シャイン
〜奇跡の笑顔〜


光が由香利の家に通いだして一ヶ月・・・





由香利は徐々に食事を採れるようになり、健康状態も大分回復してきた。








「ごめんな。ずっと来たりこなかったりで・・・」





「いや。かまわないよ。それよりどうだ?由香利ちゃんの様子は」





「うん。朝昼夕三食、きちんと今は食べてるよ。顔色もよくなって・・・」





「そうか・・・。よかった・・・」







事務所の机。




コーヒーをマグカップに注ぎ、晃は光に手渡した。






「・・・。なんか私・・・。思いっきり自分のことと重ねて
感情移入してしまって・・・。それがよかったのかなって少し気になってるんだ・・・」






「・・・光は光の自身のありのままの心で由香利ちゃんと
向き合ったんだろ・・・?」







「・・・うん・・・」







「なら後悔することはない・・・。何もない・・・。だからきっと大丈夫だ・・・!
な・・・?」









晃の力強い言葉は





不思議なほどに







光に力を与える・・・











「・・・そうだね・・・。”信じること”それが大切なんだよな・・・。
晃が教えてくれたんだ」










”信じろ・・・!”







火事のときの晃の声





今でも耳に残ってる・・・








「光・・・」












「信じることが大事なんだ。自分も相手のことも・・・」









光の穏やかな微笑が





晃の心を優しく包む・・・











心があたたかくなる・・・。









(もっと光の笑顔が見たい)












強く願う自分を晃は感じて・・・
















「・・・。でも・・・。由香利ちゃんの彼氏は許せない・・・」








「え・・・」










「・・・。それでも由香利ちゃん言ってた・・・」







”好きだったの・・・。本当に大好きだったの・・・”






「・・・一途な由香利ちゃんの事を・・・傷つけて・・・。許せないよ・・・!」








「・・・」







「・・・。好きだった分傷も深い・・・。由香利ちゃん・・・」










ぐっと拳を握って話す光。






晃は自分の心臓を掴まれたような感覚を感じた。







光は人を信じる、前向きになったけれど・・・









心の傷がいえたわけじゃない・・・




「・・・。由香利ちゃんは・・・人を深く愛する女の子なんだな・・・」








「うん・・・。ちょっとうらやましかった・・・」








「え・・・?」











ドキ・・・





晃の心は光の言葉一つ一つに反応する。









「・・・私は・・・。誰かを『信じる』事はできても・・・
『恋愛』することは・・・。多分・・・できないと思うから・・・」













光のその言葉が・・・






晃の胸を刺す・・・









「・・・」


少し俯き無言になる晃の目の動きを敏感に光は感じ取った。






「・・・。晃。”オレのせいで・・・”とかいうフレーズは晃の中からもう消して欲しい」









「・・・光・・・」









光は立ち上がり、







風鈴をちりん・・・と指で揺らす・・・







「・・・。晃が・・・。ずっと罪悪感抱えてたら私・・・本当の意味で前向きになれないから・・・」











「・・・光」








「・・・ね・・・。だから晃も笑っていてくれよ。その方が元気、出るんだ・・・」













光の柔らかい声に








晃は穏やかに微笑み返す・・・











”救われた・・・”













思ってはいけないけれど








光が微笑みが・・・










暗闇でやっと見つけた灯りのように









眩しくて・・・













(オレは・・・赦されてもいいのか・・・?)











安らぎを感じてしまう・・・
















「・・・。あ。そうだ。うちで余ってた素麺もってきたんだ。
台所、借りていいか?」











「あ。あぁ・・・」








「じゃあ茹でてくるよー!夏はやっぱ素麺だよな〜」










光の元気な声・・・








台所で鼻唄を口ずさむ。












(オレは・・・。もう笑ってもいいのか・・・?赦されていいのか・・・?)












光と共に過ごせる時間が









夏の幻のように感じる・・・










11歳のあの日。







自分を守ってくれた少女が、そばにいることが・・・








”熱い・・・熱いよ・・・!!”













砂だらけになって地面にのたうちまわる光の姿が焼きついていて・・・

















「・・・晃!晃ってば!」






光の声にはっと我に帰る晃。





「ご、ごめん・・・」







「疲れてるのか・・・?」







ガラスの器の素麺を箸ですくって



心配そうに晃を覗き込む光。






「いや・・・。ちょっと思い出してた・・・。気にしないでいいよ」





「ふうん・・・。でも疲れてるならちゃんと休んでくれ。なたって”社長”なんだから・・・」










「ああ・・・。でもその社長っていうの、やめろって言っただろ」








「いやいや、社長は社長ですから〜」








おどけて笑う光・・・
















「あ・・・。おばあさんにもお素麺あげておくな」








仏壇に素麺の入ったお椀を供え、手を合わせる光・・・








「・・・」






思い出す。








この世で唯一の肉親だった祖母を亡くし・・・






本当に『ひとり』になってしまった日のことを・・・
















冷たく寒い斎場で拾った祖母の遺骨が






あまりにも軽くて・・・
















その軽さが








自分はヒトリになったのだと・・・はっきり自覚させた









一人










この世に一人・・・








一人。











自分と繋りをもつ人間は






誰もいない









骨壷を持って一人橋にたっていた晃・・・











世の中の音がなくなったようにさえ思えた・・・











〜♪






「!?」








ふっと



ハーモニカの音色で晃の意識は祖母の亡くなった日から

現実に引き戻される。









「あ・・・。ごめん。勝手にふいちゃって・・・」







光は仏壇から離れ、縁側の晃の隣に静かに座った。






「これ・・・。晃のハーモニカ?お仏壇の奥にあったの見つけて・・・」






「・・・いや・・・。それはオレのじいちゃんがばあちゃんに残した形見らしい。
ばあちゃんからはそう聞いてる」





「ふぅん・・・」






銀色のハーモニカ・・・




どっしり重く、かなり精巧な出来だ。







「じいちゃんが戦争に行く前にばあちゃんに残していったって・・・」





「じゃあ・・・。おばあちゃんには大切なものだったんだな。きっと・・・」







「ああ・・・」















祖母の棺の中にハーモニカも入れようと思ったが




何か晃は形見が欲しいと思い、残した。









「晃は何か吹ける?」






「・・・まぁ・・・。赤とんぼぐらいなら・・・。光は?」






「うーん・・・。私は吹くよりも。こうして見ていたい」











光はハーモニカを太陽にかざす・・・











シルバーのハーモニカは太陽の光を反射して






きらきら光る・・・










光はハーモニカの反射する部分を










嬉しそうに





眺めている・・・


















「・・・。光は本当に”光る物”が好きなんだな」






「・・・うん。キラキラ反射したりするもの、ガラス瓶とか
ビー玉なんか好きで未だに集めてる。小さい頃はね、家の鍵や栓抜きとか
窓辺にぶら下げて眺めてたんだ。・・・なんか変わってるよな」








「いや・・・。オレもお菓子の袋とか蓋とか変なものあつめてた・・・。
プラモデルより欲しかったよ。ふふ・・・」











二人でこうして




互いの子供の頃のことを話しているなんて・・・








(・・・嘘みてぇだ)







ハーモニカをくるくる角度を変えて光り具合を見て楽しむ


光をじっと見つめる・・・








「綺麗だなぁ・・・」







”光”が自分の目の前で笑っている







嬉しそうに笑いかけてくれている・・・










(本当に嬉しい・・・。本当に・・・)





大袈裟かもしれないけど






晃にとっては







光の笑顔は








”奇跡”・・・






アパートで隣の部屋に住んでいた頃・・・








光の部屋の窓はいつもカーテンで閉め切られ
空気すら入れないほどに密封だった。










部屋の中で何をして何を思っているのだろう・・・





もしかして泣いているのではないか。





辛いことがあって





蹲っているのではないか・・・






そう思うと


光の部屋の窓を見つめながら晃は泣きたい気持ちなった・・・








胃が痛くなるほど・・・










”全てオレのせいだ。全てオレのせいだオレのせいだ・・・”















光の痛みを





この体で代わって受けて止めたい








道路で通り過ぎ様に光に向けられる好機な視線。







出来ることならば光がその道を通り過ぎるまで
道を封鎖しようかと本気で思った







前を向いてまっすぐな道を歩く、




そんな当たり前のことさえ奪ってしまった・・・












(光に笑顔が戻るなら・・・。前を向いて歩いてくれるなら・・・。
オレは何でもするなんだってする・・・)












ずっとそう思ってきた・・・










だから










晃にとって







光の笑顔は・・・










奇跡











「・・・でもやっぱりハーモニカは吹くためにあるわけで、晃社長。
何か一曲ご披露くだされ」







「仕方ないな・・・。下手でも文句言うなよ?」








光は頬杖をついてわくわくした顔をしている。











「んじゃ・・・。赤とんぼ。いきます」








パチパチパチ・・・





にこにこして拍手する光・・・















晃は子供の頃、祖母のために練習して吹けるようになった赤とんぼを







ゆっくり








じっくり






祖母のぬくもりを思い出しながら・・・










光は目を閉じる・・・









父親が吹いてくれた音色が蘇ってくる・・・













(父さんの音だ・・・)











オレンジ色の夕日が目に浮ぶ・・・











内気だった光を温かく包んでくれた父。








思い出す・・・















偶然か・・・







赤とんぼが






光と晃の頭の上をふわっと飛んでいく・・・













「ふふ・・・。晃のハーモニカの音色に誘われたのかな・・・」







「・・・じゃあ、このトンボ、相当に音オンチだぞ」









二人はくすっと笑いあう・・・












光と同じものを見て





一緒に笑う・・・










安堵感に包まれて







晃は・・・








時がとまればいいと思った。





















「・・・さぁてと。そろそろ帰るよ」



「え?もうか?」




時計は4時半を指している。




リュックに荷物を詰め、玄関でスニーカーの紐を結ぶ光。








「母さんに買い物頼まれてるんだ」







「そうか」







光の背中が祖母の背中とタぶる。







買い物にに出かけると言って、この家に一人、置いていかれる時の寂しさ・・・










「・・・晃の『赤とんぼ』また聞きたいな」













「・・・ああ。いいよ。あんなのでよかったらいつでも」








「・・・うん。今度は子守唄代わりに・・・なんてね」






光はスニーカーのつま先をトントンと叩いてたちあがり、
引き戸に手をかけた。
















”晃・・・行って来るよ・・・”





「・・・光・・・っ」













「ん?」












「・・・あ・・・いや・・・。ま、また明日な・・・」










「うん。また明日ね・・・!」









光は手を振って出て行く・・・





ピシャン・・・












引き戸が閉る音・・・














玄関に響く・・・











あまりにも寂しく・・・


















”ばあちゃん、絶対帰ってきてね。帰ってきてね・・・”
















(・・・)










家に一人になるのが怖かった幼い頃。













大人になっても






この家は広い・・・そう感じる。















「・・・ふぅ・・・」














畳に寝転がる晃・・・

















銀色のハーモニカをぼんやり眺める・・・











”また聞かせてね”














「・・・光が喜ぶなら何度でも吹いたっていい・・・」





















光が少しでも何かに喜びを感じてくれるなら









何でもする













光が幸せになるなら・・・

















『私は恋はしないと思う・・・』













(・・・!)









光の言葉を思い出し、バッと起き上がる晃・・・














チリリン・・・












風鈴の音が鳴る・・・

















(光・・・)






光の幸せを願う気持ちの中に











湧いてくるもう一つ感情・・・












”自分だけに笑いかけて欲しい”










”自分だけ見て欲しいー・・・”


















何かを求めようとする気持ち














(俺はー・・・)













『私は恋はしないー・・・』










晃はハーモニカを見つめた。










(俺も恋なんてしない・・・。君に心から想う人が出来るまではー・・・)













『私は恋はしない・・・』








ズキ・・・







胸に痛みが走る・・・









罪悪感とは別の・・・






(俺は・・・)









ギュッとハーモニカを握り締める・・・













「・・・俺も恋なんてしない・・・」


















晃はハーモニカを吹く・・・







少し切ない音色一緒に・・・






風鈴が鳴った・・・