久遠の絆 第三十二章 プリンスの憂鬱 久しぶりの登場の月森教授。 月森グループの御曹司で次男。 ルックスも◎で、3○歳の若さで大学の教授という彼の周りには常に 女性たちが自然の摂理(?)で集まってくる。 「はぁ・・・。今時見合いなんていつの時代の話だ? 昼ドラの中ぐらいだろう?」 見合い写真をぽいっとゴミ箱に捨てる月森。 父親から勧められている結婚相手。 父親の入魂の中の某企業の重役の娘とかで 向こうもその気らしいが、 「オレはまだまだシングルライフを楽しみたいんでねぇ・・・ っていうか、日曜の午後はゆっくりしたいんだよ」 自分で買った別荘。 父親名義の別荘から出て、自分の金で買った小さな別荘は 多少狭くても月森にとっては小さなお城だ。 「・・・ふふ。アイツ、一ちょ前に頑張ってるみたいじゃないか」 かすみからの手紙を読む。 一夜の様子が書かれている。 ・・・というか一夜のことばかり。 「まぁ・・・。オレがかすみ君にアイツのことを委ねた張本人ですけど」 真っ暗闇に居た一夜の心。 明るく照らせるのは、優秀な心理学者でもカウンセラーでもない。 ・・・無我で無償の愛情だけだと、月森は知っていた。 「・・・初期のアイツの見ていたら・・・。ま、昔の自分を思い出したわけで」 何もかもが敵に見えた。 一夜とであったとき、幼い頃の自分を見た気がした。 ちょっとでも手を出せば噛み付く、狂犬のように 心閉ざしていた少年時代。 「オレの心も・・・。彼女に救われた」 本棚からスケッチブックを取り出す。 『つきもりのおにいちゃんへ』 かすみが月森への手紙。 月森が学生時代。ボランティアで行った小学校で 出会った。 かすみがその頃から笑顔が印象的な少女だった。 だがその笑顔の裏に深い痛みを抱えていると月森は感じた。 「・・・」 月森の前で初めて見せた涙。 月森だけに見せた涙。 それが自分だけの・・・特権のようにさえ感じて・・・。 必要とされていると感じられた。 「・・・。オレの初恋・・・?だったのかな。はははって 柄じゃないか」 小さな少女の笑顔に 希望を感じたあの頃。 かすみの笑顔なら一夜の心もきっと 開けると確信した。 そして委ねた。 珈琲を一口含んでソファに座る月森。 かすみの手紙を読み返す。 「・・・アイツがかすみ君に恋愛感情を抱くのはまぁ時間の問題だった だろう。っていうかそれが目的だった」 いい恋が出来る 相手がかすみなら 初恋を生きるエネルギーに変えられると信じた。 「恋愛成就の結末まではオレの管轄外だがね」 かすみの手紙には 一夜の名前が31回も出てくる。 「・・・。はてさて。かすみ君の心はどうなのだろうか。 今はまだ姉のような感覚でいるようだろうが・・・」 だがなんとなく肌で分かる。 かすみの心にも根付いているものがあると。 ・・・そしてそれは自分に向けられているものではないと。 「・・・彼女が恋愛をするには・・・。乗り越えなきゃいけない ”壁”があるんだよ。一夜。それは・・・」 ・・・かすみ自身の戦いでもある。 「・・・。ふぅ。若い二人の恋愛模様を一人語ってる33の男・・・。 虚しいことはやめるか」 かすみから贈ってこられる手紙。 自分の名前が宛名と書き出しの一行だけ ということに寂しさを感じる。 (・・・。”嫉妬”なんて・・・。柄じゃない・・・) ソファにどさっと寝転がる月森。 ・・・プリンスの憂鬱な午後だった・・・ 「え?バーベキューですか。先輩」 月森から、自分の別荘で久しぶりに一夜も呼んで 会おうと誘われた。 かすみと一夜は材料を買って 一路、月森の新宅へ。 「で、今日は月森先輩、あんたの腕期待してるんだから」 「けっ。あのボンボン野郎かよ」 ”月森先輩が・・・” そのフレーズにいらだつ一夜。 やきもちやきの二十歳です。 そして月森の別荘に付くやいなや・・・。 「やぁやぁ。かすみ君。そして付き人」 「誰が付き人だ!!」 すでに嫉妬メラメラモードの一夜。 (からかいがいのある奴。ふふ。もっとつついてやろう) 「かすみ君。今日も可愛いね。僕のために お洒落してきてくれたのかい?」 これ見よがしにかすみの肩を抱く。 「て、てめぇ!!」 すばやく反応。 「なんだい?」 「・・・せ、せ、セクハラだろ!!」 「・・・若いねぇ。あのね。社交辞令ってものを覚えなさい。 初恋真っ只中青年よ」 「!!」 チラッと一夜に視線を送る月森。 「初恋・・・?一夜、あんた誰か好きな人いるの?」 じっと一夜を覗き込むかすみ。 「・・・(汗)」 「いるんだよなぁ。すぐ側に。でも気づいてもらえなくて 告白する自信もなくて、もじもじしている一夜君。 かあーいーねぇ」 くいくいと一夜のほっぺをつねる月森。 (月森の野郎ーーーー!!) 完全にからかわれていると感じた一夜。 「ふふふ。ムキになればなるほど、ボロでるよ。ワンちゃん」 (・・・汗) 完全に月森のからかいの勝利。 かすみの目の前では一発入れることも出来ず。 (かすみのいねぇときに一発お見舞いしてやる) と、心の中だけで反発していたのでした。 「さぁさぁ、じゃあ始めようか」 芝生の庭。 杉の木でつくった月森お手製のテーブルと椅子で バーベキューの開始だ。 「すごいですね。先輩。椅子もテーブルも、それから 炉も自分でつくるなんて!」 「ははは。まぁ。30男の日曜大工ってとこですか?」 かすみと月森が仲良く、月森が手入れしている庭を眺めて。 (・・・こんにゃろう!!) 一夜、一人、ジュウジュウと野菜を焼いたり切ったり。 「おい!お前らも手伝え!」 「料理人だろう?お前。下ごしらえぐらいぱぱっと やれないのか」 「うるせえ!手伝えったら手伝え!(怒)」 かすみと月森を二人きりにしたくないぞオーラが 思い切り出ている一夜。 (・・・まだまだお子ちゃまだねぇ。ふふ) 一夜の可愛いヤキモチ。 だが月森はとてもいい兆候と感じる。 ”感情”というものに一夜自身が素直になっている証拠だから・・・。 レンガで出来た炉。 櫛でさされたたまねぎやとうもろこし、 豚肉などがいい香りを漂わせ、こんがりと焼かれている。 「ほう。なかなか上手な切り具合じゃないか」 「へん。あったりめぇだ」 「まぁ、素材がいいから美味いのだろうが」 「そうね。これも先輩がつくった野菜だって」 (・・・(怒)) 月森のからかいはまだ収まっていないようで(笑) 「けッ!!こしらえたのは俺でい!!忘れんじゃねぇよ!」 「はいはい。わかってます。一夜」 かすみに頭をなでなでされて ちょっとだけ機嫌を治す一夜。 そんな二人を見ていてもっと一夜をいじめたくなるのは・・・。 嫉妬のせい? (・・・俺もまだガキかな) 一夜がもし現れなかったら。 かすみを守っていけるのは自分だけと 思っていた。 ・・・いや今でも思っている。 「先輩、一夜。私、台所で洗い物してきますね」 「ああ」 かすみはパタパタとキッチンへ走っていった。 「・・・いいねえ。新妻みたいで。特に後姿なかなか興奮する・・・」 「て、てめぇ・・(怒)」 「おや。一夜。お前とて、そうだろう? かすみ君の側にいれば、自然の摂理でムラムラと・・・」 「やっやらしい言い方すんじゃねぇ(照)」 耳まで真っ赤にして”はいそうです”と白状している一夜。 「よしよし。心も体も健康のようだ。あっはっは」 「や、やめろ(汗)」 一夜の頭をなでなで。 (いけすかねぇ野郎だ・・・。気障だし。でも・・・) 月森がいなかったら かすみに出会っていなかった。 月森がかすみと一夜を引き合わせた・・・ (ムカツクが・・・根は悪いやつじゃねぇ) かすみと知り合い。 兄貴のようになんていうのはシャクだけど、 自分に助言してくれている月森を一夜は信じたいと思っている。 「一夜。お前・・・いつ頃かすみ君に告白するつもりだ?」 「・・・!?」 二人きりになったところで、直球で尋ねてみる月森。 「ま。今のお前じゃ・・・。まぁまだ自信がないって 状態か」 「う、うるせえ(図星)」 「ははは。それでいい。恋愛は”長持ち”させた方が いい味がでるからな。これと同じで」 菜ばしでハムをつまんで紙皿にのせる月森。 「世の中じゃぁ”恋はするものじゃなくて落ちるもの”だとか なんとか流行ってるが、オレに言わせれば、まぁ理屈っぽいいいわけだ」 (てめぇこそ理屈っぽいだろ) 心の中で突っ込む一夜。 「結局。恋愛も人間関係の『名称』のひとつでしかない。 どの人間関係でも大切なことは『信頼関係』だ。いいか。初恋青年」 「小難しい言い方すんじゃねぇ。要はかすみを信じてりゃいいんだろ」 「ああ。そうだ。分かってるじゃないか。でもオレは相手は”かすみ君”とは 言ってないぜ?初恋青年」 「・・・!///」 「あっはっは!!ウブイ奴」 素直な青年。 二十歳になったばかり。 初めての恋に一生懸命向かい合っている。 (・・・オレがしゃしゃり出ることもないか・・・) 「油断するなよ?かすみ君のそばにはオレみたいないい男が 狙ってるってこともな」 「・・・。けっ・・・。かすみは気障な男は趣味じゃねぇ」 「ああそうだ。かすみ君に似合うのは軽い男ではいけない・・・」 「・・・?」 一夜はまだそのとき、分からなかった。 月森が言った言葉の真の意味を。 「あー。二人で何話してたの?」 戻ってきたかすみ。 「え?あはは。ワンちゃんの初恋の人の話」 「!??つ、月森てめぇ!!」 「かすみ君。あのね、犬君の好きな人は・・・」 「やめろ〜!!」 月森の口を塞いで、告げ口阻止する一夜。 そんなこんなで。 賑やかな昼下がり。 (・・・一夜は一人じゃない・・・。一人じゃないのね・・・) かすみは家族が増えた気がして 心強く感じたのだった・・・。 「じゃあ先輩。今日はありがとうございました」 「いやいや。かすみ君。またおいで。今度は一人で・・・」 かすみの手をそっと握る月森。 (・・・怒) つかさず一夜が阻止。 「ははは。一夜。またな」 「・・・。おう。またな」 月森の声援(?)をちゃんと受け止めて 一夜とかすみは別荘をあとにした・・・。 「ふぅ。なかなか有意義な日曜だった」 夜。 パソコンのスイッチを消して 眼鏡をとる月森。 「・・・。二人の恋の行方・・・。観察させていただきましょうかね」 二人の恋をセッティングしたのは自分。 いい恋になるだろうと予感して。 けど・・・。 「・・・」 カタ・・・。 一つのキャンバス・・・。 描かれているのは ・・・それは少女時代のかすみだった。 中3の頃のかすみの姿だ。 「・・・ロリコンじゃないぞ。オレは」 成長していくかすみを見つめてきた。 ずっと。 (・・・”私情”が・・・入り混じって見守ってきた・・・ってな) 優秀な心理学者も 自分の心の流れは予測がつかなかった。 (万が一・・・。一夜の奴が・・・。かすみ君を傷つける ような男になったその時は・・・。オレは・・・) ”私情”に流されようと思う。 「・・・初恋青年よ。油断するなよ・・・?そしてかすみ君・・・」 キャンバスのかすみの頬をそっと撫でる・・・ (・・・俺はただの男になるからね・・・) 先輩でもなく ただ一人の・・・。 「・・・初恋青年に乾杯」 夜の月に ワイングラスを持ち上げて乾杯。 プリンス月森のその夜は 少し切なくでも 穏やかな夜だった・・・