ポシェット
〜40p上の空のあいつ〜

子供の頃からずっと、あたしはどこへ行くにも持ち歩いてるのがこの 水色のストライプのポシェット。

ハンカチとティッシュぐらいしか入らない大きさだけど いつも持ち歩いてる。

どこへいくにも。

ハンカチとティッシュしか入らないって言ったけど、見かけによらず中身は入るよ。

あたしもさ、街中を歩く人らからみたら、この『ポシェット』並みに小さいかもしれない。

人より顔一個分ぐらい視線、下だし。背伸びしたって150センチいくかいかなかだし。

バイト休みの日に街あるいてりゃ、中学生に見られて補導員にこえかけられるし。

小さいよ。あたしはさ。

度胸ある方じゃないし。

でもさ。

歩くときは、顔を上げて歩いてるよ。

小さいからって無理して背伸びして歩くのは嫌だから。

小さくてもあたしは

顔、上げて歩くよ。

すれ違いざまに見下ろされたって。

それが何だって言うの。

あたしは自分が見上げる空が一番好き。

この体から見上げる空が好きなのさ。

この空がね・・・。


「お疲れさまでしたー!」

夜8時。

朝からのコンビニのバイトが終わり、小波は一直線に自宅にむかう。

そして、アパートの郵便受けを背伸びをしてのぞく。

入っていたのは、うすっぺらい電気料金の料金表と、一通の葉書・・・。

小波は急いで部屋に戻り、ハサミを引出しから取り出し、封を切った・・・。

「・・・。ああ・・・だめだ。見られない・・・」

この何とも言えない重苦しい緊張感を味わうのはもう3回目だ。

薄っぺらい紙を恐る恐る広げる小波・・・。

そして見えてきた文章は・・・。 『残念ながら貴殿の作品は一時通過に至りませんでした。再度の挑戦をお待ちしております』

「・・・。実に事務的な・・・。少し励ましの言葉がほしいですな・・・。とほほほ・・・」

そのままベットにうなだれる小波。

ベットの上には原稿用紙が何枚も散らかっている。

原稿用紙のベットと言ってもいいくらいに。

「あーあ・・・。今年もまただめだったか・・・。あれは結構自信作だったのになぁ・・・」

小波は壁に貼ってある、一枚の原稿用紙を見つめた・・・。 『灰色からすのものがたり・2年1組大波小波(おおばこなみ)』

小学校の時、童話コンクールで、金賞を取った。

20年生きてきた中で、唯一輝かしい功績がこれだ。

まさか自分でも賞をとるなんて思ってもみなかったので、かなり感動して、その勢いで

「私は童話作家になる運命なんだ!」 と思い込んだ。思い込みの激しさのワールドカップがあったとしたら、小波はかなりイイ線いくだろう。

その後、なんなくごく普通に高校まで決まっていた就職の内定をけって家を出て、その夢にまっしぐらで、今に至る。

バイトをしながら自分の夢のために頑張る若者・・・。

まぁ、一見したら格好よく、ファンタジーな雰囲気だが、そんな生き方ほど『現実』を肌で感じるのかもしれない。

「あーあ・・・。さすがに4回も落選つづくとかなり応えるな・・・。こんなときは夜空に輝く月をみよう」

いかにも作家が言いそうな台詞を誰かになりきってつぶやく小波。

ひきがわるい窓をあけ、空を見上げる。

「おお・・・。今宵も見事な満月・・・。優しい光があふれてるな・・・」

しかし空は真っ暗。星一つ出ていない。

小波の妄想タイムが始まったらしい。バイトの帰りに買ってきたピザマンをほおばりながら、小波は既に次の出版社に出す童話のネタを脳内に蓄積しているのだった。

「今度は月を題材に女の子のお話なんていいなぁ・・・」

しかし、やっぱり4年連続落選はちと胃にこたえる・・・。

「・・・。来年があるさ!小波!ファイトー!おっしゃああ!!」

握り拳一つ。りきんで握る。

強がりのワールドカップがあるなら、やっぱり小波はいい線行くかもしれない。

自分に気合いを入れて、また明日頑張る・・・。

ちょっと辛い夜は昔からそうしてきた。

親が離婚したときも。

学校で無視されたときも。

ちょっとだけ泣いたら、そのあとは気合いを入れ、とっと寝る!

元気になるにはこれが一番効果あり・・・。


でも、心地よく眠るために小波はあるものを見つめる。

壁に一枚の小さな水彩画・・・。


描かれているのは折り鶴を縁側で折るお婆さんの姿・・・。


しわだらけのおばあさんの手にちょこんとのかっている水色の折り鶴。

今にもとんでいきそうだけど優しい瞳のおばあさんの手のひらに、おばあさんを見つめ返すようにとまっている。

きっと小さい手のひら、あたたかいんだろうなぁ・・・。

その折り鶴は小さいけど必死におばあさんを励ましている様に小波には見えた。

小さい体で精一杯・・・。


その絵下には

「TAKATOU・SEIYA」とある。

「そうだ。明日、休みだし、久しぶりに静さんの所へ。差し入れ持っていくか。肉じゃがつくりすぎてしまったし」


と、その翌朝、小波は台所に立ち、作りすぎた肉じゃがをせっせと詰める小波。

お世辞にも料理は得意な方ではないが、昔よりは最近マシになってきた。

何せ、静夜直伝の肉じゃがですから。


商店街のはずれに洋館がある。水色の屋根に水色の壁。

ウィンドウに、子供達の絵が飾られている。

『ギャラリー・水色のポシェット』

ガラスの回転扉にはそう書かれてある。

「こんちゃー!静さん、ご在宅ですかー?」

店内には、多数の画材と幾つかの水彩画が展示されていた。

絵の具の匂いが奥の扉からする。

「ご在宅じゃない。いちいち大声だすな。気が散るだろう」

脚立も使わずにアトリエの電球を取りかえている長身の男・静夜。

小波は電球と静夜の顔をまるで空を見るように見上げる。

白のワイシャツ。

サラサラな茶色がかった髪にメガネをかけている。

女顔の静夜。

よく、女優の高橋恵子に似ていると小波が言うと静夜はかなり怒る。

そんな静夜は小波の幼なじみ。

二人の親同士が友人で、子供の頃は遊んだ・・・というか、8つも年上の静夜は小波のよき『家庭教師』だった。

進学校のトップクラスの成績の静夜。

“静さん、今宵一晩、静さんのそのおつむをかしておくんなせい”

と調子よく言って、勉強をみてもらったものだ。

末はエリートサラリーマンかと言われた静夜だが、画家になることを決意し、20代の若さで新人賞を総ナメにした。

その後この画材屋を営みつつ、様々な雑誌に挿絵を中心に幅広く活躍中・・・。

これが簡単なプロフィールである。

「脚立要らずの静夜さん、はい。これ、おすそ分け」

「何だ・・・?これは」

「肉じゃが♪」

静夜が恐る恐るパックをあけると、そこには・・・。

肉しかなかった。

「何だ。これは。じゃがいもが行方知れずじゃないか」

「ちょっとにすぎちゃってさー。でも、牛肉は味が染みてておいしいよ。だってさ、これ、静さんのレシピ通りに作ったからねぇ」

「俺のレシピにはじゃがいもが溶けるなんてのはなかったぞ。ま、いいか。ロッキー!こい!」

ワン!

静夜の飼い犬ゴールデンレトリバーのロッキー(♂)が飛んできた。

「ほれ。ロッキー朝飯だぞー」

と、小波の肉じゃがを食わした。

「こりゃーー!!なんてことすんだい!人の手料理を・・・」

「料理?あれはそれに部類するものなのか?まあロッキーは上手そうにくってるが・・・」

ワン!

「静さん・・・。そのさわやかなベビーフェイスと毒舌のバランスが私にはとっても神秘だよ。トホホ・・・」

「そうか?俺にはどこから見ても学生料金がOKなお前が成人している人間だということが神秘だが・・・」

「・・・。今度肉じゃが作ったときは何か仕込んできてやる・・・くそ・・・」

静夜の毒舌は昔から。

まるで、小波をからかうのが趣味かと思うくらいにからかわれたものだ。

しかし、小波はそのおかげ(?)で、結構タフな神経になった・・・と本人は思っている。

それに、毒舌の影にある深い優しさを小波は誰より知っている・・・つもりだ。

「それはそうと今日はどうした。コンビニはどうした?また、クビになったのか?」

「・・・。静さん、最後の一言は余計だっての。おかげさまでまだ、続いてます!今日は休みなんだよ」

「ほほう・・・。で、何の用だ」

「え・・・。あ・・・。うん。ちょっと、ロッキーの顔がみたくなったっていうか・・・」

ロッキーの頭を撫でる小波。

また、小波の童話が落選し、落ち込んでいるから静夜の顔が見たかった等とは、死んでも口にはできない。

どうせ、『それはお前の実力が無いだけだろう。出版社に見てもらっただけでも在りがたいと思え』なんて台詞が還ってくるに違いない(っていうか前、言われた)

「そういれば・・・。もうそろそろ、お前の童話の結果がでるころだな」

ドッキン!

鋭すぎます。静夜様。

「そ、そうだったかなー。忘れちゃったー。あははー」

小波、かなりバレバレです。

「そうか」

「うん・・・。でも今回もまた、だめかもね!でも、大丈夫!小波はそんなことではめげません。静夜さん、わっはっは」

小波さん、自白しましたの巻・・・。


小波は静夜から、どうせまたきっつい一言がでてくるかなーと感じ、店を出ようした。

「おい。まて。小波」

「え?」

「ロッキーの散歩につきあえ」

ワンワン!

ロッキーは既に散歩の準備万端で散歩の紐をくわえて待っていた。



「よし!ロッキー、拾ってこい!」

ワンワン!!

河川敷の広い公園でロッキーは紙飛行機を懸命に追いかける!

本当はフリスビーを投げるのは普通なのだろうが、なぜだか、ロッキーは紙飛行機が大好きなのである。

ワンワンッ!

そして従順に静夜の元へ一直線で戻ってきた。

「ロッキーは最近ちと、太り気味だからな。食後の運動をせねばならない。どうだ。小波、お前も一緒にやるか?」

「やらんわいっ!」

このさわやかな新緑が深い公園でも、静夜の毒舌はバッチシ炸裂しております。

しかし、静夜なりに小波の気晴らしになればいいと思って誘ったのだという静夜の胸の内は小波は知らない。

その時、突然、つむじ風の様な突風が一瞬吹いて、紙飛行機が見事に銀杏の木にひかかってしまった。

「あー!あんな高いところに・・・。あれ、ロッキーのお気に入りなのに・・・」

こんなときこそ、長身の静夜の出番だと言わんばかりに、静夜は手を伸ばしてみるが、さすがに届かない・・・。

「あーあ・・・。どうする?静さん」

「仕方ない・・・。小波。お前、登れ」

「のぼれるわけないでしょー!!あんさん、人を何だと思ってるんスかー!!」

「小猿に似た二十歳」

「・・・。それが人に物を頼む態度か!全く・・・」

呆れる小波の横でロッキーは哀しそうに銀杏の木を見上げている。

「仕方ないな。ここは奥の手だ。ちょっとお前の体、貸せ」

「ええッ!?」

小波、かなり何か一瞬勘違いした。

「う、うわあッ。ちょっとーーー!!」

ふわりと小波の体が浮いた。

そして、ひょいと静夜の肩にのっかってしまった。

「せ、静さんッ!!かなり怖いですよーーー!!」

「うるさい。眺めがいいだろうが。さっさと紙飛行機、取れ」

静夜はゆっくりと銀杏の木に近づいた。

「と・・・とれっていったて・・・」

「どうだ?取れたか?」

「う・・・。うん。もう少し・・・」

恐る恐る、手を伸ばす小波。

そして、水色のフリスビーをぐっと掴んだ。

「取れたよ!静さん!!」

「そうか・・・。ご苦労だった。任務終了だな」

「うん・・・」


小波は思い出す・・・。

この高さ・・・。この高さから見たあの花火・・・。

沢山の人の頭を越えて、一番高い場所で見たあの花火大会・・・。

「どうした」

「・・・。うん。昔もこうして肩車してくれたなと思って・・・。あのすだれ花火・・・。すごかったね・・・」

「・・・。ああ、あのお前が迷子になった花火大会か」

「・・・。どうしてそうマイナスな思い出しかないねん。あんさんは」

小波がまだ、小学校で、静夜が高校生の頃だ。

静夜は身長が一番伸び盛りな頃で街を歩けば、頭一つ飛び出ていた。

小波は相変わらず小降りな小学生。

河原には沢山の人だかりができて花火は殆ど立ち見だったから、小波が見るのは花火ではなく人の足だった。


人と人の間で転んでしまった小波。

その時、ひょいと今のように肩車してくれのが静夜だった。


『これで見えるだろう。人に踏まれてはその高値の浴衣が汚れてもったいないからな』


「・・・。あの頃からその毒舌に私は耐えていたのね」

「ふん。俺はおばさん(小波の母)お手製の浴衣の心配したのだ」

「はいはいそーですかーっと・・・。でも・・・。綺麗だったな・・・。あのすだれ花火・・・」

「そうだな。芸術的になかなか趣があったな」

花火は本当に綺麗だった・・・。だから、本当にあのときは嬉しかった小波。

いつも街を歩けば、一人分の頭分低い光景が、小波のいる世界だった。

だから、否応なしにいつも人に見下げられるような感覚をずっと感じてきた。

するとおのずと気持ちも小さくなってしまって・・・。

そんな時、静夜の頭の上でと見たあの花火は特別に美しかった。

夜空に盛大に打ち上げられる花火・・・。

小さくなっていた小波の心にも大きな花火が咲いた。

“デカイちいさいは関係ない。空なんてどっから見たって同じだ。胸張って歩け。そうすればお前も大きく見えるさ”


全く励ましているのかけなしてるんだか・・・。

でもその言葉は何だか深く心に残った。


「は〜。でもホントに静さんの頭の上はいい眺めだな〜。空が近いよホントにー」

「おい。そろそろ降ろすぞ」

「えー。もうすこ・・・わあああッ!」

「わ・・・バカ!動くな・・・ッわっ!」

ドサドサッ!!!

そのまま静夜は芝生の上倒れ、見事に落下した小波。

静夜はあわてて小波を抱き起こす。

「おい・・・!生きてるか!」

「たたた・・・。生きてますよ!もう少し違う言葉ないの!もう・・・」

全身芝生だらけの小波。

そのままゴロンと芝生に大の字になった。

「おい・・・。冗談はぬきで 、どこも痛くないか?かなり大胆に落ちたが・・・」

「大丈夫ですよー。あたしの体は人よりはSサイズだけど、作りは頑丈ですから!」

そういって足を動かしてみせる小波。

その様子見て、静夜は一安心。

「はー・・・」

寝転がって見える空。

高いところか見る空も、手に届きそうに思えて好きだけど、こうして地面に横になって見るそらは広くて遙かに大きい・・・。

まるで・・・。

「海みたいだー。この空は・・・。静さん、あたし、高い所も好きだけど、こうして地面に根をどっしりはっていたいな。何事にもめげないようにさ・・・ 」

『はっきり言って、時間を裂いて見る程の内容じゃない。また出直してくるといいよ』

出版社に何度も持ち込みをしては突っ返された。

その都度、強がっては布団の中で泣いた。

でも今は・・・。ちょっとだけ泣いて次がまたあるさと、どっしりゆっくりかまえたい。

この地面にさく花々みたいに。

「静さん、今日はありがとうね。いいそらを見せてくれて。いつか、どかんとあのすだれ花火のようにでっかい花、咲かせて見せる!そしてその暁にはお礼に静さんに焼き肉たらふくごちそういたします!」

ガッツポーズで静夜に宣誓する小波。

「ふっ・・・。期待しないで待っててやるか。な、ロッキー」

ワン!

「ったく・・・。人が最期にバシッと元気よく決めようと思ったのに、静さんもロッキーも全然信用してないんだから・・・。こら!ロッキー。とってこいッ!」

小波はフリスビーを思いっきり投げロッキーを追いかけた。

まあ、元気よく走り回る。

昔、お気に入りの小さな水色のポシェットを肩にかけて、いつも自分の後ろをで背中を丸くしていた小波・・・。

まだまだ、何かと危なっかしく感じる時もあるが、その小さな体にはいつも力強いエネルギーがいつも底にあることを静夜は知っている。

それは静夜が一番知っている・・・。

ずっと見てきたから・・・。

「あー!こら!ロッキーくすぐったいって!あははは・・・」

大声で笑う小波を静夜はメガネ越しに遠くから優しい眼差しで見つめている。

小波はそれを知らない・・・。


幼なじみの様な兄妹の様な。

はたまたできの悪い生徒と家庭教師のような。
微妙(?)なつながりのこの二人。

この二人がこれからどうなるのか誰にも分からない。

それはまた、いつかのお話で。

しかし、小波のポシェットには一杯、大切なものがいつも詰まっている。

幼い頃の思い出も仄かな恋も。

それを大事にして、胸をはって歩いていこうと思う。

大波小波二十歳。

初夏−。

FIN

TOP

身長差カップルもの、何だか好きなのです。主人公の名前を考えるのも楽しい。最初から『小波』とつけるのは決めていたのですが、名字どうしようかと考えていたらつい、お遊びで『大波小波』なんてのが浮かびまして・・・(爆)結構これは書いていた楽しかったので、続編をいずれ書きたいと思っています(汗)