第15章 嫉妬
ドキドキがとまらない。
かすみが隣の向こうにいる。
そう思うだけで鼓動が
脈が
早くなる・・・
この壁の向こうに・・・
(かすみ・・・)
この想いに気づいてしまった。
かすみと自分を遮るこの壁なんてなければいいと想う
心・・・
(かすみ・・・)
一夜は壁に額をあてる・・・
切ない声でかすみの名を呟いて・・・
「一夜ー。アンタ何してんの」
「わッ!!!」
まるで今の心の声がかすみに聞かれたと思い焦る一夜。
「な、な、何だよ。急に話しかけるんじゃねぇ!!」
パジャマ姿のかすみ。
顔が赤い一夜を不思議に思い・・・
「熱でもある?」
(わぁあ!!)
おでこに手を当てられ、一夜、一気に赤面。
「・・・んー。熱はないみたいだけど・・・。なんでそんなに顔が赤いの?」
「///。あ、あ、赤くなんかねぇッ。で、出て行けッ」
「ちょ・・・っ」
バタン!
かすみを無理やり部屋から追い出す一夜・・・。
「何なのよ・・・もう」
元気になった一夜・・・。それは嬉しいのだが最近、妙に落ち着きがないことに
かすみは心配していた。
(・・・やっぱり・・・まだ色々慣れてないのかな・・・。悩んでるなら相談
してほしいけど・・・)
無理強いだけはしたくない・・・
一夜の気持ちを尊重したい・・・
かすみは一夜の部屋のドアを少し心配そうに見つめながら
自分の部屋に入っていった・・・
一方。一夜は・・・
「・・・。かすみの奴・・・。人の気もしらねぇで・・・」
胸の鼓動に戸惑い・・・。でも・・・かすみの事が気になって
気になってしまう・・・。
(くそ・・・。こんな気持ちになって・・・。なっちまって・・・)
かすみを見ると熱くなる胸・・・。
抑えられないなにか・・・
(・・・。かすみには知られちゃいけねぇ・・・)
かすみに知られたら・・・何かが壊れる気がする。
ベットに大の字になって寝転がる・・・
(・・・。とにかく今は・・・。この気持ちを知られずに・・・)
その週末の休日。
押し込めた一夜の気持ちが激しく揺れる出来事が起こる。
寝癖そのままで一階へ降りてきた・・・
(ん?)
「かすみちゃん。そんなにめかしこんでどこいくんだい?」
「おばちゃーん。ちょっと出かけてきまーす!」
いつもより少し派手な色合いのスーツを着たかすみ。
「ちょっと月森教授と研究会の発表会場へ行くの」
「へぇ〜。月森さんがねぇ。立派になったもんだ」
(月森?)
厨房の方からかすみと利三の会話が聞こえ、一夜のパジャマ姿のまま厨房へ向かう。
「月森財閥の次男坊って肩書き背負っているお人だが
それを鼻にかけたりもしない。自分がやるべき道を真直ぐに突き進んでる。
うーん。いい男になりなさったもんだ」
「そうね。心理学を追求し続けたい・・・。月森教授からは信念が感じられる。私の
憧れなの」
(・・・あこ・・・がれ?)
一夜の心がズキ・・・と何故か痛んだ。
「かすみちゃんの”初恋”の人だものな」
「え、ち、違うわよっ。じゃあ行って来ますッ」
少し顔を赤らめてかすみはいそいそと出て行った・・・。
(・・・。な、なんだよ・・・。なんか・・・)
苛苛がもやもやが一夜の足元から体にひろがる。
「おろ?犬ちゃんどうしたんだい。つったって」
「な、なんでもねぇよっ・・・」
一夜は自分の部屋へ戻ろうと階段をあがるが・・・ピタリと止まる。
「あ、あのよ。じじい・・・。そ、その・・・っ。つ、ツキモリと
かすみって・・・。昔から・・・仲・・・。いいのか?」
「んー?ああ。月森さんか。かすみちゃんを子供の頃から見守ってきたからなぁ」
「子供の頃から・・・」
新聞紙を握り締める一夜の手に力が入る。
「かすみちゃん早くに両親なくして気苦労したけど・・・。月森さんは頼れるお兄さん
じゃったわい」
じゃが芋の皮をむきながら徳三は話す。
「・・・頼れる・・・」
(・・・オレは・・・。かすみにとってどんな”存在”なんだろう)
「犬ちゃん、仕込みてつだ・・・」
徳三が振り返ると一夜はなにやら考え込んで新聞を持ったまま二階へあがっていく一夜・・・
「やれやれ・・・。”恋する少年”は複雑じゃのう・・・。このデミグラスソースの
ように・・・」
大鍋にグツグツと沢山の野菜が煮込まれていた・・・。
その日の夜。
夜の塾からの帰り道・・・。
「ちっ。鋼牙の野郎、いちいちいちゃもんつけやがって・・・」
ぶつくさ言いながら帰って来ると。
(ん?あれは・・・)
シルバーのスポーツカーからかすみが降りて、かすみと月森が楽しそうに話している。
一夜は何故か電信柱の陰に隠れた。
(なんでオレが隠れなきゃなんねぇんだ(汗))
と思いつつ一夜は耳を澄ませ二人の会話を聞く・・
「・・・送っていただいてありがとうございました」
「いやいや。清澄みたいな”いい女”を酔っ払いの餌食にするわけにはいかないからな」
「もー。口が上手いですね。ふふ」
「お前の前だからかな」
「え?」
月森は一瞬、かすみを射抜くように見つめた。
「・・・。なんでもない。じゃあな。」
(・・・!)
月森がかすみの肩にポン!と触れた瞬間
一夜の体にカっと激しい怒りが沸く・・・
”かすみに触るな”
心の中で響いた言葉・・・。
(なんだ・・・。この怒りは)
電信柱に拳をぶつけたいほどの衝動・・・。
一夜は理由の分からない怒りにただ戸惑う・・・。
「なーにやってんの。あんた」
「!!」
一夜、かすみにまんまと見つかってしまう。
「な、なんでもねぇよっ」
一夜は自分の心の動揺を悟られまいと
ぷいっと顔を背ける。
「もしかして、迎えに着てくれたとか・・・??」
「ばっ・・・」
「あ、なんか照れてる?図星なの?」
「ち、違うわいッ!!」
「うふふ。図星なんだ〜!!」
一夜の背中をつんつんとつつくかすみ。
「う、うるせぇえ!!」
一夜は思わず声を荒げる・・・
「あ、ご、ごめん・・・。怒ったの・・・?」
「・・・」
一夜はむすっとしてすたすた先を歩き始めた。
「あ。もう、拗ねないでよ〜!ごめんごめん」
追いかけるかすみ。
「きゃっ」
ハイヒールのかかとがマンホールのふたにひっかかり転ぶかすみ。
「イタタタ・・・」
「ったく何やってんだよ・・・」
一夜が手を差し出す。
「ごめん・・・」
一夜の手をギュッと掴む・・・
(・・・っ)
ふわっとかすみの手の感触が伝わる・・・
ドク・・・ッ。
一夜の脈が大きく唸った・・・
「・・・ふぅ・・・」
パンパンとスカートをはたくかすみ・・・。
「・・・?一夜・・・?」
ドク・・・
手から伝わるかすみの熱・・・。
一夜の中で何かがはじける・・・
(え・・・っ)
ぐいっと
力強いチカラに体を引き寄せられる・・・
「犬・・・夜叉・・・?」
「・・・」
一夜の両腕の中に収められたかすみ・・・。
「あ、あの、ど、どうしたの・・・?」
「・・・」
かすみの問いも聞こえない・・・
「・・・一夜・・・」
自分の中の”何か”を止められない。
腕の中の温もりをとにかく近く
近くに
感じたいだけ・・・
一夜は一層かすみを熱く抱く・・・
(い・・・一夜・・・)
「ハァ・・・」
かすみの耳元で一夜の息使いが聞こえ・・・
「ハァ・・・」
(一夜・・・。ど、どうしたっていうの・・・)
自分の知らない一夜を見る様で・・・。
「・・・一夜・・・。く、くるし・・・」
「・・・!」
はっと我に返る一夜・・・。
そしてかすみをその腕から解放した・・・。
「・・・」
「・・・」
互いを見つめあう・・・
どんな顔をしていいのか分からない・・・
「・・・お、オレ・・・。さ、先行く・・・っ」
(くそ・・・。オレ・・・)
熱くなった体を覚ますように一夜はすばやく走り去る・・・。
「犬・・・夜叉・・・」
骨まで抱かれた気がした・・・
(・・・一夜・・・)
握り締められた手が
抱きしめられた肩が
(・・・熱い・・・)
早まる鼓動を確かに感じる・・・。
涼しい風が吹く夜。
かすみの体はいつまでも熱かった・・・