>
「という訳で、晃くんの助手をすることになりました」 「というわけでって・・・。お姉ちゃん。本当に決めちゃったの!??」 いつものように朝から賑やかな横山家の食卓。 納豆をしゃかしゃか混ぜてご飯にかける光。 「ったく・・・。自分に酷い仕打ちした男と一緒に仕事なんて・・・」 「あ・・・!!一恵!!にきび発見!」 一恵の目じりを指差す光。 「えッ!!嘘ッ!!!」 コップを鏡代わりに目じりチェックする一恵。 「うっそだよーん。んじゃいってきマース!」 光は大根のつけものをくわえたままバック一つ背負い出て行く・・・ 「・・・お姉ちゃん。なんかキャラ変わったような・・・」 「ま。女はいつでも一皮むけるもんさ。ふっきれたんだろうよ」 「ならいいんだけど。ま・・・。でもさー。お姉ちゃん、Tシャツにジーンズに帽子って 尚のこと男に間違えられるよ」 「でも”いい男”さ。あたしの惚れた男の娘だものねぇ・・・」 光は最近ますます父親に似てきた。 無口でどちらかというと無愛想な方だった。 だが時折みせる優しさといざというときの根性はきっと光も受け継いでいる 登世子は光が”自分が行くべき道”を掴みかけている のだと見守った・・・ 「わぁ・・・。本当に”美容室”だ」 出勤・・・といえば大げさになるが出勤初日。 光が事務所兼晃の住居に行くと客間があっという間に小さな美容院になっていた。 砂壁は塗り替えられ白で鏡と 椅子一つ・・・ その椅子も手作りのようで 背もたれが木目がきれいだ・・・ 隣の床の間は事務所というか机やパソコン、 ファックス、書類棚・・・ 「これ一式どうやって・・・」 「ああ。友達からもらった物やあとはリサイクルショップなんか・・・。 この家を買い取って改装した資金で退職金全部つかったからな・・・」 「・・・すごいね。なんかあたしなんか手伝いあるのかっておもうくらい・・・」 ひとりで全て買い揃え、家を改装した。 (美容師の資格だけじゃなくて大工や塗装の資格なんかもってるんじゃないか) と思うほど。 「光にはまぁ・・・。電話の受け継ぎや事務的なこと全部お願いしたいんだ。地味かもしれないけど・・・」 「仕事に地味もカッコいいもないよ。必要な仕事をする。ただそれだけさ」 カチカチ。 光はパソコンのスケジュール表を見つめながら話す・・・ 「あたしは3年近くかな。工場でベルトコンベアーで流れくるお弁当箱に おかず詰めてきた。おんなじ作業で同じ動作。日の目を見るような 派手さもないし、華やかさもない。でもこのお弁当を誰かがどこかで食べてくれてるんだって 思うと・・・。単純作業も全然違うものになってくるんだ・・・」 パソコンの使い方の本を見ながらマウスを動かす光・・・ 何事も考えようだ。 自分になんとなく合わないと感じた仕事だとしても そこには何か、絶対に何か”意味”があるはず。 仕事をこなして 意味ができあがるのだ。 「・・・なんか頼もしくなったな・・・。心強いよ」 「晃・・・」 「正直、自信なかった・・・。”移動美容室”って独立して偉そうなこと言ってるけど 資金繰りとか結構シビアでな・・・」 ポケットからハサミと櫛を取り出す晃。 「・・・シビアな現実ほど開拓する意欲が湧く。あたしは晃のように資格も夢もないけど・・・ なんていうのかな、”ぶつかっていきたい”そんな意欲が すごく感じてる・・・。やる気だけだけど・・・」 「光」 「・・・きっかけをくれたのは晃の一言だっから」 アパートが火事になったとき ”信じろ・・・!!” そう言って 光の受け止めてくれた 「・・・。今年のテーマにしたんだ。”自分を信じる”って・・・って。大げさだけど・・・」 「いや・・・。立派だよ。よかった・・・。よかったよ・・・」 晃の”よかった” それは罪悪感から出たものかもしれない。 でも光は素直に受け止めようと思った。 (もう・・・。マイナスな思考はやめる・・・。誰かのせいにしたり 何かのせいにしたりすることはもう・・・) 俯く癖があった光。 今は顔をあげて前を向く・・・ 「よし、じゃあ頑張ろう!!」 光と晃は軽快に手を打ちあった・・・ 『移動美容室』 世間ではあまり知られてはいないし、需要もあまりないカテゴリー。 だから定着させていくことは長い時間と実績が必要だ。 「・・・あのさ。考えたんだけど、自宅療養している人って結構パソコン持ってると 思うんだ。ということはインターネットもしてるはずで・・・」 覚えたてのパソコン知識で光はホームページを作ってみた。 「インターネットでお店の宣伝もできるし、それに予約の指定も気軽にいれられる。どう・・・かな」 「・・・いいんじゃないかな。光の思うとおりにしてみてくれ」 「うん・・・。あ、じゃなかったはい、だよな。晃は社長なんだから」 「だから。その呼び方はやめろって」 「はい、社長」 予約はほとんどまだ入らない。 けど光は毎日が新鮮だった。 けど毎日、あれもしてみよう、これもしてみよう・・・ 楽しくてたまらない。 「・・・介護講座受けてみようかな」 「え?」 光と晃。 病院や老人ホームへ送る店の紹介する葉書の 宛名を書きながら話す。 「病院や老人ホームをメインにして活動していきたいと思ってるのなら お年寄りへの接し方や介助の経験があったほうがいいし、それもPRになる」 「光・・・。大丈夫か?オレはすごくありがたいけど・・・」 「・・・実行すると決めたらしなくちゃね。やるとなったらやらなくちゃ。 あたし・・・。変わりたいんだ。それが大切・・・。そう言ったの晃だろ?」 「ああ・・・。其の通りだ・・・」 光の変化に 晃は心の底から安堵した・・・ 「光」 「何・・・?」 「・・・ありがとう。本当に本当に・・・。ありがとう・・・」 晃は何度も頭をさげて呟く・・・ 「やだな・・・。そういう堅苦しいのはもうなし! あたしは今の自分、好きだから・・・。だから晃ももう、 そういう申し訳なさそうな顔するのやめ!!わかった??」 「・・・。ああ。わかった」 「よし、じゃあ、今日中に葉書宛名書き300枚、しあげよう!」 チリン・・・。 縁側の風鈴が 優しく揺れた・・・。※いくつかの問い合わせの電話はあったもの、 予約の電話は一向にはいらない。 だが晃も光も決して落ち込んでいない。 「・・・近所のおばあさんの家?」 「ああ。去年階段から落ちてベットに寝たきりになったおばあさんがいるんだ。 オレもよく可愛がってもらった。そのおばあさんが金婚式を向かえるんだ」 そこで、晃に家まで来てもらって着付けと髪結いをしてほしいと たのまれた 「そっか・・・。最初の仕事だね。なんだか素敵な依頼って気がする」 「・・・光も一緒に来るだろ」 「あ、でも電話番が・・・」 「留守電にしとけばいいさ。それに女の子がいたほうが、おばあさん安心すると思うんだ 頼むよ」 晃は道具箱を光に託す ”頼む” なんだかその一言が 自分が必要とされてるって少し感じられ・・・ 光の心に響いた・・・。 (・・・。勝手な思考だけど・・・) たった一言が 力を与えることもある・・・ 「あらまぁ。晃ちゃん!立派になってぇ〜・・・」 割烹着姿の女性が広い玄関に出てきた。 どうやらこの家の嫁らしい。 「お久しぶりです。連絡、ありがとうございました。 早速伺ってしまって・・・」 「なーに言ってるのぉ!ばあちゃんが晃ちゃんに髪綺麗にしてもらえるって 朝から待ってるのよ!ささ、入って入って。そちらの 男前なお兄さんもどうぞどうぞー」 「・・・お、おじゃまします(汗)」 いちいちとりなすのも面倒な光。 それにしても 家の住人の出迎えぶりに 晃の子供の頃の様子が伺える。 光が知っている晃の幼い頃といえば・・・ 冷たい視線 近寄りがたい印象しかない (本当におばあちゃんっ子だったんだな・・・) そう思いながら床の間に案内される 「トキばあちゃん」 「あき坊・・・」 大きな介護用のベットがたたみの真ん中に置かれ ベットには瘠せたおばあさんが静かに晃を待っていた。 「あき坊・・・。でかくなったねぇ・・・。もっと顔を見せておくれ」 「ばあちゃんも昔と変わらず美人だよ・・・」 晃はおばあさんの細く血管が浮き上がった手をそっと握った。 光が知っている冷たい瞳に晃とはまるで違う。 優しさやいたわりを兼ね備えて 自分の夢を確かに持つ前向きな若者。 (・・・今の晃が・・・本当の晃だと信じたいな) おばあさんと晃の雰囲気を感じながら光はそう思った。 「今日はばあちゃんとおじいちゃんの結婚記念日なの。ほら これ見て、あき坊」 この家の嫁が布団をとった (わぁ・・・) 紅色の着物が着たおばあさん・・・ 紅色の着物には二匹の鶴の絵が描かれていて・・・ 「これね。お義母さんの花嫁衣裳なの。50年以上たつんだけど・・・。 ずっと大切にしまわれていたから生地も痛んでいないのよ」 「本当だ・・・。きっとトキばあちゃんが大切に丁寧に手入れしていたんだな・・・」 晃は優しく微笑んだ。 「・・・。二匹の鶴・・・。これはトキばあちゃんとじいちゃんなんだな」 「・・・。安月給だったおじいさんが・・・。借金して買ってくれたんだ・・・。 ワタシの宝物だ・・・。棺おけの中には絶対に入れておくれって いつも定子さん(嫁の名前)に言ってるんだ」 「やなこといわないでくださいよ!今日はめでたい日なんだから・・・」 嫁は割烹着の裾で目頭を拭いた。 「ばあちゃん。今日は綺麗になろうな・・・。きっとじいちゃんが見てる」 「・・・。おじいさん。めかしこんだワタシみたら 惚れ直すかねぇ?」 「惚れ直すほどいい女にしてやるさ。まかしとけ」 晃はおばあさんの体を抱き上げ、車椅子に乗せ、 鏡の前に静かに止めた。 「さぁ・・・。ばあちゃん。いい女にしてなろうぜ・・・。しばらく目、閉じててくれ 」 (あ・・・晃の顔つきが・・・変わった) おばあさんの髪をすっと手で掬った瞬間 優しい穏やかだった晃の表情が一変する 鏡の中の晃は 真剣そのもので・・・ 黙し ただひたすらに 変えていく (あれが・・・”美容師・晃”の顔・・・。なんだなぁ・・・) 客が望む”綺麗”に一歩でも近づける 全霊、刃先と櫛、そしてメイク道具を通して 相手に伝えてるんだ・・・ 「ばあちゃん・・・。白粉つける。雪みたいに綺麗だよ・・・」 晃はそう呟きながら おばあさんの頬に白粉を指の腹でゆっくりぬっていく・・・ 昔の女性の化粧といえば 白粉と紅と眉染めぐらいしかなかった だけど たったそれだけで 女性は変わる。 好きな男のため 大人の自分を感じたいから どれだけ年をとっても 幼くても・・・ おばあさんの口に紅がさされる・・・ 細い筆て晃はしっかり紅色の唇に仕上げていく・・・ 「・・・ばあちゃん・・ ゆっくり目を開けてくれ・・・」 おばあさんは静かに目を開ける・・・ 「お義母さん・・・。美人になったわよ・・・」 髪はすっきりとピンで止め、 一つにまとめ・・・ 眉をカットしまっすぐな線を描きなおした。 頬のしみと青白い顔色は白粉と 肌色に近いファンデーションで自然な色を醸し出す・・ 口紅をひきたたせるために 「・・・。あき坊」 「なんだ・・・?」 「・・・。鏡の中にいるのは・・・ほんまにワタシかねぇ・・・」 「ああ。ばあちゃんさ。50年前、ここへ嫁いだときの・・・」 おばあさんは晃の手をぎゅっと握った・・・ 「あき坊・・・。綺麗にしてくれてありがとう・・・。嬉しい。ワタシはほんまに うれしい・・・」 「ばあちゃん・・・」 おばあさんは何度も何度も晃に頭を下げてありがとうを 繰り返す・・・ 「・・・お義母さん。あんまり泣いたらせっかくお化粧が崩れますよ・・・。 さ。背筋を伸ばして顔をあげて・・・!おじいさん、天国かってしまうわよ」 嫁は鼻をすすりながらおばあさんに亡き夫の遺影を持たせた 「さ・・・。お義母さんとお義父さんの50年目の結婚写真とらなくちゃ・・・」 「そうだよ。ばあちゃん。とびきりの美人になるためには笑顔・・・。 笑顔が一番の化粧なんだから」 晃と嫁の言葉におばあさんは穏やかに微笑む・・・ 「さ、お義母さん、わらって笑って・・・」 嫁がおばあさんにレンズをむける そのときあるものが光の目に入った。 (・・・あ・・・!) 「ちょ・・・ちょっと待ってください!」 「光・・・?」 「あ・・・あの。お庭のシーツとスズラン拝借してもよろしいでしょうか・・・?」 「え・・・。ええぇかまわないけど・・・」 (光・・・一体・・・) 光は白いシーツを三角形におり、ヘアピンで頭巾のような形をつくった。 そしておばあさんにそっとかぶせた・・・ 「・・・。やっぱりこれがあると花嫁さんらしくなると思って・・・」 さらに包装紙で束ねたスズランを持たせた・・・ 「ブーケのかわり・・・。スズランの花言葉は純潔・・・。トキさんと 旦那さんの50年の結婚を表現して・・・。なんて柄じゃないですけど・・・」 おばあさんはにこっと笑ってスズランをうけとってくれた 「ありがとう・・・。本当に50年前に戻ったみたいだ・・・。本当に・・・」 スズランに 透明な雫が落ちる・・・ 「おじいさん・・・。ワタシは本当に幸せだ・・・。おじいさん・・・」 遺影を愛しそうになでる・・・ 「さぁさ・・・。お義母さん・・・。お義父さん。笑って・・・!」 パシャり・・・ 白無垢とスズランに包まれた 花嫁は 五月晴れの空の雲より 白く輝いた・・・※「トキおばあさん。本当に穏やかな顔してた・・・」 事務所にもどった光と晃。 おばあさんの花嫁姿写真をじっくり眺めていた・・・ 「光。初仕事お疲れ様」 晃は光にコーヒーをいれた 「・・・。・・・やっぱりすごいな。晃って」 「え・・・?」 「お化粧一つで・・・。トキおばあさんを50年前の笑顔に変えるなんて・・・。 すごいよ。とても素敵で尊い力持ってる・・・。トキさんの笑顔みて思った・・・」 あたたかなコーヒーを ひとくち飲み、息をつく光・・・ 「・・・褒めすぎだよ。あの笑顔は・・・。もともとトキさんが 持っていた心さ。おれは”きっかけ”を作っただけ・・・」 「そのきっかけが人にとっては大切なんだ・・・。前向きに・・・希望をもつ ”きっかけ”を掴むのは本当に難しいから・・・」 (光・・・) 小さなきっかけさえあれば 人は変われる 明るい日差しを感じられる・・・ 晃もある少女に ”変わる切欠”をもらった だがその”代償”はあまりにも大きく哀しく 少女から希望を奪ってしまった・・・ 「あ・・・。もうこんな時間だ。バスの最終そろそろだから行くよ」 リュックを背負って帽子をかぶる光。 「光」 「ん・・・?」 「光・・・」 晃は何か言いたげな少し切ない瞳で光を見つめる・・・ 「・・・。いや・・・。いいんだ。お疲れ様。明日もよろしく」 「うん。じゃあおやすみ」 「おやすみ・・・」 ガラガラ・・・ バタン・・・。 玄関の引き戸の音が響く・・・ (光・・・) あの日の少女。 自分の愚かな行いで少女の消えない深い傷と痕をつけてしまった 思春期に お洒落したいと思う当たり前の心を奪ってしまった ”人が前向きになるきっかけを与えてくれる” (・・・。オレに『きっかけ』をくれたのは・・・。光だ) だがそのきっかけの代わりに少女に返した代償はあまりにも 深い 深い傷と闇 (光がもっと前を向いてくれたなら・・・俺は) 初夏。 晃が見上げた夜空は 少し早いが天の川が流れ 小さな星々が晃の問いかけに応えるように光った・・・