久遠の絆
第29章 一夜のたまご焼き 一夜が修行に出て八ヶ月。 まだまだ新入り扱いの一夜。 食材にさえ触れることはないが 「どうでい。鏡みてぇ」 なべのそこを鏡のように顔が映るほどに綺麗に磨けるようになりました。 「犬っころ。休日暇か?」 「え?」 「暇なら上手い定食屋いかねぇか。敵地を視察もかねて」 「ええ、じゃあ」 2個上の先輩に可愛がられるようになって・・・。 『ダチができた。少し嬉しい。休みの日、一緒に めしくいにいった。犬』 「・・・ふふ。よかったね」 一夜からのメールに嬉しそうに微笑むかすみ。 一夜の着替えをダンボールに詰めています。 (まるで上京した息子に仕送りしてる母親の気分ね) 日々の成長が嬉しい。 でもどこか寂しい。 「がんばれ!そして私も・・・。負けてられない・・・!」 『カウンセラー資格試験問題集』 参考書を開くかすみ。 国家試験が迫っている。 (一夜ばかりにがんばれなんて言ってちゃだめね! 私も励まなきゃ!) 机にむかうかすみ。 目標があることは 人に生きる力を与える。 (一夜・・・一緒に頑張ろうね) 頑張っている誰かがいる。 それだけで明日も頑張ろうと思える。 「おう。犬っころ。お前、来月からまかない食、他の奴らと 作るか」 「え?オレが?」 「ああ。 でもその前に試験だ。」 「試験?」 まかない食を先輩達とつくれるかどうかの試験。 そのお題とは・・・。 「うーん・・・」 一夜は買ってきた卵パックをじっと見つめている。 料理長からのお題は「たまごやき」 単純な料理だが単純な料理こそ奥が深いものだ。 ”ワシがなっとくできるモンをつくったら・・・ 合格だ” (合格っていったってなぁ・・・) 料理長を唸らせるものなど作れるだろうか。 (たまごやきたまごやき・・・) 片っ端から料理本を眺めるが書いてあることは似た様なこと。 「くだくだ考えててもしかたねぇ!実践だ!」 一夜は卵を割っていくつもの 玉子焼き(だてまきたまご)をこさえる。 「こげすぎた!」 とか 「わー。砂糖入れすぎて甘めぇ!!」 とか 一夜の部屋から毎日聞こえてくる。 試行錯誤する日々。 一夜の冷蔵庫は卵だらけ。 「うーん・・・。まぁくえねぇことはねえんだが・・・。何かが足りねぇ」 卵だらけ。 とりあえず、伊達巻の形にはなっているし、 味もまぁまぁ。 (何がたりねぇんだろうな・・・) 特別な調味料でもいるのだろうか? ごろんと寝転がる。 天上をぼんやり・・・。 ”一夜。料理ってね・・・。作る人で全く違う味なのよ。 料理人だろうが主婦だろうが。作る人の心があわられるから・・・” いつかのかすみの言葉を思い出した。 (・・・作る側の心・・・) 一夜は起き上がりフライパンを再び持った。 「・・・やるしかねぇ。何度でも・・・」 朝食も夕食も卵料理になってでも 自分が納得がいくまで。 「アチッ!」 指先が火傷しても。 (要は・・・オレが納得がいく”もの”を見つけるしかねぇんだな) 悪戦苦闘した分 絶対にその成果は形になる。 現れる。 一夜がたまごやきをつくりはじめて1週間。 「・・・できた・・・」 火の加減、裏返すタイミング。 色々尽くしてみて出来上がった一夜のたまごやき。 納得できるものができた。 (駄目でもいい。まだまだだけどオレの出来る全部を込めた) ノートにびっしりと詰め込むように書かれたレシピ。 それを持って、店が休みの今日。 料理長の下へ向かった。 タッパの蓋を開け、皿に盛る。 「あの・・・オレなりにつくってみました・・・」 料理長は無言で割り箸を口でパキっと割って たまごやきを一口・・・ (・・・(汗)) 恐る恐る料理長の反応を伺う・・・。 料理長は暫しの沈黙の後・・・。 一言・・・。 「・・・。犬っころ。これからもおめぇはあらいもんやってろ」 「え・・・」 (それって・・・不合格ってことか・・・) 落胆して深いため息をつく。 「洗いもんとついでに・・・。まかない食も手伝え」 「え?!」 「じゃ、ワシはパチンコでも行くかな」 料理長は財布を片手に一夜の部屋を出て行った。 「・・・オレ・・・やったのか?」 ポケットからかすみの写真をとりだして聞く一夜。 「オレ、やったんだ。オレ、合格したんだ」 ”よかったね、一夜” 写真の中のかすみがそういっている。 「やったぁ!!オレ、オレのたまごやき、合格した!! 合格したんだ!」 試験に合格するより ずっとずっと嬉しい。 (そうだ!かすみにも食わせたい!) 一夜はフライパン片手に部屋を飛び出していった。 (かすみに食べてもらいたい。かすみに、かすみに・・・!) フライパンを持ったままバスを乗り継いで かすみに玉子焼きをつくりにお出かけ。 「かすみ!たまごやき作ってやる!」 突然、かすみの部屋にフライパン片手に入ってきて。 厨房に入るなり冷蔵庫に突っ走り卵を物色。 じゅうじゅうと音を立てて玉子焼きを完成させた。 集中して作る一夜の横顔に たった八ヶ月だが 確かに成長した大人びた顔つきが・・・。 「さ、出来たぞ」 「わぁ」 ふわっとした感じ丸いやわらかなたまごやきが湯気を上げています。 「いただきます☆」 パクッと豪快にかすみの桃色な唇の中へと・・・ 「どうでい」 「うん・・・!おいしい・・・!一夜、すっごくおいしいよ!!」 「そうだろうそうだろう!!へへへ」 かすみが自分が作った初めてのたまごやきを おいしいと言ってくれた。 言ってくれた・・・。 「へへ・・・」 「何よ。私が誉めるシーンなのに一夜、あんた、喜びすぎじゃない」 「う、うるせぇやい!」 「ふふ。でもおりこうさん。よくできましたー」 かすみは一夜のおでこをなでなで。 「や、やめろ!子供扱いすんな!」 「子供じゃないの。フライパン持ったままここまでくるくらい」 「・・・はっ」 一夜、今頃になって。気づく バスの中でやけに視線が集中していたなと。 「・・・///う、うるせぇな」 「ふふ。でも本当においしかった・・・。嬉しい。私、 本当に嬉しいのよ」 「///」 かすみに一番食べてもらいたかった。 食べて誉めてほしかった。 (・・・料理長に感謝だな・・・。いいお題を俺にくれた・・・) 「さーて。今度は私の番ね」 「番?」 「そう。カウンセラーの試験と・・・大学の卒論。 ちょっとに詰まってたんだ・・・」 かすみの本棚には 難しいタイトルの本がずらっとならんでいる。 (かすみも色々と・・・。大変なんだな・・・) 「一夜のたまごやきでパワー出てきた・・・! ありがとう!ふふ」 「お、おうッ」 かすみの役に立った。 それだけで幸せ。 ”誰かのために作る料理が一番上手い” 料理長の言葉が身に沁みる・・・。 PPP! 「あ、ごめん」 かすみの携帯がなり、かすみが出た。 「あ・・・。月森先輩!」 (!?) 一夜の恋心が反応。 かすみの声のトーンが変わったことをキャッチ。 (・・・オレと話してるときの顔と・・・違う) どこがどう違うのか 上手く表現できないけど (違う・・・) 大人の女性・・・ 「あ、久しぶりに月森先輩も一夜に元気あげてください」 「え、あ、オレはいい」 「え?そう?ですって。照れ屋なトコは変ってないでしょう。ふふ」 (子供扱い・・・くそ。わかってるけど・・・) 痛い。 胸が。 (早く。早く大人になりてぇ・・・。大人の男に・・・) 一夜のたまごやき・・・。 これからどんな形に変っていくのか・・・。 一夜は寮に帰ってから、すぐに 玉子焼きの研究を再び熱を上げたのだった・・・。
・・・。料理のこととか料理人のこととかカウンセラーのこととか 専門的内容は全く無知で書いてますんで(謝) そこら辺はスルーしてくだされ(汗)