久遠の絆



第十三章 ミラクル・スマイル


朝5時。














厨房からは利三が昨晩からじっくりと煮込んだ
ビーフシチューの香りが漂う








「・・・おいじじい。レタスはこれでいいのか」







「あぁ、そんなあらっぽくむしっちゃいかん。それにな、内側の小さな葉も
使うんじゃから捨ててはいかん」








「だって泥ついてるじゃねぇか」





一夜、芯の部分を捨てようとした。



「こら!捨てるんじゃない!洗えば食べられる。野菜はな。農家の人の魂が込められておるんじゃ。
それを捨てるなんて料理人としてはあってはならん!」







「・・・はい」


ちょっと可愛い返事



「ふふふ・・・」






パジャマ姿のかすみがひょこっと顔を出す。






「な、な・・・、笑ってンじゃねぇよッ」





「一夜、なかなか様になってきたじゃない」





角切りされたボールの中のにんじんをまじまじとながめる。












「な、何だよ。朝から気色わりぃ・・・」






「ねぇ。いつか。私、貴方のオムライス、食べたいな」






(う・・・)





にこっと笑うかすみの上目遣いに何だかくすぐったい・・・










「う、うるせぇ。てめぇ、どーでもいーけどな、着替えてこいよ。
みえてっぞ」





「えっ・・・」






ちょっと胸元のボタンが外れて・・・








「・・・。こんの・・ムッツリ男!!」






バコーン!!



ボールで一夜の頭に一発、喝を入れあわてて二階へあがっていった・・・






「タタタ・・・。なんだよッ!あの暴力女め・・・」






「ほっほっほ。若いのう。二人とも。犬クンや。かすみちゃんにもう惚れちゃったかのう」







「ばッ・・・」





思わず握っていたジャガイモをグシャッとつぶしてしまった・・・








「だッ誰があんなおせっかい女・・・。オレに塾行けとか色々行って・・・」








何故かしどろもどろになる一夜。





「お節介なのはそれだけお前さんのことを心配しとるということじゃ」





「なんでそこまで・・・」






「・・・。きっとそれを知る時期がくる」






デミグラスソースを混ぜたいた利三の手が一瞬とまる







「どういう意味だ?」






「・・・恋っていいのうッほっほっほ・・・」






(妙なじじいだぜ・・・)









利三の笑い声を不思議そうに思いながら
皮むきをせっせとこなした・・・











午後2時・・・







「ふー・・・。じじいの奴めっ。穏やかそうな顔して
こきつかいやがって・・・」






ランチタイムが終わり、裏口のポリバケツに
ゴミだしする一夜。








(・・・)







窓ガラスに映った自分の姿・・・









(オレは・・・。今なんでここでこうしてんだ・・・)









ふと思う。








この世で唯一だった母を失くし







このまま自分も死んでいくんだと絶望して・・・












”あなたが元気になってほしい。ただそれだけなの・・・”







かすみはそういっていたけれど・・・







(オレを支えたからって・・・。アイツになんかメリットあんのかよ)





水色のポリバケツに腰を降ろし、空をぼんやりみあげる・・・








「あのね。あたしはあんたのこと心配してんのよ」





「うるせぇな。ほっとけよ」






赤と黒のランドセルをしょった小学生が通り過ぎていく








(・・・無邪気なもんだ)






腕を組んで小学生達の会話を聞く






「心配心配ってな・・・。お前、オレのことそんなに好きなのかッ」





「なっ・・・なんでそうなるの!??」



少女は頬を赤らめる。






「だって心配するってことは・・・。”好き”ってことだろ!??」





「///」




少女はもじもじして、少年はなんと少女の手をギュッと握った・・・






(なっ・・・)





一夜も一緒に赤面する。








「お、オレもお前のこと・・・好きだ。だから明日から一緒に
塾にいくぞ」





「う・・・うん」







初々しく頬を赤らめた小さな恋人同士は手を繋ぎ、嬉しそうに走っていった・・・







「・・・さ、最近のガキはませすぎだ!!ったく・・・」





幼い恋物語に一夜17歳。ドキドキしております。








(それにしても・・・)



”沢山心配するってことは・・・オレが好きだってことだろ・・・!”





さきほどの少年の言葉をふと思い出す・・・








「・・・」







一夜、ポリパケツにどすっとすわり腕を組んで考える・・・








(・・・。まさか・・・。かすみが・・・オレを・・・?)









”いつか貴方の作ったオムライス食べたいな・・・”









かすみが笑ってそういった・・・









(あ、あれは・・・。もしかしたら遠まわしなオレへの気持ち・・・?)









ドキドキが激しくなる。









(かすみが・・・オレ・・・を・・・)







”一夜・・・”










耳の奥で自分の名を呼ぶかすみの優しい声が響く・・・










「そ、そ、そんな訳ねぇ。ま、万が一アイツがその気でも
こっちから願い下げだってんだ・・・」







けれど・・・






また・・・






ふわふわした気持ち・・・









(・・・く、くそ・・・。な、なんかまた妙な気持ちになってきやがった・・・)











もし、




かすみが自分をすきだったら・・・





そう思うだけでドキドキがワクワクになる・・・








「犬ちゃーん。ちょっとお願いー!」





菊枝の呼び声に一夜ははっとして裏口へ向かうが







「わっ」






ドカッ・・・






ポリにつまづいてゴミ袋に突っ込む・・・






「・・・くそ・・・。一体どうしちまったんだ・・・」








この心地いいふわふわした気持ち・・・






体が熱くなったり 心臓が早くうったり・・・










(・・・疲れてるだけだ。じじいがこきつかいやがるから・・・)







”貴方のつくったオムライス・・・食べたいな”






「・・・」








この後、一夜は家にある料理の本を
買い、よんでいたという・・・















一夜が料理の本をこっそりベットに寝転がり呼んでいる頃。 かすみはフランス料理のレストランで グラスにワインを月森に注がれていた 窓の外はすぐ海。 暗い海だが波は穏やかだ・・・ 「どうした?なんだか落ち着かないようだが・・・」 「・・・なんか・・・。私なんて場違いな感じがして」 月森は慣れた手つきで皿の中のジューシーな肉を切る。 「・・・さすがですね。私お肉なんてハンバーグとか、焼き鳥とかぱくっと ほおばるのが好きですけど」 「僕もだ。今日はたまたまこの店の格安の食事券が手に入ったんで誘ったんだが・・・。 味はいまいちだ」 ワイングラスをくいっと口直しにと一口飲む月森・・・ (・・・。大人の男って感じだわね・・・。なんか別世界の人って感じだなぁやっぱり・・・) 「それで・・・。どうだ?一夜の様子は」 「ええ。もう、おじちゃんと毎日朝早く起きて厨房にたってます。案外根性あるみたいで・・・」 「そうか・・・。よかった」 かすみの楽しそうな話し振りに安堵の表情を浮かべる月森。 かすみのためにと一夜のことを 一人に全て担わせてきたが・・・ 「・・・。このまま・・・。彼がもっといろんなことに意欲的になって 自分の行く道を・・・見つけてくれたらいいんですけど・・・。・・・ってなんか母親みたいな 意見ですよね・・・」 「・・・いや。絶対的だった母親と失った一夜には・・・。母性的な甘えられる存在が 必要だ。良いも悪いも受け止め、側で見守る人間が・・・。だが君一人で大丈夫か・・・?」 「・・・はい。彼が自分の人生に自信をもってくれること・・・。」 かすみの月森の後ろの席・・・ かすみと同じぐらいの若い娘と母親と父親が食事をしている・・・ 楽しそうな会話が聞こえてくる・・・ 「・・・。あれが・・・。あの光景が誰もが理想として 憧れる”家族”なのかな・・・」 「君はそう思うのか?」 かすみはしばらく間をおいてから 首を横に振った 「・・・子供の頃は・・・。確かに一般的な家庭にあこがれました。 でも・・・。結局家族っていうのは・・・自分を心配してくれる 存在を認めてくれる人たちと一緒にいることが”家族”なんだって・・・ 最近やっと感じ始めてるんです・・・」 「・・・そうか・・・」 笑顔でそう応えるかすみ・・・ かすみの笑顔。 絶えなく振りまく笑顔・・・ だが昔のかすみの笑顔はかすみの精一杯の”盾”だった ”月森先生・・・。私・・・。みんなの笑顔が見たいから・・・。私も笑顔でいようって 思うのに・・・。時々止っちゃうんです・・・” かすみがまだ 制服を着ていた頃 かすみをカウンセリングしていた ”笑顔を絶やさなければきっと幸せになれる” カウンセリングしてもそう言って心の奥底は見せてくれなかった ただ 時々零した ”いつも笑顔でいるのって・・・ちょっと大変ですね・・・” 「・・・かすみ・・・。人にとって”休み”とは大切だ。一夜の心の回復も勿論 大事だが・・・。かすみ君自身の心も時々休ませて欲しい・・・」 「月森先生・・・」 声のトーンが優しくなる 大学では月森は”近寄るべからず”と生徒達から噂されているが・・・ (本当は・・・穏やかな海みたいな人なのにな・・・) 「・・・ふふ。久しいな。君に”センセイ”と言われるのは」 「だって・・・。私にとって月森先生はとっても偉大な”センセイ”です」 「偉大はよいしょしすぎだな」 「偉大ですよ〜。父であり兄であり・・・。本当に偉大です・・・。だってセンセイは私に目標を くれた・・・。だから、偉大なんです。へへ・・・」 ポテトをぱくっとフォークで食べるかすみ・・・ 「兄貴か・・・」 「え?」 「いや・・・なんでもない。じゃあもう一度乾杯しよう。元気な一夜と かすみの笑顔に・・・」 カチン・・・ ワイングラスがガラスに映る・・・ 波は穏やかだった・・・ 「本当にここでいいのか?」 「はい。ちょっとコンビにもよりたいので・・・」 商店街の入り口でかすみは月森の車から降りた。 「気をつけてな」 「はい。教授、本当に今夜はごちそうさまでした。おやすみなさい」 「ああ・・・。いい夢を・・・」 かすみは月森の車が見えなくなるまで見送った・・・ 「・・・月森センセイ。ありがとう・・・」 自分を気遣う月森の心を感じるかすみ・・・ ”無理に笑わなくていい・・・。人は・・・怒って泣いて・・・ 自然の流れに沿って感情を表せばいいのだから・・・” 月森だけが そう語りかけてくれた・・・ 『かすみ、いつも笑顔でいなさい・・・。そうすればきっと 貴方は幸せになれるの・・・』 「さ・・・。一夜におみやげでも買っていくかな」 コンビニに向かうかすみ・・・ (・・・なんか・・・) 背後に人の気配・・・ 微かに靴音がする (・・・や、やだな・・・。この辺って痴漢なんてでたことないのに・・・) 不安を感じ駆け足になるかすみ。 同じく靴音も早まり・・・ (・・・ど、どうしよう) かすみは目一杯走った だが段々と靴音が追いかけてきて・・・ 「おい」 「痴漢撃退!!」 ハンドバックを思い切り振り回すかすみ。 「ぐわッ!!!」 かすみのバックは見事に顔面HIT!! 「あたしを襲うなんて100年早いわッ」 街灯が顔に当たる・・・ 「あ・・・。一夜・・・!?」 顔に四角い痕がくっきりと残る。 「て・・・てめぇ・・・」 「ど、どうしてあんたが・・・」 「・・・。じ、じいいの奴が・・・迎えに行けって・・・」 ジーンズに手を突っ込んでちょっと照れくさそうに言う。 「そう・・・。ってあんた、塾、ちゃんと行ったの?」 「うっせぇな。行ってやったに決まってんだろ」 じぃっと一夜の顔を覗き込むかすみ・・・ (う・・・) 何だかお腹と腰のあたりがくすぐったい一夜・・・ 「な、なんだよ・・・」 「・・・。ほっとする・・・」 「え・・・?」 かすみは空を少し見上げる。 「・・・一夜が・・・。どんどん元気になっていく姿が・・・。 ほっとする・・・」 かすみの横顔に ドキっと一夜の心臓が波打つ・・・ 「なっ・・・。なんで・・・」 「貴方が前向きになることが・・・。”ある人”が生きた意味になるから・・・」 「あ、ある人・・・?だ、誰だよ」 「・・・」 一瞬、かすみは一夜から視線を逸らした。 「・・・。と・に・か・く!一夜は 自分の道を頑張って見つける・・・。貴方が頑張る姿が私にも回りも皆にも 元気を与えてくれるんだから・・・ね?」 かすみは少し可愛く一夜に肘をついた。 「初めて会った頃。あんたってばアタシのこと何度も投げ飛ばしてくれちゃって・・・。 覚えてる?」 「・・・わ・・・。悪かったよ(汗)」 素直に反省する一夜。 「でも今、一夜に一発食らわせたからチャラにしたげる。ふふ。さ、帰ろう!」 「お、おう・・・」 二人並んで・・・ 商店街を歩く。 一夜の手がかすみの手の先にちょっと触れた。 「・・・!」 パッと一夜の体はかすみから離れた。 「?どしたの?」 「べ、別になんでもねぇ・・・っ」 「そう?」 トクトクトク・・・ (くそ・・・。まただ・・・) 一夜は胸に手を当てる・・・ 心臓が早くなって 心がぽかぽかしてくる・・・ (な・・・なんなんだ・・・) 「おーい。何してるの?どこか苦しいの・・・?」 「な、なんでもねぇッ・・・。か、帰るぞッ!!」 トクントクン・・・ かすみのそばにいると (なんか・・・変だ・・・) 不思議なきもちに なる・・・ 初夏。 星は少し 切なく光っていた・・・