第二話 涙のワープロ文字
『○町1丁目○ビル内HANAOKA株式会社 真柴晃様』
その宛名の書いた手紙を通勤中の一恵が郵便ポストに投函した。
(神様・・・。どうか・・・届きますように・・・。お母さんの
魂が篭った手紙なんです・・・)
と心の中で呟いて・・・。
それから三日後。
(・・・今日は海辺の病院を訪ねよう。会議なんてしるか)
恩師からの頼みと在って、一旦引き受けた仕事。
だからちゃんとこなして来たつもりだが
晃の心中は仕事より
何より・・・
(光・・・)
晃の車のキーにつけられている
アップリケで作られた子犬のお守り。
”アメリカってなんか物騒だから・・・。これ
お守りだ”
光の手作り。
(何処にいるんだよ・・・)
ビルの屋上で空を見上げる。
きっと同じ空の下にいるのに見つからない。
(・・・光・・・)
母が倒れ、姿を消した・・・
(連絡さえしてこない・・・光・・・。それだけ大変な状況ってことなのか・・・)
一年。
こっちに戻ってからもずっと探しているのに・・・。
PPPP〜!
「はい!もしもし・・・!?」
携帯が鳴るたびに光ではないかと
声が大きくなる。
「・・・。なんだ・・・お前か」
同僚からの仕事の話。
せめて元気な声でも聞きたいのに・・・。
「・・・。もう・・・。こんな仕事ばかりやってられるか」
晃は愛美のオフィスに向う・・・。
「愛美・・・。いないのか・・・」
晃だ。
スーツ姿の晃・・・。
重要なポストを担っているが本当はスーツなんか着たくない。
晃が置いたのは休暇届。
(・・・光・・・どこにいるんだ)
日本へ戻ってからもずっと探し続け、周辺のリハビリ病院を
探し回る。
だが病院は個人情報は言えないと全く取り合ってくれず・・・。
(・・・光・・・)
ディスクの上の書類を探す晃・・・。
(ん・・・?)
半開きの引き出し。
ちらりと見えた文字
『真柴晃様』
(オレ宛の・・・。手紙・・・?)
引き出しを全部開けて奥の封筒の束を引っ張り出した。
それは・・・
(こ、これは・・・。全部オレ宛・・・!?しかも・・・
光からの・・・!!)
晃は封筒の束を即座に開けた。
光の手紙を読み始める晃。
(・・・病院に近い街へ引っ越した・・・。そんなに生活環境が
変わるほど大変だったのか・・・)
さらに光の母が倒れたこと
光が毎日介助していることも記されて・・・。
(・・・何もしらなかった・・・。オレは何も知らなかった・・・)
この1年間に光の環境がめまぐるしく変わったことを
やっと晃は知って・・・。
(・・・光・・・)
何も知らなかった自分が情けなくてたまらない・・・。
「・・・晃・・・」
「愛美・・・お前だったのか・・・。光からの返事を・・・!!」
怒りに満ちた晃・・・
怒りで手が震えている・・・。
「・・・仕方ないじゃない・・・。だってだって・・・。
光さんの手紙を渡したら・・・貴方日本にすっ飛んでかえると思ったの・・・」
「だからって人の手紙を勝手に引きとめる権利、お前にはないだろうッ!!!!」
怒鳴り声が専務室に響く・・・。
「晃に・・・仕事に専念して欲しかったのよ・・・」
「・・・。仕事はちゃんとこなしていたつもりだ。
お前や花岡先生のために・・・」
「・・・。愛美。オレはもうここを辞める」
「え!?」
晃は机の上に辞表を差し出した。
「な、何言ってるのよ!?今、新しい企画案出して会議が・・・」
「後はお前が進めればいい・・・。オレの役目は終わった・・・」
晃はドアにてをかけた。
「待って!!」
晃のスーツを掴んで止める愛美。
「お願いよ・・・。行かないで。私が嫌いになったのならそれでもいい。
でもお願い。この仕事だけやめないで。晃がもっとビックになれる
チャンスなのよ・・・?」
「興味ない・・・」
「晃・・・っ」
晃の腕を掴んで涙する愛美・・・
必死に訴えるが・・・。
「・・・。触らないでくれ・・・」
「晃・・・」
「・・・オレにお前のことこれ以上・・・。憎ませないでくれ・・・」
晃は愛美の手を振り切り・・・
出て行った・・・。
(晃・・・)
憎まれてもいいから
晃と繋がっていたい・・・。
(・・・晃・・・。そんなに・・・そんなに私じゃ駄目なのね・・・)
座り込み・・・
自らの過ちで失った晃との関わりを・・・
悔いて悔いて泣いていたのだった・・・。
晃は・・・自分のマンションで・・・
何十通の光の手紙を読んでいた・・・
『晃・・・お元気ですか。お返事ないので心配です・・・。
でも忙しいなら仕方ないね。晃の活躍を日本で応援しています』
(光・・・)
『晃・・・。ちょっと深刻な話するけどごめんな。母が・・・
倒れたんだ・・・。幸い命は助かったんだけど・・・。少し右足と
右手に麻痺が残りました。車椅子が必要だけどリハビリ頑張れば
歩けるようになるって言われてる。当の母さんは”イケメンの
医者探してナンパすんのさ”って息巻いてるよ。ふふ・・・。だから、大丈夫!うちは
シリアスは似合わない家族らしい(笑)』
(光・・・)
『晃・・・。今日な・・・。妹の就職きまったんだ。
めでたいことなんだけど本当は妹は美大へ行きたかったらしい。
でも家計のこと考えてくれて就職してくれたんだ。
心底・・・妹が愛しく思うよ。でも生意気だけどね(笑)』
(光・・・)
光らしい・・・淡い水色の便箋に
綺麗な文字で綴られる晃への手紙・・・。
文字一つ一つが語りかけてくる・・・。
『晃・・・?返事ないけど本当にどうしたんだ・・・?何かあったのなら
心配です・・・。元気ならそれでいいけど・・・。アメリカって
食事が油っぽいものばかりらしいから気をつけてな。なんなら
大根とか送ろうか?』
(光・・・光・・・)
1年間・・・
会えなかった光への想いが一気に
溢れてくる・・・。
『・・・この間・・・。晃のことが載っている雑誌、見ました。
嬉しくなって2冊も買ったよ!なんか自分が映ったみたいで
嬉しくて。あ、でも私の写真なんて誰も見たくはないか(笑)
仕事、うまく言っているみたいで安心しました。返事は無理にしなくていいから
体だけには気をつけてください。光』
(光・・・)
気がつくと・・・
晃の頬をしずくがつたっていた・・・。
そして最後に・・・登代子からの手紙を晃は目を通した。
「・・・光・・・っ」
そこには光が・・・毎日郵便受けを見に行くのが習慣になったこと・・・。
晃が載った雑誌全部ファイルしていること・・・
晃からもらった鋏を今も大切にしていること・・・
全てがワープロで打たれたいた・・・。
「光・・・っ」
最後に・・・一恵の一筆が添えられていた。
『この文章は・・・。不自由な右手の微かに動く何本かの指で
一文字一文字母が一晩かけて打ちました・・・。真柴さん。どうか・・・
どうか、姉に会ってください・・・。お願いします・・・』
「・・・っ・・・光・・・っ。ごめん・・・光・・・っ」
封筒に晃の涙が何滴もしみこむ・・・。
(会いたい・・・!会いたい・・・!)
『今度の日曜日・・・。母と姉は近所の公園に
散歩に来るでしょう。・・・姉に・・・会いに来て下さい・・・』
(・・・行く・・・。絶対に行く・・・。光にあうためなら・・・)
晃は日曜日の予定を全てキャンセルし・・・
光に会うため
手紙に記された公園へ向った・・・。
(この公園は・・・)
いつか・・・光と一緒に来たことがある・・・。
(ラベンダーの香りがして光が好きだって言って・・・)
ラベンダーの花壇に視線を送る・・・。
(あ・・・)
「母さん!すごい!ラベンダー満開だぁ!」
車椅子に乗った登代子にラベンダーの花の香りをかがせる光・・・
(・・・光・・・)
2年ぶりに目の前にする光の姿・・・。
(変わってない・・・。光の・・・笑顔・・・)
好きだった
光の・・・微笑・・・
やわらかくて・・・
温かくて・・・
(大好きだ・・・。光・・・)
光の前に飛び出したい衝動に駆られる・・・。
でも・・・
(突然現れるなんて・・・。光を混乱させないだろうか・・・)
”姉は会いたがっています・・・”
(光・・・)
一歩・・・前に踏み出そうとしたとき・・・。
晃の足元に帽子がふわりと飛んできた・・・。
「あー。すみません。どう・・・」
静かに広い立ち上がる晃・・・。
光の視界に・・・。
2年ぶりの晃の姿が入った・・・。
(あ、あ、晃・・・)
緊張して声がでない・・・。
「・・・光・・・」
「あ、あ、ぼ、帽子・・・」
晃はそっと光に帽子を返した。
「・・・久しぶり・・・」
「・・・う、う、うん・・・」
あまりの突然の再会に光はただ戸惑い、驚く・・・。
「ごめん・・・。勝手に・・・。会いにきて・・・。
連絡もしないで・・・」
「い、い、いや・・・。げ、元気そうで・・・よ、よかった・・・」
「・・・ああ・・・」
雑誌で見る晃。
一段と輝いて見えていた晃が目の前に居る・・・。
光は現実感を感じられず・・・。
「あ、あの・・・。は、母が・・・ま、待ってるから・・・。い、
行くよ」
「あ、ま・・・。待ってくれ」
光は晃に背を向けた・・・。
「ごめん・・・。ずっと返事も出せずにいて・・・。色々事情はあるけど・・
言い訳はしないよ・・・」
「・・・」
「でも・・・オレはずっとずっと会いたかった・・・」
光は振り向こうとしない・・・。
「・・・本当に会いたかった・・・。ごめん・・・。ごめん・・・」
何度も何度も頭を下げる晃・・・。
声を詰らせて・・・。
「・・・晃・・・」
振り返って晃を見つめる光・・・。
「光・・・」
光に何を言われるか・・・
晃の心は不安で張り裂けそう・・・。
「晃・・・。おかえり」
「え・・・」
「おかえりなさい。晃。おかえり・・・」
光は微笑んだ・・・
ただ・・・
晃に微笑んだ・・・。
「ただいま・・・。ただいま・・・。光・・・」
差し出された光の手を・・・
そっと握る晃・・・。
そのぬくもりは・・・
変わらずに・・・
いた・・・。
晃は光に登代子の手紙を光に見せた。
「これ・・・。母さんが・・・?」
「ああ・・・。お母さんが・・・一生懸命に打ったんだ・・・」
(母さん・・・)
一文字一文字から・・・娘への想いが伝わってくる・・・。
右手は・・・人差し指と中指が多少動く程度なのに・・・
一本一本の指で打っていた・・・。
「・・・お姉ちゃん」
車椅子を押して一恵と登代子が光の元に・・・。
晃は一恵と登代子に頭を下げて挨拶・・・。
「母さん・・・。こんな・・・。こんな不意打ちみたいなこと
するなよ・・・」
「感動したかい?母の愛にさ。はっはっは」
「・・・豪快な笑いに感動なんてできるか・・・」
だが光の頬がすーっと涙が伝っている・・・。
「母さん・・・。ありがとな・・・。本当にありがとな・・・」
光はしゃがんで登代子の手をぎゅっと握り締めた・・・。
「泣き虫だねぇ。ほら。せっかく真柴さんと会えたんだ。
積もる話もあるだろう」
「横山さん・・・。本当に本当にありがとうございました・・・」
晃も何度も頭を下げて・・・。
「湿っぽいのは嫌いでね。ささ。みんなで菓子でも食べようじゃないか。
一恵、出しな」
籠からクッキーを取り出す一恵・・・。
ベンチに座り、サンドイッチを広げた。
「さ、食べましょう。光も真柴さんも」
「母さん・・・」
「いつまで泣いてるんだい!光!」
「・・・うん・・・」
泣きながらサンドイッチをほおばる光・・・。
そんな家族達を見て晃は・・・
(いい・・・家族だな・・・)
光に会えた喜びと・・・
温かな家族達の温もりに
ずっと浸っていたのだった・・・。
なんかお涙ちょうだい的で
・・・押付けがましいかったでしょうか(汗)
ただ、肝っ玉母さんの愛情と光と晃の想いを絡め合わせて
表現できたらなぁって思ったのですが・・・(汗)
このように第二部は家族的な雰囲気を中心に光と晃が
また心を通わせていく過程をじっくりかけたらなぁと思っています・・・
で、ではッ(逃走)