シャイン君を見ていた
”熱い・・・。熱いよーーーーー!!助けテェ!!!”
頬を押さえ地面を這いずり回るあの子の姿・・・
忘れられない
”もう・・・。火遊びしちゃ駄目・・・。絶対駄目・・・。今度は
君が燃えちゃう・・・”
痛みを抑えながら言ったあの子の笑顔が忘れられない
あの子はどうしているだろう。
オレのせいで
背負わせた傷・・・
あの子は笑顔でいるだろうか
あの子は
この眩しすぎる太陽の下で
どんな心で
生きているのだろうか・・・
※
高校を卒業してすぐ・・・
晃は美容師の専門学校に入った。
身寄りもなく
一人きりだった晃。
学費は祖母が自分のために遺してくれた僅かな貯金と
残りは自分で貯めたお金でまかない、
今年卒業を迎える。
「晃・・・!」
「愛美」
教室を出ようとする晃を呼びとめたのは
共に学んできた友人の
愛美だ
「晃・・・。本当なの?サロン「スカイ」からの誘い断ったって・・・」
「ああ」
「どうして・・・。高畑先生の推薦うけたんでしょ・・・?それを・・・」
「・・・」
サロン「スカイ」といえば美容師の卵たちが憧れ、目指すカリスマ的な
美容室だ。
美容だけではなく、化粧品、エステ、健康商品・・・
様々な事業を幅広く展開している急成長中の企業でもあった
「・・・。”例のあの子”?」
「・・・」
晃は赤信号で静かに立ち止まる・・・。
「・・・。晃・・・。もう・・・。もういいんじゃないかな・・・。
晃はもう充分苦しんだし・・・。何も自分の明るい将来まで棒に振ること・・・。
」
愛美は知っていた。
休みの日になると晃はあるところへ行く
”例のあの子”
光が住んでいる街に・・・
「・・・。愛美。お前は昼間、外を歩くことが怖いと思ったことがあるか?」
「え?」
明るい太陽の下・・・
何気なく当たり前に普通に道を歩く人々・・・
「ど、どういうこと・・・?」
「彼女は・・・。俯いたまま歩くんだ・・・。前を見てまっすぐに歩くと人々は・・・。
彼女にまるで異質なものをみるような視線を送る・・・。だから彼女は俯いて
歩くんだ・・・」
「・・・」
信号が青になり・・・
歩行者が歩き出す・・・。
当たり前に・・・
「晃・・・」
「・・・オレは・・・。彼女からまっすぐに道を歩くそんな当たり前のこと
さえ奪ってしまったんだ・・・。奪っちまったんだ・・・」
ぎゅっと卒業証書を握り締める・・・
喜ばしいはずの
卒業も・・・
晃にとっては・・・
「晃・・・」
「・・・。昼間の太陽は・・・。明るすぎるな・・・」
手をかざし
初夏の空を見上げる晃だった・・・
結局晃は
個人経営の商店街の美容室に就職が決めた。
そして・・・
休日。
晃は光の家のそばに来ていた・・・
門の影から
何度こうして二階の光の部屋を見上げる。
光も弁当の仕出し会社に就職したと近所の噂で聞いた・・・
小学校のあの事件後すぐ
転校した晃・・・
だが
晃はしょっちゅう、こうして光のことが気になり
密かに様子を見に来ていた・・・
だから知っている。
光の苦しみも
酷い言葉を浴びせられてきたことも
全部・・・
(・・・それにしても・・・。光の姿がない・・・)
日曜の朝なのに
光の部屋の窓はカーテンが閉め切られ人の気配がしない・・・
晃は通りがかった主婦に聞いてみた。
「あ・・・あのすみません・・・。横山さんの家の光さんは・・・」
「ああ・・・。光ちゃんね。家を出たみたいよ」
「えっ」
「やっと就職がきまって・・・。それで一人暮らしするんだって
引っ越したって」
「ど、どこのアパートですか!?」
「た・・・確か隣町の『福寿荘』っていう・・・ってあら・・・」
主婦が視線を逸らした間に晃の姿はもうそこにはなかった・・・
「・・・。光ちゃんの彼かしら・・・?でもかなりいい男だわね」
(ここか・・・)
『福寿荘』
築30年以上は経っていそうなふるい木造のアパート・・・
壁には蔦が絡んでいる・・・
晃は階段のすぐ下にあるポストを見た。
(光の部屋は2階か・・・)
二階の光の部屋の窓を静かに見上げる
「・・・あんた、ここで何してるんだい」
「わッ!!」
振り返ると杖を突いた老婆が・・・
「い、いえ。あの・・・」
「ワシはこのアパートの管理人。もしかして、部屋を探しに来たのかい・・・?」
「え・・・?あ、は、はい。ちょっと・・・」
「なら話は早い。丁度、二階の一番右端の部屋が開いたんだよ」
(二階の一番右端って・・・)
光の部屋の隣だ。
「あ、あの・・・。じゃあ一番右端の部屋借りさせてください!!」
こうして。
晃は学校の学生寮からすぐにアパートに越してきた・・・
すぐ隣に光がいる・・・
引越し一日目・・・
晃は光が帰って来るのを待ち、菓子折りを持って
光の部屋をノックした・・・
「・・・どなたですか・・・?」
「あ、あの。と、隣に越してきたんですが・・・」
「・・・」
緊張する・・・
光と直に対面するのは・・・
あの小学校の事件以来だ・・・
果たして
光は自分のことに気がつくだろうか・・・?
覚えている・・・だろうか・・・?
晃の心臓は・・・
早まった
キィ・・・
ドアが数センチ開く・・・
まるで洞穴から外を覗いているように
光は静かに顔を出した
「あ・・・。え、えっと隣に越してきた真柴です。これ引越しの挨拶で・・・」
菓子折りを静かに差出し、受け取る光。
「・・・それはご丁寧に・・・。どうも・・・。それじゃ・・・」
「あ・・・」
バタン・・・っ
(・・・光・・・)
ドアの閉められた音・・・
近寄るものを
全て遮断する・・・
晃の心も真っ二つに
斬られたように響いた・・・
それでも晃は
光をずっと見ていた
(光・・・今・・・君は何を思いながら生きてる・・・)
引っ越してきて一週間・・・
光の部屋はいつもカーテンで閉められ、窓が開いている所をみたことがない
朝8時ちょうどに出勤し、夜7時半きっかりに帰って来る。
朝、出勤するときは帽子を深くかぶり夜、コンビニに行くときも・・・
視力が悪いわけでもないのにめがねをかけ、帽子をかぶる・・・
更に光は休日は滅多に外には出ない。
まだ二十歳になったばかりの女の子が
人の目を避けるように・・・
生きてる・・・
(・・・)
光の心には昼間がないみたいに
明るい雰囲気がまるでない・・・
そんな光の姿を見るたび
晃の心は締め付けられていた・・・
ザー・・・
雨の夜。
コンビニで買ったビニール傘を差し
アパートへと帰る晃・・・
ゴミ置き場に一人ぽつん・・・と立っている
(何を・・・見てるんだ・・・)
晃は車の陰に身を屈める晃。
光の足元には震える子猫が・・・
よく見ると
その子猫は毛が抜け落ち、体には痣や傷だらけ
病気なのか
片目が変色している・・・
光はただじっと子猫を見つめて・・・
「お〜?くぁわいいくわぁいい子猫ちゃん2匹ですかーー。ウィック・・・」
そんな光と子猫に通りすがりの酔っ払いのサラリーマンが不思議そうに
覗き込む・・・
「・・・うわっ。なんだいこの猫っ・・・。きったねぇ・・・ッ。
気持ち悪っ。病気移っちまうッ。しっしっ・・・!!」
足で子猫を追い払う酔っ払い。
ドカ!!
光はサラリーマンの足をすくって突き飛ばした。
「な・・・。なにすんだ・・・。てめぇ・・・。あぁ・・・?」
サラリーマンは街灯があたった光の顔を見上げる
「うわ・・・ッ。こっちも気持悪っ・・・っ。番町更屋敷の”お岩”だよッ。
しっ。しっ!!この化け物ッ!!!」
手で光を追い払う酔っ払い・・・
光はサラリーマンを無視して子猫を抱き
静かに傘を残して去っていく・・・
「へっ・・・。汚ねぇ猫と化け物、お揃いじゃねぇか。糞どもが。ヒック・・・。
行っちまえ。ぺッぺッ」
光の後姿に唾をはくサラリーマン・・・
「糞はてめぇだッ!!!!」
バキ・・・ッ。
「ふがっ・・・」
晃の拳がサラリーマンの右頬に叩きつけられ
サラリーマンは気絶・・・
「・・・。てめぇらみてぇのがいるから・・・いるから・・・」
光はずっと
罵声を浴びせられ
生きてきた・・・
その原因をつくったのは・・・
自分・・・
(オレは何もわかってなかった・・・。本当の光の痛みさえ・・・)
晃の拳は・・・
光の怒りと痛みを受け継ぐように・・・
震えていた・・・
ずぶ濡れのまま帰って来た晃・・・
「あ・・・」
ニャーン・・・。
子猫が光の部屋から出てきた・・・
「あ・・・」
子猫を追いかけ出てきた光と目が合う・・・
(光・・・)
ニャーン・・・
子猫をそっと抱き上げる晃・・・
溢れそうな心を抑え光に子猫をそっと返す晃・・・
「・・・。あんたの・・・。猫か・・・?」
「・・・」
晃から視線を逸らす光・・・
警戒心を感じる晃・・・
大家は台の猫嫌いだからだ・・・
「・・・。安心しろ。言わねぇよ。大家には」
「え・・・」
「猫一匹・・・。しばらく同居人増えたってどうってことねぇからな」
晃の微笑みに
光は戸惑い目を逸らす・・・
「・・・。じゃあ・・・」
晃が部屋に入ろうとしたとき
「アリガト」
(え・・・っ)
微かな声だが
確かに
聞こえた・・・
「・・・ありがとう・・・」
子猫を抱き、晃に軽く会釈して・・・
光は静かに自分の部屋に入っていった・・・
”ありがとう・・・”
初めて聞いた・・・
「・・・光・・・」
光の小さなありがとうは・・・
晃の心に染みた・・・
柔らかく・・・
あたたかく・・・
(ありがとうは・・・。本当はオレが言わなくちゃいけないんだ・・・)
でも・・・
(嬉しかった・・・。本当に 本当に・・・)
濡れた髪の雫に混じって・・・
晃の瞳から零れた雫が・・・
頬から流れた・・・
そして
今現在・・・
「晃・・・!ほら・・・やっぱりホームページの威力はすごいよ・・・!アクセス件数1000件こえたよ!」
嬉しそうにパソコンの画面を指差す光。
自分が作ったホームページが賑わい、
本当に楽しそうだ。
「なんかさ・・・。反応があるって・・・。すっごく嬉しいんだ・・・。機械ごしなんだけど・・・。
それでも・・・。嬉しいよ・・・」
光が嬉しいと
晃の心も頬も自然に
緩む・・・
弾む・・・
「光の言葉がきっと・・・見る人の心に静かに伝わるんだよ。だから・・・。ほら。
書き込みもこんなに」
ホームページのコンテンツに
『ひといきいろりばた』というタイトルで掲示板を作った。
そこでは、容姿に悩む女の子や友達関係で悩む女の子達の相談やお喋りが書かれ
盛り上がっていた。
「でも・・・。お店のPRにはなっても仕事の依頼はまださっぱりだよね・・・。
ごめん。ホームページだけじゃなくてもっと色々なところで宣伝頑張るよ」
「無理しなくていいから。時間をかけてじっくりやればきっと・・・。な・・・!」
「そうだな。じっくり・・・。カレーは時間をかければかけるほど煮ると美味しいって
言うもんな・・・!ふふっ」
「ああ・・・」
時々。
こうして光と笑いながら話していることが夢じゃないかと思う・・・
笑っている光がいることに・・・
「・・・?どうした?晃?」
「・・・いや・・・。夢じゃないかと思って・・・」
「夢・・・?寝不足なのか?」
「ふふ。違うよ・・・」
晃の微笑みが
昔の晃の・・・
子猫を抱き上げたときの・・・
「・・・。晃」
「ん・・・?」
「・・・。私に居場所をくれて・・・。ありがとう」
「・・・光・・・」
「・・・。へへっ。あ、お茶沸かしてたんだ」
光は台所へ慌てて駆け出していった・・・
「・・・光・・・」
二回目の光の”ありがとう”
晃の心に
深くしみこむ・・・
沁みこませて・・・
綺麗な包装紙で包むように
残しておく・・・
目を閉じてそれを感じる・・・
(・・・オレのほうこそ・・・ありがとう・・・)
何度も
何度も
心の中で呟いたのだった・・・