シャイン
〜みんな輝いてる〜
第35話 ささやかな欲さえあれば、それでいい
〜心のタオルとポンカン〜
”オレは光が好きだ”
フローリングの床に寝転がる晃。
ぼんやり天上を見上げている。
俊也の堂々たる言葉が
晃の中の嫉妬を壁に、テーブルに吐き出された。
テーブルはひっくり返り、
カーテンは引き千切られ・・・。
”光が泣いた、自分以外の男のために泣いた”
その事実を認めたくなくて。
(光の心は・・・アイツにあるのか、アイツがすきなのか、
自分の命を絶とうとしてまで気を引こうとするような男が、光は好きなのか)
鉛のような嫉妬が晃を支配して・・・。
「ハァハァハァ・・・」
コロ・・・。
(・・・!)
甘い香り・・・。
晃の足元に転がっている苺キャンディ・・・。
”オレは苺キャンディが好きだ・・・”
「・・・クソソォッ!!!」
バシッ!!
キャンディを床に投げつけようとした・・・
”晃・・・”
(・・・光・・・)
甘い匂い・・・。優しい匂い・・・。
(・・・光・・・)
甘く優しい匂いが
晃の怒りを静めていく・・・。
(・・・。ああオレ、なんて馬鹿なことを・・・)
光がくれた
キャンディを
粉々にしようとしたなんて。
”ヒステリックと紙一重だろ?”
いつか、俊也が晃に言った言葉が浮かんだ。
我に返った晃。
自分の部屋の荒れようが・・・
一層俊也の言葉を確かに、晃に自覚させていく。
(・・・嫉妬で物に八つ当たりなんてガキみたいだ・・・。俊也のこと非難できねぇ)
晃は洗面台に向かい、
蛇口をひねって勢いよく水を出した。
何度も何度も顔を洗う。
・・・心の鉛を洗い落とすように。
きゅ。
蛇口を止めて、顔を上げた。
「・・・」
鏡に映る自分の顔。
”新しい世界に飛び込むようで・・・。
不安なんだ”
光の言葉を思い出す。
人を好きになれば
少なからず嫉妬や妬むことはある。
異性関係ならなおのこと
どすぐろい愛欲が渦巻く。
それを人間らしいという見方もできるだろうが。
全否定されて続けてきた光には
恋愛の海はどんな風景に映るのだろう・・・?
”きったねぇ。近寄るな、バケモノ”
”あんたなんてだいっきらい!!どっかいけ、死ねよ”
そんなことを言われ続けられた人間が
いとも簡単に愛を信じられるだろうか。
恋という熱のような
危うい世界へ入れるだろうか
(きっと光の瞳には・・・ヘドロの海みてぇにみえるだろうな・・・)
ヘドロの海に自ら進んで入れる勇気なんて
誰も持ってやしない
飛び込むことも勇気といえば
勇気だが
少しずつ
少しずつ
自分の心を見つめながら入ってくことも
出来るだろう。
タオルで顔を拭く。
”ちゃんと向き合うから・・・。待っててくれ”
顔の汚れや水をタオルは拭き取る。
(・・・。きっと光はさがしてるんだ・・・心の汚れを拭き取れる
”タオル”を。どす黒い心に染まっても洗い取れる心を)
光の中にも嫉妬や憎しみはある
誰にも分からない
毎日何かと葛藤している心の中の色んな感情が。
(・・・オレが光の”心のタオル”みたいな存在になれたら・・・。
って。やっぱりオレは考え方がセンチかな)
「散らかしたついでだ・・・。そうじするか!」
ヒト暴れしたら
少しすっきりした。
晃は掃除機を取り出して
かけはじめた。
(・・・オレもっと・・・。器の大きい男にならなくちゃ・・・な・・・)
光をいつでも見守っていられるような
そんな男に・・・。
ピンポーン。
「はーい」
晃は掃除機を止めて、玄関に。
「どなたですか?」
返答がない。
(誰だ・・・?)
覗き穴を覗くと
(・・・光だ!)
光の姿に玄関のドアの鍵はすばやく開く。
”待ち人”
の訪問に
・・・心の扉は全開される。
「や、やぁ。休みに尋ねて申し訳ない」
「いや・・・。光の訪問ならいつでもどうぞ」
「・・・(汗)そ、そうか」
「あ、ごめん散らかってるけど・・・どうぞ」
「じゃ、じゃあ邪魔をする」
光は頬を染めつつ
スニーカーを脱いで入る。
「ここに入ったのは・・・。”初めて”だ。晃。
緊張するよ」
「え?そうだっけ?そういやぁオレの誕生日に
誰か来たんだけど・・・な」
チラっと笑って光を見る晃。
「・・・!!あ、そう、そうかふーん・・・泥棒じゃないのか?」
「ふふふ・・・。かわいい”泥棒さん”だったよ」
(・・・(汗))
業とらしい晃の”口”撃に
光は頬染めつつ避けていく。
「ど・・・どうしたんだ?晃。なんか部屋が・・・」
「癇癪おこしちゃって」
「カンシャク?」
「そう・・・。ヤキモチっていう」
(ヤキモチ・・・?それってどういう・・・)
チラっと晃に視線を送る光。
くすっと笑う。
「・・・(汗)晃・・・。さっきから確信犯的な笑いはやめてくれ(汗)」
「ふふふ・・・」
悪戯に笑う晃に光はただ黙る・・・。
あどけない光のリアクションに
晃の中の嫉妬はもうどっかへ消えていた。
「ポンカンもらったんだ。晃にお裾分けしたくて」
「わぁ。いい香りだ・・・」
光はスーパーの袋から鮮やかな橙色のポンカンを
晃に手渡した。
ベランダの窓を開ける
部屋中にポンカンの甘酸っぱい香りが漂った。
「・・・。自然の香りは・・・。本当に人の心を落ち着かせるな・・・」
「そうだな。植物や自然には・・・”欲”がないから」
「欲・・・?」
「うん。命を維持するだけの小さな”欲”だけ。いや、”欲”と言うより
生きる力というべきか・・・」
光はポンカンの皮をむいて
一房、食べる。
「・・・。”人間は欲をもちすぎると、いずれ壊れる。だから
ささやかな食欲と人を思いやる心があればあとはいらないのかも”って母さんが・・・」
「お母さんが・・・」
不便な体の状態になったら
当たり前に持っていた”欲”に疲れ、重たくなってきた。
諦めたというマイナスな意味ではなく。
最低限、自分らしくいられるだけの”欲”があれば
過剰な欲はいらない。
物欲、金銭欲、他者への執着。
支配欲、権力。
過剰な欲はいらない。
「母さんが言うとすごく説得力あって・・・。なんか
私、自分がすごく小さな人間に見えてきたんだ」
「光・・・」
「だからって私は
すぐ母さんのようには悟れない・・・。まだほら、帽子とか
持って出るし・・・」
光の手。
ポンカンの皮をむく光の手の甲。
青痣ができている。
登代子を抱き起こすとき、
ベットの角にぶつけたのだと光は言っていた。
色々な現実を抱えている
光も登代子も一恵も
横山家皆・・・。
(・・・欲か・・・。オレは・・・。自分だけの欲を持ちすぎるんだな・・・)
「あ、来て早々説教がましくてすまん」
「いや。いいよ・・・。寧ろありがたい」
「え?」
(そう・・・。さっきはオレが光の”心のタオル”に
なろうと思ったけど・・・。それすら傲慢だった)
いつも
光に何か大切なことを気付かせてくれていた。
さりげなく
さりげなく・・・。
「・・・はー・・・。ここは・・・いい風がはいるな・・・。
なんか・・・」
目を閉じて
ポンカンの香りを感じる光。
「・・・光。この部屋、本当に自由につかっていいよ」
「え」
「光が一人になりたいとき・・・。この部屋でよかったら
いつでも風、感じにきていい」
(あ、晃、実に爽やか青年って言葉が・・・(汗))
「・・・で、でもさ・・・(汗)」
「あ、本棚の本や机の上の日記も読んでOKだから。
ふふ」
「・・・///(汗)あ、晃ッ!!!」
「ふはははは・・・」
嫉妬して誤解して
怒って泣いて
・・・そしてまた笑う。
人の心はメリーゴーランド。
繰り返し、繰り返し・・・
黒くて重たい心になりそうなとき、
どこかに”心のタオル”さえ持っていれば
闇に落ちそうな心も救われる
たった一枚のタオルでも、たった一個のポンカンでもいいから・・・
「・・・ふぁああ。眠くなってきた。光。オレ、少し眠るけどいい?」
「あ、ああ。ここは晃の部屋だ。私に許可を得ることはないよ」
「・・・半分は光の部屋だよ。オレの心はいつも・・・ね・・・」
(・・・(動揺)うとうとしつつ・・・なんて台詞を吐くんだ・・・(汗)
やっぱり天才的だ(汗)晃が完全に寝付いたら静かに帰ろう)
晃が寝たことを確認してそっと立ち上がる光。
「光」
(ギクリ)
「もう少し・・・。休んでいったら・・・?」
「あー・・・えーと・・・」
「・・・無理強いはしないけど・・・」
「・・・わ、わかった。じゃああと15分ほどだけ」
光は再び座って・・・
入ってくる風を
浴びる・・・
「・・・光・・・。本当にここ・・・。いつでも使っていいから・・・。
いつ・・・でも・・・」
(晃・・・)
今度は完全に眠ったのか・・・
晃のサラっとした前髪が風に靡く。
(・・・晃・・・。ありがとうね・・・)
晃の優しさは・・・
肌で感じているのに
上手に返して上げられない
「・・・私も・・・頑張る・・・から・・・」
晃が辛いとき、
一人になれる部屋、そんな存在になれたら・・・
ポンカンの甘い香りに包まれて
二人は静かな
時間を過ごしたのだった・・・