久遠の絆
第五章 夜明け
ザー・・・
激しい雨がふる。
サクサク・・・
激しく揺れる木々。
雑木林の中を懐中電灯の灯りが
揺れる
枯れ葉や濡れた泥は足場が悪く
まるで泥濘の海を突き進むよう・・・
長靴が泥だらけだ・・・
「きゃあッ!!」
斜面を滑るかすみ・・・
「ふぅー・・・」
河童も土まみれになりながら
軍手で濡れ落ち葉を掻き分け探す
”オレの母さん返せぇーーー!!”
気を失っていたけれど・・・
微かに耳に残る叫び
一夜にとって”誕生日”とはただ自分の誕生を祝ってもらえる日ではない。
自分にとって”唯一”の存在の母を独占できる
数少ない時間・・・
その誕生日に母がいないということは一夜にとっては
意味がない
(私・・・。何も分かってなかった・・・)
「痛・・・ッ」
ガラスの破片で指先を切るかすみ・・・
(・・・こんな痛み・・・。一夜の叫びにくらべたら・・・なんでもないわ・・・)
かすみは軍手を取り、素手で
泥をほじくる。
掘って
掘って
掘って・・・
雨は激しさを増し、全身びしょ濡れなことも忘れ
かすみはひたすら地面に四つんばいになって緑色の首飾りを探す・・・
(母親からもらったペンダント。言わば母親自身を身に付けて
いると同じだよね・・・)
たった一人。自分に愛を与えてくれた人。
その人を失ってしまった一夜の心・・・
"お母さんお母さん・・・どこいったの・・・。どこいったの・・・"
裸足で
探し回った
消えた母の体を
病院の周りを・・・
あの時も・・・嵐の夜・・・
冷たい雨に打たれ母を捜す
”嫌だよぉ・・・。ひとりになるのいやだよぉ・・・怖いよーぉ・・・
早く出てきてよ・・・”
砂利で摺れた傷が痛かった・・
この世にたった一人。残された恐怖
一人で生きていけるかという不安
世間についていけるかという不安
・・・支えがなくなった寂しさ・・・
”お母さん怖いよ・・・一人は怖くて寂しいよ・・・”
「・・・痛・・・っ」
爪の間に砂利が入りこみ擦れ爪の中が赤く滲む・・・
(・・・お母さんお願い・・・。あたしに力を貸して・・・お母さん・・・)
祈る想いでかすみは
雑木林を這いで掘って、探す・・・
(首カリが見つかればきっと・・・きっと・・・)
小さな窪み。
そこになにやら靴やらゴミやら集まってたまっている・・・
(もしかしこれ・・・。コロがここにくわえてきたもの集めて・・・)
「・・・あ・・・!」
ビュウゥ・・・!
緑色の透明なガラス・・・
懐中電灯をあて裏をみてみると何かが掘ってある・・・
『1994年 一夜 10歳 お誕生日おめでとう』
「・・・これだ・・・。見つかった・・・」
(早く・・・持って行ってあげなくちゃ・・・。早く・・・)
視界がぼやけ・・・
体が熱い・・・
かすみはよろつきながら・・・
屋敷に戻る・・・
ガタ・・・ッ!!
「・・・!?」
書類の整理をし、机に向かっていた月森。物音に気づき玄関に下りていく・・・
「・・・!かすみ・・・!!」
合羽を着て倒れるかすみ・・・
月森が慌てて抱き上げると・・・
(凄い熱だ・・・!)
「カネコさん!!カネコさん!!起きてくれ!すぐお湯を沸かして!!!」
月森に抱かれ、朦朧とする意識・・・
だがかすみの右手はしっかりと・・・
ペンダントを握り締められていた・・・
※
バアン!!
一夜の部屋の扉を月森が足蹴りして入ってきた
「・・・てめぇ・・・。何の様だ!!オレの首飾り返せ!!!探して来いッ!!」
月森の足をつかんで月森の体を揺する
「首飾りなら見つかった・・・」
俯く月森・・・
「!どこにある!!もってこい!!持ってこ・・・」
一夜のTシャツをグイっと掴み、月森は一夜を睨みかえした・・・
「・・・。ちょっと来い・・・!!」
「は・・・離せっ!!!」
月森は一夜をひっつかまえてかすみの部屋に連れ行った・・・
「ぼっちゃま・・・!」
氷嚢を頭に乗せ、赤い顔でベットに眠るかすみ・・・
息が荒く
苦しそうだ・・・
「お前の首飾りを・・・あの広い雑木林をこの嵐の中探し回ったんだ・・・」
「・・・そっ。それがどうしたッ!!!それより首飾りどこだ!!早く持ってこい・・・!!」
「いい加減にしろ・・・ッ!!!!」
バキ・・・ッ!!
月森の拳が一夜の頬に激しく打ちつけられた・・・
「お前は・・・。自分ひとりだけが苦しんでると思っているのか・・・っ。
甘ったれるな・・・っ!!親がいないのはお前だけじゃない・・・ッ!!かすみだってそうだ・・・!!」
「・・・」
「これを見ろ・・・!」
月森はパジャマ姿のかすみの袖をまくった
腕には打ち身でできた青痣や内出血して紫に変色して・・・
「全部お前となんとか話をしようとしてこさえた痣だ・・・っ!!」
「・・・」
”ねぇ、一夜、少し外に出てみない・・・?お天気いいよ”
”ねぇ。一夜。ゲームしない?面白いよ”
”ねぇ一夜・・・”
何度も拒絶しているのに
かすみは自分に向かってきた・・・
目の前の細い腕を掴んで、叩いても・・・
「・・・。お前はこの痣を見ても・・・。かすみの想いは分からないか・・・」
「・・・この女の想い・・・」
一夜はベットの横に座りかすみをじっと見つめた・・・
「・・・!」
一夜たちの気配に気づいてかすみが目を覚ます・・・
「ハァ・・・犬・・・夜叉・・・」
「・・・」
「見つかった・・・よ・・・。お母さんの首飾り・・・。ほら・・・」
かすみは枕元に置いたペンダントを一夜に差し出す・・・
熱で手が震える・・・
「大事な・・・。お母さん・・・見つかった・・・よ・・・」
一夜は思わずかすみから目を逸らす・・・
「・・・一夜・・・。ごめんね・・・。あなたの気持ち・・・、私・・・。
何も分かってなかった・・・」
「・・・」
「貴方の痛みの深さ・・・。お母さんがどれだけすきなのか・・・。
それも知ろうとしないで貴方の心が開くなんて・・・。自惚れてたね・・・」
かすみは額の氷嚢をずらし、上半身を起き上がらせた・・・
「大丈夫です。それより・・・。大事なこと言うの・・・忘れてた・・・」
そしてペンダントを一夜に差し出す・・・
「一夜・・・。お誕生日・・・。おめでとう・・・」
「・・・!」
”一夜・・・。誕生日おめでとう・・・”
かすみの微笑が・・・母の微笑みと重なる・・・
一年で一度だけ・・・
一年で一番優しく
自分を包んでくれる・・・
「母・・・さん」
一夜は恐る恐る・・・かすみの手から受け取る・・・
「母さん・・・。オレの母さん・・・うぅ・・・。母さん・・・母さん・・・」
”一夜・・・一夜・・・”
自分の”唯一”だった
光だった
その光が消えた
「母さん・・・ッうわぁああ・・・ッ」
ペンダントを両手でぎゅっと胸で握り締め子供のように泣く・・・
”ごめんね・・・。一夜・・・。母さん・・・何もしてやれなかった・・・。
何も・・・”
「うわぁああ・・・」
”一人になっても・・・。強く生きて・・・。それがお母さんの願い・・・”
母の最期のメッセージ・・・
一夜はやっと
母の想いを受け止めた・・・
「・・・一夜・・・」
泣きじゃくる一夜の姿・・・
それは17年前の自分だ・・・
(・・・泣いて泣いて泣いて・・・。そして母は帰ってこない現実を
自覚できたんだ・・・)
カーテンから朝日が毀れる・・・
やっと
やっと
長く
重く暗い
夜が明けた・・・