久遠の絆 第47話 流れる木の葉のように 〜慌てなくてもきっとどこかに行き着ける〜 「かすみ。じゃあな。あんまり無理すんなよ」 「一夜。うん」 柚子を包んだ手を握り合った夜から ちょっと二人の間に照れくささが 香りだす。 かすみの回復も大分進み、大学復帰間近となっていた。 そこでかすみは、友人に今の大学の状況を聞いてみた。 「・・・そっか。もうみんな就職活動始めてるのか・・・」 自分が休んでいる間、他の仲間達はみな、 自分の道を決める時間を動き出している。 (・・・焦るな思うと焦る・・・。 嗚呼悪循環だな・・・) 焦りと焦りは禁物というフレーズのループ。 「ともかく・・・。私は復帰して・・・。 それから・・・」 ”それから” のことは その時、考えればいい。 回復し始めたのに・・・ 「お散歩しなきゃ。カラダなまっちゃう」 カラダは陽の光を求めている。 かすみは着替え、玄関を出てみた。 「・・・ふぅ・・・」 外の空気は新鮮だけど ちょっとまだ恐怖心をうずかせる。 怖い怖い・・・ (どうすれば落ち着く・・・。この恐怖から・・・) ・・・優しい香り・・・。 かすみは一夜からもらった柚子をぎゅっと握り締める・・・。 ”ありがとう” (そう・・・。私は・・・。一人じゃない・・・) かすみは深呼吸して、一歩踏み出した。 ・・・確実な、一歩を。 「あ・・・」 季節の変わり目。 たんぽぽは綿毛になり、枯れていた。 「・・・多年草だったけ。たんぽぽは・・・」 普段は考えないことを ふと考える。 「あ・・・」 スタスタと 早足で 歩いていた コンクリートの間から生えている踏み潰していた 雑草に 小さな花が咲いているなんて・・・ かすみはしゃがんで 米粒のような花を見つめた・・・ 「・・・ごめんね・・・。いつも踏んづけちゃってたね・・・」 かすみはそっと花びらをなでた・・・ 何人もの人間に踏み潰されたことだろう。 しかし花はちゃんとしっかり咲いている。 小花に別れを告げ、かすみは ゆっくり ゆっくり 歩く 用水路の流れに気づく。 田んぼの用水路なんて普段は見向きもせず 車を飛ばしていた。 車から見える景色だけ楽しんでいた。 「・・・激しい流れのところもあれば・・・」 ゆるやかな流れの部分もある。 かすみは用水路を辿るようにゆっくり歩く・・・。 「あ・・・」 ひらり。 緑色の木の葉が落ちてきて・・・ かすみはその木の葉の流れを追う・・・ 「あ・・・。飲み込まれそう」 激しい滝のような流れのところで、木の葉は 濁流にのまれるようにくるくると回転して しばらく停止して それでもなんとか 本流に乗るように また流れ出した・・・ (・・・あの木の葉は・・・どこに行き着くのかな・・・) 木の葉は意志をもっているわけじゃない。 ただ、流れに身を任せているだけ・・・ それでも 流れる どこかへ。 行き着く先へ・・・。 「あ・・・」 もう一枚、大きなヤツデのような葉が木の葉と 一緒に流れてきた。 (なんか・・・一夜の大きな手みたい) 小さな木の葉と大きな木の葉 そっと寄り添うように 流れていく・・・。 どこへ 行くのだろう 行き先が見えないし、解らない ・・・不安だ 不安でしょうがない けれど ・・・”どこか”で止まる。 どこか、で、行き着ける。 かすみは二枚の葉を追うように ゆっくりゆっくり 用水路沿いを散歩して・・・。 その最中も 「こんなところにお地蔵様が・・・」 小さなお地蔵様を発見。 誰かが花をとりかえているのか綺麗に供えられている。 ゆっくり歩くから ゆっくり見つめるから ・・・出会う、知ることが 必ずある。 そして二枚の行方は・・・ 用水路の門の柵で止まった・・・ 柵の先はまた違う方角の用水路が・・・。 「・・・。とりあえずだけど・・・。ここにたどり着けたんだね・・・。 とりあえずだけど・・・」 とりあえずだけど それでいい。 とりあえず・・・そこからまた次の 流れを探せばいい。 「お疲れ様でした・・・。木の葉さんたち・・・」 かすみはそっと葉を掬い上げて ハンカチに包み、家に持ち帰ることにした・・・。 葉の短い旅路を見つめて・・・ かすみは少しだけ 自分の心の中の流れをつかめそうな気がしたのだった・・・。 散歩の帰り・・・。 「お前がわるいんだろ!ばーか!」 小学生の男の子が女の子をげんこつでなぐっているシーンに出くわした。 「うわああん!お兄ちゃんのばかー!! グーでたたいたー!」 「お前がトロイからだろ。ふん」 少女は泣き、兄の方はぷいっと頬をふくらませたこ顔。 「駄目じゃない!どんなことがあろうが 暴力はぜったいだめなのよっ!!」 かすみは思わず、兄にむかって怒鳴ってしまった。 自分でも驚くような怒鳴り声がでた。 兄妹達はびっくりしてぽかーんとしている。 「暴力を振るわれた方はね、お兄ちゃん、 ずーっと大人になっても心に痛いって残るんだよ」 「・・・お、大人になっても・・・?」 「そう・・・。言葉の暴力も力の暴力も、心に残るの・・・」 かすみは妹にティッシュを手渡し、涙をぬぐう。 「暴力をふるったおにいちゃんだって・・・。 ”悪いことした”って痛みがずーっと残るはずよ・・・? 違う・・・?」 「・・・」 兄は黙り込んでうつむいてしまった。 そして少し涙ぐんで・・・ ソレを見た妹は・・・。 「・・・。お兄ちゃん。私、今日のことは寝たらすぐ治るから 大丈夫。だから泣かんといて」 と、兄を逆になぐさめはじめた。 「・・・二人とも・・・。本当はお互いが大好きなんだね・・・」 「・・・。だって俺達・・・二人だけだから・・・。 とーちゃんもかーちゃんも仕事で遅いし・・・。 けんかしないようにって我慢してたんだけど・・・」 「・・・そう・・・。でもきっと・・・。お父さんとお母さんに 今日のことを素直にお話してごらん・・・。きっと二人のこと、 抱きしめてくれるよ」 「・・・そうかな」 「うん。きっと・・・」 かすみは二人の手をぎゅっと握り締めた。 「お姉ちゃん、あそこのお地蔵様にお祈りしていくから・・・。 だから、ゆっくり、ゆっくり、手を繋いでおうちに 帰りなさい」 「・・・うん。わかった。ありがとう。お姉さん」 兄妹は手をつなぎ、 ゆっくりゆっくり歩く・・・。 急ぎ足ではなく 急がなくとも 彼らには 帰る”家”がある。 (そう・・・。私にも・・・ある) 流れ着く、 たどり着く 場所が かすみは兄妹のように ゆっくり しかし確かな足取りで 家に向かう・・・。 流れる木の葉のように 今度は 意志のある”流れ”に乗って・・・。 そして家に着くと・・・。 厨房の方から あの柚子のおかゆのにおいがする。 安心する香り・・・。 (一夜・・・) 「ただいま・・・」 「かすみ!どこいってたんだ・・・。心配したんだぞ」 もう一枚の大きな葉。 そばにいてくれる・・・。 「・・・かすみ!?」 かすみは思わず一夜に抱きついてしまった 「ど、どどどどうしたんだ・・・?///」 「・・・なんだか・・・こうしたかったから・・・。 ごめん・・・いや・・・?」 「って・・・ヤじゃねぇけど・・・///」 しばらく 玄関で 抱擁が 続く・・・。 そして 「・・・一夜・・・」 「ん?」 「・・・ただいま・・・」 「・・・。ああ。おかえり・・・」 ”おかえり・・・” 今日ほど、 この言葉が身に沁みて嬉しく感じたことはない。 「・・・ただいま」 「・・・おかえり」 何回も言い合って・・・。 「・・・一夜。私・・・今日から ご飯もお味噌汁も全部食べてみる」 「ほんとか!!?」 「うん。おなか、減ってるから・・・」 「それはよかった!食欲がもどったんだな! よっしゃあ!オレ、腕振るうからな!かすみは居間でまってろ!」 腕まくりをする一夜。 厨房へはいっていった・・・。 「・・・。私は・・・一人じゃない・・・」 ”行き着く先がある” 一人じゃないから・・・。 きっと。 一人じゃない。 カタチとして側に見えなくても きっと貴方を 誰かと誰かは繋がっている・・・。 「乾燥させよう・・・」 かすみは二枚の木の葉を 乾燥させ、可愛い画用紙に貼り、小さなしおりを作った。 大きな葉と小さな葉のしおり。 二枚。 一夜とかすみの 心の絆の印として・・・。 翌日、一夜に 「これで私たち、いつも一緒ね」 と言って手渡すと 「いつも一緒・・・///」 と、照れまくったのだった・・・。 川の流れはいつか どこかにたどり着く それに身を任せても いい。 きっと・・・。