窓辺のサボテン 世の中。 不景気のどん底。底なし。どこまで続くのか。 朝、いつものように作業着に着替え、朝礼だというので 事務所に行く。 社長の赤井が少し緊張した面持ちで 社員達に何かを告げようとしている。 「・・・。皆さんにはいつも本当にこの会社のために頑張っていただいております・・・。 社長として本当に感謝しています・・・。けれど・・・非常に辛いことを伝えなければいけない・・・ ・・昨日・・・。この会社は不渡りを出しました・・・」 ざわっと社員たちがざわめく 「不渡りってことは・・・。倒産ってことですか!??」 「皆さんの再就職先や退職金は、社長の私が責任を持って 最後まで責任をもちます。すみませんでした・・・!」 赤のスーツを地べたに擦りつけ社員たちに 土下座する・・・ その姿に社員たちはただ戸惑うばかりだった・・・ 「まーったく・・・。突然すぎるわよねぇ!冗談じゃないよ!」 従業員の休憩室。 おばさん従業員達は突然の解雇宣言に かなりご立腹だ。 「この年で再就職なんてあるわけないじゃないか。何にもわかってないよ。 あのワンマン女社長・・・」 せんべいをバリボリほおばる。 おばさん職員達の愚痴を光はだまってそばで聞いていた (ワンマンなんかじゃないよ・・・。赤井さんは) 大きな出資先がつぶれ、連鎖倒産しまいとここ最近夜も眠らずに赤井ががんばってきたのを 光は知っていた・・・。
※一ヶ月後。 お弁当会社「アカイ」は完全に倒産した。 数十人いた従業員の半数の就職先はなんとか見つかった。 だが光は・・・ 本屋で求人雑誌をぺらぺらめくる光・・・ (私もどうしようか・・・。おばさんたち以上に私を雇ってくれるところ なんて・・・) というより・・・。 ”面接”というものに光は辛い記憶がある。 履歴書を見せる前に光の顔を見たとたんに険しい顔を して申し訳なさそうに断られる・・・ ”あ・・・。うちやっぱりバイトの子、足りてたんだ・・・ごめんね・・・” ”サービス業はね、接待態度が全てなんだよ。あんたの場合 それ以前の話だ” なんて言われ、門前払いされたこともある 「ハァー・・・」 求人情報誌をため息をつきながら一冊購入して本屋を出る光。 いくつか候補をみつけ、蛍光ペンで丸をつけていく。 また面接してまわらなければならないと思うと 昔の古傷が痛み出す・・・。 (でも・・・。気弱になってる場合じゃないよね・・・) パシャ・・・ 街の中の証明写真で履歴書用の写真をとる。 直径6センチの写真・・・ くっきり自分の姿が映し出される・・・ (・・・少しくらいぴんぼけしてくれてもいいのに・・・なんてね・・・) センチになってしまう。 写真を撮るのはやっぱり今でも気が重いが必要だから仕方ない 「いらっしゃいませー!只今、激安セール中につき、ハンバーガーと シェイクのセットでお安くなっておりまーす!」 ファーストフード店の若い店員がちらしを配っている (・・・) 女子高生ぐらいの年だろうか・・・ 可愛らしいチェックの制服とスカート。 きっと普通の女子高生なら面接する前に断れるなんてこと、 ないのだろうな・・・ そんな思考が働いてしまう自分に嫌悪するけどれど・・・ (・・・。人は人。私は私・・・だよ・・・ね) 「・・・よし・・・!!今更なに臆病風にふかれてるんだ。あたしは 変わるって決めたんだから・・・!」 ポケットから、晃からもらったあのガラスのプリズムを 取り出す・・・ 「・・・」 ”自分を信じろ” 晃の言葉を思い出して目を閉じ プリズムをぎゅっと握り締める・・・ (・・・信じる・・・。私は私を信じる・・・) 「・・・よし!!」 気合を入れて、光は最初の店の事務所に入っていく・・・ 一件目は運送会社。 事務を募集していという・・・ (事務なら・・・。接客は特に重視されることはないよね・・・) そう思った光。 「あの・・・。先ほどご連絡した横山です」 「えっ・・・。あ、貴方が・・・」 担当者は光の顔を見て一瞬、言葉がつまった 「・・・。あ、ど、どうぞ。そこへ・・・」 こういうことは慣れている 慣れているけれど・・・ (やっぱりチクってするな・・・) 光は胸の痛みを抑えて緊張した面持ちで履歴書を見せる。 「・・・」 履歴書の写真にも”う・・・”と言わんばかりの表情を浮かべられる。 「・・・。あ・・・あの・・・。横山さん・・・。何か資格とかは・・・お持ちですか」 「・・・特には・・・。あ、で、でも教えていただけたら一生懸命覚えます。 接客は苦手ですけど頑張りますから・・・」 担当者はため息を一つついて履歴書をスッと光に返した。 「・・・。うちは仕事を”教える”所じゃない。すぐに ”できる”人間を探してるんです。それに・・・。事務でも接客は あります。・・・その・・・。言いにくいんですが”それ相応” の服装の”人間”ではないと・・・。うちはコンビにじゃないので・・・」 光は白いジャケットに白いパンツルック・・・ 後ろの社員たちのくすくすっという笑い声が聞こえた・・・ 「・・・。わかりました・・・。お手数かけました・・・」 光は担当者に一礼して事務室を出て行く・・・ パタン。 扉を閉めたとたん、光の耳に入ってくる声・・・ 「ねぇ、見た・・・?あの子・・・」 「ええ。可哀想だけどなんか笑っちゃった。ねぇ専務、 まじめそうな子だったじゃないですか。どうして断ったんです?」 「・・・。うちの会社にだったな”品格”ってもんがあるんだ・・・。 特別綺麗な女の子とは言わないが”アレ”じゃあな・・・。フゥ・・・。なんか 気疲れしたぞ・・・。傷つけないように断るのに」 「そうですよねぇ。一緒に働くとなったら顔のことに触れないようにって こっちが気を使って付き合いづらいですよねぇ・・・」 (・・・) 『キモい』 『怖い』 そんな台詞より 遠まわしの言葉の方が辛く響く・・・ 目のキワにじわりと浮びそうになる涙をグッと堪え光は次の面接に 行く (・・・ダイジョウブ・・・。きっと信じていればきっと・・・ダイジョウブ・・・) プリズムを握り締めながら唱える光・・・ 2件目はお弁当会社。 ここなら同じ内容の仕事だし光も自信があった。 現にそこの担当者は外見的なことは関係ないと言ってくれた。 だが・・・ 「・・・。・・ねぇ・・・。偏見はするつもりはないけど・・・。 貴方も片親らしいし・・・」 外見のことで何か言われることはあるし 今更深く傷つくこともないが 家族関係のことで断られるのは初めてだ。 「・・・わかりました。もう結構です・・・!」 母親のことを言われ、さすがの光も頭に血が上った。 自分のことならばただ、ショックなだけだが 身内のことを見下された言葉には怒りがこみ上げてくる (・・・あんな会社・・・。こっちから願い下げだ・・・!) だがこの怒りは 母のことを言われたことだけじゃない 思うようにならない厳しい現実に対しての 足掻き・・・ 3件目の自動車部品工場。 ”できれば経験者がいいんだな・・” 門前払い 4件目の定食屋の厨房の裏方も・・・ ”うちは食べ物を扱ってるところだから・・・。ごめんなさい” 光の顔を見るなり食堂の扉を閉められてしまった・・・ 「・・・」 全て 全て 断られ続けた・・・ 日が暮れる頃には・・・ 求人情報誌は・・・赤の蛍光ペンのペケ印だらけになってしまった キィ・・・ 公園にヒトリ。 ブランコにすわり太陽をぼんやりながめる光・・・ 断られ続けたのは 初めてじゃない それに今日一日で見つかるなんて思っていなかったし・・・ 心の痛みも さほどでもない・・・ (・・・って思ってたのに・・・) 光はプリズムを取り出し夕日に照らしてみる・・・ 三角形のオレンジ色の光が・・・ くるくるまわってる・・・ くるくる・・・ くるくる・・・ ”信じろ・・・。自分を信じろ・・・” (・・・うん・・・。・・・うん・・・) 耳の奥に残る声に返事をする・・・ ”信じろ・・・” (うん・・・うん・・・) そう頷く頬に・・・ 一筋オレンジ色に光る粒が流れた・・・ その日の夕食。 女3人の食卓。 和食が多い横山家のテーブルには煮魚がおいしそうに並べられた。 「んもー。明日からマックでバイトすることになった っていうのに煮魚なんて会わないよ」 妹の一恵。 バイトの面接が一発で通り、上機嫌だ。 「あんなあぶらっこいモンのどこがうまいのかねぇ。日本人はコメを食べなきゃ」 登世子はにっころがしをほう張りながら話す。 「店長さんがね、あたしの笑顔、超可愛いってさ。それが一発採用の 理由よね」 「・・・。そりゃあたしの子だからねぇ」 「ふふ。そういうと思ったー。でもー。お姉ちゃんだって 素材はいいんだから。いい男のお父さん似で」 光たちの視線は座敷の置くの文壇に行く。 父親の写真。 「女のあたしから見てもいい男よね・・・髪もっと短く切ったらお父さんそっくり。 きっといい女になるよ。おねえちゃん!」 「そんなこと・・・」 「それよりお姉ちゃんこそ、面接どうだった?」 ケロッとした顔で患部に話題をふる妹。 下手に気を使われるのも嫌だけどでもこうもあからさまだとやっぱり キツイものがある 「・・・全滅だった。」 「・・・おねえちゃんさー。厳しいこというようだけど、もう少しお洒落とかある程度 可愛くなる努力しなきゃ。”人間は外見じゃない”って 周囲に納得させるほどの器、大きくなくちゃ」 「・・・そうだね」 「・・・」 何事にも物怖じしない性格の一恵。顔の痣のことで姉の光がどうしても後ろ向きな思考 パターンになるは仕方ないと思いつつも やっぱり弱気な姉を見ているともどかしくなる 「私のトモダチでもさ・・・。鼻が丸いとかいって整形するからお金 貯めるってにバイトしまくってるんだ・・・。整形するのがいいか悪いかは別にしても そのトモダチは努力してるってあたしはおもうんだよね」 ヒレかつをばくばく食べながら話す。 「努力か・・・。そうだよな。一恵の言うとおり甘えは捨てなければ・・・」 いつもなら一恵の辛口攻撃にも じゃれ合うように反撃してくるのにやけに神妙の光のリアクションに 一恵は少し驚いた。 「お姉ちゃん・・・。どうしたの。何かあったの?」 「ちょっと疲れただけだよ。あ、あたしの分のカツ、食べていいよ。 愛しき妹から頂いた叱咤激励のお礼さ」 「う、うん・・・」 光はそういうと自分の残りのカツを一恵の皿に のせた。 「ごそうさま。母さん、悪いけどちょっと眠ってくるよ」 「・・・ああ」 光が席を立って皿と茶碗と箸が切なく テーブルに残された・・・ 「・・・。やっぱり・・・。堪えてるのかな・・・。あたし、調子に乗って 言い過ぎたこも・・・。自分がバイト即採用で浮かれて・・・」 心配そうに階段を見上げる一恵。 それとは対照的に登世子は済ました顔で漬物をぽりぽりと噛む。 「お母さん。母親なんだからもっと励ましたりしてよ。フォロー してくんなきゃ・・・」 「・・・。アタシは何もくちださない。あの子の人生なんだからね」 「だけど・・・」 一恵としては悪気がなかったとはいえ、姉に対してかなり なまいきなことを言ってしまったと後悔しており・・・ 「それより。アタシはバイトなんて許可してなからね」 「えっ。だって面接していいって・・・」 「『面接』だけさ。働いていいとはいってない。それにね。バイトする理由も聞いてないんだよ」 ギクリ。 一恵は目が泳いでいる 「お小遣いが足りないわけじゃないだろう?理由を聞かない限り 許さないからね」 「お母さんってばー・・・」 器量よしと昔から一恵は近所でも評判。そのせいか ちょっとおたかく止まる性格に育ってしまったと、登世子は気にしていた。 根は優しいのだが、気の強さが玉にキズと・・・ (器量よしと根性なら光だって負けてないさ) 姉妹そろって道を歩いていても人は一恵の事ばかり褒める。 光は遠慮して無理に笑って引きつり笑いが得意になってしまった (世の中があの子を受け入れてくれなくても、あの子はちゃんと自分の足で 歩いていける。ちゃんと道を見つける・・・。アタシはそれを信じたいんだ) 励ますことも 叱ることも 言葉をかけるのは簡単だ。 だけど黙って見守ることは・・・ (親しかできない。本当のあの子が辛くて死にそうなときは・・・ 全力で支えるさ) 母のそんな想いは・・・ 光にちゃんと伝わっている。 大好物のカツを忙しい会社を早退して沢山作ってくれたから・・・ 仏壇から娘フタリを見守っている写真を見つめる。 亡き夫・光一郎の写真・・・ (口下手だけど・・・強い意思を持ってる・・・。アンタのように 光は・・・) 鏡台の前に座り光は呟いた ”お姉ちゃんだって努力が足りないのよ。お化粧とか洋服とかさ・・・。 できる範囲でいいからおねえちゃんなりにやってみなよ” (・・・) カタン・・・ 鏡台の引き出しを開けてみる・・・ その中には 高級化粧品がいくつもしまってある・・・ 敏感肌に効くと言うローション 厚めに塗れば顔のしみやそばかすを消せるという ビタミン配合のファンデーション・・・ect・・・ 高校のとき、光が通販で買いあさった化粧品たち。 ヒステリックなほど買いあさった。 (半分つかって半分のこして・・・結局中途半端だったんだ。心も体も・・・) プロのメイクに頼めばきっと女の人は皆綺麗になれる。 痩せれば可愛い衣服を着て楽しむことも できる。 人生が明るくなれたなら、 前向きになれたなら きっとそれは素敵なことだ。 とってもいいことだ でも 心を変えることは 簡単じゃない。 お金だけじゃ変われない。 心に化粧はできない (綺麗になるよりもっと根本的な部分で変わらないと・・・。意味がない・・。 あたしは強くなれない・・・) 机の上のサボテン。 店じまいする直前の花屋の軒先にポツンと 置き去りにされていた。 ”あの・・・。これ、もらっていいですか?” ”ああ、いいよ。どうせ世話しても根腐れ起こしてるから 枯れてしまうよ” ”いいです” 小さな白いプランターに光は移し変え、肥やしをやり 一ヶ月育ている。 花屋の言葉どおり花も咲かないし サボテンは少し茶色に変色してきている (最後までわからないじゃない。明日、花が咲いているかもしれない。 諦めたくない) 光はそっと労わるように静かに サボテンに水をやる・・・ 最後の最後まで。 根っこが一本でも元気ならまだあきらめちゃいけない。 植物は人間が思うほど弱くない。 枯れても元に戻る力を持ってる。 少し人間が手助けして水をやり、養分をやれば 元気になる力を持ってる (信じればきっと・・・。きっと・・・) 「・・・スー・・・」 プリズムを握り締めて・・・ 疲れたからだは直に光を眠らせた・・・ チュンチュン・・・ ぴょんと跳ねた前髪・・・ 時計の針は・・・ (・・・6時・・・。すわったまんまねたのか・・・) 「ふぁあ・・・」 背伸びして深呼吸・・・ 朝の空気は澄んで・・・ カーテンを開ける。 窓辺のサボテン・・・ 昨日となんの変わりもない 花らしきものはない (やっぱり急に花をつけることなんて・・・。ドラマでもないかぎり・・・) あきらめかけたとき・・・ (あ・・・。新芽だ) 棘の間に・・・ 小さな白い芽が・・・ (・・・このサボテンはまだ生きてる・・・) 小さな変化。 だけど確かに昨日とは違う変化だ・・・ 「そうだ・・・。可愛くなろうか」 光は黄色のリボンを取り出し、丸い小さなサボテンに くるりっとまきつけた 「ふふ・・・お洒落さん。きっと可愛い花、咲くよね。きっと・・・」 根っこが腐ってなければ 新しい芽は必ず出る。 小さなサボテンはにこっと笑うように窓辺で 朝日を浴びる 「今日も・・・。頑張るかな・・・」 サボテンの横にプリズムを置き光は部屋を出た・・・。 プリズムが朝日に反射する・・・ 窓辺のサボテンとプリズムは 面接を受けに家を出て行く光をそっと 見送っていた・・・