久遠の絆 第8章 街へ
久遠の絆


第八章 街へ


一夜の母。 小夜子が遺したものは逃亡生活を記した日記とそして 僅かながらでも17年間小夜子が必死で貯めた息子名義の貯金通帳だ。 17年間で200万・・・ 夫は1億を強奪犯で妻の貯金が●百万。 皮肉な話だが、金など泡のように消えるものだ。 「脱ぎなさいーーー!!」 「いやだ。離せ、この助平!!」 一夜のTシャツを引っ張りっこする二人。 着替えるのが面倒なのか 同じ服を何日も着ている一夜。 かすみが無理やりにでも洗濯しようと洗濯機の前で格闘中。 「ぬぎなさーーい!えいッ!!」 かすみ、スポッとTシャツを一夜から脱皮させるのに成功。 「うわ。汗臭いなぁ。もう〜。ズボンも全部ぬぎなさい!」 「んじゃオレは何着りゃいんだ!」 昨日、一夜の着替えは全部洗濯し、今は外の物干しに ヒラヒラと太陽の光を浴びて・・・ 「・・・。仕方ないわね。乾くまであたしの服着てて」 かすみは自分の部屋からトレーナーの上下を持ってきて一夜に手渡した。 「・・・ぷっ」 身長180近くある一夜。 トレーナーの上着が伸びきって、ズボンも脛までしか入っていない・・・ 「ふふふ。ははは・・・。つんつるてんだー・・・」 「なっ・・・。笑うんじゃねぇ!!かすみが着ろって言ったんだろ!」 「・・・」 急に笑うのをやめたかすみ。 「今・・・。かすみって呼んでくれたよね?」 「え・・・。そ、それがどーかしたのか」 「初めてアタシの名前、呼んでくれたね・・・!ありがと・・・!なんか嬉しいな」 洗濯物籠を持ってぶに笑うかすみ 「・・・」 (なんでそんなことでにこにこすんだ) 一夜が知っている微笑は母の微笑だけ・・・ かすみは母親とは違う微笑み・・・ 想いもよらないことで笑ったり怒ったりする 一夜はそれが不思議でならない・・・ 「そうだ!ね。今日、街のほうへ行って見ない?というか、行って貴方の 着替えかってこなくちゃ!」 「・・・街はいやだ。人がうじゃうじゃいて嫌いだ」 「でも。一緒に行ってくれないと服のサイズとかわからないし・・・。 じゃあ、貴方、ずっとそれ着てる?」 一夜、鏡で自分の姿を見る。 「・・・。2時間だ。2時間で絶対帰ってくるからな!」 「はい!了解!うふふ。嬉しい!さーって準備してこようっと〜♪」 鼻歌まじりにかすみはるんるん気分で 支度をしに脱衣所を出て行った・・・ 「・・・。なんなんだ・・・。あいつ・・・」 買い物へ行くことがどうしてそんなに喜べる・・・? (・・・。アイツといると・・・。なんか・・・) 忘れる。 苛苛が・・・ 怯えた気持ちが・・・ 初めてふわふわの綿菓子を買って、 食べたときみたいに・・・ 体が軽くなる感じが・・・ 洗面台の鏡の姿を見る・・・ 「・・・。オレはつんつるてんじゃねぇ!」 ぐるぐる回る洗濯機・・・ 快調にまわっている・・・ 「・・・。ホントに2時間だけだからな・・・。2時間で帰るからな・・・」 「〜♪わかってますって。ふふ。久しぶりにショッピング♪」 かすみは鼻唄を歌いながら音楽に乗ってハンドルを握る。 24万で買った、中古の軽四は 山道を快調に飛ばす 「お、お前・・・。スピード出しすぎじゃ・・・」 「えー?だって2時間で帰るんでしょ?急がないとー」 笑顔でアクセル思い切り踏むかすみ・・・ 「わ・・・。わぁああー・・・!!」 一夜、思わずシートベルトを握り締める・・・ 「飛ばすわよーーー!!」 「あ・・・安全運転で行けーーーー・・・!」 山道に・・・ 一夜の声が木霊した・・・ 田園風景の中にでんと立つショッピングモール。 風景とはかなり違和感があるが大きく広い駐車場に 沢山の車が止められていた 中はショッピングモールとだけあって 室内商店街とでも言うべきか。横に広がる一本の通路、両脇に 若者向けの店が連なる 「ほら。ちょっと後ろ向いて」 かすみと一夜はメンズコーナーで試着。 一夜の背中にTシャツをあてて大きさをみるかすみ。 かすみ達の横で老夫婦が同じ動作をしている。 (・・・) 何だかちょっと恥ずかしい一夜。 「うーん・・・。やっぱり青の方がいいからしら。あんた背中でかすぎよ」 「う、うるせえ」 「あ、動かないでってば!やっぱりサイズはLLで色は青よ」 一夜の髪をぐいっと掴むかすみ。 「掴むな!しっぽじゃねぇぞ!てめぇ人が大人しくしてりゃ・・・」 「ね?青にする?白にする?」 2枚のTシャツを持ってかすみスマイル・・・v (う・・・) 何故か力が抜ける。 「・・・どっち?」 「・・・。青」 「決定〜♪では次はズボンに参りマース♪」 買い物かごにTシャツを入れ、かすみ添乗員(?)次は 靴屋へ・・・ すっかりかすみペース。 靴屋。 かすみは鏡の前で屈み、スニーカーを一夜に履かせる。 「ほんっとにおっきな足よね。でも体は大きくても心はおこちゃま」 「な、なんだと・・・っ」 「動かないで!サイズがわからないでしょ」 すんだ目に見上げられる一夜・・・ (う・・・) やっぱり力が抜ける・・・ 「ねぇ。カカト、きつくない?」 「・・・」 スニーカーのつま先を押して空間がないか確かめるかすみ。 何だかちょっとくすぐったく一夜は感じている。 「ねぇ。きつくないか聞いてるのよ」 「き、きつくなんかねぇッ。」 「・・・。照れてる?」 「なっ・・・」 図星をつかれ、一夜、言葉に詰まる 「あー。そうだんだー。ふふ、可愛い可愛い」 「可愛いって言うな!!ふんッ!!」 一夜は怒ってしまい、ダーッとショッピングモールをつっぱしっる! 「ちょ、ちょっと一夜、まだお金払ってないのよ、スニーカーぬぎなさいーー!」 買い物かごを持ったまま一夜を追いかけるかすみ。 「お、お客サーン!!お金ーーー!」 かすみを靴屋の店員が追いかける。 「うるせえ!ついてくんな!」 「だからスニーカー脱ぎなさいってーー!!」 途中で一夜は犬の着ぐるみから赤い風船をもらいながら 食品売り場をおいかけっこ・・・ だが人ごみに一夜の姿を見失うかすみ・・・ 「ハァハァ・・・」 自動販売機の前で息切れするかすみ・・・ (も〜ー・・・。本当、体はデカイけど思考は子供だわ!。 それにしてもどこいったの・・・) かすみがキョロキョロしていると ピンポンパン・・・ 場内アナウンス・・・。 「えー。迷子のお知らせをいたします。青い風船をもった 久遠かすみちゃん。お兄さんが迷子センターでお待ちです」 「!!!??」 青い風船を持った・・・ かすみちゃんはここにいます。 お客達はアナウンスにキョロキョロと辺りを見回している かすみは人目のつかないようにそうっと広場を離れた (あ・・・アイツ・・・ったら!!わざとね・・・!) 一夜の罠にまんまとはまったかすみ・・・ 事務所に行くと 一夜がしてやったりというような余裕の顔で 「おー。妹。どこにいたんだよ。探したんだぜ」 と迷子センターの職員の前でいいのけた・・・ かすみは恥ずかしそうに一夜の首根っこつかんで 迷子センターを出たのだった・・・ 「確信犯ね!」 ショッピングセンターの屋上。 子供達が喜びそうな乗り物がたくさん。 小さな機関車や飛行機など・・・ 一夜はソフトクリームをぺろぺろなめがながら 余裕の顔。 「もう・・・!顔から火がでるかと思ったわよ!」 「火ィ?出てねーじゃん。んじゃこれで冷やせよ」 べちゃ! 一夜、かすみの顔面にソフトクリーム攻撃・・・ 「くっくっく。傑作傑作ーー・・・」 かすみ、そろそろ堪忍袋の尾が切れそう・・・ 「・・・。あんた・・・。年上をなんだと・・・」 「ハハハハー。オレの勝ちだ・・・」 (・・・。笑ってる・・・) 一夜が声を出して 笑うのをハジメテミルかすみ・・・ 「・・・な、なんだよ」 「う、ううん・・・。笑顔みたの初めてだなって・・・」 「・・・」 ぷいって口を尖らせて顔を背ける一夜。 「・・・それで照れ屋なのね。ふふ・・・」 「う、うるさい・・・」 かすみになんだか裸でも見られたように 恥ずかしさがこみ上げる。 でもどこか心地いい・・・ 「ふふ・・・。今日・・・一緒にお買い物これて良かった」 「なんでだ」 「・・・。貴方の笑顔がみられたから」 かすみはそう言うと静かに空を見上げた・・・ 薄い筋雲・・・ 快晴とはいえないけれど・・・ 清清しい青さだ・・・ 「はぁー・・・。良い風ねー・・・」 目を閉じて顔にあたる風の涼しさを感じる 「貴方もやってみたらいいわ。気持ちいよ」 「・・・ふんっ・・・」 「ふぅー・・・」 ふわり・・・ かすみの前髪が靡く・・・ その流れに沿うように一夜も視線を空にあげてみた・・・ (空がなんだってんだ・・・) 雲がある。 筋雲 綿菓子形の雲・・・ 透明な水色・・・ 空を見るだけで 心がこんなに落ち着くなんて・・・ 一夜は知らなかった・・・ しばらく二人は・・・ベンチに座って空を見上げていた・・・ 「アアーン・・・!ギャァアンギャアー・・・」 静寂を打ち破るように屋上に赤ん坊の泣き声が激しくこだまする 周囲の視線が赤ちゃんに・・・ 「ギャアアーーーンンギャアアッ」 「あーよしよし・・・」 隣のベンチ。 周囲の迷惑そうな視線を感じながら 若い母親が赤ちゃんを必死にあやすがなかなか泣き止まない・・・ 「ンギャアアア・・・!!」 けたたましい泣き声・・・ 「ンギャアア・・・ッ」 「・・・一夜・・・?」 突然、一夜が頭を抱えて震えだした・・・ 「どうしたの??」 「・・・。ぶつな・・・。オレをぶつな・・・」 背中を丸め 何かに酷く怯えて・・・ (一夜・・・。もしかして・・・。小さいときの辛い記憶を・・・) 「頼む・・・あの声・・・。ナントカしてくれ・・・。ナントカ・・・」 「・・・大丈夫・・・。大丈夫よ・・・」 かすみは一夜の背中をそっとさすった・・・ そっと・・・そっと・・・ 赤ん坊の泣き声に・・ 自分の中に残る幼さを揺さぶって 幼い日の耐え難い 記憶を引きずり出す・・・ 赤子の鳴き声はサイレンのように耳を直撃する・・・ 「ンギャアアアア。アアンンギャアアッ」 母親はあたふたしながら赤ちゃんをだっこしたり必死だ・・・ その母親の隣にかすみが座った。 「ちょっと失礼しますわね。お母様」 「え・・・」 かすみが赤ちゃんをだっこする・・・ 「・・・おしめもミルクはもう済んでます?」 「え・・・ええ。ついさっき・・・」 「じゃあ・・・。きっと空があんまり晴れすぎてるから つまらなくて泣いてるのね」 白い産着の赤ちゃん・・・ かすみは腕を赤ちゃんの頭の下にそっと支えるように だっこした・・・ 暫くかすみは抱いてやると・・・ 「・・・ほら・・・。風が赤ちゃんの涙を乾かしてくれました」 「まぁ・・・」 かすみのユーモアに母親は嬉しそうに笑った。 「ではお母さんにバトンタッチ!失礼いたしました♪」 母親はかすみに深く会釈する・・・ 「・・・」 赤ちゃんの泣き声が止みゆっくり顔を上げる一夜・・・ 「大丈夫・・・?」 ハンカチで一夜の冷や汗を拭くかすみ・・・。 「大きく息を吸って・・・」 一夜はかすみの言うとおり大きく一つ深呼吸・・・ 「落ち着いた・・・?」 一夜は頷いた・・・。 それから暫くまた二人は・・・ 黙ったままベンチに座る・・・ 一夜は突然自分でもコントロールできないほど取り乱してしまい・・・ どういう顔をしていいかわからず俯いたままだ・・・ 「一夜・・・。ほら、飛行機雲」 かすみが指差した方向に長い飛行機雲が・・・ 「・・・」 一夜の頬を通り過ぎる風・・・ 赤子の泣く声に 怯えた心が蘇りかけた・・・ 「・・・。大丈夫よ・・・。きっと大丈夫・・・」 優しい声に 不思議な安心感 赤子が泣き止んだように 一夜の心も・・・ (・・・。こいつは・・・。一体・・・なんだ・・・) ほつれ髪をすっと耳にかけるかすみの横顔を・・・ 一夜は見つめていた・・・ 大騒動だったショッピング。 さっそくかすみは買ってきた一夜の服を一夜に着せてみる。 脱衣所で、お披露目。 「うん・・・!似合ってる似合ってる!」 「オレは着せ替え人形じゃねぇ!」 「でも似合ってるって・・・。うふふ」 かすみはあえて、屋上でのことには触れない。 一夜が一番戸惑っているはずだから・・・ 「・・・。おい」 「なに?」 「・・・この服って・・・。お前の金で買ったのか?」 Tシャツをひっぱってみる一夜。 「一夜・・・・。そんなこと気にしてたの?」 「そ、そんなことって・・・。お前・・・。お前の金でオレのもの買ったなんて・・・」 一夜は服を脱いた。 「・・・。どうしてよ」 「家族でもないお前の金使うなんて・・・。なんか・・・」 「・・・わかった。じゃあ”貴方のお金”ならいいのね?」 かすみは一夜の母が残した通帳を見せた。 「ごめんなさい。今まで渡せなくて・・・貴方のお母さんが一生懸命に貯めたものよ・・・」 毎月毎月・・・10000円、5000円・・・ チリも積もれば・・・という論理で 少しずつ少しずつ納められいく・・・ 「・・・それ・・・。一円一円・・・。お母さんの貴方への想いが詰まってるのね」 通常の数字を一夜はなぞる・・・ 「それは貴方のお金よ。好きにつかっていいから・・・」 「・・・」 しかし一夜はかすみに通帳をかえした。 「・・・。一夜・・・」 「・・・。かすみに預けとく」 「いいの・・・?」 「・・・」 「わかったわ・・・」 母親を思い出す・・・ 自分のために夜も昼も 仕事をしていた母を・・・ 「・・・。もう・・・寝る・・・」 一夜は一人・・・ 静かに自分の部屋に戻ろうとした・・・ 「待って」 振り返った一夜にかすみはあるものを投げた。 「・・・なんだ・・・。コレ」 携帯だった 「それ。持ってて」 「・・・つ、使い方しらねぇ」 「大丈夫。あとで教えるから。・・・ 私はお母さんの代わりにはなれないけど友達にはなれる・・・」 「・・・」 「じゃあね。おやすみなさい・・・」 パタン・・・ 携帯をじっと眺める一夜・・・ ”友達になりたい・・・。色んなこと話したいから・・・” (友達・・・) 一夜はポケットにそっと携帯を入れた かすみの部屋のドアをじっと見つめ 一夜・・・ ”貴方のために笑ってくれるヒトを探しなさい。そばで見守ってくれる人を探しなさい” (・・母さん・・・。まだオレ・・・わからねぇ・・・。わからねぇけど・・・) ポケットの携帯は嬉しかった・・・ 確かに嬉しかった・・・