シャイン
〜みんな輝いてる〜
16話 13年目の”ごめんね”
彼女のことは今でも覚えている。
どれだけ苛められても
どれだけ踏みにじられても
・・・泣き顔は見たことは無い。
私は見てみぬふりをしていた。
同じクラスだったけれど
一番近い席に座っていたけれど
・・・彼女にクラスメートがしたことも全部知っていたのに
知らないふりをした。
時には一緒に悪意ある言葉を
”目が腐る。視界から消えてよ”
悪意ある言葉も・・・なげつけた・・・
・・・自分を守るため。
被害がこちらへこないように守るため・・・
”ほら。食えよ。ゲテモノにはゲテモノ料理だろ?”
便器に投げ捨てられた玉子焼きを
”うげッ・・・。ホンキ!!?気持ち悪い・・・”
手を突っ込んで拾う・・・
形もない玉子焼きを大切そうに手で包む。
他の生徒達は鼻をつまんで逃げていった。
私はトイレから静かに出てみた
・・・早く逃げ出したい。
こんな息詰まる状況から早く出たかった
トイレから出てきた一瞬・・・。
彼女の背中だけを見た。
”母さんの玉子焼き・・・。ここには捨てられないよ”
そう呟く彼女の・・・背中だけしか見られなかった
責められている
責められている
”見て見ぬフリして・・・!”
彼女の背中だけしか・・・
彼女の背中が忘れられない。
見て見ぬ振りをして
逃げ出して
・・・彼女をずっと教室に置き去りにして・・・
彼女の背中が忘れなれなかった・・・
※
ディスクワークが昔からあっている。
だがどこの場所でも大なり小なり人間関係はつきまとって。
「波多野さんと一緒に居るなんか・・・。疲れるよね」
同僚達のそんな流れに有子も身を任せ、孤立する同僚を無視しつづける。
(幾つになっても女同志の関係は面倒だ)
腹の中ではそう思っていても流れからはずれることなど出来ない。
(何人やめたか・・・。この会社の女子社員)
だがこの不況時になんとか黒字を保っている会社。止めるわけにもいかない。
(誰もが自己防衛でていっぱいなのよ)
孤立する同僚の背中を少し遠めに見ながら心の中でそう自分に言い訳する・・・
(・・・背中・・・か)
忘れれらない背中がある。
あの背中だけは・・・記憶の中にずっしりと”罪悪感”という名前で
残っている。
(同窓会・・・。か)
部屋に届いた中学の同窓会の葉書。
有子はスーツのままベットに寝転がって葉書をぼんやりながめる。
(・・・。来るかな・・・。彼女)
名前と背中だけ覚えている。
一度も言葉は交わしたことが無いけれど
いつも机の中にグランドの土や椅子には腐ったものが置いてあった。
(来るわけ無いか・・・。私だったら・・・。犯罪一歩手前なことしてたわ)
日頃堪っているストレス。昔の記憶を引っ張り出して、自分が被害者になって発散する。
頭の中で。
(・・・。とりあえず行っとくか。後々なんでこなかったって
言われたら面倒だし)
同窓会などというものは見栄のオンパレードだろう。
昔の付き合いでも簡単に断ち切れない。
(孤立したくない)
一人ぼっち、孤立への恐怖は色濃く健在だ。
「久しぶりー!!っていうかこの前葉書見たよ」
晩婚化といわれるが最近は二十代前半で結婚する女性も増えてきた。
子供の一緒にうつるあの艶々の写真の年賀状。
「お母さんの顔してるね。完全にー」
話の内容は子供話でも、女性はおしゃべりが好きは変わらない。
「有子。あんたは??彼氏とかそういう存在の人いるー?」
「え?あー。まぁぼちぼち・・・かな」
適当に話を交わしていかないと。深入りされたくない。
女の話は探りあい。互いの弱点を知ろうとしたり逆に隠そうとする。
少し酒の勢いもあって口うるさい女性は結構ズバズバと物を言う。
「あ。そういえば、あの”人”来てないね。来るわけ無いけど」
「あー・・・。ってか来られても困るけど・・・はは。まだあの”顔”
してるのかな」
(・・・)
あの”娘”でもなく”人”。
同級生たちの中でいかにどうでもいい存在かが垣間見れる。
「私ならー・・・。とにかくお金つくりまくって
すぐ整形はしるなー・・・。だって生きていけないでしょーふつー。ハハハ」
「まぁーねぇー。どちらにしてもサイアク。同情申し上げますわーフフハハ。あ。
ビールお代わり」
酒はその人の中の本性を曝け出す力がある。
懐かしさで酔いしれながら、”話のつまみ”でしか、
ない存在の”彼女”は今頃どうしているだろう。
有子の脳裏にあのトイレで見た背中が少し過ぎった。
「ねぇ。今から彼女呼んで見ようか?」
「え?」
「生きてるかどうか。電話してみようよ。電話番号メモってきたんだ
へへ」
顔が赤い一人の同窓生が携帯とメモを取り出した。
「もし生きてたら・・・今度私、お昼おごっちゃう〜!!ね、賭けてみよう!」
「ちょっとぉ。マジで死んでたらどーすんのよぉ。
あはは。アタシ死んでる方に2千円ー!!ねぇ有子あんたは
どっちにかけるー??」
「・・・」
悪酔いしてきた
同窓生が年賀状にある番号を押しはじめた・・・
P!
「えっ・・・」
携帯電話をその同窓生から取り上げて電源を切った有子・・・。
「・・・」
気まずい空気が酔いを醒ます。
「あ・・・。あのほら・・・。せ、せっかく会えたんだから
他の話で盛り上がりたいっていうか・・・。ね、ね、そうでしょ?
そ、それにほら。万が一、家族が電話に出たらまずいし・・・」
自分の行動を必死に繕う。
(コリツしたくない)
そんな思いが必死に有子を軌道修正させる。
同窓生達ははっと周囲の視線に気づいた。
悪酔いして大声になって自分たちの話が
周りに筒抜けだったことに・・・。
「そ、そうだね・・・。家族が出たらしらけるし・・・。
うん。ごめん。私、ちょっと悪酔いしすぎた。へへ」
同窓生達は一気に話題を変える。
・・・今の妙な緊張感を消すために。
「の、飲みなおそう飲みなおそう!」
同窓生達は必死に空気を変えようと酒をまた
飲む。
(・・・。私達なんにも変わってない・・・)
誰かを傷つけていることにきずいても
誰も止める人間はいない。
(今だって私は他のお客さんの視線が怖くて止めただけ・・・。
自分を守っただけなんだ)
正義感なんてかっこいいものじゃない。
(・・・。思い出したくなかった・・・。昔の自分を・・・)
ただそれだけだ。
”罪悪感を感じている自分”を正当化したかっただけだ。
(・・・。同窓会なんて・・・だいっきらい・・・)
だが”彼女”はもっと嫌いだろう。
酒のつまみにされた2千円の命の彼女。
(・・・来るんじゃなかった・・・)
酒の味も料理の味も有子の舌には
不味くそして冷たかった・・・。
「じゃまたあおーね!メールするから」
飲み屋の暖簾を同窓生達はくぐって解散していく。
(・・・誰がするか)
有子は教えられたいくつかのメアドの削除した。
(早く帰ろう・・・。何もかも忘れて眠りたい・・・)
ため息をついて駅に向かおうとした。
(あれ。先生・・・?)
有子の担任が飲み屋を出て裏道へ歩いていく姿を見かけた。
(何だろ・・・)
つけてみると
コンビニの前で誰かと話す担任。
(あ・・・あの背中は・・・)
見覚えの或る・・・
背中。
水色のパーカーを着て帽子をかぶっている光の姿がそこに
確かに在った。
・・・13年ぶりの背中が・・・。
有子の足と手は
ガタガタと震えだした。
(”彼女”・・・だ・・・)
有子の中の罪悪感というかさぶたがはがれだす。
一緒になって無視して
持ち物を捨てて
笑った・・・
(ど・・・どうしよう。顔があったらどうしよう)
会いたくないと思うのはきっと光の方な筈なのに
まるで、自分の方が”やられた側”に立ったよう
「・・・すみません。結局来られなくて・・・。店の前まで行ったんですが
やっぱり・・・。入る勇気がありませんでした」
帽子を脱いで担任に頭を下げる光。
「いや・・・。私と会ってくれただけでも充分嬉しい」
「先生・・・。私は・・・まだまだ器が小さい人間です。すみません」
「・・・そんなことはない・・・。色々聞いている。今、大変なんでしょう・・・。
お母さんが倒れて・・・」
光は黙って首を横に振った・・・。
「手・・・。荒れているわね・・・。でも・・・。温かい優しい手だわ・・・きっと
この手で・・・お母さんの体を拭いてあげているのね・・・」
担任は光の手をそっと撫でて呟いた・・・。
「・・・先生こそ・・・。お体を壊されたと聞きました。
ご健康にはくれぐれもお気をつけください」
「・・・ふふ。ありがとう。横山さんと会えて元気が出たわ。だから大丈夫」
担任は光の手を何度も握り締めて別れた・・・。
「先生・・・。お元気で・・・」
姿が見えなくなるまで何度も会釈して見送った光・・・。
そして光も暗闇へと歩き出す・・・。
(・・・)
暗闇へ有子もついていく・・・。
(なんで・・・私ついていってるんだろう。行ってどうするつもりなんだろう)
何を言いたいのか
わからないが
ただ・・・
このままバラバラになってはいけない気がして・・・
あの背中が
あの背中が
そう思わせて有子の足を動かす・・・。
(あ・・・)
人の気配を感じたのか光が電柱の前で立ち止まった。
「・・・。誰だ・・・?」
さっと電柱の陰に隠れる・・・。
「・・・誰・・・?」
有子の足が震える・・・。
近づいてくる光に・・・。
”見てみぬ振りして・・・!!”
(責められる責められる・・・)
暗示のように有子の体を呪縛する・・・。
「・・・あ・・・ああ・・・あの・・・っ」
”見てみぬふりした・・・。見てみぬふりした”
何を言えばいいんだろう
・・・わかってるのに
声が出ない
声が・・・
カシャン・・・
有子の手から・・・
携帯が落ちた・・・
「・・・」
光はそっと携帯を拾い・・・
手渡す・・・
(あ・・・)
電柱のライトが・・・
映す・・・
「はい・・・。波多野さん・・・」
(私の名前・・・)
携帯を拾いわたしてくれた光の手は
(・・・。温かい・・・)
「・・・じゃあ・・・おやすみなさい」
光が会釈して背中を見せ、去ろうとする・・・。
(・・・言わなくちゃ・・・。言わなくちゃ・・・)
13年前のあの時・・・。
言えなかった一言を・・・
「ご・・・、ごめんね・・・っ何もできなくて・・・
ごめんね・・・っ」
「・・・」
光は立ち止まり振り替えり・・・
ただ微笑み返して帰っていった・・・。
(横山さん・・・)
泣き顔も
怒った顔も見たことが無かった。
まして笑顔なんて・・・。
(あんなに可愛く笑えるんだ・・・)
もっと話せばよかった
もっと・・・
拾われた携帯をぎゅっと握り締める。
(・・・。満月・・・か・・・)
優しい月の光り
暗闇で一瞬見えた光りはとてもとても
柔らかく・・・。
”はい。波多野さん”
一瞬触れた手の温もりに似ている・・・
有子の頬を一筋・・・静かに流れた
許してもらえたのだろうか
そう思ってもいいのだろうか・・・
(・・・手紙・・・書く・・・ね・・・)
そこから始めよう。
謝った所から始めてみよう。
・・・孤立を恐れない
孤立しても貫く何かを持ってみよう
「ねぇ。有子。あの生意気な新人に残業押し付けて帰ろうよ」
「・・・。一人で帰れば?」
同僚を無視して有子は新人の社員の元へ行く。
「手伝うよ。一緒に頑張ろう」
”はい。波多野さん”
初めて聞いた初めて見た
彼女の笑顔。
多人数の輪から外れて
どこかで一人ぼっちの誰か笑顔に戻るなら
どんどん外れたっていいんだ。
だってそこには
本当に大切な笑顔がないから。
だってそこには
本当の心がないから・・・。
”はい。波多野さん”
・・・本当の”何か”と出会うために
長いものに巻かれる必要は無い。
哀しい背中に出会ったたら肩に触れて声をかけてみよう
そこから”本当の何か”が始まるのだから・・・。