シャイン
1
ガシャン。
ギー。
ガッシャン。
ベルトコンベアーから流れてくるお弁当箱にビニールの手袋をしたたくさんの手が
機械のようにおかずを一つ一つ入れていく。
白い帽子にマスク。白い作業着に白い長靴。
同じ衣装の人間達がベルトコンベアーの前に立ち、作業をしている。
ここはお弁当会社。
コンビニに卸すお弁当をつくりパック詰めしている。
勤務時間は朝8時からよる9時まで。
休憩時間は昼の一時間と夕方の1時間だけ。
お弁当の注文数によっては休み時間を削ることもある。
「はー・・・やっとお昼だよ〜」
時計が12時になると帽子を脱いだ作業員達。
中年の女性が多い。
8条ほどある畳の部屋の休憩室に弁当を持って主婦達は昼食をとるのだ。
その畳の部屋の隅に一人。
ショートカットの若い女性・・・。
紺野 光
「光ちゃん。あなたも一緒に食べない?」
「・・・いえ・・・」
一緒に働くおばさんたちが手招きするけれど光は断った。
”いいエステ知っているのよ”
”いいお医者様しっているのよ。水ぶくれの痕見てもらったら・・・”
そんな話ばかりすすめられるから。
「なにさ。こっちが好意で言ってるのに。顔が人に見せづらいからって心まで
暗くなるのは仕方ないけどねぇ・・・」
「ちょ・・・言いすぎよ!」
「だって・・・」
光は思わず休憩室を飛び出してしまった。
長靴のまま外に出る。
水溜りに映る光の顔は・・・
あのおばさんの言うとおりだ。
右頬にある火傷の跡・・・。
大きく丸い水ぶくれのくすんだ痕
まだ残っている。
大分・・・薄くなった方だ。
それでもまだ・・・右目の下の方に
ふやけた皮膚のぶくぶくっとした模様が
残って・・・
光の心の奥の奥にも人への恐怖という”アザ”がしみ込んでいた・・・。
"ものもらいのあるデメキン"
それが光の中学の時のあだ名だった。
”触るとものもらいがうつる”
光の机の前を通るクラスメートたちの声が今でも耳の奥で響いてる
鏡を見るたび
自分の顔に
吐き気を感じた・・・
「光ちゃん、手、止まってるよ」
「あ・・・っ。はい」
仕事中も時々、昔の嫌な記憶が横切って
我を忘れることも・・・
「ぼやっとしてちゃだめでしょ!ったく・・・」
年配の女子従業員。
多少、嫌な思いをしても光は我慢しなければいけない。
この顔の写真が貼られた履歴書はどこの店でも職場でも返された。
コンビニやコーヒーショップでは
履歴書を見せる前から「悪いけど・・・うちは接客商売だから・・・」という
お決まりの台詞で断られた。
今の職場は母の知り合いのつてでやっといれてもらえた会社だから・・・。
「光ちゃん、そこ、ウィンナー一本足りないよ!」
「あ、す、すみません・・・」
ウィンナーを入れるのは光の前のおばさんの役目なのに。
心では自分が悪くないと思っていても
すぐに謝ってしまう。
光の悪い癖。
こちらが謝れば怒ったほうの心は幾分収まると妙な知恵がついたのは
いつ頃からか・・・。
就業時間が終わり、
作業員達は腰をポンポンと叩きながらやっと家路に着く。
光は野球帽を深くかぶりうつむきかげんで歩く。
夜はいい。
暗闇に自分の姿を隠せる
隠しやすい・・・
会社から徒歩10分。古びたアパートが我が家だ。
トイレはあるけど風呂なし。近所のスーパー銭湯に通っている。
電気をつける
部屋にあるのはテレビとラジカセ。
小さなちゃぶ台。
家具といえるものはそれだけだ。
”一人暮らしをしてみなさい。自分で生きていくということを
肌で感じて自分と向き合いなさい”
母はそう言って光を出した。
娘を変えたかったからだ
最初は母の申し出に不安でいっぱいだった光だが・・・
”ねぇねぇ。一恵のお姉さんってどんな人・・・?”
妹の一恵の友人が家に遊びに来たときの質問・・・
一恵はとっさにこう応えた
”あ・・・。ごめん。お姉ちゃん今、バイトに行ってていないの。ごめんね・・・”
壁一つ向こう
光は居た・・・
妹のその一言で光は家を出ることを決意して・・・
家族が光に気遣うのが苦しかったから・・・。
自分への優しさもかえって重かった・・・。
一人になって色んなことが少しずつ見え始めた今日この頃だ・・・
「さてと・・・。行く・・・か」
今時家賃が2万円代のアパート自体、貴重で、風呂付なんてあるわけがない・・・
光は夜12時を過ぎてから、10分ほどさきの
近所の銭湯に行く・・・
銭湯でも人の視線が気にはなる
だけど・・・昼間ほど人の数は少ない
光の心の負担は少ない・・・。ということだ・・・
それでも
光の横を通り過ぎていく人間達は
光の顔の痕に注目せざるおえない
「あの・・・。おつりください・・・」
久しぶりにたちよったコンビニ
レジの若い男。
光の顔のあざに一瞬目を止め、光からわざと視線をはずして
おつりを渡した。
「ありがとうございましたー・・・」
光が店から出て行く。
ふっと光が振り返る。
窓越しに男の店員2人が話している
”おい、今の客、見たかよ”
”ああ、なんかホラー映画の被り物みたかったぜ。
俺・・・思わず目ぇ反らした”
きっとそんな話をしているのだろう・・・
と店員の手振りや口の動きで
会話がなんとなくわかってしまう・・・
そんなことが特技になってしまうくらい・・・
(・・・痛くない痛くない・・・。全然痛くない・・・)
目をぎゅっと閉じて・・・
唱える・・・
このくらいの痛み
耐えられなければ
生きていけない
このくらいの痛み・・・
・・・だけど痛いんだ・・・
銭湯から帰ってすぐ
光は髪を乾かすことも忘れ、布団にくるまる・・・
朝が来るのが怖い
朝になれば
人々が動き出す
騒がしくなる・・・
(眠ろ・・・。早く・・・早く・・・)
眠れば全ての感覚がなくなる
ジワリと痛む心も・・・
「・・・!?」
焦げ臭い匂いに眠りかけていた光は目を覚ました。
「な・・・ケホッ」
ドアの隙間から白い噴煙が光の部屋に充満して・・・
(か・・・火事・・・!??)
「ゴホゴホゴホ・・・っ」
光は玄関のドアを開け外に出ようとしたがドアの隙間から
大量の煙が入ってくる・・・!
(玄関からは無理だ・・・。じゃあ窓・・・!)
ガラガラッ
ガチャ
(あ・・・開かない!??)
立て付けが悪いサッシ・・・
引きが悪くて開かない。
(お願い・・・!空いてくれ・・・!!お願い・・・!!)
ガチャガチャッ!!
ガラッ!!!
力任せにやっと窓を開けた。
同時に窓から部屋に充満した煙がぼわっと外へ流れた。
「ゴホゴホゴホ・・・っ!!」
(ここから飛び降りれば・・・)
窓に足をかけ下に飛び降りようとしたが・・・
(駄目・・・。)
下は植木。でも変なところに着地したらコンクリートに・・・。
足がすくみ震えだした・・・
(ど、どうしよう・・・。こ、怖い・・・)
その間にもどんどん部屋の中は黒い煙が充満して・・・
「ゴホっ」
激しく咳き込む光。
「何してる!!飛び降りろ!!!」
(え・・・!?)
朦朧とする意識の中、若い男の声が下から聞こえた。
「早く・・・飛び降りろ!!!!煙にまかれるぞ!!!」
ぼんやり見える・・・
若い男・・・
(あのヒトは確か隣の・・・)
少し濡れ髪の青年。
隣の部屋の真柴 晃
「あ・・・あの・・・光・・・。た、高いところが駄目で・・・」
「何言ってる・・・早くしないと火がまわるぞ!俺が絶対受け止める」
「で・・・でも・・・」
「俺を信じろ・・・!!」
(・・・信じろ・・・?)
初めて言葉を交わす相手なのに
その3文字が
何故か
響く・・・
「早くしろッ!!火がまわるぞッ!!!」
「・・・わ・・・わかった・・・っ」
光は意を決して
ベランダに足をかけ・・・
(・・・南無さんッ!!!)
そして光は・・・とんだ・・・