久遠の絆 第34話 二人の”峠” 一夜が修行に出て早二年半が過ぎた。 二十歳の誕生日も過ぎて・・・。 「え・・・。オレが?」 「おう。宴会の予約はいってんだ。お前、魚捌いてみろ」 この半年。 一夜は料理長にマンツーマンで魚の捌きを教わってきた。 初めて自分ひとりで刺身をこさえることになったが・・・。 (・・・じ・・・自信ねぇ・・・カモ) 煮つけや他のメニューとはわけが違う。 指先の感覚、技術が必要とされる。 それに・・・。 『調理師試験問題集』 もうすぐ調理師の資格試験が迫っていた。 (プレッシャーだな・・・。でも・・・) 机の引き出しからかすみの写真を取り出す。 (かすみ・・・) 早く一人前の強い男になりたい。 (・・・びびっててどうする・・・!オレは・・・かすみに 生きるチャンスをもらったんだ!) 一夜は問題集のページを開いて ペンをはしらせる。 (・・・今度の料理長の試験と・・・調理師の資格が合格したら・・・。 オレは・・・オレは・・・かすみに・・・) かすみの写真を手にとる・・・。 (オレは・・・かすみに・・・告白・・・する・・・) 節目だ。 自分の気持ちを伝える・・・。 伝えたい。 「・・・となれば・・・。突き進むのみ!!うりゃああ!!」 問題集に立ち向かう。 苦手な筆記。 だがかすみのためならエンヤコラ! (・・・かすみに告白・・・?となればどんな言葉がいいか) あらら?一夜君、問題の答えの欄に 『かすみ、好きだ』と書いちゃってますが? 「・・・///お、オレってば何を・・・(汗)」 (今はかすみの事は忘れて・・・2つの試験に挑まねば・・・!!) 試練を乗り越えたときこそ 胸を張って気持ちを伝えられる・・・。 「うし・・・!気合入れなおしてやるぞ!」 頭にタオルを巻いて 問題集とそして魚をさばく練習をする一夜だった・・・。 何かに挑戦しようとしているのは一夜だけではない。 「ふぅ・・・。ラスト一週間・・・ね」 心理士の試験・・・ 3年連続落ちてしまった。 (・・・そういえば・・・。一夜も調理師の試験近いっていってたな・・・) カレンダーを見つめる。 (・・・あ。一緒の日だわ) 一夜と同じ試験の日・・・。 「・・・お守り・・・。お揃いの買ってよかった」 机の引き出しから赤と青のお守り・・・。 「ふふ・・・。速達で送ってあげよ」 ということで。 「速達デーす!」 一夜のところに届いた紙包み。 「なんだ?」 カサ・・・。 茶封筒を空けてみると・・・ (お守り・・・?) 『私も持ってる。お揃いのお守りです。一緒に試験、 頑張ろうね かすみ』 (おそろい・・・///) かすみからお守りを貰うのは二度目。 でも今回のは・・・ (かすみと・・・お・そ・ろ・い) なので、俄然ご利益も増大だ。 「うおおおし!!かすみ、俺はやるぜ!!」 と気合をいれ、何をするかと思えば。 机に引き出しからこっそり持ってきたかすみの写真を チョキチョキ (///) かすみの顔の部分の写真を一夜はお守りにいれて・・・ ・・・チュv (・・・///かすみが・・・合格するようにおまじない) ついでに恋愛成就もお祈りする一夜・・・。 「よおおし!”儀式”は終わった。貫徹して かんばるぞ!!」 頭にタオルを巻いて気合を入れなおす。 自分の進むべき道のために ・・・自分の恋のために。 「おう、犬っころ!貯蔵庫行って野菜類とってこい!」 「はい!」 一夜は試験を控え、一層仕事にも精を出す。 (試験に合格して・・・。料理長に認めてもらったら・・・。 オレは・・・オレは・・・) 『かすみに気持ちを告白する』 ”うん・・・私も。一夜が好きよ” 「かすみッ!!」 一夜、まな板を抱きしめて、厨房にて。 「・・・。犬っころ・・・。おめぇ・・・なんか”たまってん”のか?」 「い、いえッ決してヤラシイことなんてッ・・・。はッ」 一夜、即白状(笑) 「あっはっは。まぁ若いから仕方ねぇだろうが、今は 煩悩を消し去れ。いいな。お前の正念場なんだからな! いいか、明日だぞ!」 「・・・はい///」 どうしてもかすみのことが浮かんでしまう。 (しっかりしねぇと・・・!明日は・・・!いよいよ 料理長の”試験”だ) 一夜が一匹の鯛を料理長の前で捌く。 (手入れ徹底的にしとかねぇと) 夜。 包丁を念入りに研ぐ・・・ (オレの・・・第一試練だ・・・) 3年。 最初は鍋の底を鏡のようになるまで磨き上げ、 まかない食のメニューに悪戦苦闘して 本当の料理を作る過程に関われるところまでやっときた。 (山登りで言うなら・・・まだまだ頂上はみえねぇ。6合目ぐれぇだ) シュ シュ・・・ かすみから貰った包丁・・・ (・・・オレ・・・絶対・・・この”峠”は超えるから・・・) かすみと出会った頃は・・・ かすみに背中を押されて頂上を登っていた。 かすみの力を借りて自分の足さえ動かさず・・・。 (・・・もう・・・オレは自分の力で・・・登っていける・・・。 それをかすみに証明したいんだ・・・) 「がんばるからな。かすみ」 かすみのお守りに呟く。 明日。 ”6合目”の試練の日だ・・・。 日曜。誰も居ない厨房。 料理長と一夜の二人。 まな板に一匹の艶のいい鯛が横たわっている。 「・・・1分以内に・・・○o以上で捌いて見ろ」 「はい!」 料理長の合図に一夜は鯛の腹にに包丁を入れた。 料理長は腕時計で時間を計りつつ、じっと一夜の捌きを見つめている 内臓を取り、洗い流し、再び身を切っていく。 (手つきはまだおぼつかねぇが・・・思ったより・・・上達してるな) 指先まで隅々と目を配らせる。 一夜の真剣な顔つき・・・ 技術もそうだが、何より料理に対する熱意がにじみ出ている・・・。 「・・・あと30秒」 「ハイッ!」 最後の追い込みだ。 一夜の包丁は鯛の白身を綺麗に皿に盛り付けていく 絵皿の模様が透きとおっている。 (・・・もう少しだ・・・。最後まで気を抜くな・・・) 一夜に心の中でエールを送る。 そして・・・。 P! 「そこまで!」 一夜は静かに包丁を置いた・・・。 「・・・じゃあ・・・腕前拝見といこうか」 (ゴク・・・) 緊張が走る。 料理長は・・・ 一夜がさばいた白身を鋭い目つきで・・・ 審査。 (・・・オレの今の精一杯は出した・・・。悔いはねぇ・・・) たとえ散々な結果であっても また精進すればいい 一夜は緊張しながらも どこか気持ちが不思議なくらいに穏やかだ・・・。 「・・・。おう犬っころ」 「は・・・はいッ」 「・・・最後のヤツが・・・見てみろ。微かに分厚い」 「あ・・・」 料理長が手のひらに一欠けら白身を手のひらに乗せた。 「・・・わらねぇようだが食べる人が箸をつけたときにゃわかるだろう? 口の中に入れたらな」 「・・・。ハイ」 厳しい表情・・・ それが”料理長の採点”だと・・・。一夜は悟った。 スッと・・・ 料理長は腕時計を置いて背を向ける・・・。 「・・・。犬っころ」 「はい」 「・・・おめぇはまだまだ包丁握るにゃ・・・程遠い。 客に出すものをこさえるにはまだまだ」 「・・・はい」 分かっていた結果だが・・・ やはり直接言われると堪える・・・。 「・・・。けどな・・・。おめぇ・・・。おめぇの顔・・・。 いい職人の顔していたぜ・・・」 「・・・え・・・。顔・・・?」 「おうよ。全魂を込めて・・・っな。 おめぇは確かに料理人の顔だった。料理人に限らずな・・・。 誠実に自分の仕事に向き合うってことが大事なんだ」 「・・・はい。そうですね」 「よし!明日から・・・店のカウンターに立て」 「え!?」 「・・・ワシの横で補助しろ。じゃあな」 バタン・・・ッ 勝手口から料理長はスタスタと済ました顔で出て行った・・・。 「オレが・・・。料理長の横で・・・」 料理長の横に自分が立つ・・・? 「・・・。オレってもしかして・・・。出世みてぇのしたのかな・・・?」 ピンとこない。 だが・・・ ”おめぇ・・・いい顔してたぜ?” (・・・) 一夜、鍋を取り出して底に映る自分の顔をじーっと見つめる。 (・・・///そうか・・・オレ、職人の顔、なのか・・・。へへ) 試験の結果は・・・。半分合格半分不合格といった感じだった。 でも・・・ 「なんか・・・。すっきりした気分だ」 山登り。 登りきったがまだまだ6合目。 だがやっと6合目・・・だ・・・。 見上げれば頂上が微かに見える。 小さく遠く・・・ 「よっしゃぁああ!!頂上目指してやってやるぜ!」 料理人としても・・・ まだまだ先は長い・・・ 長いからこそ そして・・・ (・・・かすみという頂上に・・・) ポケットからかすみの写真を取り出す・・・。 お守り袋の中から・・・。 「・・・。かすみ。オレ・・・。試験がんばるからな」 呟く一夜。 料理長の試験のことをかすみにすぐに伝えると・・・。 「・・・がんばってたのね・・・。一夜・・・。 一夜・・・。本当に本当に・・・」 「・・・そ、そんな涙声になることも・・・(汗)」 「だって・・・。だって・・・」 携帯からかすみの震える声が聞こえる・・・。 (・・・ったくしょうがねぇな・・・。携帯じゃなかったら オレが涙拭いてやるのに・・・) 自分のために泣いてくれる女 自分ががんばったことを嬉しがってくれる女 ・・・世界でたった一人・・・ (たった一人の女・・・) 「・・・料理長さんはきっと・・・。一夜の心意気を・・・ 観たかったのね・・・」 「・・・そうかな・・・」 「いいお師匠さんもったじゃない・・・」 「・・・ああそうだな・・・」 二人はお互いに・・・ 同時に頷いた・・・ 「私もがんばらなきゃ・・・!試験は一週間後よ!」 「オレも・・・」 「あのお守り一緒に持っていって・・・二人で頑張ろうね」 (”ふたり”・・・で・・・) ”好きよ、一夜” より・・・ なんだかぽわっと心があたたくなる・・・ 「ね・・・!ふたり、で、がんばろう!」 「お、おう!」 お守りを・・・ 二人は見つめる・・・。 お揃いのお守り・・・ 二人で二人で 試験を迎える・・・。 携帯の向こう。 顔は見えないけれど 繋がっている気がした夜だった・・・