久遠の絆 第十二章
久遠の絆
第12章 教室
一夜がかすみが下宿している洋食屋に来てから二週間がたった
「こらー!一夜。いつまで寝てるの!!朝の仕込みてつだいなさーい!!」
「うっせぇな・・・」
朝5時一夜起床。いやいやながらも
エプロンをつける。
「ん?」
机の上に置かれた教科書。
”学校・・・。高校生っていうの、やってみない?”
「勝手に・・・」
「・・・。学校か・・・」
学校という場所に思い出などない。
素性が疑われて始めるとすぐに転校していた。
それ以上に”教師”という存在が嫌だった
さらに
教室が嫌いだった
一日中、三十何人もの人間と同じ空間にいなければならない・・・
”お前の・・・オフクロはアバズレだろ”
隣の机のクラスメートが吐いた言葉。
気が付いたときには相手の頬に拳を打ち付けていた・・・
「・・・フン・・・」
机の上の教科書を無視する・・・
(”教室”なんてこりごりだ・・・)
「一夜ーーー!!早くおりてきなさーい!」
かすみの声・・・
(学校やダチなんかいらねぇ。今のオレは・・・オレには・・・)
ドドドド・・・
バタン!!
エプロン姿のかすみが怒った顔で入ってきた。
「呼んでいるのに・・・返事ぐらいしなさいよね!!」
(・・・今のオレには・・・)
かすみの顔をじっと見つめる一夜。
「・・・?なによ?」
「・・・な、なんでもねぇよッ・・・。て、手伝えばいんだろッ」
一夜は少し恥ずかしそうに俯いて
先に階段を下りていく・・・
「・・・。一体何なのよ。全く・・・」
かすみは机の上の教科書を見た。
全く目を通した痕跡がない・・・
(・・・そうよね・・・。こんなこれ見よがしに置いても・・・。
でも・・・。知って欲しい・・・。一夜にも学ぶことの楽しさ・・・。
友達との時間・・・)
同世代の若者達が当たり前にすごしている日常を
一夜にも感じて欲しい
そして沢山の人間達と知り合い、人とかかわることの素晴らしさを
知って欲しい・・・
「・・・。あきらめないわ!時間はたっぷりあるんだもの・・・!」
かすみは窓を開け空を見上げた・・・
(ね・・・お母さん・・・)
「犬ちゃん、盛り付けやってみるか?」
「・・・ああ。いいぜ」
厨房に白髪まじりのと一夜が並んぶ。
白いお皿に小さなパセリを大きな手が細かく
オムレツに添えていく
「・・・なんか・・・。可愛いよ。あんた」
「なっ・・・。て、てめぇ・・・。お、男に向かって・・・(照)」
「まぁ。本当に赤くなったわ〜。ほっぺがキャロットのようよv」
洋食屋の女将・が一夜のほっぺをくいっちひっぱった。
「こら!!やめねぇか!!」
「ほんとだー♪にんじんほっぺーvv」
つんつん、一夜をつつくかすみ・・・
「か、からかうんじゃねぇー・・・」
厨房から
4人の賑やかな声が響く・・・
”おじさんとおばさんにお願いがあるの・・・。ある少年を・・・。
しばらくここにおいて欲しい・・・”
かすみの突然の申し出に二人とも理由も深く聞かずに
快諾してくれた
”かすみちゃんのことだ。きっと誰かのために必死なんだろう・・・。
かすみちゃんはワシらの娘も同然じゃ。娘の応援をさせてくれ・・・”
(本当にありがとう・・・。おじさんおばさん・・・)
夫妻はかすみの唯一の遠縁だ。
かすみが中学生のとき、長年子供に縁がなかった夫婦は
自分達の元で一緒にすまないかと申し出てくれた。
(・・・人は。新しい世界に関わると自然と人との繋がりも広がる・・・)
一夜はい17年生きてきて母親と父親、そして今はかすみの周囲の人間
としか関わりがない
(広い海へ出て行かなくちゃ・・・。荒波だとしても
でないと強くなれない・・・)
厨房にたつ一夜の背中を見つめながら
かすみは思った・・・
その夜。
店が終わった後、かすみは一夜をあるところに
連れ出す
夕暮れのラッシュアワー。
かすみの軽四が走る。
「どこ行くんだよッ。まだ皿洗い終わってもいないし・・・」
「”教室”よ」
「な・・・。お、オレはいかねぇって言ってんだろ!」
「あたしの”古巣”に行くだけよ。ふふ・・・」
(な、なんだ。その企んだような笑いは・・・(汗))
バックミラーに移るかすみの笑みに一夜はちょっと不安を覚える・・・
「ここよ」
バタン。
かすみの軽4は『晴嵐高等学校』という立派な表札がかかげられた
大理石の門の前に止まった。
目の前にお城のような校舎。
一番大きな塔の天辺には巨大な鐘が・・・
(すげぇ・・・。マンモス校じゃねぇか・・・。もしかして
かすみの奴。すんげぇ、どっかの金持ちのお嬢なのか・・・?)
「こっちよ。こっち」
すました顔で校舎に入ってくかすみ・・・。
一夜はまるで遊園地に連れてこられたような感覚。
(学校というより・・・テーマパークだぜ)
真新しい壁、都会的なインテリアで電気も蛍光灯ではなく
ポップな感じの丸いライト。
(それでも・・・。この”匂い”はかわらねぇ・・・)
コンクリートのセメントの匂い。
圧迫されるような
四角い窓、四角い廊下・・・
やっぱり息が詰まりそうな感じがする・・・
「何してるの。あたしの”母校”はこっちよこっち」
「へ・・・?」
階段を下りて渡り廊下を抜け見えてきたのは・・・
古びた木造校舎・・・
『晴嵐第二校舎』
(な・・・。なんだここ・・・)
映画の『少年時代』に出てくるような戦前戦後
の田舎の小学校のような・・・
「あんまり古くてボロだから・・・って思ってるんでしょ」
「・・・」
「でもね。私、本校舎よりこっちの方が断然好き。
木の香りと・・・。それから壁のしみも床の足跡も沢山この校舎を巣立っていった
生徒達の思い出が残ってる・・・」
「・・・女ってのは感傷的だぜ。けっ・・・」
かすみ、ちょっとムカッときた。
「いーからきなさい!」
一夜のTシャツを引っ張り、1-Aの教室に
連れて行くかすみ
ガラガラ・・・ッ。
パアーン!!
「!??」
一夜が教室に入ると同時にクラッカーが一斉に鳴った・・・
「ようこそーー!!”犬飼夜摩斗”こと一夜クン、我が1-Aへ!!」
黒板に同じ台詞が賑やかに書かれ、
10人ほどの生徒たちが一夜を拍手で迎える・・・
(な・・・。なんだ・・・?)
あっけにとられる一夜・・・
「みなさん。あったかいお出迎えありがとうございます!
不束者の生意気でガキンチョな17歳ですが、よろしくお願いします!」
かすみは一夜の頭を強引に抑えて下げさせる。
「て、てめぇ!何しやがる!」
「みんなあんたが今日来るからずっと待っていてくれたのよ。ほら、あんたも挨拶して」
「うっせぇえ!!そんなのかすみ、お前が勝手に決めたんだローが!!」
かすみの手を払い背を向ける一夜。
その一夜をギロリ鋭い眼差しで
睨む男一人・・・
「おい。犬っころとかゆー奴。さっきから聞いてりゃ
”かすみ かすみ”って慣れなれしいな。『オレの』かすみ先輩に向かって」
「鋼牙くん。落ち着いて・・・(汗)」
髪を束ね、一夜と身長が変わらない鋼牙という少年が
一夜の前に腕を組んで仁王立ち・・・
「なんだ・・・?てめぇ」
「オレ?オレか?ふっ。オレは聞いて驚くな・・・。天下に名高い柳の狼組の
若頭・鋼牙ってもんだ」
「痩せ狼組?どこの幼稚園だ」
フフ・・・
他の生徒達が一夜の皮肉に受けた。
「ふっ・・・(怒)。てめぇとは何かと気が合いそうだな・・・」
「男とじゃれあう趣味はねぇ。狼野郎」
バチ・・・ッ
一夜と鋼牙の間に見えない閃光が走った。
「まぁあ・・・。若いもんばっかりもりあがらんと・・・。そうだ。今日は授業は
やめにして”犬クン歓迎杯バスケット大会”にしましょうよvわんこちゃんv」
「・・・な・・・ッ(汗)」
派手なスーツをきた図体が大きい女が一夜の耳をふーっと息をかけた
一夜、悪寒が走って女の正体をすぐ見抜く。
(・・・こ、こいつ・・・。男だ!)
「みればみるほどアタシ好み・・・vねぇえかすみ先輩、このわんこ、
あたしにちょーだいなー♪」
「く、くっつくなー!!男だろてめぇ!か、かすみ、
こいつ一体なんなんだ!」
「紹介するね。蛇野岡(じゃのおか)くん。駅前に『バー・蛇使い』のママさんよ」
「よろしくね♪ワンちゃん♪」
「だーーー!!くっつくなーー!!おかま野郎!!!」
一夜は少しずつ気がつく・・・
(このクラス・・・。なんか変だぞ・・・)
生徒たち(?)の面々を眺める・・・
ヤクザの頭の息子やら、おかまやら・・・
それにどうみても”生徒”にしては年寄りの中年のおばさんやおじさん・・・
(・・・ここは・・・。一体どういう”学校”なんだ・・・。一体・・・)
(よ、よろしくって・・・。こ、このクラス・・・なんか変だぞ・・・)
その問いに
体育館でバスケットを楽しむクラスメートたちを
見つめながらかすみは話してくれた。
「・・・塾・・・?」
「そ・・・。ここはね『学校』じゃなくて・・・。塾みたいなものなの。
色々な事情で高校受験できなかった人が勉強するところなの。
・・・私も金銭的な事情で高校いけなくて・・・。」
かすみは自分の学生時代のことを全部包み隠さず話した。
大学資格を自力でとって奨学金で大学へ通っていること、
この塾での楽しい友達ができたこと。
包み隠さず話す・・・
『母親』のこと以外は・・・
「・・・。10代に色んなことを勉強して吸収する・・・。それはとっても
貴重なことだし有難いことだと私は思うの」
「・・・」
「普通に制服着て学校へ通うことだけが”勉強する”ということじゃないわ。
一人一人、色んな学び方がある」
一夜はだた無言で聞いているが・・・
「17歳。貴方にも自分の知らないこといっぱい、知って欲しい。覚えて欲しい
友達をつくってほしい・・・」
楽しそうにバスケットをプレイする
クラスメートを見つめる。
だが・・・
「・・・説教ならやめてくれ。どっちにしても馴れ合うってのが性にあわねぇ」
(一夜・・・)
パシ。
ボールが一夜の足元に転がってきた・・・
「おーい・・・。犬ちゃんも一緒にやらなーい♪」
おかまちゃんの五月が一夜を手招きするが・・・
「あら・・・」
一夜はポケットに手を突っ込んで
体育館を去る・・・
「ご、ごめんなさい。五月さん。愛想なくて・・・」
「いーのよぉ。かすみちゃんがそんなこと気にしなくて・・・。それにしても・・・
あの子の心の扉は・・・。重そうね・・・。でも昔のかすみちゃんを思い出すよ」
「・・・」
「まぁそんなしょげなさんな!あたし達はいつでも犬ちゃんのこと、
待ってるから・・・ね!」
五月はかすみの肩をポン!と叩く
「ありがとう。五月さん・・・」
その日からかすみは昼間、レストランを手伝う一夜
に
「夜、教室で待ってるから、来てね・・・」
と、行って大学へ行くが・・・
一夜は利三と厨房で洗い物を黙ってしている・・・
(一夜・・・)
「じゃ、おばちゃん行ってきます」
「ああ、かすみちゃん行ってらっしゃい・・・」
カラン・・・
店の入り口から出て少し寂しそうに行くかすみ・・・
「犬クン・・・。いいのか?かすみちゃん、残念そうじゃったよ・・・」
「・・・」
キュッキュとひたすら
スポンジでお皿を洗う・・・
「・・・。かすみちゃんがうちへ来たのは中学校卒業してすぐじゃったかのう・・・。施設から
うちに引き取って・・・。あの子は毎日のようにわしらに”ありがとう”と言っておってな・・・」
ジャガイモの皮をむきながら利三は話す。
「高校へ行かず、今のお前さんみたいにこの店で働かせて欲しいと
かすみちゃんは言うたんじゃ。わしらは高校へ行きなさいと言うたんじゃが」
「・・・」
「相当に・・・苦労をしてきた子じゃったから・・・。色々気を使ったんじゃろうな・・・。
お金のことなんか・・・。けど本当は勉強したかったはず・・・」
「・・・」
一夜は大なべをゴシゴシたわしでひたすら擦る・・・
「そんなに力をいれたらいかん。貸してみなさい」
利三がさらっと滑らかに擦ると不思議なくらいに油の塊がすぐ取れた・・・
「鍋の洗い方一つ・・・。勉強じゃ。犬君。若いときに・・・。
勉強する機会がある・・・それははとても幸せなことじゃ。
そんな機会をかすみちゃんがつくってくれたというなら・・・」
「・・・。あー。わかったよ。行けばいーんだろ!!回りくどい説教は、かすみ
だけで充分なんだよ。ったく・・・」
ぶつぶつ、文句をいいながら一夜は
洗い物を最後まで
丁寧に遣り通す
”おじちゃん。一夜ってね・・・。口はかなり悪いけど根性と優しさは
きっとあるはずなの・・・。それを信じて欲しいんだ・・・”
かすみの言葉を思い出しながら
利三は一夜に今度はジャガイモの切り方を教えた・・・
そして夜・・・
「あら?あなた犬ちゃんは?」
風呂から上がった浴衣姿の菊枝。
さっきまでテレビを見ていた一夜の姿なくキョロキョロする。
「学びに”教室”に行ったんじゃ・・・。ふふ。自分を待っていてくれる人がおる
教室に・・・」
コチコチコチ・・・
柱時計の針が午後9時を過ぎている・・・
”教室で・・・かすみちゃんが犬クンをまっておるんじゃよ”
校門をくぐり
中庭を抜け、第二校舎に向かう・・・
真っ暗な校舎の二階の教室
ぽつり・・・灯りが灯っている・・・
(・・・)
まるで誰かが来るのを待っているように
(明るい・・・光だ)
なんでもない電灯が
窓から漏れる明かりが
あんなに綺麗に見えるなんて・・・
あの灯りが自分を待っているような気がした・・・
ガラガラ・・・
ドアをあけると・・・
「・・・」
窓際の席に座り窓の外を見つめるかすみ・・・
「ふぅ・・・」
腕時計をみてため息をつくかすみ・・・
「ばああああ!!」
「きゃあああッ!???」
一夜の後ろをから突然登場にかすみは椅子からこけて
腰を抜かす
「あっはっはっは!!ざまーねぇな。その顔ー!間抜け面ちゃんとおがんでやったぜ」
「もーーーー!!あんた何すんのよッ!!!ずっと待ってたのにその
登場の仕方は!!」
「待ってくれと頼んだ覚えはねぇ」
涼しい顔で椅子に腰を降ろす一夜。
(・・・コイツ・・・。ほんっとに最近調子図いてるわ!)
ちょっと顔を膨らませて怒るかすみ。
「ふー・・・。じじいがお前が待っているから行けってうるせぇから来てやったが・・・。
けっ。やっぱ教室ってのはなんかムカつくぜ」
「じじいっていわないの!!それに来てやったってなによ。
もう・・・。私、毎日待ってたのよ。いつかは来てくれるって信じて・・・」
「・・・」
「でも・・・。やっぱり来てくれた・・・。嬉しいな」
「///、そ、そんなことぐらいで大げさな・・・」
一夜はぷいっと顔を隠すように頬杖をつく。
(くそ・・・。かすみの笑った顔見たらなんか気持ちがふわふわしやがる・・・)
そんな気持ちを悟られまいと
一夜は必死にポーかフェイスを装う。
かすみは静かに立ち上がると窓を開け、風を入れた・・・
「一夜もこっちにおいでよ」
かすみの隣にならび風を受ける
「気持ちいいね・・・。夜の風って・・・」
目を閉じて深呼吸するかすみ・・・
前髪がふわっと風に靡く・・・
かすみの横顔に一瞬、ドキっとする一夜。
「?どうかした?」
「べ、別になんでもねぇ・・・」
やっぱりぷいっと顔を背ける一夜。
「あのね・・・。
あたしがここに通ってた時・・・。
校門から見上げる教室の明かりが大好きだったんだ・・・」
「・・・」
「真っ暗なのに教室の明かりだけついて・・・。なんかね・・・”待ってるよ”
そう聞こえた気がして・・・」
当時のことを思い出しながらかすみは懐かしそうに語る・・・
「昼間じゃ教室の明かりがこんなにあったかいなんて
わからいよね・・・。それを感じられただけで・・・。とっても素敵になれる・・・。
ね?そう思わない・・・?」
「・・・。ふ、フン・・・」
校庭のハナミズキが風に揺れる・・・
「星も綺麗・・・。明日はきっと晴れだよ。一夜」
「・・・」
夜空を見上げるかすみ・・・
一夜はチラリチラリとかすみの横顔に視線を送る・・・
教室の明かりの下。
二人は夏の香りがする夜風に吹かれていた・・・。