小さな光をちりばめて
「雫チャンに男ができたんだってよ!」
そんなうわさ話が聞こえてくる。
商店街というものは、常に町内の情報がとびかっているものだ。
そして尾ひれ背びれがつき、挙げ句の果ては
「え?もう子供までいるんだってよ!!」
とここまで話が進んでいる。
そして最終地点は、この男の耳の入る。
「ど、ど、どどこの牛の骨だーーーーーッ!ワシの大事な孫娘に手をだすなんざーーーーーッ!!!!」
米次郎の怒鳴り声にカウンターのおちょこが飛び跳ねた。
「おやじさん、それを言うなら馬だよ。馬の骨」
なじみの客。米次郎へのつっこみも酒のつまみだ。
「うるせえッーーー!!馬だろうが鹿だろうが雫に手をだすなんざ1000まん年早いッ!!!長島大明神がこの店に来るより早いッ!!!おい!!どこの誰だ!!!これはほおっちゃおけん!!」
米次郎、何故か時計を見る。6時半をちょうどまわったところだが・・・。
そして米次郎、前掛けをはずし千寿子に敬礼。
「千寿子少佐!これより、孫娘雫の素行調査の任につきます!では!」
そう言って片手に巨人軍の応援のメガホンを装着し奥へ入っていこうとしたが・・・。
千寿子、見事にメガホン取り上げ、米次郎捕獲。
「米次郎調査員。雫は今学校で授業中。それに今晩のナイターは雨で中止。以上にてその任務は無効です。現状維持に勤めるように」
と言って千寿子はメガホンを包丁に変えて持たせる。
米次郎の逃走計画見事に阻止された。
ちなみに今日、巨人が勝てば、首位の阪神に並ぶ試合だった・・・。
「・・・。なお、米次郎の巨人首位奪還おめでとうー♪原監督万歳なのじゃー★夜は自動的に消滅する・・・」
しかし、米次郎「千寿子さんから逃走するのじゃ計画」は見事失敗したが、本当の任務は忘れちゃいない。
目にも入れても痛くない孫娘に男の影が!?
この日から米次郎は密かに雫の素行調査に入るのだった・・・。
風呂上がりの雫。
台所で冷蔵庫から牛乳を取り出し飲んでいると妙な視線を背後に感じる・・・。
「ん?」
何かかなり速いスピードで肌色の物体がササッとテーブルの影に隠れる。
すぐにその『物体』が誰がわかる。
テーブルから半分だけ見えるその眩しい頭のてっぺんは、まるで太陽に輝く富士山の頂きようだ・・・(残り少ない白髪が雲で・・・)
「じいちゃん・・・。全然隠れてないし・・・」
「!!なんでわかったんじゃ・・・!?」
「分かりすぎるくらい分かり易いし・・・。どーでもいいけどさ、何か用なの?」
「い、いや、なんでもないんじゃ。ワシはただの通行人。それじゃあ、さらば!」
素行調査をしられてはまずいとステテコ姿の怪しい通行人。
去り際に雫がつぶやいた。
「あ、じいちゃん、今度使ってる養毛剤、あんまりききめないみたいだから変えた方がいいよ。じゃ、おやすみ」
「!!!!」
米次郎、痛恨の一撃。
最近、雫のつっこみも千寿子仕込みになってきた。
こうして税込み2万円の養毛剤は自動的に消滅した・・・。
「・・・。ぐすん・・・。雫ちゃんのいけず・・・」
しかし、米次郎の素行調査はまだ終わってない。
次の日の日曜日。
米次郎調査員は近くの公園の茂みの中にいた。
お気に入りのジャイアンツのハッピを着て・・・。(今晩巨人戦有り)
その視線の先には雫と高広、そしてしずくが楽しそうに遊んでいる。
(な・・・。なんじゃ、あれは確か雫の友達とその妹じゃないか・・・。なんじゃ・・・商店街の連中め・・・)
米次郎、ちょっと拍子抜け。一人スパイ大作戦の雰囲気を味わっていたのに・・・。
(巨人戦の準備でもするかのう・・・)
帰ろうとした米次郎に雫達の遊び声が聞こえてくる。
「雫おねーちゃん、なげるよーーー!!」
「おっしーー!!こい!!特大ホームラン打ってやるぞーー!」
小さめのグローブとバットで3人野球をして遊んでいる。
高広はキャッチャーで。
小さな手で投げるそのボール。どこかで見たような光景・・・。
たまの店の休みの日、この公園でよく雫とキャッチボールをした・・・。
日曜日の公園は家族連れが多く、両親と楽しそうに遊ぶ子供達を雫は寂しそうに見つめていたものだった。
『雫、じいちゃんと巨人戦ごっこするか?』
『うん!!』
そう言って、幼い雫にハッピを着せてキャッチボールさせたもだ。
“じいちゃん”
ついこの間まで駆け回っていたのに・・・。
米次郎はぐすっと鼻をすすった。
そんな米次郎の頭上に・・・。
ゴン!
ボールが命中!
米次郎、散る・・・。
「だ、大丈夫ですかーーーッ!」
雫達が駆け寄ると米次郎は大切な残り少ない乱れ髪を直していた。
「じいちゃん!なんでここに・・・」
「雫ちゃん・・・。ハロー・・・」
ベンチで一休みする4人。
高広としずくが米次郎に直接会うのは初めてだ。
「稲葉しずく、6歳です。よろしくお願いします。」
ちゃんとおじぎをして自己紹介するしずく。
米次郎もちゃんとご挨拶。
「早月米次郎、万年二十歳ですじゃ。よろしくお願いします♪」
「じいちゃん、子供に嘘つくな、嘘・・・」
つっこむ雫。
そのやりとりにしずくはにこにこ笑い出した。
「ほらみろ、じいちゃん、笑われてるぞ。ねぇ、変なじいちゃんだよね!真っ昼間から巨人のハッピなんかきちゃってー」
「うん、へん!!」
二人、同意見。
「二人の雫ちゃん、いけず〜」
米次郎、手を頬に当てて色っぽく言う・・・。
何だか絶好調な米次郎キャラに雫は呆れ顔。
「・・・。しずくちゃん、こんな変な巨人ファンほっといて、ブランコで遊ぼう!」
「うん、いいよ!」
二人は手をつないでブランコに走っていく。
明るい笑顔で・・・。
そしてベンチには高広と米次郎の二人切りに・・・。
高広、ちょっと緊張・・・。
米次郎の顔はかなり強面だから・・・。
「あ・・・。すいません。兄貴の俺が挨拶忘れてました。しずくの兄の高広です。雫さんとは同じ高校で・・・。っていっても俺は昼間部ですけど・・・ってあの・・・」
米次郎、高広を足下からじいいっと食い入るようにみる。
「・・・。顔はワシには劣るがなかなかの男前。手先は器用そうだな・・・。で!!雫とはどうなんじゃ!」
「ど・・・。どうってあの・・・。と、友達ですが・・・」
「本当じゃな?まだ、そういう段階なんじゃな!?」
鬼瓦の様な顔が高広にドアップ。高広、かなりひく・・・。
「ならよろしい!今後も雫となかようしてやってくだされ♪」
「は、はい・・・」
鬼瓦が急に仏顔に・・・。
キャラの強い米次郎に高広、ちょっと引き気味だ。
「はは、すまんのう。孫離れできとらん妙な老人だとおもっとるじゃろう?」
「いえ・・・。大の巨人ファンの人情厚い腕のいい料理人だって・・・。熱い巨人話と折り見事な料理で客を幸せな気持ちにすると・・・。雫さんからの手紙に書いてありました」
それプラス、最近糖尿の気ありとも。
「・・・。雫の奴、『腕のいい』の前に『世界一』がぬけとるわい」
米次郎はまた、鼻をずずっとすする。
鼻の頭を赤くして・・・。
キャハハハハ・・・。
雫達の笑い声が聞こえる。
楽しそうな、嬉しそうな・・・。
「しずくがああして笑えるようになったのも、雫さんのおかげです・・・。雫さんとの手紙のおかげで妹は家族以外の人とかかわりをもてたから・・・。そして俺も・・・」
同じ学校。同じ机・・・。
机がポスト代わりになって雫との手紙のやりとりが始まった。
鬱屈していた学校生活が、家族との関わりが少しずつ代わっていって・・・。
「高広君」
「はい」
「『雫』という名前はのう・・・。“雨露のちいさな雫でも陽が当たれば懸命に光る・・・。一滴の雫でも喉が渇いた人間にとっては“希望”そのもの・・・。この子にはいつも心に希望を持っていて欲しいんだ・・・。と言ってワシの息子がつけたんじゃ。ワシに似てロマンチストなんじゃな。昔はこの名前、最初は何だか漫画みたい名前でワシは反対したんじゃが今は息子に感謝しとる。いいなまえをつけたってな・・・」
若くして他界した息子にむかっていまなら言える。
どの名前より可愛い名だと・・・。
「しかし世間は狭いのう・・・。二人が同じ名前だなんて・・・」
「・・・」
偶然じゃない。
幼い頃、一度だけこの高広が遊んだとき、教えてくれた名前。
“早月雫っていうの”
自分に妹が産まれたとき、なぜだかその名が浮かんだ。
雫という名が・・・。
「おにいちゃーん!!」
ブランコで遊ぶしずくが元気に手を振っている。
小さな手を笑顔で・・・。
「しずくちゃああんー♪じいちゃんはここじゃー♪」
こちらはなんとも怖い笑顔。米次郎も負けじと手を振るが・・・。
雫は完全無視。他人のフリをしている。
「照れ屋さんだなぁー。じいちゃんもブランコ乗ろうかのー★」
米次郎はスキップして雫達の所へ行く。
そんな米次郎を見て高広はくすっと笑った。
米次郎だけじゃない、千寿子と雫とのやりとりを見て雫達家族にはいつも笑いが絶えない家族だと思う高広。
そして雫はそんな家族の中で育ったのだなと・・・。
自分達家族にはなかった。
笑おうともしなかった。自分もしずくも母・多佳子も・・・。
でもこれからは・・・。少しずつでいい。
明るい笑いがある家族でありたい、なりたいと思う・・・。
「じいちゃんはやめとけ!ぎっくり腰になったらどすんの!!」
無理矢理ブランコに立って乗ろうとする米次郎。雫は止めるが・・・。
「大丈夫大丈夫、ほらこの通り・・・」
米次郎、屈伸運動しみせる。
「うッ!!!」
「じ、じいちゃん、どうした!?」
「し、雫ちゃ、ちゃん・・・。へ、ヘルプミー・・・。腰が・・・」
しゃがんだ体勢から動けない米次郎。
雫は米次郎を担ごうとしたが、重くてあるけない。
「た、高広君、へ、ヘルプミー!!」
今度は雫が高広に救援隊を頼んだ。
体格のいい高広はひょいと米次郎をおぶった。
「す、すまんのう・・・。高広君・・・」
「いえ・・・」
「でも高広君の背中は広くてあったかのう〜♪すりすりしたくなるのう〜♪」
高広の背中に悪寒が走る。
「・・・。高広君、そのじっちゃま、どこかその辺りに捨ててきていいよ。さ、しずくちゃん、先に帰ってジュースでも飲もうね♪」
「はーい!」
と、さっさと二人、先に公園を跡にした・・・。
「な、なんかワシら男群はのけ者にされておるのう〜。ここは負けてはおれん!ほれ、高広君、走って走って!!」
「は、はい!!」
すっかり高広も米次郎のペースに巻き込まれているよう・・・。
でも、楽しい。
いつもこんな風に笑ったり泣いたりしていたい。
「あ、雫おねーちゃん、露草が一杯咲いてるよ」
「ホントだ・・・」
歩道の植木に青い露草が群生していた。
昨晩降った雨の露がまだ、花びらについて光っている・・・。
「お花が光ってる。ちっちゃいけど、光ってるね」
「そうだね。小さくても、光ってる。露草を綺麗に光らせてるね・・・」
しゃがんで見つめる二人。
その背後から、米次郎達が追いかけてきた。
「しずくちゃん、逃げよう!追いつかれる!」
「うん!」
手を繋いで走り出す。
そして高広達も負けじと追いかける。
「はあはあ・・・」
「高広君、スピードあげて!」
「くっそーーーー!!待てーーー!!しずくーーーー!!」
高広は突然スピードアップ。
「う、ぎゃああああッーーー!長島大明神、お助けーーーー!!!」
米次郎の叫び声が歩道に響いたのだった・・・。
雨露のちいさな雫でも陽が当たれば懸命に光る・・・。
ささやかな光でも小指ほどの露草を綺麗に輝かせて・・・。
雫の光、これからも絶えることなく、ずっとずっと・・・。