ある日、リンゴ1個


中核都市の郊外のとある駅。


乗り降りする人数はまばらで、辺りは静けさが漂っている。


まるで時間が自らのんびりしているように過ぎている。


ホームにも2,3人くらいでそれもいつもの顔なじみの客ばかりだ。


その中に一人、珍しく背広姿の男が一人・・・。

このゆったりとした空気とは明らかに逆で何やら、そわそわと腕時計を何回も見ている。



(ったく・・・。なんで電車が1時間に1本しかないんだよ!今日中に本社に戻らないと・・・)


男は貧乏揺すりまで始めている。





「あっれーそうなんー?」



「それで、あたシんちに遊びに来てよぉー」

男の前に座っている中年の女性主婦らしき二人の話し声が男のイライラをもっと誘う。

(ったく。だから嫌なんだよ。田舎のえきってのは!)


「ね、また、電車の本数へったのねぇ。駅長さん」

「ええ・・・。これも合理化の一環で・・・」

「合理化かなにかしらなけどさぁ、
そのうち、この路線が無くなるなんてこと、ないわよねぇ。
そうなると、不便だわぁ。
街まで買い物に行くのにわざわざ特急なんて乗れないし・・・」


「そうでしょうなぁ・・・」



男はその会話を危機ながら本社で言われた事を思い出す。

合理化・・・。男は本社の合理化案のため、地方の支社を合併するという任務についていた。


それにより、何人かの社員が削減された。


(どこも・・・古いものから消えていくってか・・・)


男は空のたばこの箱をクシャッとねじってゴミ箱に捨てた。




ピーッ。


電車が入ってきた。



(やっときたか・・・)


男は一目散に電車に駆け込む。


その後をよっこらしょと、さっきの主婦達がゆっくりと乗り込む。



(とっと乗れよ・・・)


車掌が後方確認をして、ドアが閉まった。


男はやっと出発かと一息つくがいっこうに電車が進む気配がしない。



(どうしたんだよ。一体)

男は窓からホームを見ようとしたら、アナウンスがかかる。


「えー。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、
ただいま、大きな荷物を背負ったお年寄りが乗り込まれますので少々お待ち下さい」



(はあ?なんだってんだ)


窓を見ると、行商風のお婆さんが背中に大きな風呂敷を担いで駅員に手をひかれ、ホームへあがってくる。





(冗談じゃねーよ。乗り遅れたばあさんのために待ってるってゆうのか?
そんなこと、聞いたことねーぞ)


男の意志とはうらはらによっこらよっこらとお婆さんと駅員は階段をあがり、ようやくホームに降りた。


(どうして、他の客は何も言わないんだ?いくら、田舎つったてここまで悠長な・・・)

他の客達は窓の外の二人を何気なくただ、ごく当たり前に風景を見るような感じで黙っている。


男は驚いた。これが都市の駅ならば、次の電車が来る。5分刻みで動いている電車を待たすことはできないのに・・・。


「ああ、いっつもすんませんねぇ。駅員さん」


「なあん。それはいいんだけど、ばあちゃん、ちゃんと切符、財布の中に入れといてな」


「はいはい。ちゃんとしまってあるっちゃ」




駅員はそう言うと、車掌に出発してくださいと合図し、再びドアが閉まった。





ゴトン・・・。


やっと電車は動き出す。




「よっこらしょっと」





お婆さんは重い荷物を置く。そして、すみませんでしたというような表情でお客達に軽く会釈した。



(ったく・・・はた迷惑な・・・)


そして、何やらもそもそビニール袋から出す。


そして、お客一人一人に何かを配り始めた。



「すんませんでした。ワシのためにみなさんに迷惑かけしもうて・・・」


「別にいいですよぉ。どっか、急いで行くわけでもないし。それより、おばあさん、どこまで行商にいかれるん?」



世間話が始まった。


(どこでも他人とコミニュケーションとれるってか・・・。田舎人の典型じゃねーかよ)


男はあきれ顔で外の風景を眺めているととても甘ずっぱいいい匂いがした。


「?」




見ると、お婆さんが何かを差し出して立っている。

その手のには見るからに甘そうなりんごが1個あった。


「すんませんでした。おわびに、これ、1つどうぞ」



「え・・・。あの・・・ど、どうも・・・」



お婆さんはにこりと笑うと世間話の中にまた戻っていった。

「・・・」



男はまじまじと手の中のりんごを見る。


(これも典型だな・・・)

そう思いながらもりんごの甘い匂いは男の気持ちを少し、落ち着かせる。

甘くて優しい匂いだ。

男はガブリと一口ほおばる。


りんごは食べ頃なのか身のまん中に蜜が詰まっていてなんとも甘くてうまい。



(・・・。確かにいけるな・・・。これは)




りんごがこんなに甘かったなんて知らなかった気がする。



食事もただ、腹の中へ納めていただけ。時には食事すら忘れていた。

時間に追われていた。


男はもうひとほおばりする。



(うまい・・・)



りんご、1個の甘さが男の心に染みていく。


男はりんごを食べ終わると、お婆さんに軽く会釈した。


お婆さんは再びにこりと返してくれた。


男は窓を開け、新しい空気を吸う。


新鮮な風が男の中を通り過ぎていく。


「ハアー・・・」





男は深く、深く、深呼吸した。

ある日、ある電車の中での一こまだった。

たまたま乗った電車で行商に行かれるおばあさんが本当に りんごをばくっとほおばっていたんです。さすがに乗客に配って というエピソードは私のフィクションですが、なんとなく印象に残ったので 小説にしてみました。