「うーん・・・」
頬とコメカミに絆創膏。
そんな顔で眠っている光。
(・・・ん?)
人の気配で目覚める光。
「光。ちょっと付き合え」
(んなーーー!??)
俊也がいきなり立っていて、光をひょいっとお姫様だっこして連れ出す
「な、何だよ、アンタ!!」
「いいからちょっと来い」
「来いってたってあたしゃまだ寝巻きのまんまだ!!」
「うるさい。3秒で着替えな」
光に着替えさせるとさっさと光を車の後部座席に放り込み、バタン!と乱暴にドアを閉めた。
「こらーー!!開けろ!!拉致すんな!!」
窓をバンバンと叩く光。
俊也は暴れる光を無視してエンジンをかけれアクセルを踏む。
「静かにしてな!!お前はこれからオレを訴えるンだからな」
「!??」
赤いスポーツカー・・・
その行き先はなんと警察署の前・・・
「う、訴えるって・・・」
「お前がオレを”暴行罪”で訴えるんだ」
(はぁーーーー!??)
俊也の目論見が分からずただ、呆然。
「な、何言ってんだ・・・。急に・・・」
「急じゃねぇだろ。オレがお前をぶん殴っちまったのは確かだ。
さ、行くぞ。オレはパクられる覚悟は出来てる」
「覚悟って・・・。あのね!私は訴える気もないし、慰謝料なんて
貰う気もない!」
光はドアを開けて車から降りようとするが・・・
(オートロック・・・(汗))
「ちょっと・・・。降ろしてくれよ」
「そうはいかねぇよ。オレの気がすまねぇ。オレの仕事は女に一時の夢を
与える仕事だ・・・。なのにオレは女を傷つけちまった。
ペナルティが課せられて当然だろ」
(どんな理由だよ。つーか私には関係ないって)
俊也は煙草をスーツのポケットから取り出して
火をつけた・・・
「・・・。あんたの理屈なんて関係ない。とにかく私は
訴えるつもりもないし、それを強要されるほうが迷惑だ」
「・・・なら・・・。金か?」
「・・・(怒)あのね・・・。それほど私の思考は安っぽくないよ」
「・・・じゃあどうすれば、お前の気は晴れる?何でも言え。叶えてやる」
(なんて横柄な態度なんだ(汗))
何だか謝られている気がしない光。
ここでまた断っても俊也はしつこく尋ねてくるだろう・・・
「・・・わかったよ。じゃあ・・・。きらきら光る場所に連れてってくれ」
「光る・・・場所?」
光が指定した”キラキラ光る場所”そこは・・・
「・・・って・・・。ここかよ」
誰もいない川辺・・・。
土手の草原の風景に少し似合わないスポーツカーが止まっている。
「おー!!よい風じゃ」
「よい風じゃって・・・。お前が来たかった場所ってここかよ」
「そーだよ。悪いかー?風がきもちいーじゃないか。それに
水面も綺麗だ」
ジーンズの裾をあげて、川の中にはいっていく光。
「おいおい・・・。”自然っ子”キャラ醸し出してんじゃねぇよ」
「・・・。なんでいちいちマニアックな受け止め方するかね。ったく・・・。お。おお!!」
光は川面を覗き込み川底の石をどけてある生き物を発見。
川の中から岸にあがり、手の中の生き物を俊也に見せた。
「ねぇ。ほら・・・。可愛いよ」
「なんだよ・・・。って・・・!!」
光の手の中には・・・。可愛い(?)アマガエルが一匹。
「・・・可愛いよねぇ。ちっちゃくてさ」
「・・・。ど、どっかやれよ・・・!」
俊也は顔をしかめてかなり嫌がる・・・
「・・・あら?あららら??もーしかして。アンタ、爬虫類系、苦手なのか?」
「・・・うるせぇ!いーから早く逃がせ!」
「ふー・・・。一昨日は”クールで凶暴さを秘めたホスト”なーんて
キャラかぶってたのにねぇ・・・。ふふ。ただの虫苦手少年だったか」
光はそっと草の中にアマガエルを解放した。
「お前こそ・・・。一体どんなキャラなんだよ」
「さー・・・。どんなキャラなんでしょ・・・。そんなの分かる人間いないよ・・・」
「・・・」
「ただ・・・。毎日をありのまま生きるだけ・・・。こんな顔でも
どんなキャラでも・・・」
ハンカチで足を拭いて靴下を履き、スニーカーの紐を縛る・・・
「・・・裾、濡れてっぞ。ふけよ」
「あ、ありがと・・・」
俊也が貸してくれたハンカチは・・・甘い香水の香りがした。
「・・・ブランド物だよな?使っていいの?」
「ハンカチの役目だろ。それが」
ちょっと今の言い方は可愛い。
「・・・ぷっ」
「何が可笑しい」
「いや・・・別に。アンタも”まんま”の部分があるんだなって思って。
安心した」
「・・・」
(・・・なんかコイツ・・・。つるつるのボールみてぇだな)
掴み所がなくて
手ですくおうとしてもすっと転がっていてしまう・・・
でも手触りはまんまるでソフト・・・
「・・・。ねぇ。アンタの仕事は女に一時の夢を与える仕事だって言ってたけど・・・。
じゃあ、アンタの夢はなに?」
「夢・・・?」
「そ。大きくなくても・・・。こうなりたいとかこうしたいとか・・・」
少し大きめの石に腰を降ろし、座る光。
太陽に反射する川を眺めて・・・
「そういうセンチな思考は嫌いでね。ま、強いて言うなら金儲け、かな」
「あ、そう。ま、それはそれで結構な夢だけどさ・・・。でも眠れば”夢”は
見るだろ?あんたも」
「・・・は?寒いギャグかよ。ソレ」
「違うって。ほら。夜見る夢は・・・。人の願望を反映するって言うじゃないか。
きっとアンタの心の奥にも・・・あるよ。アンタしかできない”夢”がさ・・・」
にこにこしながらただ・・・太陽の光が反射する川の流れを見つめている・・・
(・・・妙な女だな・・・)
説得力があるのかないのか分からないこというし・・・
でもなんとなくそれを聞いてしまうし・・・
「・・・アタシの夢はね・・・。こんな顔の私でも、誰かを
綺麗に・・・少しだけ幸せな気持ちにしてあげたい」
「・・・立派な夢ですこと。ハイぱちぱち」
わざとらしい拍手を送る俊也。
奇麗事が一番嫌い。
「昔の私と同じで・・・。外の空気すら吸うことが怖いそういう
人たちもいて・・・。人の視線が怖いって人もいて・・・」
「・・・。で・・・。どんな幸せをみせてやるっていうんだ・・・?」
光は少し考えた後、俊也に向かって何かを投げた
「アマガエルはこんなに可愛いんだよってね!えい!!!」
「わ!!」
俊也は驚いて思わずこけてしまう。
光が俊也になげたのは・・・。ただの草の葉っぱ。
「あははは。アンタ、ほんっとに苦手なんだねぇ・・・」
「うるせーよ。お前こそ悪戯ばっか、こきやがって・・・」
「ふふ・・・はー・・・。風が気持ちいいねぇ・・・」
光の前髪がふわっとなびく・・・
ショートだが、耳たぶが隠れるくらいまで伸びて・・・
(・・・こいつ・・・。痕がなかったら・・・。ホントに綺麗な横顔なのに・・・)
俊也は暫く・・・
光の横顔をただ・・・見つめる。
(いや・・・痕があってもなくても・・・。綺麗なのかもしれない・・・)
「・・・ん?何?私の顔に、蚊でも止まってるって?」
「いーや・・・。蚊じゃなくてとんぼだな。あ、今は春だからいねぇか」
「ふふ・・・。変なの・・・」
光の微笑みに自然と俊也の口元も緩む・・・
・・・心が和むなんてことは・・・。遠い昔に忘れたと思っていた。
(・・・別に癒されるわけじゃねぇけど・・・。こういう気分も悪くは・・・ない・・・か・・・)
暫くの間・・・
光と俊也はただ流れる川を
清清しい風を感じながら眺めていたのだった・・・。
「・・・ありがとうね。いい気分転換になったよ」
光の家の前。
俊也の車から光が降りる。
「ホントにそれが”慰謝料”・・・。でいいのか?」
「ああ。あの川までは車がないといけないからね。だから
助かった」
「そうか・・・」
「ま、アンタも少しはこれにこりて・・・。神妙さを身に付けたほうがいいよ。
んじゃ、サイナラ」
光は玄関前の柵の鍵を開けて、中にはいってく。
「おい・・・!」
運転席から身を乗り出して光を呼び止めた俊也。
「・・・アンタ、じゃなくて・・・。俊也でいい。それから・・・」
「それから?」
「・・・。いや・・・なんでもない」
「そ。じゃあね。あ、それと、これは
今日のお礼!」
光が何かを俊也に投げた。
「じゃ・・・!」
鍵をあけ、スタスタと家の中にはいっていく光・・・
光から受け取ったもの。
手を開くと・・・
(・・・。苺の飴・・・)
子供っぽいけど・・・でも
甘くて優しい匂い。
(・・・子供キャラだな。んっとに・・・)
柄じゃないのに・・・
気持ちが落ち着いている・・・
息が・・・やすらかで・・・
(女に癒される・・・なんてことはねぇけど・・・。ま・・・。
たまにはいいか・・・)
苺味の飴玉・・・
その日から俊也の好物になったのだった・・・。
※
次の日。
光は昨日の出来事を晃に話した。
「な・・・なんでアイツが光と・・・!!」
「よく分からないんだけど、あの人なりに私に謝りたかったみたいだ。
って、あのデカイ態度だから謝られた気がしなかったけど・・・」
「・・・当たり前だ!!アイツは光に暴力を振るったんだ!!
謝ってすむことか・・・!!」
晃の怒りはまだ収まっていないようだ。
マグカップを持つ手が怒りで震えている。
「・・・晃・・・。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど・・・。
晃には人を恨んだり憎んだりしてほしくない」
「光・・・」
「荒んだ気持ちは・・・。晃の魔法の手まで汚してしまいそうだから・・・」
光は晃の手のひらを優しく撫でて話す・・・
「それに、もうあの人と会うこともないだろうし・・・。忘れてさ。
仕事、頑張ろうよ。な!」
「・・・。わかった・・・。光がそう言うなら・・・」
光は深く頷いて
パソコン入力を続ける・・・
(・・・光の言うとおりだな・・・。オレは自分の感情だけで
突っ走ってた・・・)
いや・・・それだけじゃない。
俊也が光に関わること自体が・・・許せない。
(・・・これは・・・。嫉妬だ・・・。歪んだ・・・)
妙な勘が働く。
俊也と光の間に何か生まれるんじゃないかって・・・。
(・・・。例え将来そうなったとしても・・・。光の幸せが
第一・・・。オレの想いは封印したんだ・・・)
光の笑顔を見るたびに
”報われない何か"を期待してしまう。
(今は・・・。もっとこの仕事を軌道に乗せることだけに
集中するんだ・・・。それが・・・光にとって一番いいことなんだから・・・)
晃は光の横顔を
様々な想いをめぐらせて見つめていた・・・。