シャイン 〜みんな輝いてる〜 第27話 りんごジュースと潮風 一恵の一件は暫く近所でも噂になっていたが 世の中の流れは速い。 今の近所の噂は隣町に建てられる新しいスーパーのことに切り替わっていた。 だが人の心はそうはいかない。 「一恵」 「さーて。明日も面接♪」 求人雑誌に赤丸をつけながら 元気に笑っている。 (・・・強がらなくていいのに・・・) ちょっとわがままで、姉には容赦なく辛口で。 だけど、本当に辛いことがあったときは必要以上に 優しい、いい子になる。 (・・・一恵・・・) まだ心の傷は塞がっていない。 「・・・一恵」 「なあに」 「・・・ドライブ・・・行くか?久しぶりに。海でも行くか」 光から外へ出ようと誘うことは珍しい。 ハンドルを握る光を見つめる一恵。 (お姉ちゃん・・・無理しちゃって) 分かりやすい優しさ。 気遣い (それに乗ってあげるのも妹の役目だよね) 「・・・。私って・・・いい妹よねぇ」 「はぁ?」 「いいえ。なんでもございません。ね、お姉ちゃん なんかお菓子と飲み物でも買っていこうよ」 光はたちは海沿いのコンビニに立ち寄った。 (コンビニの食べ物は・・・あんまり好かん) 色とりどりの食品がならんでいるが どれもどこか、何か足りない感じがする。 「えーっとジュースと・・・」 コンビニの中を見回す光を余所に一恵はさっさとお買い物。 (・・・防犯カメラ(汗)こんな顔、録画したら ビデオが壊れるかな) 角のビデオカメラの死角に入るように店内を歩く光。 (ん?) 雑誌コーナーに目がいった。 スポーツ雑誌や漫画などの奥のほうに 置いてあるのは・・・ 女性の肌が露出した雑誌多々。 『18歳未満の方はご遠慮ください』 とプレートがかかれてある。 (・・・。コンビニってのは・・・女性の裸まで売ってんのか・・・ 。何でも売りすぎだ・・・) 陳列されている色とりどりのおにぎりのように 女性の肌が、腰が、胸が、足が 格安商品のように並べられている。 何故女性だけが。 (・・・一恵の心はまだ揺れてるのに・・・。こんな・・・ こんな・・・) こんな身近に心の傷を刺激する風景が在るなんて・・・。 その横には子供向けの雑誌もある。 売る側の配慮は欠けてはいないか。 (こんなプレートなんの役にもたってないじゃないか) 段々苛苛してきた光。 そこへ、ちょっと酒に酔った中年の男が入ってきて。 「おー。今月号でとるでとる。へへ・・・ヒック」 雑誌をぺらぺらと、少し嫌らしい顔で眺め始めた。 (・・・オヤジめ!) 「やい!アンタ!」 「ぁあ?」 「アンタ真昼間から、そんなモン堂々とみて恥ずかしくはないのか!!」 説教を始めてしまった光。 「お、お姉ちゃん!?ちょ、ちょっとやめなさいよ」 「いや、我慢ならん!大体な、おい、店員さん、 こーゆーあやしい雑誌、昼間は表に出さないくれよ!夜になってから 出すとかなんかもっと方法ないのか!? あんな注意書きなんの役にもたたんだろう!?」 「お、お姉ちゃんたら!」 挙句は店員にも説教を始めてしまい、 「すみませんでした・・・。ほら。お姉ちゃんも謝って」 「・・・言い過ぎたが私は間違ったことは言ってない」 「お姉ちゃん!!」 無理やり店員に頭を下げさせる一恵・・・。 (・・・困った姉だわ。もう(汗)) 怪訝な顔の店員にそそくさとコンビニをあとにした・・・ 「・・・。まだ怒ってるのか?一恵(汗)」 コンビニでの騒ぎを起こし、一恵がおかんむり。 「あったりまえでしょ!恥ずかしいじゃないの!私が!」 「恥ずかしいのは変な雑誌置いてる店と恥ずかしげもなく買ってく オヤジたちだろう!!」 「お姉ちゃんの頑固者!!」 海に着いても口を開かず喧嘩続行中の光と一恵。 駐車場に車を止めて、 「私、一人で海見てくる」 「ああ。私は少し車の中で寝る」 シートを倒して背を向ける光。 「ご勝手に!」 バタン! 車を降りてスタスタと砂浜へ歩いていく一恵。 「フン!一恵のバカもの!」 (・・・。でも私が一番馬鹿か・・・。一恵の気分転換にって 海に着たのに怒らせてしまうなんて・・・) つい、感情的になってしまった。 コンビニでの女性の裸が並ぶ風景に。 常日頃感じていた自分勝手な嫌悪感が爆発してしまった。 (・・・。コンビニが悪いわけじゃない。世の中の全部が悪いわけじゃない。 けど・・・) 一恵が受けた心の傷。 (・・・一恵が・・・。私みたいに・・・私みたいになってほしくなかったから・・・) 男嫌い ・・・果ては人間嫌いになってしまったら・・・ 「きゃはは。やだー」 隣の車の中で仲良さそうに話をしているカップルを見つめる光。 (男嫌い人間嫌いになってしまったら・・・。 素敵な・・・優しい恋が出来なくなる・・・) せっかく可愛く生まれてきたのに 姉想いのやさしい女の子なのに ・・・勿体無い 汚い大人のために 一恵の幸せのかけらが消えてしまうなんて。 (・・・一恵・・・。ごめんな・・・。不器用なことしかできない 姉貴で・・・) 砂浜の堤防に一人座っている一恵の背中に謝る光だった・・・。 「・・・はぁ・・・」 大きなため息をつく一恵。 (・・・結局私・・・。お姉ちゃんの優しさを無駄にしちゃった・・・。 っていうか・・・八つ当たりだったかも) 光の分かりやすい優しさは 分かりやすいだけに逆に気を使ってしまって 苛苛していた。 (・・・。お姉ちゃんごめんね・・・。気遣いが下手な妹で・・・) 俯く一恵に近づくのは輩が二人。 「ねぇ。何落ち込んでるの?」 (え?) 一恵が振り返ると。若い男二人が・・・。 「海眺めに来たの?それならもっと綺麗な場所あるんだけどさ。 ほら。ここ」 (海で・・・ナンパか。古ッ!!一昔前のドラマじゃないっつーの!!) クッチャクッチャとガムをかみながら 携帯画面の風景を一恵に見せる男達。 下心は見え見えで・・・。 「ねぇ。眺めに行こうよ。癒されるよー?」 「・・・。癒されるなんて言葉・・・。あんた達が使わないでよ」 「え?」 「癒されるじゃなくて”いやらしい”の間違いでしょ!!あっち行ってよ!! ったく!!」 一恵は男達を無視して砂浜を歩き出した。 「あらー。怒らせちゃったかな。ごめんごめん。 ね、でもさ、ホントに景色、いいんだよ。行こうよ」 「うっさいわね!!しつこい!!馬鹿男!!」 一恵が男達の腕を払い、砂を顔面になげつけた。 「てぇえ!!何すんだよ!!」 「あっち行け!!馬鹿男!!ったくほんとに馬鹿な男ばっかり!!」 ”恥ずかしいのは惜しげもなく嫌らしい顔をさらけだす オヤジ達だろ!!” (・・・。今になって・・・。お姉ちゃんの気持ち、分かってきた・・・) 噛んだガムを砂浜にポイ捨てするような男達 こんな男達にズカズカと心を振り回されるなんて。 「ああもう本当に馬鹿!!馬鹿馬鹿!!」 「・・・おい。てめぇ男二人相手に馬鹿連呼してんじゃねぇよ? 所詮女の癖に」 「・・・痛ッ。離してよ!!」 一恵の腕を掴む男達。 だがその男達の腕をひねり返したのは・・・ 「・・・汚い手、離せ!!」 「お姉ちゃん」 光は一恵を自分の背中に寄せて男達から引き離した。 「なんだ。お前」 「うるさい。とっととどっか行け。でないと、 ひょろいっとした腕ひん曲がるぞ?」 「ああ行くさ。キモイ女見たらテンション下がったぜ。けッ」 光たちにぺっと唾を吐いて男達は立ち去る・・・。 「何、キモイのはどっちよ!!一発殴ってやればよかった!! 歯の一本でも折ってやればよかった!!」 「・・・(汗)お、落ち着いて一恵。ほら・・・。ジュース飲もう」 光は買った紙パックのりんごジュースを一恵に手渡す。 二人並んで堤防に座って ぼんやり・・・。 「・・・。一恵、りんごジュース好きだよなぁ」 「子供っぽい?ふふ。でもいいの。おいしーんだもん」 「いや、りんごは栄養あるぞ。体の悪いもの外に出してくれる」 「そうそう。お姉ちゃんによく聞かされました。りんごの栄養素のこと・・・」 甘酸っぱいジュースの味が 幼い頃を思い出させる ”りんごジュースつくった・・・。果汁100%のやつだよ。一恵” 学校で泣かされて帰って来たとき。 りんごを切ってすってジュースをつくってくれた。 甘酸っぱくて 優しい味。 涙を笑顔に変えてくれた。 「お姉ちゃんのりんごジュースが一番おいしい。今でも・・・」 「・・・(照)そ、そうか」 照れくさそうに 鼻の頭をこする人差し指・・・。 その仕草が可愛らしくて一恵は大好きだった。 「・・・。一恵」 「ん・・・?」 「・・・。無理・・・するな」 「・・・」 「・・・無理しなくて・・・いいんだ・・・」 (お姉ちゃん・・・) 一恵の背中を光の手が 静かに摩る・・・。 「・・・一恵・・・。無理・・・するな・・・」 「お姉ちゃん・・・」 不器用な手 けれど 労わるキモチが 伝わってくる・・・。 無理しなくていい 本当はずっと誰かに言ってほしかった 誰かに・・・ 「お姉ちゃん・・・っ」 「一恵・・・」 張り詰めていた一恵の心がとけていく じゅくじゅくして痛い心の傷口を曝け出す。 「・・・一恵・・・」 光の両腕の温もりが 一恵の心の傷の絆創膏。 りんごジュースの甘い香りが消毒していく・・・ ”ごめんな・・・一恵・・・ごめんな・・・” (お姉ちゃん・・・) 抱きしめてくれる光の手は 今も・・・ 労わりの想いで一杯 海辺の防波堤。 しょっぱい潮風とりんごジュースの香りが混じって流れる・・・。 光の腕の中で 思いっきり泣いた一恵だった・・・。 「寝たか」 夕暮れの海岸道路。 すやすやと眠る一恵。 (・・・少しは・・・元気でたかな) 何もできなかった。 ただ抱きしめてあげることしか・・・。 (・・・。明日からまた・・・色々大変だろうけど・・・) 「頑張ろうな・・・」 仕事も 誰かを信じる心も そう簡単には元には戻らないかもしれないけど それでも一人じゃない・・・。 「そうか・・・。そんなことがあったのか・・・」 「ああ」 一連のことを晃に話した光。 公園のベンチでりんごジュースを飲んでいた。 「私・・・。いい姉貴でいられたかな」 「・・・光」 「・・・。一恵には・・・。幸せになってほしいんだ。 優しい恋をして・・・。・・・私には難しいから・・・」 (・・・光・・・) 遠まわしに ”やっぱり恋愛なんて信じられない。出来ない。しちゃいけない。 男の人なんて嫌いだ” そう晃に光の言葉は告げているようで・・・。 「・・・。あ、い、いやその・・・べ、別にその なんていうか、わ、私は私なりのその・・・色恋沙汰は探すけどあの・・・」 「いいよ。分かってる。光・・・」 「・・・。ごめん・・・。晃・・・」 無意識に晃を傷つけている 自惚れじゃなくて・・・。 (・・・。自分の心とも向き合えてない私が・・・。 一恵を支えたいなんていえないな・・・) 「・・・。光。大切な人がそばにいることが大切なんだ」 「え?」 「大切な人を守りたい、助けたい・・・。その気持ちが大切なんだ。 その気持ちに種類はないよ。恋だろうがなんだろうが・・・」 「晃・・・」 「ってごめん。気障だったかな(汗)」 「いや、そんなことは。全くもって、晃の言うとおりだ。 今の言葉、メモっておこう」 光は本当にメモ帳を取り出して書き始めた。 「そ、そこまですること・・・(汗)」 「いや、晃、日頃、いい言葉だなって思ったら 忘れないようにしないと。晃、もっと喋ってくれ。 私、もっと色々教わりたい」 「きゅ、急に言われても・・・(汗)」 「ささ、遠慮なく・・・!」 公園で押し問答。 こんな光とのやりとりが 晃にとっては掛け替えのない瞬間。 (恋じゃなくていいから・・・。一緒に居られるだけで・・・) 家族も 恋人も 思いやる気持ちがあれば きっと・・・ 力になる ・・・汚い欲望から 悪意から 守れる力を持っているから・・・ 「だから。オレは国語辞典じゃないって」 「いいからいから、何か御言葉を」 りんごジュースの甘い香り 光と晃の心も優しい香りが漂っていたのだった・・・。