久遠の絆 第28章 偏見 『料理長から掃除がうまって誉められた。あとは特に変わったことはねぇ』 「もう少し気の利いた文章かけないのかしら」 一夜からのメール。 毎日のように日記の如く送ってくる。 「ふふ。でも一夜の様子がわかっていいけど」 かすみも返事を返す。 (まだかなまだかな。かすみのお返事まだかな・・・///) 携帯画面をじっと見てかすみからの返事を待つ一夜。 〜♪ 「お、きたーーー!」 一夜、早速表示。 『一夜へ。誉められてよかったね。体に気をつけて 明日もがんばって。お月様にお願いしておきますね。かすみ』 (・・・お月様にお願い・・・///) 一夜もカーテンを開けて夜空の満月を見上げる。 (オレもお願いしとこ・・・。か、かすみに変な男が近づきませんように。 ・・・かすみの夢がみられますように///) 一夜のお願い事。後半部分はその日の夢は叶いませんでした(笑) かすみのメールが一夜に力をくれる。 どんな厳しい大変な修行の日々が続いても。 「犬っころ!ゴミ出しとけ!」 キツイ言葉を浴びても (かすみが見てくれてる・・・今日も・・・) かすみが見て居てくると思うとパワーが沸いてくる 太陽の陽のように・・・。 だがそんな頑張っている一夜に事件がおきた。 『殺人犯の息子が働いている店なんて消えちまえ!!』 一夜が働く料亭にこんなビラがまかれたのだ。 「これ・・・ほんとのことかよ?」 一夜の同僚たちの間でも噂が広まり・・・ 「あ、おはようございます」 一夜が挨拶しても 「お、おう・・・」 どこか余所余所しく・・・ 避ける。 (なんだ・・・?) 厨房の床に落ちているビラを手に取る一夜。 「・・・これは・・・」 一夜はただ呆然と立ち尽くす・・・ 「犬っころ・・・」 「あ・・・料理長・・・あの・・・」 料理長はビラをびりとやぶ捨てた。 「こんなもん気にする程度じゃ・・・いい料理人にはなれねぇぞ」 「料理長・・・」 「・・・過去なんざかんけいねぇ。大事なのは 今どうするか、だ・・・。心配すんな。お前は料理のことだけ 考えてろ」 「・・・はい。ありがとうございます」 料理長は一夜の背中を強く叩いて励ます。 だが、客商売にとって嫌な噂はすぐに広まってしまう厄介なもの。 「ねぇ・・・ここの料理人で昔、事件起こした人の身内がいるってほんとかしら?」 「ええ?事件ってどんな?」 客達の間でも噂は広まって・・・ 悪い噂は人と人の繋がりを壊していく。 「お前も聞かれたか?」 「ああ」 「”事件ってどんな事件ですか”今日10回は聞かれたよ。 全く・・・」 従業員部屋で一夜の同僚達が 噂のことで愚痴っている。 (・・・) 従業員部屋のドアノブから一夜の手が離れる。 (・・・オレのせいで・・・。店に迷惑が・・・) 自分が直接受ける傷なら我慢も出来る。 けれど自分のせいで他の誰かが傷つくことは 耐え難い・・・ (どうしたらいいんだ・・・) 暗い部屋。 一人、ディスクスタンドの小さな明かりの前で悩む一夜・・・。 『悩んで悩んで考えて考えて・・・。そういう仕組みなの。 そういう風に人は出来てるの』 かすみの言葉・・・。 (けどよ・・・かすみ・・・。人に迷惑かけてるのに・・・ へらへらと悩んでるなんてできねぇ・・・) かすみの写真 笑っている写真。 写真に呟いても応えは返って来ない。 (・・・お前なら・・・どうする・・・?) ”応えは自分で” 声は聞こえないけれど かすみの写真にそう言われた気がした 「・・・迷ってられねぇな!明日も朝が早い!」 悩んで答えが出ないときは 頭も心も休ませよう。 布団にかすみの写真を持ったまま眠った・・・。 だが人の偏見というのは 収まりが付かないもの。 「な、なんだこれは・・・!」 店の玄関に 『この店には人殺しの息子が居る!!』 とどす黒いペンキでかかれていた・・・。 「誰がこんな・・・!おい!お前ら!今すぐ消せ!」 「・・・」 料理長の命令に料理人たちは即座には従わなかった。 「オレが・・・オレがやります」 一夜はバケツと洗剤とタオルをもってきてごしごしと磨き始める。 「・・・オレのせいでこんなことに・・・。だからオレがやります」 素手で 成分の強い洗剤をつけこする こすってこすって・・・。 「・・・おい・・・。てめぇらなんでこいつにてつだおうとしねぇ!? こいつ、この店の料理をまずくした!?」 「・・・」 「世の中のくだらねぇことに惑わされてるようじゃ 上手いもんなんてつくれやしねぇ!!全員、やめちまえ!!」 料理長もたわしをとりペンキでかかれた文字を消す・・・ 「・・・人の悪意さえ肥やしにする男になれ・・・。犬っころ。 そうすりゃきっといい心根が出来て・・・料理人になれる」 「料理長・・・」 「・・・はは。ま、オレも若い頃は色々”オイタ”をしたから 偉そうなこといえねぇけどな・・・」 たわしを握る料理長の手・・・ ごつくてまるで石のよう だが・・・ (心根はまあるい石みてぇだ) だから作る料理もやわらかくて優しい味になる・・・。 「お、おやっさんオレもやります!」 「オレも!」 若い料理人達も一斉にモップやたわしを持ってきて ペンキ、そして張られたビラを綺麗にし始める・・・ 「・・・。バカどもが。犬っころより先に消そうとするのが 筋ってもんだろう。まだまだな奴らだ」 「へい!!」 若い料理人達。 料理長の心意気が伝わっていく。 ・・・一夜はその光景をゴシゴシという音から 料理長が植えた”種”が若い衆にきちんと根付いていることを 肌で耳で感じた・・・ (ここはいい”土壌”だ・・・。修行するにはとても・・・とても・・・) 豊三が何故この店を紹介したのか かすみが勧めたのか 心底分かった一夜だった・・・。 数日後の夜。 「なんだぁ。へっ。この店か。罪を犯した人間の 子供がいる店ってのは」 悪酔いしたサラリーマン。 ネクタイを外して料理人につっかかる。 「うぃっく。このご時世。いいよなぁ〜。サービス業は。 でもなぁー・・・罪を犯した奴の息子が作った料理食わされる なんて・・・」 「お客様・・・酔いすぎですよ」 「うるせぇ!!」 サラリーマンの襟をぐいっと掴んだのは・・・ 料理人ではなく、とある女性客。 「ちょっとアンタ!従業員の過去がいつ、 料理の味、まずくしたっていうのよ!?何年何月何日何秒!?」 「な、なんだよ」 「アンタみたいな奴がいるから・・・世の中傷つく人が 多いのよ増えるのよ!!わかってんの!??」 (か・・・かすみ!?) 厨房の奥で皿を洗っていた一夜の耳にかすみの声が 聞こえきて、店のカウンターに駆けつける一夜。 「いい?もうばかな発言はやめるとここで誓いなさい!」 「ち、ち、誓います・・・」 「よし。じゃあちゃんとよーっく味わって食べてなさい。 じゃあごめんあそばせ!」 かすみは自分が座っていた席に戻った・・・ (か、かすみの奴・・・なんちゅうことを・・・汗) 一夜がかすみをチラチラと視線を送っていることに 気づいた料理長。 「ふ。犬っころ・・・。お前の彼女は・・・正義感があって べっぴんだねぇ」 「///」 「はっはっは」 (かすみ・・・) 店に来てくれた。 ・・・久しぶりに見るかすみ・・・ (かすみ・・・ありがとうな・・・) かすみがきっとこの店に導いてくれたんだ 一夜は厨房の影から かすみに呟いたのだった・・・。 「おつかれさーん!あがっていいぞ犬っころ」 「はい!!」 仕事が終わり、料理長からも帰っていいと許しを得た一夜。 (かすみ・・・!) 一目散に従業員寮へと突っ走った。 (あ・・・。明かりがついてる・・・!) ドタドタ・・・! 一夜の足はもう、部屋へと・・・ ガタン! ドアを開けると・・・。 「かすみ・・・!」 「・・・。久しぶり。一夜」 (かすみ・・・) 「勝手に入っちゃってごめん。鍵、つかっちゃった」 (かすみ・・・かすみ・・・) 4ヶ月ぶりの再会・・・。 一夜の恋心 ずっとかすみが恋しかったキモチが 溢れそうで・・・ 「・・・?どうしたの。私の顔になにかついてる?」 「はっ。な、なんでもねぇッ///」 かすみの顔に見惚れていた一夜、覚醒。 「さっきはお店で大声あげちゃってごめんね。料理長さんとか・・・ 怒ってなかった?」 「だ、大丈夫だ・・・」 「よかった。一夜に迷惑かけたんじゃないかって 心配してたの。よかった・・・」 ふぅと安心して一息つくかすみ。 「・・・かすみ・・・お、お前こそ大丈夫だったか・・・? あの悪酔いのサラリーマンに・・・」 「うん!一発渇入れてやったわ!だって一夜のこと悪く言うんだもの」 (お。オレのために怒ったのか・・・///) ちょっぴり嬉しい一夜くんです。 一夜は買ってきた缶コーヒーをかすみに手渡した。 「こんなモンしかねぇけど」 「ううん。ありがと。いただきます」 かすみは缶コーヒーをほほにあてて そして栓を切って一口飲んだ。 (かすみと・・・こうして二人きりになるのは久しぶりだ・・・) かすみの口元に目が行く。 4ヶ月前より 綺麗に見える・・・ ドキドキが止まらない。 「お店への嫌がらせ・・・聞いたわ。誰があんなことしたのか・・・」 「・・・暇なやつはどこにでもいるもんだ。いちいち 気にしてちゃやってられねぇ」 一夜はぐいっと缶コーヒーを飲み干す・・・ その仕草がやけに・・・ かすみには大人びて見えた。 「・・・一夜・・・。なんかたくましくなったね」 「え・・・ななんだよ突然」 「体つきもそうなんだけど・・・。やっぱり心っていうか メンタル面で・・・。ふふ。月森先輩の別荘に居た頃の一夜が 懐かしいわ」 「・・・そ、その頃のことは言うな。は、はすかしい///」 「ふふ。照れ屋さんなところは代わってないのね。うふふ・・・」 (かすみ・・・) だめだ。 かすみの笑顔を間近で見ていたら 抑えている想いが今にも口から飛び出しそうで 「あ・・・いけない。そろそろ私、帰らなくちゃ」 「え?も、もう?」 「うん」 (もっと一緒にいたい) 「でもふふ。とまってっちゃ追うかな」 「え!??」 かすみのバクダン発言に一夜、リアルに反応。 「嘘よ。男子寮に女が泊まれるわけないでしょ?ふふ」 「・・・お、脅かすなよ・・・」 (一瞬、あらぬことを考えただろ(汗)) 「じゃそろそろ本当に行くね」 かすみは入り口でパンプスを履く。 「あ、か、かすみ」 「なあに?」 「あ・・・え、えとその・・・あの・・・」 何を言えばいいか。 ただ・・・このままかすみとさよならしたくないだけ 「あ、き、気をつけて帰れよ、こ、こけんじゃねぇぞ」 「ふふ。わかってる。ありがとう。一夜。 私も頑張るから一夜も・・・ね」 「ああ・・・」 「じゃあ・・・おやすみなさい」 パタン・・・ ドアが閉まった・・・。 溢れる想い。 理性がなかったらきっとかすみを連れ戻して 自分の想いをぶつけていただろう (でも・・・まだまだオレにはそんな資格も成長もしてねぇ) ”人の悪いところも受け入れるぐらいのありゃいい料理人になれる” 料理長の言葉。 (かすみを幸せに出来る自信がつくまで・・・ オレはこの想いを奥にしまっておく。それが今のオレの全てだ) そう改めて心に誓う一夜だが・・・。 「・・・」 かすみが遺していた缶コーヒー・・・ 薄っすら口紅のあとが・・・ (///) 一夜、こそっと口づけて・・・ 間接キス・・・ (・・・ってな、ナニをやってんだ俺は・・・!!) 決意も新たに(?) 一夜の修行の日々はまだまだ続く・・・