光はまず 由香利と話すことからはじめようと思う。 由香利の痛みはゆかりにしかわからない だから 話すことからはじめようと思う・・・ コンコン。 光は由香利の部屋の前に膝を抱えてすわった。 「由香利ちゃん・・・私。光・・・。久しぶりだ・・・ね」 「・・・」 返答があるはずもない。 光は少しずつ語りかける 「由香利ちゃんの家のちんちょうげの花が綺麗にさいてるね・・・」 「・・・」 何気ない話。 日常の話。 とにかく知って欲しいと思った。 (一人じゃないということを・・・) 一日目・・・ 二時間部屋のそとで話し続けたが何の反応もない 二日目・・・ 「でね。一恵が・・・」 ガタン!! ドアに何かぶつけられた。 「うるさい・・・!!うるさいんだよ!!」 「・・・」 「他人は関係ないじゃないか・・・!!ほっといてよ!!」 二日目でやっと初めて交わした言葉。 光は由香利の反発にも黙し ただ・・・ 二日目はそれで何も言わず帰る・・・ けど、 反発でもなんでも今日、由香利から”反応”があった。 それが大事なことだ。 大事な”変化”の一つだ。 光は夕方、4時〜6時の2時間。由香利の部屋の前に行ってただ 話す。 ゆずみそのおかゆを作っていって 話す・・・ 今までの自分のこと。 会社が倒産したこと。 会社を何軒もまわって断られ続けたこと ・・・公園で少しだけ泣いたこと・・・ 全部。包み隠さず話す。 「・・・って・・・。私の愚痴聞くのなんて嫌だよね。ごめん・・・。 私もあんまり話せる人いないからさ・・・」 「・・・」 「大抵の人はさ。”がんばりなさいね”とか”なんとかなるわよ”って 励ましてくれるんだけど・・・。でもそれってなんか結局『人事』っぽく聞こえるんだよね・・・」 「・・・」 「学校カウンセラーの人の言葉なんだけどね。”充分横山さんは可愛いわよ。 お洒落は自分なりにすればいいんだから”って言われても ピンとこなかった。だってお洒落どころか私、鏡みるのさえできなかったから」 「・・・」 「・・・。外に出たら、化け物って言われるんじゃないかって、気持ち悪いって いわれるんじゃないかって。一日中部屋の中で震えてた・・・」 自分の身の上話。 もしかしたら、かえってただ、重苦しく聞こえるだけじゃないだろうか、 同情を誘ってると思われるんじゃないだろうか 光は色々なことを考えながら話す・・・ 「・・・。辛いときってさ。自分の気持ちしか見えないよね。 人の笑い声やテレビの音でさえ、憎くなってくる・・・」 「・・・」 「ただ苛苛して。不安で哀しくて・・・。一体何に対しての不安なのかさえ わからなくて・・・」 ささやくように 落ち着いた声で 話す。 「だからドラマみててもさ。・・・純愛ブームだって言ってるけどあんなの美男美女っていう こと前提で。馬鹿みたいって思ったり・・・。そういう風にひねくれる自分が嫌だ・・・」 「・・・馬鹿じゃないよ」 「え・・・?」 由香利の声色が少し変わった。 初めて光の話に応えてきた。 「漫画も小説も。みんな・・・主人公は美人、美男。所詮そんなもんでしょ・・・」 「・・・そうだね・・・」 「何が純愛だ!馬鹿みたい!!顔がいい、スタイルがいい・・・女優が演じてる。 奇麗事もいいところだ・・・っ。こんな世の中っ」 「・・・」 「顔がいい人間が得をする、スタイルのいい人間が持て囃(はや)される・・・。 そうじゃない人間は自己嫌悪といつも闘ってなきゃいけない・・・。 お金かけて化粧して服買ってもどうあがいても世間が認める様な『美人』にはなれないのに・・・っ。 ねぇ、どうして女だけに”ブス”って 形容詞があるの!??美少女美少女ってうざいんだよコンビニの雑誌は・・・っ!!!」 「・・・」 光はコンビニや本屋の光景を思い浮かべながら由香利の言葉を聞く・・・ コンビニの雑誌コーナーにいけば 『美少女激生写真集』なんてタイトルの 写真集や雑誌が平然と置いてある。 最近では大分規制されてはいるけど、其の中身はきわどいものがまだ多い。 さらに。その真後ろに 平然と女性用の生理用品や化粧品が売られていたりする。 店員が男の場合もある。 どこか矛盾してないだろうか。 何かかけてないだろうか。 無神経じゃないだろか。 「・・・。男達だけじゃない・・・親だって・・・。顔かたちのいい子供の方がいいに決まってる・・・。 世の中、汚いものは隠す・・・。醜いものは蔑まさ、笑われる・・・。ブスな女はギャグにされてる だけでしょ?そういう世の中でしょ・・・? 何もかもそうなのよ・・・なにもかも・・」 「・・・」 由香利の言葉は光の心に突き刺さる。 痛いほど 伝わる 世の中に対しての不満。怒り・・・ そして何より、誰かにせいにしないと自分が保てないほど 壊れそうな心だということ・・・ 「・・・」 (・・・?) 鼻をすする音がドアの向こうの由香利に聞こえてきた 「なっ・・・何泣いてるの・・・。わ、わざとらしいことしないでよ・・・」 「ごめん・・・。由香利ちゃんが言ったこと、あんまり アタシが普段思ってることと一致するからなんか・・・なんか・・・なんかたまんなくなって・・・」 「・・・」 「ごめん・・・。由香利ちゃんの話をじっと聞きたかったのに なんか・・・なんか・・・」 ”同情の涙” 由香利はそう感じつつも 光の鼻をすする音に 偽りはない気がする・・・ 「・・・ごめんね・・・」 「どっ。どうして謝るの・・・。光おねえちゃんが謝ることじゃない・・・」 「・・・」 「男が悪いんだ・・・。全部 男が悪いんだよッ。光お姉ちゃんを否定する世の中もっ・・・!! 男が!!・・・ッ。世の中なんか世の中なんか・・・ッ!!!!」 ドン!ドン! 由香利はドアを叩く。 激しく・・・ 「!世の中なんか・・・ッ!! 何が純愛だッ。馬鹿にするなッ!!!」 ドンドンッ 「男なんか・・・ッ!!!馬鹿野郎ッ!!!」 ドンッドンッ・・・ 物にあたって 少しでも気持ちが軽くなるならどんどん当たればいい。 誰かを傷つけるよりずっとマシ。 暴れて壊して。 心が少しでも保てるなら どんどん当たっていいんだ・・・ 光はドアに打ち付けられる音が・・・ 由香利のことばに出来ない叫びに聞こえる・・・ ドンドンドンっ!!! 本だろうか 壁に投げつけられ落ちた音。 光は止めに入らず 部屋の外でただ・・・ 由香利の心が落ち着くのをじっとじっと待つ・・・ 傷つけられた自尊心。 どうやったら癒える・・・? どうやったら・・・ 自分を好きになれる・・・? 被害妄想だと人は言うだろう。 けれど 不可抗力な事を 馬鹿にする からかう そんな権利が誰にあるだろう。 ・・・言葉で人を殺すことだってある・・・ 「・・・ハァ・・・ハァ・・・」 少しずつ由香利が落ち着いてきた・・・ 「・・・。光お姉ちゃん・・・」 「なあに・・・」 「・・・。今の自分の姿で・・・。生きていけそう・・・?」 「・・・どうかな・・・。帽子を深くかぶらないで 向いて歩けるように最近ようやくなってきたけど・・・。まだちょっと怖い・・・かな・・・」 「・・・。頑張ってる・・・んだね・・・」 「・・・。頑張らなくていいんだよ・・・。泣いてわめいたっていい・・・。 生きてさえいれば・・・」 「・・・」 光は腕時計を見た。 「・・・。そろそろ行くね・・・」 光は静かに立ち上がった。 「今日嬉しかった。由香利ちゃんの声、聞けたから・・・」 「・・・」 「それからありがとう・・・。私のために怒ってくれて・・・。 嬉しかった・・・」 ”光お姉ちゃんを否定する世の中が悪いんだ・・・!!” コト・・・ 光はゆずみそのおかゆが入った小鍋そっと置く 「よかったら一口食べてね・・・。じゃあ、また明日来るね」 ギシ・・・ トタ・・・ 光が階段を降りていく足音を耳を澄まして聞いていた由香利。 カーテンの隙間から光が帰っていく姿を見下ろす・・・ 視線に気づいたのか光が由香利の部屋を見上げた (・・・!) 由香利は思わずシャッとカーテンの陰に隠れた。 (・・・) もう一度そうっと窓の外を覗くと光の姿はもうなく・・・ 「・・・」 ドアの向こうから ゆずの甘酸っぱい香りが漂ってきた。 今日一日。 由香利は朝、母親がつくったお結び一個しか食べていない。 ゆずの甘酸っぱい優しい香り・・・ キィ・・・ ドアを開け、小鍋の蓋をあけ中身を覗く。 まだ小鍋は温かく、湯気がたつ。 雑炊にゆず味噌がとろりと絡まっていい香りが鼻をこする・・・ 由香利は一口 スプーンで舐めてみた (・・・オイシ・・・) 何日ぶりだろうか。 食べ物がこんなに”美味しい”と感じたのは・・・ 「・・・・・・っうっ・・・」 ポタ・・・ 雑炊の中に 透明な粒が落ちた・・・ 翌日 光が再び由香利の部屋を尋ねると・・・ (あ・・・) 小鍋の中の雑炊、半分だけが残され、減っていた・・・ (・・・食べてくれたんだ・・・。半分でも嬉しい・・・) 光は小鍋をぎゅっと握り締め、ドアに背もたれて座る。 「由香利ちゃん。食べてくれたんだね。ありがとう・・・」 「・・・」 返事がない。 (どうしたのかな・・・。やっぱり私木に触ることいったかな・・・) 妙な不安にかられた光。 ガチャッ 思わず部屋の中に入ると・・・ 「由香利ちゃん!!!」 ぐったりした由香利が倒れていた 「・・・!すごい熱・・・!」 光は由香利を抱き上げる 「おばちゃん!おばちゃん!早くゆかりちゃんが・・・!」 「光お姉ちゃん・・・。アタシ・・・あたしね・・・」 「え・・・?」 由香利は何かを言うおうと光の手を握った。 「あたし・・・。ホントに先輩が好きだったの・・・。髪の長い子がすきっていうから 髪も伸ばしたし・・・。先輩好みの服も着たの・・・がんばったの・・・なのに・・・ なのにね・・・」 由香利の手から写真がパラパラっと落ちる それは由香利とその元彼の写真だった・・・ 「なのに・・・」 ”悪りぃけど・・・。他に女できた・・・。お前より数段Aランク上の女なんだ。 つーわけで・・・” 「・・・あたし・・・頑張って綺麗になったのに・・・ がんばったのに・・・がんばったのに・・・」 熱で火照った頬に 静かに涙が流れる・・・ 「わかった・・・。わかったよ・・・。ゆかりちゃんは頑張った・・・ 頑張ったから・・・わかってるから・・・」 光はぎゅっと由香利を抱きしめた・・・ 壊れそうな心と体・・・ 痛々しい由香利の涙が 光のTシャツにしみこんだ・・・ 由香利をベットに寝かせ、薬を飲ませた。 「光ちゃん。あとはもういいよ」 「ううん。おばちゃん今日、私由香利ちゃんについててあげたいんだ」 「光ちゃん・・・」 「・・・。由香利ちゃんの手・・・。ずっと握っててあげたいんだ・・・」 必死に握ってきた 縋るように 必死に・・・ その夜ずっと光は・・・ 由香利の手を握ってそばにいた・・・ チュンチュン・・・ 「ん・・・」 由香利が目を覚ます・・・ 「光お姉ちゃん・・・」 手を握ったまま・・・眠っている・・・ (ずっと私のそばに・・・?) 「あ・・・。由香利ちゃんおはよ・・・。熱さがった・・・?」 「え・・・。う、うん・・・」 「あ、そうだ。ちょっと待ってて。今、”あれ”作ってくるから・・・」 前髪が少し寝癖の光。 台所に行き、20分ほどすると 土鍋で煮詰めたゆずみそのお粥をつくってもってきた。 「食べられるだけでいいから・・・。食べてみてくれる・・・?」 由香利は小しゃもじで一口くちに持っていく・・・ 「・・・。どう・・・?」 「オイシ・・・」 「よかった・・・」 ほっと息をつく光・・・ 「美味しいって・・・感じる気持ち・・・。まだ私にもあったんだね・・・」 「・・・うん」 「心は死にたいって思ってても・・・ 体は心とは関係なく生きようとする・・・」 「・・・うん・・・」 消えたかった。 この世から。 「・・・光お姉ちゃん私・・・。ずっと消えたかった・・・。 消えたかった・・・醜い自分さらすくらいならって・・・」 「・・・」 「でも・・・。でもお姉ちゃんのこのおかゆまた食べたい・・な。」 「・・・いくらでも作るよ。由香利ちゃんが生きてくれるなら・・・」 「アリガト・・・光お姉ちゃん・・・」 一口一口・・・ 由香利はしっかりと食べていく・・・ 体に力を与えるために 心に力を戻すために・・・ まだ完全に 傷が癒えたわけじゃない だけど・・・ 由香利の一歩。 ゆずみその甘酸っぱい香りとともに 少しずつ 前を向き始めている・・・ 光はその後しばらく由香利の家に通い続けたのだった・・・