして・・・。アイツ、昨日、オレとカネコさんの話を聞いて・・・」 「話って。教授、どんな話していたんですか?」 「・・・それは・・・」 俯く月森。 「・・・。ったくそれにしても・・・。突然消えるなんてホントに勝手なんだから・・・」 ベットの上のメモを寂しそうな瞳で見つめるかすみ・・・ 「・・・一人でって・・・。そんな・・・。さみしいこと言わないでよ・・・」 かすみは部屋の窓辺のサクラソウを見つめる・・・ (せっかく・・・。花が咲いたのに・・・。貴方が育てたサクラソウ・・・) ピンクの可愛い花が誰かを待っている。 「とにかく探さなきゃ・・・!アイツ、お金、少ししかもってないはずなんです」 「かすみ。オレも一緒に探す・・・」 「いえ、教授とカネ子さんはここにいてください!もしかしたら 帰ってくるかもしれないし・・・」 「かすみ・・・!」 化粧もせず、かすみは屋敷をとびだした・・・ 「・・・。かすみ・・・」 かすみの名を呟いたその声は・・・ どことなく切なかった・・・ かすみはサクラソウの小鉢を軽四に乗せ、 山道をアクセルを踏んで街へと急いだ・・・ 月森 その頃・・・ 財布と少しの着替えが入ったリュック一つ担いだ一夜。 駅前のコンビニで買ったアンパンをほお張りながら求人雑誌を ぺらぺらとめくる一夜・・・ (・・・仕事なんかすぐ見つけてやる・・・。一人で生きてくなんて簡単だ・・・) ずっと考えていた。 月森の屋敷にずっといられるわけでもない。 体力も大分ついた。 (誰かに頼るなんてももうごめんだ。オレはオレで生きてみせる) ”あなたはひとりじゃないから・・・” ふっとかすみの顔が浮んだ・・・ (な・・・。なんでアイツの顔が出てくるんだ。色々オレのためにしてくれた けど・・・。結局は他人なんだ。他人・・・なんだ) なんとなく寂しい気持ちを感じる・・・ 「くそ・・・!!オレは・・・一人で生きていくんだ!」 くしゃっとアンパンのビニール袋を握り締め、一夜は走り出す・・・ 一人で。 何もかも一人で。 頼るものなど 自分以外、誰もいないのだから・・・ 一夜は雑誌の中のパチンコ屋へ行った。 「・・・で。履歴書は?」 一夜はポケットからくしゃくしゃの履歴書を出した。 「・・・中卒・・・?」 「いけねぇのかよ」 パチンコ屋の店長は、履歴書をポイっとゴミ箱に投げ入れた 「な、何すんだ!!」 「てめぇみてぇ、家出したがきやとうほどうちんとこ はすたれてねぇ」 「家出なんてしてねぇ!!オレは一人でやっていけるんだ!」 「みんなそう言いやがるんだ。あのな。世の中、甘くはねぇんだ。 ぼうず。あったかいママがいるおうちに帰えんな」 一夜の髪をぐしゃっと乱暴にかき乱し、店長は一夜を事務所から追い出した。 「くそ・・・!!何が変えんな・・・!だ!!へっ。帰るとこなんてねぇんだ・・・。 だから・・・」 一夜は次に印をつけた場所へいそぐ。 『学歴不問・住み込み可』 車修理工場。 「いつからでも働ける・・・。体力はあるし。だから雇ってくれ」 トラックのタイヤを交換する工場長。 タオルで汗をふきながら一夜に一言言った。 「・・・保証人は?」 「保証人・・・?なんだそりゃ」 「お前の身元を保証してくれる人間だよ。確かにうちは学歴不問だし すぐ住み込みで来てくれる奴を探してる。だが お前がどういう人間か説明してくれる人間はいるのかって聞いてるんだ」 「そんな人間・・・いるわけ・・・」 「・・・。どこの馬の骨ともわからない奴を雇うほどうちは暇じゃない。 帰れ」 工場長はヘルメットを脱ぎタオルで顔を拭きながら冷たく あしらった。 「オレはもう誰にも迷惑かけられねぇんだ・・・何でもする。だから・・・」 ベチャ・・・ッ。 「!」 工場の工員が一夜に向かって塗装料(ペンキ)をはけで、飛ばした。 「仕事の邪魔なんだよ。帰れ」 「・・・なにすんだッてめぇええ!!」 思わず工員の襟をつかむ一夜。 ボカッ!! 工場長に一発食らう・・・ 「ケンカの仕方もしらねぇガキが・・・。世の中、お情けが通用すると 思うなよ?」 ガシャン・・・! 一夜を締め出し、シャッターを閉めた・・・ 「・・・ぺッ・・・」 少し唇が切れ、血を飛ばす。 「・・・フン・・・。こんなおんぼろ工場こっちから願い下げだ!!」 そう息巻いて一夜は次々と あちこち手当たり次第、仕事を探して回るが当てのない17歳の少年を 雇うところなどない ひどいところでは不審がられ、 「あ・・・。もしもし交番ですか?この間騒ぎを起こした男の子によく似た 少年が・・・」 別人に間違われ、交番に電話までされる逃げてきてしまったり・・・。 断られ続け・・・ 気がついた頃にはどっぷり日が暮れていた・・・ 「・・・くそッ!!!!」 カラン・・・ッ。 公園。 空き缶に悔しさをぶつける一夜・・・ 朝、アンパンを食べたっきりなにも食べていない。 財布の中身を見ると 三千円しかない。 (これじゃあ、ホテルにもとまれねぇ・・・) 世の中、 金 金 金 何をするにも金次第。 当たり前のことだが 金がなくては生きていけない、金がない人間は・・・ 生きている価値がない。 3千円しかない財布を見つめながら一夜はどうしようもない 虚しさと無力感を深く感じた・・・ (でも一人で生きていかなきゃいけねぇんだ。オレには誰もいねぇ・・・。 一人だから・・・) 公園の薄暗い電灯を見上げる・・・ 薄暗さ光でも 暗闇にいるよいい・・・ キャンゥゥーーン・・・ッ 「!?」 滑り台の後ろのほうから子犬の悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。 一夜が覗いてみると・・・ 「拾ってペット屋にでも売ろうかと思ったけど、こんなぶっ細工な キタネェ犬、いらねぇ」 ドカ! 少年達が子犬を足で蹴る少年。 「今日は警官見回り厳しくて狙えなかったからな。コイツで我慢するか」 モデルガンのようなもので逃げ回る子犬を追いかけ狙い撃ちする少年。 「なぁ・・・。やっぱり”人間”相手じゃねぇと今一つ臨場感ねぇ」 キャウウウン・・・!! 吸っていた煙草をジュウ・・・ 子犬のお腹に押し当てる・・・ やりたい放題の少年達・・・ 子犬はヨロヨロと歩き、大きなスニーカーの足元で倒れこんでしまった・・・ 子犬をそっと 大きな手のひらに拾われる・・・ 「おう。その犬オレらの犬だ返せ・・・。!??」 鋭く険しい目が少年達を見下ろす。 一瞬たじろく少年達。 「・・・この犬はオレが貰う・・・」 「あ・・・?それはオレの犬だ。素直に返せば見逃してやる」 ふぅーと煙草を吸っていた少年が一夜の顔に煙をかけながら言った。 「ああ。返してやるぜ、その馬鹿面にな・・・!」 バキ・・・ッ 「・・・ウガッ」 一夜の拳が煙草をくわえた少年を吹き飛ばした。 「て・・・てめぇ・・・!!」 「かかってこいよ・・・。オレ、今、すげぇイラついてんだよ。 とくにてめぇら見テェなクソ見てたらな・・・。ボコボコに してやる・・・」 一夜は子犬をそっと地面に置き、少年達に立ち向かう・・・ 「しゃらくせええ!!!」 少年達がいっせいに一夜に飛び掛るが倍にして殴り返す 「てめぇらみてぇなクソ共がいるからな・・・。同い年の奴らみんな てめぇらみてぇだって思われるんだよ・・・」 ”今時の若いもんは・・・” ”どーせなんかヤバイことして家出でもしてんだろ?” 今日浴びせられた罵声が一夜の脳裏に蘇り 言いようのない怒りが拳に集まる・・・ そして殴ろうとしたそのとき ”暴力は絶対にだめ。力では何も解決しないのよ・・・” (!!) かすみの言葉が一夜の拳を止めた。 (な、なんでアイツのことばかり浮ぶんだ・・・) 一瞬意識を逸らした瞬間・・・ バキ・・・!!! 「ううぅ!!!」 一夜の背後をいきなり木の棒でなぐってきた少年達・・・ ふいをつかれ、一夜は地面に倒れた・・・ 「ちょっとデカイからっていばってんじゃねぇえ!!てめぇに 受けた分、倍にして返してやる!!」 少年3人は蹲る一夜を囲み 不適に笑った・・・ 「こら・・・!そこで何してる!??」 懐中電灯が一夜たちを照らす。 「・・・ちっ・・・」 少年達は舌打ちしながら逃げる・・・ 「君・・・!大丈夫か!?」 警官たちが一夜に駆け寄る 「大丈夫か!???」 「うるせぇ・・・オレに構うなッ!!」 警官達の手を払いのける一夜・・・ 少しもたつきながら歩く・・・ 子犬を抱いて・・・ 「君・・・!」 「誰もオレに構うなッ・・・ッ。誰も信じねぇ・・・」 一夜の後を・・・ 子犬もよろめきながらとことこ・・・ ついていく・・・ そして・・・雨が 振り出した・・・ 「え・・・!?ケガ!???」 駅前の交番で一夜のことを尋ねたかすみ 一夜らしい少年がケガをして去って言ったと耳にして・・・ 「病院へ連れて行こうと尋ねたんですが、平気だと言って行ってしまって・・・」 「行ってしまったって・・・。あんた達、ちゃんと自分たちの職務真っ当しなさいよ!! 市民の安全を守るのが仕事でしょ!!」 頼りない警官たちの説明に、かすみ、キレル。 かすみの剣幕にひく警官達・・・ 「もういいわよ・・・公園の近くならまだこの近くにいるかもしれない・・・!!」 「あ・・・」 かすみは軽四を交番の前に止めたまま 公園の方へ走る・・・ 「お嬢さん・・・。これって・・・路上駐車なんですが・・・(汗)」 ザー・・・ バシャ。バシャ・・・ 水溜りに白のハイヒールが踊る。 雨が激しくなってきた・・・ ブルーの傘をさしたかすみは公園をくまなく捜した・・・ だが一夜の姿はどこにも・・・ (そうだ・・・!!携帯・・・!!!) かすみは一夜に持たせた携帯にかけた (・・・かかった・・・!!) PPPPP だが出ない (出てよ・・・!!お願い・・・!!!) P・・・! 「もしもし・・・!??一夜!!!お願い、返事して!!」 「・・・」 「もしもし!!??」 「・・・痛ぇ・・・」 プツッ・・・ 一夜の篭るような声が一瞬聞こえたが 切れてしまった・・・ (痛いって今・・・。頭にケガを・・・) かすみの脳裏に・・・ 押入れで小さく足を抱える一夜の姿が浮ぶ・・・ ”助けて・・・” 「きゃッ・・・!!」 バシャン!! 大きな水溜りで転び、泥だらけ・・・ 「・・・全く・・・。ペンダントを探したり・・・貴方と出会って私泥だらけになってばっかり じゃないの・・・」 ”助けて・・・” 「でも・・・」 雨の音より 風の音より 耳の奥できこえる・・・ ”助けて・・・” 誰の声・・・? ヒトリボッチ 体が心が 苦しく 痛くて 誰かに助けを求めても 誰も来ない 水たまりに浮ぶ枯葉のように 人に踏まれ 気づかれもしない・・・ (・・・でも今は違う・・・。ヒトリじゃない。一人にしているのは自分の心・・・) 「一夜!一夜!どこ!??」 ハイヒールを脱ぎ捨て 裸足のまま住宅街を探す・・・ 「いっただっきまーす!」 囲いの向こうから温かな灯りといい匂いが・・・ 仲むつまじく食卓を囲む親子の姿・・・ まるで”マッチ売りの少女”のようだ。 身寄りのない少女は豊かな家の窓から羨ましそうに中を除きそしてマッチの火の幻で 自分の孤独を満たす・・・ 「・・・!これ、一夜の財布・・・」 囲いの溝に一夜の財布が落ちていた・・・ 財布の中身はゼロ・・・ (もしかして・・・。一夜もここからあの食事の風景を見てた・・・) 明るい灯りに誘われて この場所から・・・ 「・・・一夜・・・」 ”助けて・・・” 聞こえる・・・ 声が マッチ売りの少女は マッチの灯火で幻の幸せを見ながら息絶えた・・・ かすみはずっと思っていた・・・ (・・・どうして気がつかないのかって・・・!!どうして誰も・・・手を差し伸べなかったのかって・・・!!) 少女の人生が哀しいのではない そうではない 少女の孤独を知ろうとしなかった人間達が愚かで悲しい・・・ (一夜・・・!貴方は絶対一人なんかじゃないんだから・・・!!絶対・・・っ) 傘を放り投げてかすみ・・・ マッチ売りの少女を幻を見ながら死なせない 絶対・・・ (絶対・・・!!) クゥン・・・ 「・・・!?」 泥だらけの子犬がかすみのストッキングを噛む・・・ 「・・・あなた・・・」 クゥン・・・ 小さな体で必死に引っ張る 「・・・一夜がいるの・・・?」 クウゥン・・・ ヨロヨロしながら子犬はかすみを導く・・・ 真っ暗な駐車場・・・ フェンスの隅で 九の字になって蹲る一夜・・・ ガタガタ震え・・・ 額から血をながして・・・ 「一夜・・・ッ!!!!!!」 傘を放り、一夜を抱き上げるかすみ・・・ 「しっかりして・・・!!!」 バックからハンカチを取り出し額の傷を塞ぐ 「救急車・・・よばなきゃ・・・!!!!」 かすみは携帯を取り出し番号を押そうとしたが・・・ 電池が切れてしまっている 「もう!!なんでよ!!!こんなときに・・・!!!!!」 携帯を地面に投げつけるかすみ・・・ 「・・・ごめ・・・」 「一夜・・・!!しゃべっちゃだめ・・・!!」 「・・・。オレ・・・一人で・・・生きていこう・・・思った・・・のに・・・ 失敗・・・して・・・」 「一夜・・・」 ハンカチに血がしみこんで止まらない・・・ 「・・・世の中・・・やっぱり・・・キビシくて・・・。生きていくって・・・ 大変・・・なんだ・・・な」 「一夜・・・。わかったから・・・。だからしゃべらないで」 「・・・。オレは・・・。帰るところが欲しかった・・ かえってもいい場所に・・・」 「一夜・・・」 「・・・帰りテェ・・・。オレの・・・。オレの帰る場所は・・・どこだ・・・。どこなんだよ・・・ どこなんだ・・・っ」 かすみの胸に顔を子供のように埋める一夜・・・ 雨に 一夜の頬をつたう涙が流される・・・ 「・・・帰ってきていいよ・・・。ここに・・・。帰ってきて・・・」 かすみは一夜の頭をぎゅっと両手で包む・・・ 赤子を抱きしめる母のように・・・ (オレの・・・帰る・・・場所・・・) かすみのブラウスに血が滲む・・・ 「ここよ・・・。私は貴方を待ってる・・・」 「・・・ここ・・・」 一夜はかすみの鼓動を聞くように耳を寄せる トクントクン・・・ (かすみの・・・心の・・・音・・・) 「どこへも行かないで・・・。生きよう・・・。一緒に・・・貴方の生き方を 探そう・・・」 「オレの・・・。生き方・・・?」 「・・・貴方の生き方・・・。ね・・・?」 雨に濡れたかすみの 微笑みに・・・ 一夜の凍えた心は・・・ 溶ける・・・ 「・・・かすみ・・・。かすみ・・・かすみ・・・」 掠れそうな声を すがる手を かすみはしっかり抱きしめる・・・ マッチの灯火のぬくもりより あたたかな優しい胸に 一夜は・・・ 涙が出そうなほど 幸せを感じたのだった・・・