おとしもの、くまさん

交番という所にはいろんな落し物が持ってこられる。




主に多いのは財布やお金、免許証、携帯電話・・・
人がいつも持ち歩いているもの。






だから、交番の保管室は満員だ。







「春だねぇ」






田んぼに囲まれた交番。





警官は3人駐在している。






ある日のことだ。





「ん?」







赤いランドセルをしょった女の子2人が交番の中をのぞいている。






「どうしたのかな?交番に何かごようですか?」




警官は少女達の目線までかがんで声をかけた。






「あの・・・。落し物を拾ったんです」





「落し物・・・。そう・・・」




警官はこのとき、小銭か何か少女達は拾ったのかと一瞬思った。






「これ・・・」






少女達が警官に差し出したのは・・・








茶色の毛並み。




耳は丸く、目玉は黒い・・・





青のチャックの服を着ている



動かない動物。






「くまさん、拾ったんです。そこの道で・・・。落とした人に
返してあげてください」






少女達が拾ったのはくまのぬいぐるみだった。







「そうか・・・。わざわざ届けてくれたんだね。ありがとう」






「あの・・・。おまわりさんは、おさいほう、得意ですか?」





「え?」





少女達の質問に警官は首を傾げる。






「くまさん・・・。右手と右足、けが、してるんです」




警官がぬいぐるみを確かめると右手を右足の先のほうが
やぶれ、白い綿が飛び出していた。






「多分、交通事故にあったんだと思います。おっこってて
車がひいちゃったんだよね。ね、みきちゃん」





「うん。でもわたしたち、まだおさいほう、学校でならってないから
なおせないんです。おまわりさん、おねがいします」





心配そうにぬいぐるみを見つめる少女達の幼い瞳に
警官たちの顔も自然とほころぶ。






「わかったよ。おまわりさん、おさいほう
すこしできるからなおしおいてあげる」






「・・・。痛くないようにね」





「はい。わかりました。そうっと糸で縫っておくからね」





警官は少女の頭を優しく撫でて
くまのぬいぐるみをしっかりと預かった・・・。








「なんとも可愛らしい落し物がとどけられたものだな」






「ああ。しかも手負いのな」






愛らしい落し物と届け人の来訪で、交番内の空気が和む。





最近、この辺りでも変質者による児童への犯罪事件がおき、
パトロール強化していた。





児童が犠牲になる一方でこんな心和むエピソードに
出会う。






あの優しき心をもった少女達を守るためにも、自分の仕事の責務を
全うしなければとパトロールにも一層、気合が入る。






「なぁ・・・。あの子たちには手と足、縫ってあげると
ワシは約束してしまったんだが、このぬいぐるみも一応遺失物だよな」






遺失物に勝手に触れてはいけない。




警官は少し悩んだ。








「・・・。記録には”熊のぬいぐるみ一つ”とだけ書いておくさ。
どこにも”手足がやぶれた”とはついていない」






「・・・。いいのか?」







「あのこたち、また来たときに
足、とれたままだったら可哀想だろ。記録には
”手足のちぎれたくまの人形”とは書かないさ」






一番年上の警官がお茶をすすりながら豪快に笑った。











笑われてしまった一番年下の警官がロッカーから
裁縫セットを取り出して縫い始めた。







「裁縫なんてひさしぶりだ」






警官は何年ぶりかの針と糸の感触に四苦八苦しながらも
なんとか中の白い綿が見えないように縫った。






(・・・。女房に今度習うかな・・・)










手と足、とりあえず修繕終了。






この日から交番に一匹・・・。いや一人。





仲間が増えた。









灰色の椅子にちょこん、と一丁前にくまのぬいぐるみは
陣取って座っている。








「えさをやらなくていいからいいねぇ。うちの新入りは。あっはっは」





一番年上の警官が帽子をぬいぐるみにかぶせ、笑う。





「僕は席を取られてしまいましたけどね。ふふふ・・・」





若い警官も愛らしい黒い目の”新入り”に思わず微笑む。






今朝も、本部から”パトロール強化継続せよ”という連絡が入った。




緊張感漂う交番内。




一匹、いや一人のくまのぬいぐるみは
警官たちに安らぎを与えていた。






警官たちは早くこの”新入り”の持ち主が出てくるようにと
交番の横の掲示板に張り紙をした。






『某日、このぬいぐるみが届けられました。お心当たりの方は
交番まで』





手足がぼろぼろだったぬいぐるみ。





もしかしたらただ、”ゴミ”として捨てられたのかもしれない。





しかし、少女達の気持ちを考えるとそう割り切ることもできなかった警官
達はなんとか持ち主が出てくることを願った。





それから何日かの午後だ。






「あれ・・・。どうしたの?」





ぬいぐるみを拾った少女二人が再び交番を訪ねた。







「張り紙よみました。くまさんの持ち主・・・とりにきましたか?」






「ううん。それがまだ・・・」





少女達は残念そうな顔をした。







「あの・・・。もしずうっとみつからなかったらあのくま、どうなるんですか?」





「テレビでみたことあります、半年たったら拾った人のものになるって・・・。
本当ですか?」





少女たちは警官に真剣な眼差しで聞いた。





「そうだねぇ・・・。半年たって君達が名乗りでたらあのくまは・・・
君たちがひきとってもいいことになるかな」







「じゃあ、半年たったら私とみきちゃんであの子、
ひきとりに来ます。いいですか?おまわりさん」





「ああ。いいよ。でもその時はお母さんを連れてきてくれるかな。
あの子が君達の友達になるって書類をかかなくちゃいけないから・・・」






「わかりました。ママに来てもらいます。じゃあ、半年・・・あの子の
こと、宜しくお願いします」





まるで母親のように警官におじぎをして
少女達は帰っていった・・・









「・・・お前さん・・・。幸せものだな。ふふ・・・」






自分の席を取ってしまった”新入り”に微笑んで
警官は呟いたのだった・・・。










桜の季節が終わり・・・




ひまわりの季節がやってきた。





しかし、ぬいぐるみの持ち主は現れる気配もなく・・・





紅葉が舞い始めた秋。






「・・・居候も今日で最後だな」





くまのぬいぐるみが交番にやってきて、今日でちょうど半年・・・





「お前さんの新しい持ち主ができるぞ」







本当の持ち主が出てこなかった残念さを感じつつ
警官は少女達に連絡した。






「くまさん・・・。本当の持ち主が見つからなくて
残念だったね・・・」





書類に記入する母親のよこで
少女二人はぬいぐるみに向かってつぶやいた。






「はい・・・。これでこのぬいぐるみは君達の友達だよ」






「うん・・・」





浮かない表情でぬいぐるみをだっこする少女。





「・・・。どうしたんだい?」






「本当の持ち主の人・・・。どうして取りにこなかったのかなって・・・。
なんだかかなしくて」






「・・・。そうだね。じゃあ、これから、君達がこのぬいぐるみ
たっくさん、大切にしてあげなくちゃね」





警官は少女達の肩を優しく叩いた。





「うん・・。私、落とさない。洋服もお洗濯してあげて
大切にします」






少女達にしっかりと抱かれ・・・





半年、同居したぬいぐるみはこうして交番を巣立った。









「・・・なんだかいなくなってみると寂しいものだな」






半年占拠していた椅子。





あの愛くるしい黒い瞳はもうない。







「・・・代わりにうちの娘が捨てようとしていた
犬のぬいぐるみ、持ってくるか」







くまのぬいぐるみから犬のぬいぐるみに代わった。








「じゃあ、今日も頑張りますか!」





警官達の代わらぬ日常がまた始まる。







心和ませる落し物。





そんな落し物ならまた預かってみたい。





人の心が優しくなれる落し物ならば・・・








※くまのぬいぐるみを警官が手直しするというのは 法律的にいいのかわかりません(汗)