第13話 被写体の気持ち 「すげぇよなぁやっぱ。俊也の奴は」 「才能ある奴は違うよ。別格つーか」 専門学校の掲示板に貼られたコンクールで入賞した作品。 撮影者の名前が俊也だ。 (へへ。まぁオレの実力はこんなものよ) 自分の写真を誉められ、影から様子を伺う俊也。 周囲からもその技術はかなり評価されているのは確かだ。 (オレは顔もいいが腕もいい。ふふふ) なーんて自慢げにしている俊也だが・・・。 「はん。こんな写真が優秀賞なんて・・・。審査した 奴らも目が節穴だな」 (な!?) サングラスをかけ、ひげ面の男がそう捨て台詞を掃いた。 「あ、た、高松先生」 (た、高松って・・・。あの有名な写真家のか!?) 高松幸四郎。 日本を代表する写真家。 「技術があるだと?カメラに手慣れただけじゃねぇか。 被写体の気持ち無視してやがるこんな写真の何処が優秀なんだか。 俺に言わせりゃ、こんなもん、入れモンだけ上等で中身は腐った弁当 だぜ」 (んなッぁあ!??) 散々の言われように俊哉も切れて。 「おいてめぇ!!俺の写真の何処が腐った弁当なんだ!!」 「あん?これ、撮ったのお前か。はぁ〜ん」 俊也をまじまじと眺める高松。 「じろじろみんな。じじい」 「へっ。ホストみてぇなチャラチャラした奴にゃぁ この程度の写真しかとれねぇわなぁ。アハハッハ」 「んな、なんだと!?オッサンこそな、ちょっとばかり 有名だからっていばってんじゃねぇ。老兵は消えろ!] 「ほいほい消えますよ。ボクちゃん」 ぷはっと高松は俊也にタバコの煙をふきかけて ふてぶてしく去っていった。 (あんの、くそじじいい〜!!) どうしても納得がいかない俊也。 (・・・けっ。光ならオレのこの写真の魅力がわかるはず) 何故だか光に見せてみたくなった俊也。 「おこんにちはー♪愛しのひっかるちゃーん!」 腕を広げて光に突進! だが。 バフ! 「あぢぃいいい!!」 熱いタオルを顔面にHITさせる光。 「触られるのが嫌いだって言ってんだろ!商売の邪魔だから 帰れ」 「ったく〜。いけずなんだから。今日は、お前に見てもらいたいモンが 会ってきたんだよ」 「私はアンタの顔が見たくない」 (今日はご機嫌斜めらしいな) だが俊也は引き下がらない。 どうしてもあの写真を認めさせたい。 「ばばーん!!」 「あ?」 サッサと床掃除をする光に写真を無理やり見せる俊也。 「顔良し、頭良し、ついでに何をやらせても優秀なボクちゃんが、 写真でも優秀だったのよん♪」 「・・・。性格は果てしなく不良だけどな」 「なぁなぁ〜。光。どう思うよ??この写真を”被写体の気持ちが分かってない”とか 抜かす奴いるんだぜ??オレはぁ、被写体、つまり この少女とコミュニケーションはたっぷりとたし」 病床に眠る少女の微笑み。 カメラに向かって あどけない見るものを癒すような穏やかな微笑が・・・。 「どうよ??困難な現実に立ち向かう少女の勇気が写真から満ち溢れているではないか!」 「・・・」 光は写真をじっと無言で眺める。 (・・・な、何だよその沈黙は(汗)) 「・・・。これ・・・笑ってないよ」 「は・・・?」 「女の子・・・笑ってないよ」 光は写真を俊也に突っ返した。 「あ、あのねぇ。光ちゃん?視力悪くなった?? 笑ってるでしょ?どうみても・・・」 「・・・。その子、本当は写真なんか撮られたくなかった気がする」 「え、何言ってんだよ。オレは、ちゃんと許可も取ったし、 その子も快諾してくれて・・・」 「・・・。撮られる事はいいとしても・・・。 自分が撮られた写真を見たいとは・・・思ってない気がする・・・」 「・・・。そ、そんなこと・・・」 そういえば。 俊也には思い当たる節が・・・。 撮った写真を少女に送ったが なんの返事もない。 「・・・自分の弱い所・・・。他人に見られたくない姿・・・。 そこをさ・・・。無理やりこじ開けられたみたいにこんなに曝け出されて・・・。 なんか・・・痛いよ」 「曝け出すことが大事なんだろう!??いつまでも 自分の殻に閉じこもってることがいいってのか!?」 「・・・。自分の殻を開けるのは・・・。他人じゃない。この子 本人だろ・・・?」 「・・・!」 俊也の頭の中の言語中枢。 光へ返す言葉の種類が途絶えた・・・。 「・・・コミュニケーションとったっていうけど・・・。 人の心に触れるって言うのは簡単なことじゃない。 抱えているものも大きいならそれだけ時間もかかると思う」 「・・・じゃあお前には何が分かるというんだ??」 「分かるわけじゃないよ。ただ・・・。未だに私は・・・ 写真が怖いってことだけ・・・。乗り越えなきゃって思うけど まだ時間がかかりそうってことだけだよ・・・」 光は静かに掃除道具を ロッカーにしまう。 「・・・。なんか色々偉そうに言ってごめん。私の意見なんて 気にしないで・・・。アンタはアンタの思うままを撮ればいいよ」 「・・・。いや・・・。気にするさ。興味のある女の意見はね・・・。 そんじゃおれ、帰るわ〜」 カラン。 最初に来たときよりは若干・・・ テンション低めで俊也は帰った。 (・・・言いすぎたかな・・・。写真のこと何も知らない私が・・・) ただ・・・ ”撮られる側”になると つい否定的な意見になってしまう。 ”いつまでも自分の殻に篭ってることがいいってのか” 俊哉の言葉が突き刺さる。 (・・・分かってるんだ。ただ・・・。時間がかかる・・・。”殻”って 奴は分厚くて・・・) 毎日、お客さんのカットして 当然、自分の姿も鏡に映る。 お客さんの姿を見るのは全く平気なのに 無意識に自分の姿から目を逸らす癖・・・。 (・・・。頑張らないとな。うん・・・) 「よぉーし!!今日も頑張ろう!!」 光はぎゅっとタオルをバケツの中でしぼり 硝子をきゅっきゅと磨く。 自分の心の曇りも拭うように・・・。 「結構、キツイでしたなー。光ちゃんのご意見」 でっかい白いソファに大の字になっている俊也。 「はぅ。ちょっとオレいま凹みがち?オレがかー・・・」 キャラじゃないことは分かっているが。 自信があった写真が・・・ 粉々に 破かれた・・・ (・・・そういやぁ・・・。あの女の子にオレ、 一回しか手紙かいてねぇし) それもメールだ。 「アナログの方がやっぱいい??」 何十年かぶりに封筒と便箋を使う俊也。 ”それだけの時間がかかるんだよ” 「どれだけの時間かわかりませんが・・・。 がんばりましょっしょい。光ちゃん」 (この俺が何かに”頑張る”、なんて・・) 「時間がかかることなら俺はもう慣れてる慣れてる」 光をつっつき初めて一年半。 全く反応しないのに 飽きが来ない自分が不思議だ。 「・・・。はじまりねぇ・・・」 (・・・) 俊也は自然にカメラをてにとり・・・。 便箋と封筒にレンズを向けた。 パシャ・・・。 ”人の心とかかわるなんて簡単じゃない” (そうかい。困難なことに出会うほど俺は戦闘意欲が 沸くって性質なんだよ。ヒカルちゃん) パシャ・・・。 パシャ。 部屋の物を 撮る。 身の回りの家具や風景。 ”簡単じゃない。人の心は・・・” 光の言葉を意識しながら・・・。 「・・・」 最後のフィルム。 俊也がレンズを向けたのは・・・。 白い便箋とペン。 ”人の心は簡単じゃない・・・” (・・・) パシャリ。 晃はその写真を・・・ あの少女に送った。 『はじまり』 俊也の脳裏にそのタイトルつけ 『オレと・・・色んなおしゃべりしてください』 そうメッセージを付けて・・・。 一週間後。 「おっはーーーvv」 「出たな。ホストあがりめ」 光は思い切り嫌な顔でお出迎え。 ついでパタパタとはたきとでお出迎え。 「光ちゃん。見てよほーら♪」 「ん?」 俊也はポケットから一通の手紙を取り出した。 「オレ、今、ぶんつーしてんの。ほら。 例のオレの”被写体”になってくれた少女と」 「へぇ・・・」 「オレの。このオレの真心が通じたんだな。ふふ。 やっぱりオレってなんて素敵な男なんだろう」 (汗) 自分自身を両手でハグして言う晃。 「この真心・・・。愛しい光ちゃんにも 通じないだろうか・・・」 (そう来るか) わざとらしく甘い視線を光に送る・・・。 「通じない通じない。さ、お店開けるから 出ってちょうだいな」 ぷいっと掃除を始める光・・・。 「んもう〜。いけず〜ぅ」 晃はふざけながらも退散していく。 「・・・。よかったな」 (え・・・?) 「女の子と少しだけ近づけて・・・。よかったな・・・」 「・・・。あ、へへへ。まぁオレの愛の熱さが伝わったってことかな」 「・・・熱すぎるけどな(笑)」 そういって光が俊也に投げたものは・・・。 いちごのキャンディ。 (・・・) 「なんだよ。こどもっぽいことすんなってか」 「いいやいいや。光ちゃんのキャンディ。ありがたーく いただきまーす♪じゃあ、まったね〜☆」 おちゃらけ”俊也”でステップ踏んで帰っていった。 「・・・ったく・・・」 おちゃらけ俊也。 最初は本当にただの軽いだけの奴だと思った。 (でも・・・だた、軽いだけじゃないみたいだな) 写真に本気になっていることを 光は感じたのだった。 (・・・イチゴキャンディね・・・。ったく 相変わらず”甘い”ねぇ・・・) 運転席で 貰ったキャンディをぱくっとほおばる俊也。 そのキャンディの甘みは 一層不思議で・・・ そして優しい味がする・・・。 (・・・苺が好物なったことは光には内緒だ。ふふ) 苺キャンディが 今は愛しく感じる。 ”よかったな” (・・・) 光の労いの言葉に 喜びを感じる自分に気がつく。 苺キャンディの甘い香りともに 俊也はエンジンをふかせて走り去ったのだった。