やっと嵐の夜が過ぎた。 キィ・・・ かすみの部屋の扉が静かに開く・・・ 一夜はこそっとかすみの様子を見に来た。 「・・・」 ベットに眠るかすみ・・・。 昨夜は苦しそうな息遣いだったが今は大分楽そうだ。 (・・・) 形見のペンダント。 ”一夜・・・誕生日おめでとう・・・” 二十回めの自分のバースディ・・・ 母の優しい声・・・ 少しかすみの声と似ていた。 (・・・。だけど・・・。あの女は母さんじゃねぇ・・・。オレは・・・誰も信じねぇ・・・) 一夜はしばらくかすみの寝顔を見ていた・・・ お昼。 カーテンを閉め、ベットにゴロンと寝転がる一夜・・・ 一夜は昼間が嫌いだ。 眩しい光に外は包まれているから・・・ ”一夜・・・。貴方はいずれ・・・。一人で生きていかなくてはいけない・・・。 暗い闇から出て一人で・・・” ”嫌だ。オレ・・・街の奴ら嫌いだ・・・。街の奴らはみんな・・・。 母さんやオレのこと変な目でみやがる・・・外なんかでねぇ・・・” ”一夜。陽のあたる場所へでなければ駄目・・・。貴方が生きていく場所は ここじゃない・・・” ”嫌だ。外へなんかいかねぇ。陽のあたる場所なんか・・・” シーツにくるまる一夜・・・ コンコン。 ガチャ。 「一夜。おっはよー!今日はいい天気よー!」 なんとも元気のいい声でかすみは部屋に入る。 「なんだなんだー?窓しめきって・・・。部屋の中が湿っぽくなるでしょ!」 かすみは窓を開け、空気を入れ替える。 かすみの回復ぶりに一夜は驚く。朝、こっそり様子を見に行ったときは まだ眠っていたのに・・・ 「お、お前・・・。もう熱、下がったのか」 「うん。ぐーっすり眠ったらもうすぐ治っちゃった。私の長所はタフなこの健康体 なの。ふふ」 腕まくりをして一夜に見せるかすみ。 (・・・) 腕にはまだ青痣が・・・ 「・・・。痛ぇか。まだ・・・」 「え・・・?もしかして心配してくれてる?」 「だっ誰がってめぇなんか・・・ッ!!」 一夜は慌ててかすみに背を向ける。 「・・・フフ・・・。ねぇ。お天気いいし。少し・・・散歩・・・しない?」 「誰が外なんか行くかッ!!オレは外へは絶対にいかねぇ!!外なんか 絶対にイカネェ!でねぇ!!」 がばっとシーツを頭からかぶる一夜・・・ 光を遮断するように体全身包まる・・・ (・・・。怖い・・・外の光がまぶしすて・・・) 太陽の光は綺麗だ。 その光の下には沢山の人間達が生きている。 生き様がある。 沢山の人間達に混じり、社会のルールに従い、順応し、 迷惑をかけず生きてく。 ”人並み”という知識、教養・・・容姿。 地位・・・ 少しでも何かが”ずれて”いるとハジカレル。 虐げられる。 人間社会。 ”ほら。あの子よ。お母さんが事件に巻き込まれた・・・。可哀想ねぇ・・・” ”本当・・・。可哀想・・・” 同情という名の哀れみ。 好奇心。 上辺の優しさ。 色んな感情が あっちにもこっちにも渦巻いて ひきづられ 疲れる (・・・ココロを守ることで一杯だよね・・・) 一夜が人を拒否するのは 自分を守るため。 心の防御法も知らないから・・・ (・・・彼の扉が・・・自然に開くのを待つ。それが今の私のできること・・・) 一夜の背中を見つめながらかすみは思った。 「じゃあ・・・。貴方の部屋のこの”窓辺”だけ貸してくれる?この日向を」 「あ・・・?」 かすみは小さな小鉢を窓際の机に置いた。 オレンジ色の小さな花。マリーゴールドだ。 「私の部屋、日あたり、あんまりよくなくて・・・。なかなか咲かないの」 「・・・花なんか嫌いだ!!」 「・・・置いておくだけ。時々・・・。私お水あげにくるだけ・・・。駄目・・・かな」 「・・・」 マリーゴールドの花びらを触るかすみの手に一夜の視線がいく・・・ 擦り傷だらけだ・・・ 「・・・。勝手に・・・しやがれ・・・」 「ありがとう・・・!」 かすみは小鉢をぎゅっと握り締めて喜ぶ・・・ (・・・) 「じゃ、またお水あげにくるから・・・」 パタン・・・ かすみが出て行き・・・ マリーゴールドをチラリと見つめる一夜・・・ ”私のマリーゴールド・・・よろしくね・・・” 固い蕾・・・ 白いカーテンの下で少し揺れた・・・ それからかすみは朝と夕。 二回ずつ水遣りに一夜の部屋にやってくる。 「・・・今日は気温が高かったから・・・乾燥しちゃいそう・・・」 シュッシュ・・・ 霧吹きで根元にかけるかすみ。 「・・・。そんなもん・・・。いくら水やったって・・・」 「でも水をやらなかったら”絶対”開かないでしょ。蕾が なってるってことはきっといつか開く・・・。信じてればきっと」 「・・・んなことあるか。オレがその鉢割っちまうって言ってもお前は そんなこと言うのか・・・?」 じろっとかすみを睨む一夜。 「・・・!?な、なんで笑うんだ。嘘じゃねぇぞッ」 「もし・・・。あなたに割られて・・・。枯れても・・・。種がある。 それを植えればまた咲くわ」 「・・・植えても俺が壊し続けてやる・・・」 「じゃあ私も・・・植え続ける・・・。競争ね。ふふ・・・。じゃ、また・・・」 微笑んで出て行くかすみ・・・ かすみの微笑に一夜は言い知れない戸惑いを覚える・・・ (・・・あの女・・・。オレを馬鹿にしやがって・・・!何が信じていれば・・・だ!! こんなもん・・・ッ!!) 一夜は小鉢を手にして壊そうと振り上げた。 ”少し膨らんでるのよほら・・・” 「・・・」 ピタリと小鉢を床寸前でとめる・・・ 昨日見ていた蕾・・・ 確かに少しふくらみが増しているのに一夜は気づく・・・ 確かに確かに膨らんでいる・・・ ”信じればきっと・・・” 「・・・」 自分の人差し指より小さい蕾に触れてみる・・・ 香りがする・・・ ”昨日見た姿と違うってこと・・・それが”生きてる”ってこと。 花は生きてるってこと・・・” (・・・イキ・・・テル・・・) 一夜は小鉢をそっと窓辺に戻し・・・ 暫く見つめていた・・・ 次の日の朝。 「・・・なに?オレが?」 「そ。あたし、今日、大学まで行って来なくちゃいけないの。お水、おねがいね。 はい、霧吹き」 「お・・・おいッ・・・」 かすみは一夜に霧吹きを渡し屋敷を出て行った・・・ 「・・・あの女・・・。オレに押し付けやがって・・・」 一夜が何気なく窓辺のマリーゴールドを見た。 ピンと上を向いていた葉が疲れたように垂れ下がり、 土がカラからに乾いていた・・・ (・・・なんでだ・・・) 一夜は小鉢をくるくる回しマリーゴールドを観察・・・ ”信じて世話をした分だけ・・・花は綺麗に咲くのよ” かすみの言葉がよぎる・・・ (そんなもん嘘だ・・・。でも・・・) シュッシュ・・・ 霧吹きで槌を濡らす・・・ 待ってましたと言わんばかりに土は水を吸収していく・・・ ”生きてるの・・・” (・・・) シュッシュ・・・ 葉が水で潤う・・・ シュッシュ・・・ 一夜は吸い込まれていく水を不思議そうに 暫く見つめていた・・・ コンコン。 「あの・・・。マリーゴールドの様子見にきたんだけど・・・」 一夜の姿はなかった (どこいったのかな・・・) 「あ・・・」 朝・・・しおれかかっていたマリーゴールドが元に戻っている・・・ それに・・・ 蕾が開きかけていた・・・ 「・・・あ。一夜・・・」 霧吹きに水を入れにいったようだ・・・ ささっと霧吹きをズボンの後ろに隠す一夜。 「お水・・・あげてくれてたのね・・・。ほらみて・・・蕾・・・ピンク色が見えてる」 小鉢を差し出して喜ぶ・・・ 「きっと明日の朝くらには咲いてるよ・・・。嬉しい・・・」 「・・・」 大事そうに 小鉢を抱えるかすみ・・・ 母の小夜子も・・・ 花が好きだった。 野に咲く花を摘んで嬉しそうに・・・ 「明日・・・。きっと朝日を浴びて咲くかな」 「・・・」 「・・・一夜・・・。ありがとうね」 ”ありがとう” かすみの”ありがとう”に 苛苛ではなく どこか心地いい・・・ 「・・・。朝日もあったかいけど・・・。夕日もあったかいね・・・」 窓辺の机に小鉢を置いて 椅子に座り、頬杖をつくかすみ・・・ 「明日・・・。あさって・・・。いつ開くかな・・・」 窓から射すオレンジ色の光・・・ 机に小鉢の陰が細長く伸びる・・・ 「・・・スー・・・」 「!?」 一夜が覗き込むとかすみは眠っていた・・・ (・・・こ・・・この女・・・。ど、どこで寝やがるんだ・・・) 「・・・」 かすみの手・・・ まだ・・・擦り傷が残って・・・かさぶたが張っている・・・ 腕の痣も・・・ (・・・。コイツは・・・。なんで・・・。怒らない・・・。 オレが・・・けがさせたのに・・・。なんで怒らない・・・) 手のひらの絆創膏をそっと撫でる・・・ かすみの手は・・・ どこか 不思議に・・・ あたたかい・・・ 大きな街の日向はまだ怖い・・・ けれど・・・ すぐ近くにある”日向”は・・・ (”かすみ”・・・変な・・・奴・・・) 信じられる・・・? そして翌朝・・・ マリーゴールドは咲いた・・・