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シャイン
〜新しい何か〜
光の家のポストに一通の手紙が投函された
真っ白の透明の封筒に水色の便箋・・・
宛名は
(あ・・・。晃からだ)
晃の祖母に会ってから
3ヶ月・・・。何度かメールを送ったが返事が来なく気にしていた・・・
光は急いで封を切った・・・
(・・・。綺麗な字だな・・・)
細くしっとりした字・・・。女性のような字だった
(え・・・)
最初の一行・・・
『ばあちゃんが・・・。2ヶ月前に逝ったんだ・・・。だから
メールの返事もできなくてごめん・・・』
(晃・・・)
唯一の肉親だった祖母・・・
掛け替えのない家族を失った
浜辺で白髪の祖母の髪を丁寧に優しく・・・結っていた晃・・・
晃の悲しみを
波の音と一緒に想い、浮かべる・・・
『・・・泣いてもいられない。オレはオレの自分の夢を果たさなければ・・・』
(晃の・・・夢・・・?)
『移動美容室。オレの新しい職場だ。たった一人きりだけど・・・』
(移動美容室・・・?)
『それで・・・。突然こんなこと言うのは筋違いだってわかってるけどお願いがあるんだ』
(お願い?)
『・・・オレの仕事を手伝ってほしい・・・』
(え・・・)
晃の申し出に光は驚く・・・
『・・・一度会いたい。新しい携帯のアドレス書いておきます。また連絡・・・くれたら
嬉しいです 真柴晃』
パサ・・・
手紙を机に置きベットに寝転がる光・・・。
晃の手紙の横に面接の『不採用』結果通知が・・・
(・・・手伝って・・・か・・・)
光は目を閉じて思い出す・・・
砂浜で祖母の髪を結う晃・・・
労わるように細い白い髪に櫛を通す・・・
祖母のあの嬉しそうな幸せそうな顔を・・・
(・・・)
光は携帯を取り出し、晃の手紙のアドレスにメールを打った・・・
『詳しく話しが聞きたいです。今度の日曜会えませんか・・・?』
と・・・
「何事も。前向きに。そう・・・。きっと何か見つかるかもしれない・・・」
不思議に
光はそう感じていた・・・
「そんな。お姉ちゃん。一体どういう神経してるのよ!」
次の日晃のことを登世子と一恵に話した。
納豆を混ぜながら
一恵はかなりご立腹。
「お姉ちゃんに火傷させた相手を手伝うって・・・。そんなおねえちゃん
プライドってもんがないの??」
「・・・プライドなんて・・・。晃君は悪い人じゃないよ。私をアパートの火事から
助けてくれたんだ」
「それとこれとは話しが別でしょ!!それもお姉ちゃんが職探してるの知ってる
みたいに、つけ込むみたいに・・・」
「ともかく話だけ聞いてくるよ。んじゃごちそうさま」
「あ・・・。おねえちゃ・・・」
バタン・・・。
正義感が人一倍つよい一恵。光のキモチがわからない
「お姉ちゃんヒトが良すぎるよ・・・」
「そうかね。あたしは長所だと思ってるけどねぇ。あんた、納豆まぜすぎ」
苛苛しながら一恵は納豆が泡だらけになるまで混ぜ続けた・・・
「えーっと・・・。携帯の住所だとこの辺りなんだけど・・・」
街から少し離れた住宅地。
田んぼや雑木林があちらこちらにあって
緑深いところだ。
(事務所の住所って行ってたけど・・・。農家みたいなおっきな家ばかりだな・・・)
純和風の瓦屋根。
蔵などあったり”美容院の事務所”とはかけ離れている建物ばかり・・・
(えーと2番地10−8・・・。ってここ・・・?)
茅葺の屋根・・・
庭ではにわとり小屋、畑があってなすびやらきゅうりやら小さな菜園が・・・
ギィィーーーンー・・・。
電動のこぎりの音が響く
(・・・ここか・・・?番地はここのはずだけれど・・・)
恐る恐る庭に入っていく光・・・
麦藁帽子をかぶって板を切っている人が・・・
(ここの家の人かな。おじいさんかな)
「あ・・・。あの・・・。すみません。ちょっとお伺いしますがここは
真柴さんのお宅でしょうか?」
「・・・」
何も応えない・・・。
光は思わず頑固なおじいさんなのかと思って緊張する。
「あ・・・あの・・・」
「間違いなく。ここはワシの家じゃよ」
麦藁帽子を取るとその人は・・・
「あ・・・。晃・・・!?」
「オレ。爺さん似なんだ。フフ」
晃は少し悪戯っぽく笑った。
「・・・爺さん似って・・・。からかうなよ。ところで何作ってるんだ?」
「看板さ。オレの新しい”城”のな。ほら」
いい香りのするひのきの板にペンキで
『夕顔』と・・・
「それ・・・。お店の名前?」
「ああ・・・。ばあちゃんが夕顔の花好きだった・・・。だから・・・
ガキっぽいか?」
「ううん。いいと思う」
「・・・そうか。よかった・・・。とにかく中入って。お茶だすから・・・」
縁側から光は座敷にあがった・・・
一面畳。
客間というべきか12畳ほどある部屋が二つ襖が取り外されて
とにかく広い・・・
(あ)
掛け軸が掛かっている柱の下・・・
小さな位牌と線香が・・・
「光、麦茶でい・・・」
晃がお盆にコップと麦茶を持ってくると光は
正座し、位牌の前で手を合わせ深く深く参っていた・・・
(・・・光・・・)
光の横顔をじっと見つめる晃・・・
目を閉じた光の横顔は・・・
とても
穏やかに見えた・・・
「あ・・・。ごめん。勝手に・・・」
「いや。ばあちゃんに御参りする
人間・・・オレしかいねぇ・・・。きっとばあちゃん喜んでる」
晃はタオルで顔を拭きながら、麦茶をコップに注いだ。
ちりりん・・・
風鈴が風になびいて奏でる・・・
「・・・。気持ちいい風だ・・・。ここ・・・。晃のおばあちゃんが住んでたの・・・?」
「ああ・・・。ばあちゃんが生まれた家・・・。そしてよく遊びに来てた・・・」
晃は懐かしそうに天井を眺める・・・
「・・・本当はここは取り壊される筈だったんだ・・・。けどどうしても遺したくて・・・。
それでリフォーム大作戦ってな・・・」
「器用なんだな・・・。でも・・・。こんな気持ちいい風が入る家がなくなるのは
寂しい・・・」
光は麦茶を一口含んだ・・・
3ヶ月ぶりにあったのに
祖母が亡くなってもしかしたら晃は
気落ちしているんじゃないかと光は思っていたが
爽やかな晃の表情に少しほっとした・・・
「・・・。光。突然すまなかった・・・。勝手な頼みだってわかってるのに・・・」
「・・・」
少し沈黙してから光は立ち上がった
「・・・。ここに吹く風・・・。あの海の風と似てる・・・」
「光・・・」
光は目を閉じて静かに吹く風を感じる・・・
少し伸びた光の髪・・・
「・・・髪・・・。伸びたな・・・」
「あ・・・。うん・・・」
光をじっと見つめる・・・
「・・・。じゃあ・・・。切ってもらおうかな」
縁側・・・
気持ちいい庭石に足をおいて
新聞紙を敷き、
晃は静かに光の髪を櫛ですくう・・・
シャキ・・・
シャキ・・・
涼しげな
透明なハサミの音・・・
襟足に晃の指が触れる・・・
晃の指先は冷たいけれ・・・
だけど優しい・・・
シャキ・・・
「・・・。晃の美容院て・・・。どんな美容院なんだ・・・」
「・・・街の中の美容院は・・・。お客様が来てくれるのを待つだけだ・・・。
けど美容院に来たくてもこられないお客さまが・・・いる・・・」
晃の祖母のように
病院や家のベットから動けない人
美容院という場所自体、苦手な人・・・
健康な人間が当たり前の当たり前の日常でも
それが不可能な状況で生きている人たちが沢山いる
「流行の髪型だの化粧だの・・・。そんなものはいらねぇ・・・。
お客さまが望む”綺麗”をオレは・・・。手がけてたい・・・」
「・・・」
光は黙って聞いている・・・
シャキ・・・
シャキ・・・
毛先を揃え終わり
はさみをおく晃
「・・・。晃のハサミの音・・・。とっても優しい音だね。心地よかった・・・」
「・・・光」
「・・・。なんかずっと聞いていたい・・・。晃のハサミなら
”綺麗”にしてあげられる。きっと・・・」
光は立ち上がり晃に手を差し出した。
「・・・。雑用ぐらいしかできないけど・・・。お手伝いさせてください」
「光・・・」
「・・・私も何か始めたいんだ。新しい何か・・・。新しい何かを・・・」
晃は
「・・・ありがとう・・・。正直・・・断られると思ってたんだ・・・」
「・・・。晃がいう”本当の綺麗”を私も知りたい・・・。・・・新しい何かを見つけたいんだ・・・。
新しい何か・・・」
光は立ち上がり縁側
の風を感じる。
「風・・・。もっと通さなければ・・・。後ろ向きな自分に風穴あけなきゃ・・・な・・・!」
ちりりん・・・
切り立ての光の前髪・・・
ふわっと舞い上がり・・・
火傷の痕が顔をだす
(光・・・)
「本当・・。ここ・・・いい風はいるなー・・・」
「ああ・・・。本当に・・・。元気をくれる風だ・・・」
二人は深呼吸する・・・。
「じゃあ・・・。とりあえずよろしく。社長」
「ああ。こちらこそ。よろしく」
握手・・・
光の穏やかな微笑みに晃は深い安堵感を感じる・・・
「・・・。店の名前・・・。変える」
「え?」
「・・・『シャイン』みなの小さな欠片が輝きますように・・・」
「・・・ぷっ」
思わず吹き出す。
「・・・。笑うなよ。真面目に考えたってのに」
「ごめんごめん・・・。つい・・・でもいい名前だと思う」
「ああ」
「がんばりましょう。社長!」
バシッ晃の背中を叩いた
(痛い・・・(汗))
光が笑う回数が増えたな・・・と思う晃・・・
”小さな欠片が輝きますように・・・”
それは光へのメッセージだった
「光」
「はいはい」
「ありがとうな」
「・・・うん・・・。こちらこそ・・・」
チリン・・・
風鈴が
二人の頬に風を運ぶ
新しい出発として・・・