シャイン
〜私のために泣いてくれた
ゆずみそのおかゆ @〜




「ほう。ゆずの良い香りが」 横山家。風呂。 去年ユニットバスにしたばかりの風呂のお湯にゆずがぷかぷか浮いております。 甘酸っぱい香りが湯気といっしょに浴室に漂う。 「いい香りだな〜。ゆずって美容にもいいってきくし」 壁にかかった鏡を見る・・・ 「・・・」 右頬の火傷の痕・・・ こうしてまっすぐ。自分の顔を鏡で見られるようになって のは最近・・・ ”よかった・・・。本当によかった・・・” 晃の言葉を 素直に受け止めようと思っている けれど・・・ 茶色い目尻から頬にかけての火傷の痕・・・ 生々しさ リアルさに 負けそうになる キュ・・・ 鏡の中の・・・痕の部分を撫でる・・・ (負けちゃだめだ・・・負けちゃだめなんだ・・・) パシャン!! お湯を叩き、気持ちの切り替えをする光・・・ 風呂からあがり、バスタオルで髪をふきながら台所で 麦茶を飲んでいると・・・ ガシャーン!! 「由香利!!食べなさい!!」 「いやぁあ!!離せ!!」 隣の家の方から食器が割れるような音と 少女の叫び声が聞こえる。 「由香利!!!」 「うるせぇえババア!!!」 「きゃああああーー・・・!!」 その尋常じゃない物音と叫び声に 光はパジャマ姿のまま飛び出して隣の家の玄関の扉を何度も叩く。 ドンドンドン!! 「あの!!とみおばちゃん、何かあったの!??」 ガラ・・・ 玄関の鍵は開いており 中は静まりかえっている・・・ (・・・なんか・・・大変なことになってるんじゃ) 不安を感じた光は心の中で失礼しますとつぶやいて 中にあがり廊下を歩いて台所へ・・・。 ギシ・・・ 台所の暖簾をくぐると・・・ 「と・・・とみおばさんッ!!!」 コメカミから少し血がながれていた 富江のそばには戸棚のガラスが割れの破片が・・・ 「た・・・大変だッ。由香利ちゃん救急車に電話っ。早くっ」 「・・・」 「由香利ちゃんッ・・・!」 由香利はガラスの破片を拾い、自分の顔をじっと見つめる・・・ 「由香利ちゃん・・・?」 「光お姉ちゃん・・・。ねぇ・・・。あたし・・・二十顎になってないよね?」 「え?」 「見てよ。痩せたの。二十顎だったのが痩せたのよ。でもまだ頬のたるみが たるみがあるの。痩せなくちゃ」 自分の母親が目の前で怪我をしているというのに・・・ 由香利の異様な様子を光は感じる・・・ 「由香利ちゃんッ!!しっかりしなッ!!」 ペチペチっと頬をたたく光。由香利はっとして 「・・・いやだ・・・。いやだ・・・っ」 「あっ・・・」 由香利は錯乱して二階へ駆け上がる・・・ 「・・・由香利・・・子・・・」 「おばちゃんッ・・・」 光はパジャマの裾で富江の手をギュッと縛り止血する・・・ 「おばちゃん、血が・・・ッ。病院にいかなくちゃ」 「ありがとう光ちゃん・・っ。大丈夫だから・・・。手当てなら自分でするから・・・」 「でも・・・」 「いいの・・・。お願い・・・。大事にしたくないの・・・。それより 光ちゃん救急箱・・・居間からもってきてくれないかな」 「う、うん・・・」 深刻な表情の富江・・・ 光は言われるまま救急箱を持ってきて 消毒液をつけ包帯を巻く・・・ 「ふふ・・・。慣れてるわね。光ちゃん」 「でもおばちゃん・・・。一体何が・・・。由香利ちゃんの様子が・・・」 「・・・」 光の言葉に富江の顔が一気に歪む・・・ つい、一ヶ月前まで一恵と同級生で一緒に元気よく学校に通っていた由香利。 それが最近姿が見えなくなっていた・・・ 「・・・。光ちゃんは・・・。最近元気になったわね・・・」 富江は光の前髪をさらっと触った。 「小さいとき・・・。いっぱいいっぱいつらいことがあったのに・・・」 「・・・おばちゃん・・・」 ”女の子なのに・・・。顔にあんな痕が残ったなんて・・・。可哀想ねぇ” ”お嫁に行くのもきっと苦労するわよ。本当に気の毒な子だわぁ” 光の頬をみるたび、周囲の大人たちは同情した顔をしながら 光の目の前で聞こえるように台詞を言った。 哀れんでいるフリをして どこか、楽しんでいるように幼心に光は思え、小さな憎しみすら覚えたものだ。 そんなとき。 富江に主婦達一喝してくれた・・・ ”かわいそうなのは貴方々の無神経な言葉です” 身の回りの人間、全てが敵に思えた幼い頃。 富江は数少ない信じられる大人だった・・・ 「・・・ねぇ。おばちゃん・・・何が・・・由香利ちゃんに何が・・・?」 「・・・食べないの」 「え・・・?」 「食べないのよ・・・」 包帯にぽたり・・・富江の涙がしみこんだ。 富江はぽつりぽつり・・・話し始めた・・・ ”お母さん、あたし、あたし、太ってるって・・・。足太いんだって 汚いンだって・・・” 雨の日。 ずぶ濡れで帰って来た我が子。 付き合っていた同級生に 別れを告げられたというが・・・ ”こんな体いやぁ!!豚じゃないッ。汚くないッ。ワァアア!!” ”由香利ッ!!!” 由香利は部屋で鏡を割り、暴れ、 発作的にベランダから飛び降りようとした・・・ ”こんな顔・・・。こんな体・・・。さらして生きるなら死んだほうがいいッ。 消してしまいたい・・・ッ。殺してぇ!!” 一晩中 泣き叫ぶ娘・・・ またいつ何時、発作的に飛び降りようとするのではないか 富江は由香利の部屋の前で寝起きする毎日で・・・ 富江の心も体も限界だった・・・ 「水分以外、何も体にいれないの・・・。顔色は悪くなる一方で・・・。 病院に連れて行こうとしても手がつけられなくて・・・。一日中さっきみたいに 手鏡持ってにらめっこで・・・。」 「・・・」 ”ねぇ、私の顎、二十顎じゃない?なってない・・・? 太ってない??” 朝から昼まで 自分の顔や体を見つめ 少しでも昨日と違うところがないかチェック・・・ それが仕事のように・・・ 「・・・一時間おきに・・・。体重計に乗りに下りてくるだけで・・・」 ”体重計壊れてる。私痩せたはずなのにまだこんなに体重ある” 壊れているのは由香利のほうよ・・・ 富江は口まででかかったが言葉を飲み込んだのだった。 (私が壊れていると言ってしまったらこの子は本当に壊れてしまう・・・) 「・・・。もうどうしていいか・・・。どうしていいか・・・」 「・・・」 幼い頃、自分を励ましてくれた富江が泣いている・・・ 痩せ細っていく娘に何もできないと嘆いて 泣いている・・・ 光は目の前の重々しい現実に どう言葉をかけていいか、接すればいいか・・・ ただ 頭の中で考えながら・・・ 富江の背中を 薄手の桃色のカーディガンの背中を撫でていた・・・ 翌日。 光は晃に由香利のことを話した。 「・・・。このままじゃ由香利ちゃんの命に関わるし・・・。富江おばちゃん まで共倒れしそうなんだ・・・」 「・・・深刻だな・・・」 晃はノートパソコンで道具や化粧品の仕入れ表をつくりながら話す。 「・・・。それにしても腹が立つ・・・!」 「光・・・」 「くだらない男の一言のために・・・由香利ちゃんの心と体が壊されるなんて・・・!!」 光は新聞紙の中の一枚の広告をぎゅっとにぎりしめた・・・ その広告は 『今年の夏にあなたは生まれ変わる!!●●方式ダイエットなら 輝くあなたの体と心が手に入ります!』 そんな謳い文句のダイエット食品の広告だった 「簡単に痩せられるわけないじゃないか・・・。挙句に女性の切実な気持ちを 弄ぶような商売して・・・。 くだらない風潮と くだらない男達ためにどうして女が苦しまなくちゃいけないんだ・・・っ! 何かおかしいよ・・・っ!!!」 ぐしゃッ・・・ 広告を握り締める光の手・・・ 明らかに光自身の経験した悔しさが込められいる・・・ 晃はそれを感じ、自分の心まで握り締められた気がした。 「・・・。あ・・・。ご、ごめん・・・。なんか感情的になっちゃって・・・」 晃の気持ちを感じた光。 晃に対して向けた言葉じゃなかったけれど 晃は自分に向けられたと感じたのか・・・ 「いや・・・。光は正しいよ・・・。光は間違ってない・・・」 「・・・そ、そんな・・・。大げさだよ」 「いや・・・。光は間違ってない・・・。光は・・・」 (晃・・・) 謝罪を込めた瞳・・・ 晃は罪悪感じゃないというけれど ”すまない 光” そんな瞳だ。 「・・・晃・・・。私は・・・。大丈夫だから。晃のお陰で辛いことも客観的にみられるようになったし・・・。 それに・・・。晃が目指してる仕事・・・夢・・・。すごく素敵って思う・・・。 だから・・・だからそんな顔しないでくれ・・・。な・・・!」 光は晃の肩をポン! とたたいた。 「光・・・」 逆に光に励まされる・・・ 晃はただ深く頷く・・・ 「・・・とにかく由香利ちゃんのこと・・・。由香利ちゃんと話す・・・。 私の話なんか届くか分からないけど・・・」 「ほおっておけないんだ・・・。絶対にほおっておけない・・・。 だから・・・その・・・」 「わかってる。仕事の方は心配しないで、由香利ちゃんって子に ついていてあげたらいい」 晃は微笑んで言った。 「ありがとう・・・!あ、でもこれる時は必ず来るから」 「ああ・・・。それより・・・。由香利ちゃん・・・。光の想いが届くといいな・・・」 「・・・。届ける・・・。届くまでずっとそばにいる・・・!由香利ちゃんの心が 開くまで・・・」 (・・・) 光の台詞は・・・ 晃から昔の閉じていた光の心へのエールそのもの・・・ 前を見て希望を持って いってほしい その願いは 光から他の心へと繋がっていく・・・ 晃は安堵感と少し複雑な想いを感じた・・・ 「・・・オレも・・・。祈ってる・・・光の気持ちが通じるように・・・」 「うん・・・!」 『光の心に・・・希望が戻るように・・・』 晃の願い。 光の笑顔を見たとき・・・ 自分の想いは届いたのだとこのごろ実感する・・・ (・・・だからといって・・・。オレが彼女に背負わせ 傷つけたものが消えるわけじゃない・・・) 忘れちゃいけない。 (・・・彼女が辛いとき苦しいとき・・・支えになりたい・・・) ”同情なんかいらない 罪滅ぼしなんかいらない” 光は前にそういった。 新聞に載せる広告の下書きを書く光の横顔をじっと見る晃。 「・・・。同情じゃねぇさ」 「え?何?何か言ったか?」 「・・・。いや・・・。なんでもない・・・」 誰かのために 頑張りたいと張り切る光。 逞しくなった光の姿が 晃の心にも元気を与えていたのだった・・・