久遠の絆 第46章 やっと柔らかく笑える 〜その日その日の自分を認めてあげよう〜 かすみの状態は徐々にだが、回復していた。 一夜は仕事が終わると必ずかすみの家に立ち寄ることにしている。 一夜が作るおかゆと少しの果物は喉を通る 「・・・おいしい・・・。おいしいよ」 ”おいしい”という感覚が戻ってきた 柚子とお米の甘み 口のなかがあったかい。 下手な言葉より内臓から 胃の奥から ・・・食べ物が自分の体に入っていく・・・ かすみは一夜に手を合わせて 何度も言う。 涙を何度も流して・・・。 「・・・言い過ぎだって・・・。かすみ」 「だって・・・。本当においしいから・・・」 「どう・・・受け取っていいから分からないだろ・・・。 照れていいのか、どうしていいのか・・・(汗)」 「・・・ごめん」 謙虚過ぎるかすみ。 故につらくなると矛先を自分に向けるしかなくて・・・。 「オレ、なんでもするから。お前が望むこと・・・」 かすみは黙って一言・・・ 「・・・一夜が・・・元気でいてくれればいい・・・。 って今は私が元気にならないといけないんだけどね・・・」 切なく笑う。 切なく痛い。 (・・・どうしてそこまで・・・) 自分を追い詰めるのだろう。 「・・・頑張るんじゃないんだろう?マイペース維持するんだって お前がよく言ってたじゃないか・・・」 「そうだね。ふぅ・・・。うん。ぼちぼち・・・。 復活しなくっちゃ!栄養満点の一夜の料理で体力回復は 間違いなし!」 にこっと笑うかすみ。 (笑顔だけど・・・笑顔じゃネェ) 頑張りすぎ病のかすみ。 いつか月森が言っていた言葉を思い出す。 ”自分の意思じゃないところにある痛み” (・・・かすみ・・・) すべてを吸収してしまうスポンジ。 かすみのこころの襞やっと理解した一夜だった・・・ 「・・・それより一夜。修業の方はどうなってるの? 毎日来てくれてるけど・・・私のせいで・・・」 「あー?オレが来ちゃいけねぇのか? つーかな。オレ、かすみに報告したいから来てるんだぜ。 日々の成長を。オレに後輩が出来た」 「凄いじゃない!凄い!!昇進したんだ!一夜が!ふふ」 「喜びすぎ・・・。オレのことはいいから・・・。とにかくかすみ。今は・・・」 「ごめんごめん。そうよね。 今は・・・。自分の心と・・・ちゃんと向き合うから・・・」 ”頑張り病” かすみには 自分の”ペースの休憩”を見つけることが大切だと 月森から聞いた。 聞いたときは、専門用語や小難しい話だったので 理解できなかったが・・・。 (今なら解る・・・。今なら・・・) ”癒し”などという流行の言葉では 言い表せない。 本当の・・・ ・・・労わり。 「ん?」 窓際ですずめの声。 鳩の鳴き声・・・。 「夜なのに?」 「・・・そう・・・。二、三日前から来るようになったの」 一夜が観察する。 怪我でもしてるのかと思ったが、傷一つない。 「・・・元気そうなのにな。なんで居ついたんだろう」 「・・・。はぐれちゃったのかな・・・。仲間から・・・。 だから・・・淋しいのかな・・・」 かすみは淋しそうな顔をした。 まるで鳩の気持ちを代弁するかのような・・・。 心が敏感なときは 人間以外の生き物への感じ方が より感情的になる。 その生き物が本当にそう思っているかは解らないが すくなくとも共通する感覚は感じる。 ・・・痛み、淋しさ。 「・・・昔のオレならきっと・・・。 鳩なんぞ、気楽なもんだ、飛んでりゃいいんだからって思ってた」 「・・・一夜」 自分の痛みしか見えなくて 自分以外の生き物全て敵に見えてて・・・。 「板長に言われたんだ。”技と同時に感覚を磨け”ってね。 最初はイマイチピンとこなかったけど・・・今は・・・」 どれだけ包丁捌きが優れようとも どれだけ美味を出そうとも ・・・他者から見える感覚がなくては 自己の中だけ。 鳩がポッポウと一つ鳴く。 サッシの溝に座るように停まって 人間を観察しているのか それとも淋しいからだたそこにいるのか・・・。 「・・・かすみ。礼をいわネェといけねぇんだ」 「ん?」 「ほら。コレ・・・」 一夜の店のメニュー表。 それには・・・。 『柚子粥セット 350円 胃腸の弱い方等如何でしょう?お客様の体調に合わせ、 味加減、湯で加減、ご要望になんでもお応えいたします』 というメニューが・・・。 「・・・これって・・・」 「かすみのおかげだ」 「え?」 「かすみのために、かすみのためにって 造ったものが・・・認められたんだ・・・。だからかすみのおかげなんだ」 「そんな・・・私・・・一夜に迷惑かけて・・・」 一夜はそっと ポケットから柚子を一つ取り出し、かすみに握らせた。 かすみの痛みから”産まれた”料理・・・ かすみの痛みからみつけられた”材料”・・・。 「なんか言い方へんだけど・・・。かすみのおかげで オレは・・・また新しい自分を見つけられたんだ・・・」 (一夜・・・) 「・・・アリガトな・・・」 柚子の優しい香りといっしょに・・・ 一夜の言葉が かすみのこころに沁みていく・・・。 ”ありがとう” 今までは自分が人によく言ってきた言葉だ。 相手に誠意を持って感謝して 接することをモットーとしてきたかすみ・・・。 けれどそれで 隠すべきた、二の次にしなければと 思い込んできたこと・・・ ・・・自分の痛み・・・ でも・・・ 本当は・・・ 本当は・・・ (・・・気がついて欲しかったんだ・・・) 誰かに 誰かに 自分の存在はココに在ると 痛みはここに在ると 一生懸命な自分がいると ”アリガトウ”と 言われたかった ”自分の存在を認めて欲しかった・・・!” 「・・・っ」 「か、かすみ・・・!?」 かすみは嗚咽をあげて泣く・・・ 「・・・ご、ごめ・・・」 心の奥底の願望 やっと ・・・気がつけた・・・ 氷が溶けるように・・・ 「私こそ・・・。アリガトウね・・・」 「かすみ・・・」 「・・・やっと・・・溶け始めた・・・。 私の中の・・・固いもの・・・」 言葉じゃ表現できない こうでなければならない しなければならない という観念達。 「やっと私・・・。やわらかく・・・ 笑えるようになる・・・」 「かすみ・・・」 「もう・・・。無理な自分はやめるね・・・。その日その日の 私を・・・。認めてあげるの・・・」 悲しくて泣いてしまう自分も 失敗して自分が嫌いな自分も 全部 ・・・認めてあげる。 この世でたった一つしかない心の在り様を・・・。 「・・・ありがとうね・・・。一夜・・・」 「かすみ・・・」 この前は 一滴しか流れなかった涙。 今日は・・・ 色んなもの流れくれた ・・・明日、こころが活きていくために・・・。 「柚子・・・あったかいね・・・」 「え?でもそれ・・・」 「あったかいよ・・・。一夜のこころが入ってる柚子だから・・・」 ぎゅっと 柚子ごとかすみは一夜の手を包んだ・・・。 (アッタケェ・・・) かすみのこころは消えちゃなんかない。 ただちょっと・・・ いろんなものがつまっていただけだ (この”あったけぇ”で今のオレがあるんだ・・・) 「・・・しばらく・・・。こうしてて・・・いい?」 「えっ。ああ、い、いいぜ(照)」 この世で一番愛しい温もり。 これが在れば (オレはどんなことがあっても活きていける・・・) そう 勇気をくれたのは・・・ かすみ。 (アリガトウ。本当にありがとう・・・かすみ) ぽっぽう。 窓に停まっていた鳩。 手を握り合う二人を どこか優しげに 小さな丸い瞳で 見つめていたのだった・・・。