シャイン
〜みんな輝いている〜
第一話 母の髪と届かぬ手紙 希望なんかもてやしない もてやしない 綺麗なもの 健康なもの 形のいいもの お金があるもの 地位があるもの 最低限に手の掛からない人間が良しとされる 人並みの 普通の  そんな名詞にあてはまる人間だけの世界。 醜いもの 病気のもの 形が悪いもの 金が無いもの 地位が無いもの 負と位置づけられるものはひっそりと 身を潜めて生きさせられる 希望なんかもてやしない でも・・・ 朝日は綺麗なんだ 朝陽に浴びたい  希望なんかもてやしない でも 太陽の陽を求めてしまうんだ・・・
「母さん。おはよう。今日は晴れてるよ」 光の家。畳8条の居間の窓際。大きめのベットに光の母・登代子が目を覚ました。 「あ、ごめん。起こした・・・?」 「・・・」 登代子は少し微笑んで顔を横にふる・・・。 「母さん、着替える・・・?」 光は登代子の背中を支えて上半身を起こす。 「今日は寒いから・・・長袖の方がいいかな」 登代子はしびれからくる震える指でOKのサインを出す。 「よし・・・。じゃあ・・・このピンクのブラウスにする?」 ウィンクして頷く登代子・・・。 「おっけー♪」 光も笑顔で箪笥の中からブラウスを出す・・・。 いつもと代わらずほのぼのとした朝。 違うのは・・・ 登代子の言葉が思うように話せず・・・。 車椅子が必要になったこと・・・。 「ちょっと母さん!若が花と貴が花、また兄弟げんかやってるよ。 土俵の外じゃまぁ喧嘩も下手だコト」 くすっと笑う登代子。 「なに?え?」 まだ眠いのか寝ぼけている。 光は登代子の口元に耳を寄せ。 「・・・なにー?私と一恵の姉妹げんかの方が派手だってかー。 そりゃー。肝っ玉母さんの娘達ですからなー」 ”ああ、そうさ” 登代子の目はそう言ってウィンク。 「母さんの迫力にはみんな勝てないよな。はは」 登代子とのちょっと毒舌交じりのトーク・・・。 倒れてからあんなに太くて迫力が声も 掠れ、思うように大声が出ない。 だが威勢だけはまだまだ健在で。 ”父さんの所へはまだまだ行けん。酒かっといで!光!” 医者から止められているのに、病気に負けてて居られないと・・・。 豪快な笑顔は絶やさない。 いや・・・絶やしてはいけないと思っている。 「かあさん!すんげー。庭にこんなにでっかい すずらん咲いてた」 (光が一層私に優しくしちまう・・・) 娘の笑顔に応えなければ 光はまた倍の笑顔を返そうとするから。 「はい。母さん、朝飯だぞーい」 「母さん、トイレか!うっし、肩に掴まってくれ」 今でこそ・・・光の肩を借りてトイレまでゆっくりだが 歩けるようになったが倒れた直後は 体重50キロ以上ある登代子を光がトイレまでおぶっていた。 ”光・・・。重いだろ・・・。いいんだ・・・” ”せめてトイレは・・・。なんとか自分の力で させてあげたい” 光の想いは登代子に痛いほど伝わっていた。 (・・・子供の重荷になってる母親じゃ・・・。父ちゃんに 顔向けできないよ・・・) 「さーて。天気もいーし。洗濯もの一斉に干ちまおう!!」 庭で元気に物干し竿に洗濯物をつるしていく光・・・。 (光・・・) 光はずっと家事と家計の足しにとアルバイト・・・そして 登代子の看病に明け暮れ、一年半が過ぎた。 妹の一恵も短大を卒業して就職。 (・・・。一日中・・・。光を縛っちまって・・・) 光の看病がなければ まだ自分はトイレさえ自分でいけない。 それに・・・ 本当ならば・・・ ベットの登代子はちらりと壁に飾られた額縁に視線を送る・・・ その額縁には光の美容師の資格証書が・・・。 (本当だったら・・・。資格を生かしてどこかで 頑張っていたはずなのに・・・) 人の視線が怖い 人と話すことが怖い 周囲の人間全てが恐怖だった光が・・・ 懸命に自分の力でとった力・・・。 (くそ・・・天国の父ちゃん・・・。なんで娘に苦労させるんだい・・・ 私を病気なんかに・・・) 悔しさで・・・シーツをグッと握り締める握力さえ 今の自分にはなく・・・。 ただ・・・。 「かあさーん!お昼、チャーハンにしよーね!」 エプロン姿の光の笑顔が・・・ 痛々しかった・・・。 「・・・ただいまー・・・」 コチコチ・・・。午後9時・・・ 一恵が帰ってきた。 台所ではラップされた夕食が用意され・・・ 「お姉ちゃん・・・」 光は登代子のベットの側でこくりこくりと眠っている・・・。 (お姉ちゃんごめんね・・・) 家計のために就職した・・・といえば聞こえはいいが・・・ 登代子の看病を付きっ切りの光に比べたら・・・と思う一恵・・・。 (・・・お姉ちゃん・・・痩せた・・・) 背骨がくっきり浮き出て (・・・お姉ちゃん・・・) 眠り込んでいる 疲れきっている (・・・お姉ちゃん・・・。体大丈夫なの・・・?) ”だいじょーぶ。体力だけは自信あっから” (お姉ちゃん・・・) 笑顔で細い腕を見せる。 (・・・お姉ちゃん・・・。辛かったら言ってね・・・) 眠る光の横に、大好物のプリンの包みをそっと 置いた・・・ 家族は助け合うために一緒に住んでいる。 確かにそうだが 時々、それが切ないときがある。 誰かが支えになり 誰かが支えられて。 外から見ればそれは家族愛という美しい絵に見えるだろう。 だがそれは 美しい絵ではなく。 厳しい現実。 その現実をその日その日で懸命に生きている。 ある日。 昼下がり・・・。 車椅子に登代子を乗せ日向ぼっこ・・・。 花壇のラベンダーやハーブの香りに 登代子は微笑んでいた。 「ふむ・・・。母さん・・・髪、伸びたよな。少し切ろうか」 母の毛・・・。 光は新聞紙に穴を開けて登代子の首を通した。 「それでは只今から横山光美容室かいてんいたしまーす!」 ”頼むよ”と登代子は微笑んで頷いた。 チョキ・・・。 肩まで伸びた登代子の毛。 ハサミを入れていく・・・。 (・・・なんか・・・。白髪もまた増えたな・・・それに・・・) 最近・・・抜け毛が多く・・・ 細くて・・・ 抗生物質やら、ホルモン剤やら・・・ 沢山の薬の副作用せいなのかも・・・と光は思った。 (母さん・・・。私、母さんの髪の毛、大好きだったんだよ) 痛々しい 艶やかだった登代子の髪が弱弱しく・・・。 「なんだい。失恋した・・・ような顔をして・・・」 登代子が小さな声でたずねた。 「ん、なんでもない・・・。母さん、今でも綺麗だなって思ってさ」 ”当たり前さ” と言わんばかりにウィンクする登代子。 「母さん・・・」 体も髪も弱ってるのに・・・ おちゃめッ気は健在で・・・。決して娘に弱音を見せない姿勢・・・ ”体の自由がきかなくなって一番辛いのはお母様本人ですよ” 病院の看護婦の言葉が過ぎる・・・。 (そうだよ・・・。母さんが一番辛いんだ・・・。当事者が 一番・・・) 自分はどこへでもいける。 歩けるし、好きなところへ好きなときにいける。 それが出来なくなったつらさは 当事者にしかわからない。 「母さん。ハーブの髪飾り作ってみようか。いい香りがして・・・」 「スー・・・」 (母さん・・・) 日向が登代子に眠りを促したようだ。 光はそっと花壇の花を摘んで・・・ 登代子の髪にさした・・・。 「・・・。本当にずっと綺麗だよ」 眠る母・・・。 (・・・もっと・・・。弱音も吐いて欲しいな・・・。 でもそれをしないのが母さんらしくて好きだけど・・・) それは登代子も同じ・・・ ”頑張らなくいい・・・” お互いに気遣いあって 寄り添って暮らしてきた二年・・・。 (これからも・・・そばにいるから・・・) そっと・・・ 登代子に自分が着ていたシャツを着せたのだった・・・。 その日の夕食。 久しぶりに横山家の食卓はすきやき。 光は登代子の分の肉や野菜を小皿に入れる。 「はい。母さん」 右手の握力が若干リハビリで戻ったが 箸を使いこなすほどでなく光はフォークを手のひらにヘアバンドで 固定する。 「しっかしいい肉みつけてきたな〜。うまいうまい」 「ふふ。私も買い物じょうずになったでしょう」 「まぁね。でも”男”には買い物”させる”のが 上手だけどな。さっき電話あったぞ。高木君って人から」 「・・・。えっ。もう。断ったのにー」 相変わらずお洒落と恋愛には積極的の一恵。 そんな妹の揚げ足をとる姉。 直面している現実はシビアだけど ありのままでいること その大切さを娘達に尾知られていると感じる登代子・・・。 動かない左手。 微かにしか動かない右手でも体力をつけねばと 一生懸命にフォークでさした野菜を口に持っていく。 (せめて食事くらい自分でできるようにしとかないと・・・。 お父ちゃん、私に力を与えておくれ・・・) 登代子のそんな姿に・・・ 光も一恵も痛々しく・・・でも・・・ 心強く・・・。 「母さん。ほおら。肉、どんどん食べよう! 一恵に食われちまう!」 賑やかな食卓・・・。 3人家族。 それぞれ辛い想いを抱えている。 だからこそ・・・ (一緒に寄り添って・・・いたいんだ) 痛々しい笑いでも 3人一緒なら・・・。 「あ、そうそう。お姉ちゃん。本屋でみたよ」 バサっとテーブルに雑誌をおいた。 その雑誌には・・・。 『美容倶楽部 HANAOKA 六本木ヒル○内に 進出・・・!』 某エステ会社と合併したHANAOKAグループの社長の記事が載っていた。 社長の隣に映っているのは・・・。 (晃・・・) 社長の右腕として会社を守り立てた・・・と 紹介されている・・・ 「ふん。何よ。”アメリカで修行してくる・・・待っててくれ”だ。 お姉ちゃんのこと知らん顔して!!手紙の返事もよこさない なんて!!」 一恵は肉をがっつく。 「・・・。いいんだよ。晃が元気で・・・頑張ってるならそれで・・・」 「でもねぇ!!アイツ、お姉ちゃん散々振り回しておいて 一年近くも知らん顔なんて!!」 「でも・・・。晃のお陰で・・・私は沢山・・・自信がついた・・・。 感謝してるんだ・・・」 「お姉ちゃん・・・」 「晃は・・・。光りの中で生きている人・・・。私は応援していく・・・。 それでいいんだよ。それで・・・」 笑っているけれど・・・。 目の奥には切なさが感じられる・・・。 「ほーら!ぼやーっとしてっと肉全部食べちまうぞー」 「あっお姉ちゃんずるいッ」 登代子も一恵も知っている・・・ 晃への手紙を本当は待っている光を・・・。 ガタン! と郵便受けの音がすれば真っ先に飛び出していく光を・・。 (光・・・。あんたのためにできること・・・見つけたよ・・・) 翌日の夜・・・。 チリリリン。チリリリン。 一階の居間。ベットの上に置いてある呼び出しようのベルを 登代子は鳴らす。 だが隣の部屋で眠っている光は疲れで寝込んでいて起きない・・・。 「お母さん!どうしたの・・・!?」 二階から一恵が降りてきた・・・。 「一恵・・・。ワープロもって・・・き・・・な・・・」 一恵の耳元で伝える 「ワープロって・・・何するの。お母さん」 「いーから・・・もっといで・・・。それからあんた・・・英語・・・できるかい・・・?」 「え・・・?」 朝方・・・ カシャ・・・ カシャ・・・ 唯一動く右手の人差し指で・・・ キーボードを 一文字一文字打っていく登代子・・・ (光・・・) カシャ・・・ ワープロの音は朝まで響いていたのだった・・・。