「うーん・・・。キムタク・・・」 大好きなアイドルの夢を一恵がみている頃。 朝3時半。 水里は一人、暗い夜道を自転車を走らせ、どこかへ向かっている。 『中部新聞配達所』 「光ちゃん!おはよう!」 「おはようございます!」 刷り上ったばかりの新聞が机の上に 区域先にわけられ、積み上げられている。 そう。光がやってきたところは新聞配達所。 2週間前から光は朝刊だけ、新聞配達をし始めたのだ。 昼間の時間帯の仕事は接客業が多く、何度も面接したけど駄目だった。 (・・・新聞配達なら・・・。私にも出来る) 光は自分の家の厳しい経済事情を知っている。 更に一恵の大学へ行くとなればなのことこれからお金がかかる・・・ (何かの足しになれば・・・) 「じゃ、行って来ます!」 自転車の籠に新聞を詰め込み、配達所を出る。 暗い道。 誰もいない道。 普通ならきっとちょっと怖かったり寂しい気持ちになると思うけど光は・・・ 「気持ちいいんだな。これが」 まるで、歩道全部、自分のためにあるようにさえ感じるほど 自転車を飛ばす。 夏の早朝の風は気持ちいい。 それに。 昼間感じられないことが見えたり感じたりする。 そう。たとえば・・・ 「綺麗だな・・・」 街灯。 薄暗い道を照らす街灯。 少し赤めの街頭や可愛らしいチューリップの形の街灯もある。 「・・・可愛いな。ああいうランプほしいかも」 街灯一つ、 昼間とは違うものに見えてくる。 不思議な感覚。 光は新鮮な空気を目一杯吸い込んで 郵便受けに新聞を入れていく・・・ カタンッ。 (あ・・・) 早朝はまだ眠っている人々も多いが、既に一日が始まっている人たちもいる。 台所の小窓だろうか。 灯りがついてまな板の上で何かを切っている音が 聞こえてきた。 それから・・・ 香ってくる玉子焼きの匂い・・・ (いい匂い・・・。お弁当でもつくってるのかなぁ・・・) あったかい家庭の雰囲気が 光にも伝わってくる。 (きっとあったかい家族なんだろうな・・・) カタン! 「幸せな朝食を・・・!」 可愛らしい木箱の郵便受けに新聞を入れ、光はペダルを踏んで 次々と新聞をいれていく。 郵便受け一つ、一つ、 どの家も違う。 (・・・それが楽しい発見なんだ) なんでもないことが 違う形に見えてくる・・・ (そんな感覚がうれしい。楽しい・・・) 「おーっし。もうひとふんばりだー!」 光はペダルを思い切り踏む。 減っていく新聞の束が寂しいくらいに 元気だ。 「・・・ここが最後っと」 10階建ての高級マンション。 (こういうところに住んでる人って・・・どんな人なんだろうな) 銀色のぴかぴかの郵便受け。 (綺麗だけど・・・。なんだか人の温もりがしないな・・・。 このマンションと同じだ) 大理石の床。 壁・・・。 みている分には綺麗だけど・・・住むにはなんだか寂しい。冷たい感じがする・・・ 「さーて。全部配り終えた・・・っと」 郵便受けの前で背伸びをする光。 マンションの自動ドアを出て行こうとしたとき・・・。 ドン・・・。 「わ・・・っ」 マンションに入ってきた男とぶつかり すべすべの大理石の階段で転ぶ光。 「イタタ・・・」 光が腰をポンポンと叩いて起き上がろうとするが 男が光の手をとって立ち上がらせた。 「大丈夫かい・・・?」 「え、あ、は、はぁ・・・(汗)」 金色のシャツにエナメル系の紫のスーツ・・・ なかなかの色男だが気障な雰囲気に光はすこし引きぎみ・・・ 「怪我はない?すまなかったね。ちょっと疲れててぼうっとしてたんだ」 「さ、作用でございますか。んではさよなら・・・」 ホスト系の気障男が苦手な光。 とっとと退散しようとしたが・・・ 「・・・あれぇ?おっかしぃなぁ。ない」 男がスーツの内ポケットをごそごそ手を突っ込んで何かを探しているよう。 「オレの大事な母さんからもらった形見のライターが。ない。あれぇ?」 わざとらしく光に聞こえるように言う男・・・ 「ないなぁ〜」 光をチラチラ脇見する・・・ (・・・) 「ライターってどんな形ですか?私も探します」 四つん這いになって光は探す。 郵便受けの下。 植木の合間。 必死に探す・・・ 「・・・。ねぇ。君さー」 「はい」 「オレ、嘘ついたの、わかってるんでしょ?真面目に探すふり なんて・・・」 男はしゃがみ、光の顔を覗き込む。 「・・・フリなんてしてません。私が探したいと思ったから探しただけです。 はい、ライター」 フサ・・・ 「・・・じゃあ失礼します」 光は男のポケットに何か小さいものを入れ、マンションを出た。 (・・・何入れたんだ?) 男がポケットを見ると・・・ (・・・いちこキャンディ・・・?) ピンクの包みから甘いかおりがする・・・ (・・・。変な・・・奴・・・) 男はキャンディを口の中に入れる 疲れた体に甘味はしみこんで・・・ 男の口の中は、久しぶりに何か、食べ物を”味わった”という感覚で満たされた・・・ ”私が探したかったから探しただけです” (・・・) 真直ぐに言い切った光真直ぐな目がなんとなく 印象に残って・・・ (中部新聞か・・・) 新聞社名を確認して男は郵便受けから新聞を取り、 マンションへ入っていった・・・ 光が配達所に戻る。 他の配達員の自転車も並べてあり、光は自分が最後なのかと思いながら 自転車を止めた。 そして聞こえてきたのは・・・ 「・・・光ちゃんって今時珍しいよく働く気立てもいい いい娘だよなぁ」 「ああ。うちの娘と同じ年だけど、自分の父親に挨拶もしない娘に なっちまってよ。ったく・・・」 他の配達員たちの会話が聞こえてきた。 配達員達は一服しながらお茶を飲んでいる。 光は少し照れくさそうに鼻なの頭をかく。 (まだキャンディ余ってるな。他の人たちにもあげよう) 光がポケットからキャンディの袋を取り出す。 が・・・次の言葉で光は足は止まる。 「・・・でも・・・。言いにくいけど嫁の貰い手はないだろうな。光ちゃんは・・・。可哀想に」 「ああ・・・。きっと子供の頃から辛い思いをしてきたんだろう。就職なんかでも苦労したんだろうな。 新聞配達なんて暗くてキツイ仕事しかないなんて・・・」 ”可哀想” ”気持ち悪い、化け物” そんな言葉よりもっと 自分自身を否定される言葉。 ”可哀想” 自分は人から哀れまれるような人間でしかないのだろうか? 哀れまれる価値しかないのか・・・? (・・・違う・・・!私は・・・可哀想な人間じゃない・・・違う・・・!) 光は顔を上げて大きな声で 「ただいま帰りました〜!!」 と胸を張って言った。 「あ、あ、光、光ちゃんっ。お、おかえりッ」 他の配達員たちは慌てて話題を変え、光にお茶を淹れた。 気まずい空気が流れる・・・ 「・・・あ、あの・・・!ちょっと私の話を聞いてくださいませんか?」 他の配達員たちは 自分達の会話で光が怒ったのかと思い、おどおどしてパイプ椅子に 座る。 「さっき・・・。緒方さんたちは私の事をかわいそうと言っていました」 「・・・(汗)ご、ごめんよ。あ、あの。悪気があって言ってたわけじゃなんいんだよ」 頭をぺこぺこさげる配達員達。 「別に気にしていません。それより・・・。私は可哀想じゃありません」 「え・・・?」 「そりゃ・・・。確か普通の人がすんなり通る道を私は人より 歩きにくい道かもしれません。就職だって何だって・・・。でも・・・でも私は 可哀想な人間じゃあない」 光はまっすぐ顔を上げて 配達員の顔を一人一人、見つめる・・・ 包み隠さず、これが『横山 光』だと・・・ 「本音を言うと・・・。やっぱり綺麗な顔の人が羨ましいし、火傷の痕は見ると時々 辛いときがあります。でも・・・でも、これが今の”私”なんです。 火傷の痣のおかげで”得たもの”もあるんです・・・」 「得たもの・・・?」 光は深く深く頷いた。 「・・・。昼間の仕事はなかなか見つからないから新聞配達の仕事を選んだのも事実だけど・・・。 私・・・。朝早くて眠いけど・・・。でも早朝の空気って澄んでて美味しい・・・。街灯の明かりがとても綺麗に 見える・・・。昼間では見られない風景に出会えて私はすごく嬉しい・・・」 「光ちゃん・・・」 「見えなかったものに気がつけた自分が嬉しい。だから・・・。私は 『可哀想』な人間じゃないんです。こうしてとっても美味しい キャンディを分けてあげられます」 光はキャンディの袋から包みを取り出し 配達員一人一人の手のひらに ちょこん・・・と置いていく・・・ 「・・・。うんおいしいな。これ・・・」 「お腹が減っているときになめるキャンディって本当に美味しく感じます。 ね?自分が可哀想だなんてマイナス思考、跳んで言っちゃうでしょう?」 「ああ。そうだなぁ。お茶も一層美味しく感じる・・・」 あったかいお茶と一個のキャンディで 配達員達の顔が綻んでいく・・・ 『可哀想』 自分で自分を可哀想と思ってしまったら 本当に 本当に救いようのない人から哀れまれるだけの薄っぺらい 存在になってしまう。 自分の心の持ち方で 人は変われる。 (自分に自信がない私でも・・・。キャンディ一つで、誰かを 微笑ませることが出来る・・・。だから私は可哀想なんかじゃない) ちっちゃな自己満足かもしれない。 でも 光にとってはとっても大きな大きな”自信”だ 大切な貴重な自信だ。 「今度、抹茶キャンディ持ってきます。ヘルシーでホントにおいしんですよ」 翌日から 配達所には様々な味の飴が 菓子箱に沢山入れられた。 (私でも誰かを微笑ませられる。幸せを感じられることもできる・・・) 暗闇の中にも小さな光は見つけられる。 ささやかな幸せを・・・