久遠の絆
第三章 名前と涙
「うるせぇえ!!オレに触るな!近づくな!!」
「触るなってね!!あなた、お風呂に入らなきゃ駄目でしょ!!3日も入ってない
なんて!」
少年のTシャツをひっぱって
なんとか風呂場へ連れて行こうとするがかすみよりはるかに体格が
大きい少年はビクともしない
「もう!!これじゃあ、お風呂嫌がってる子犬と一緒だわ・・・」
風呂にも月森とお手伝いが力づくで入れようとするが
わんりきが強すぎて投げ飛ばされてしまう・・・
「オレにかまうな!!オレに関わるなッ!!!!!」
バタン!!
とうとう・・・
少年は誰かが部屋に入るのを拒み、食事さえ受け付けなくなってしまった・・・
「やれやれ・・・。ストライキに入ったな。でっかいこのわんこは」
ジャージ姿のかすみ。
少年に投げ飛ばされても何されても
いい服装に切り替え、準備万端だ。
ジャージ姿のかすみにちょっとひく月森・・・
「かすみ・・・。あまり無理をするな。君の方が咲きに参る・・・」
「大丈夫ですよー!体力だけは自信あります!!ふふ。あ、そうだ。
先輩、今日から私、この廊下で寝ますね」
「え??」
寝袋をどこからか用意してきたかすみ。
「あっちがそういう体勢ならこっちだって負けてられないわ!持久戦よ!
一晩中ドア越しに話しかけてやるんです。ふふ。ドアの前に
あったかいおにぎりの匂いちらつかせてね・・・」
「かすみ・・・」
「よーし!そうとなれば腹ごなししなくっちゃーー!」
ガッツポーズでかすみはキッチンへ降りていった・・・
月森はいつかかすみが言った言葉を思い出す
”時には・・・”マニュアル”という辞書を放り投げて人と向き合う
ことも大切だと思う”
(・・・。マニュアルがないのは・・・。かすみ、君そのものじゃないか・・・)
押しても叩いても開かない扉。
かすみは扉がどうやったら開くか、いつ開くか
諦めず、ずっと方法を考え続ける・・・
(そんな強さが・・・。僕は・・・)
切なげにかすみの部屋を見つめる月森だった・・・
夜中・・・
かすみが握った特大おにぎり3つ、おしんこがお盆に。
1っこ、おにぎりをほおばるかすみ。
「あー。シャケおにぎりはおいしーなー」
かなりわざとらしく言う・・・
毛布と膝にかけ、少年の部屋の扉によりかかり、しゃべり始めるかすみ・・・
だがドアの向こうの少年からは応答がない・・・
「・・・そう。だんまりって戦法なわけね。上等よ」
ばくっとおにぎりをほおばるかすみ。
お腹が満腹になった。
(闘志がわくってものよ!)
「でね。私、おにぎりにたらこいれるの好きで・・・」
ざっくばらんな雑談をしゃべり続けるかすみ・・・
その手元には少年の母の日記のコピーが・・・
母親の日記。
少年が産まれた日の様子・・・
”男の子が産まれた・・・。普通の産院では産めない。私をうけおってくれた産婆さん
の元でひっそりと産んだ・・・許されぬ罪を犯した私達夫婦に
産まれた・・・。生まれてきてしまった我が子・・・。生き甲斐を手に入れた
気持ちと同時に・・・この子に背負わせる運命の重さを感じた・・・
だからせめて・・・。この子の名は心が強い子に育つよう、強い名前を贈りたい・・・”
(・・・強い名前って・・・『犬飼夜摩斗』?)
”私の故郷の民話に出てくる強い神の名前から考えた。その神の名前は・・・”
「あれ・・・。途中で切れてる」
肝心の神の名前が記されていない
(・・・どんな名前なんだろ・・・。もしかしたらこの事が
彼と話す”きっかけ”になるかもしれない)
かすみは思い切って聞いてみようと思った。
「・・・。貴方は・・・。なんて呼ばれていたの・・・?お母さんに」
「!」
”お母さん”という言葉に、部屋の隅で膝を抱える少年の表情が少し変わった。
「貴方のね・・・。お母さんの日記みたの。お母さんは貴方を何てよんでいたのかなって・・・」
「・・・」
「お母さん・・・。きっと優しい人だったのね・・・。貴方に強くて素敵な名前
贈ったって・・・」
「・・・」
かすみは母親の日記のコピーを見つめながら話す・・・
「子供の名前にはね・・・。親の願いが込められてるの・・・。この子が幸せになりますようにって・・・」
「・・・」
「きっと・・・。貴方のお母さんも・・・。貴方ことが大好きって
気持ちを込めて名前、つけてあげてると思うんだ・・・」
「・・・。わかったこと・・・。言うな・・・」
少年から、初めて言葉がかえってきた
(・・・。私の話・・・。聞いてくれてるんだ・・・)
かすみは話し続ける・・・
少年の心に・・・
「私のお母さんはね・・・”かすみ”って名前には”神の御加護に恵まるように・・・”って
願いをこめてつけたんだって・・・」
「・・・」
「ってちょっと難しかったかな・・・。だからね・・・教えてほしいんだ・・・。
お母さんが大好きな貴方にくれた名前・・・を・・・」
「・・・」
返答がない・・・
(・・・やっぱり・・・。駄目かな・・・)
かすみが諦めかけたとき・・・
「・・・夜叉」
(え・・・?)
「犬・・・夜叉」
小声だが・・・確かに聞こえた。
「いぬやしゃ・・・?それがあなたの・・・名前?」
「・・・」
少年・・・。いや、”一夜”からの返事はないが
かすみはしっかり聞き取った・・・
「そっか・・・。一夜って言うんだ・・・。うん・・・。素敵ね」
(ちょっと漫画チックみたい・・・。あ、もしかしたら”一夜”が
神様の名前・・・)
「一夜・・・。ありがとう・・・。名前おしえてくれて・・・。ありがとう・・・
あり・・・が・・・」
かすみの瞼が・・・スッと閉じた・・・
手からころっとおにぎりが転がる・・・
シーン・・・
廊下は静まり
何の音も聞こえなくなった・・・
(・・・)
カチャ・・・
扉が・・・
少し開く・・・
暗闇から・・・
じろっと廊下の様子を伺う一夜の顔が姿を現す・・・
(・・・)
「スー・・・」
扉にもたれ掛りすっかり熟睡するかすみ・・・
(・・・)
一夜はお皿のおにぎりをすっと取り扉を閉めようとした
(・・・!?)
「・・・さん・・・。お母さん・・・」
かすみの寝言・・・
(・・・)
一夜はしばらくかすみの寝顔をじっと見つめていた・・・
「・・・お母さん・・・」
「・・・!?」
ぽた・・・
かすみの瞳から一筋涙がこぼれる・・・
「・・・」
一夜の脳裏に母と交わした最後の会話が蘇る・・・
”一夜・・・。私がいなくなった時・・・。貴方は一人で生きていかなくて
ならない”
”嫌だ・・・。母さんがいなくなるなんて・・・。オレは嫌だ・・・!”
”一夜・・・。探しなさい・・・。貴方のために泣いてくれる人を・・・。”
”オレのために・・・?”
”そう・・・。そして信じるの・・・。そうすれば貴方はきっと
幸せになれるから・・・”
「・・・オレ・・・のため・・・」
かすみの頬に伝う涙に・・・
一夜の手が触れる・・・
(・・・アッタカイ)
”信じるの・・・。人を信じるの・・・。それが貴方をきっと光に導いてくれるから・・・”
「・・・」
指先についたかすみの透明な涙の粒・・・
一夜はじっと見つめた・・・
「・・・ん・・・ん・・・」
(!)
バタン!
もそもそっとかすみが動き、一夜は慌ててささっと扉を閉めた。
「スー・・・」
一瞬起きかかったかすみだが再び熟睡・・・
一方・・・
扉の向こうの一夜・・・
(ナミダ・・・)
指先についたかすみの涙の露を
見つめる・・・
(・・・母さん・・・!!オレは一人だ・・・
母さん・・・!!!一人なんだ・・・!!!!)
ドン!!
壁に拳を打ち付ける・・・
壁には血が滲む・・・
”貴方の名前はね一夜という神様からとたのよ・・・。私の故郷の神話にでてくる
強い神様の名前よ・・・。大地を愛し、人々を守る強い神様の名前・・・”
(・・・母さんがいないんじゃ・・・。オレは強くなんてなれない・・・)
夜明けは・・・
まだ見えない・・・