シャイン 〜みんな輝いてる〜 第37話 あの頃 「アイツが光家に来たのか?」 「ああ、うん。あの・・・なんか勝手に」 美容室の畳の間。 休憩時間に晃が尋ねて来て、昨日、俊也が光の家に来た一件をはなした。 カップを握っていた晃の手に一瞬、物凄い圧力が・・・ 「あ・・・あの。でも私はその・・・ アイツのことはなんとも思ってない。私がこんな台詞 言うのもおこがましいけどあの・・・と、とにかく 思ってないからさ」 なんだか最近自惚れている自分を感じる場面が 多くて恐縮していまう。 自分が恋愛関係の真ん中にいるなどと 恐れ多いというか・・・ 「・・・光」 「ん?」 「・・・光は光の心ままでいいから・・・。 無理しないで・・・」 (・・・) 言葉とは裏腹に・・・ 晃の瞳から強い想いが溢れている。 (私が・・・煮え切らないから・・・。それが晃を 縛り付けてるんだ・・・) 「・・・光」 「ん?」 「ちょっと・・・。行って見たい所があるんだ。 美容室終わったら時間少しくれないか?」 「ああ。構わない」 (何処だろう) 晃が光を連れて行った場所。 そこは・・・ 「あ・・・」 古いふるいアパート・・・ 壁にはツタの葉が張り付いて別名”ツタの葉アパート” と呼ばれた。 光が一人暮らしを始めた、その光の部屋の隣に晃が住んだ 思い出のアパートだ。 「取り壊しって・・・」 玄関の前に取り壊しの看板が・・・。 「大家さんが亡くなって・・・その息子さんが ここを駐車場にするそうだ」 「・・・そうか・・・」 二人にとっては・・・出会いの地。 無くなってしまうのは寂しい。 「入ってみるか?」 「え、で、でも・・・」 「大丈夫。大家の息子さんには一言言ってあるから」 (な、なんか手回しが早いな(汗)) 二人は、柵を乗り越えて、玄関へ・・・ 二階へ続く階段。其の手前に錆びた、郵便受けが・・・。 「あれ・・・。名前、そのままになってる」 黄色く変色した郵便受けの名札。 『横山』 『真柴』 並んで当時そのままで残っていた。 「・・・なんか懐かしい・・・。っていっても 郵便受けに入ってたのはガス代のメーター表とか チラシだけだけど・・・」 「ああ・・・。良く間違って俺のとこに光宛のもの入って たな・・・」 けれど光に声をかけられなくて そっと光の郵便受けに戻しておいた。 「光ってばさ。怪しいチラシは全部無言で破ってたよな。 凄い顔で」 「え・・・。そ、そんな怖かったか?」 「いや・・・。かわいかったよ。ふふ」 (・・・。あ、晃・・・。なんて顔で笑うんだ) 幸せそうな・・・ なんて幸せそうな・・・ まるで新婚した男女が新居を探すような 「光。早く来いよ!懐かしいぜ」 「あ、う、うん・・・」 晃の声が弾んでいる。 (なんでそんなに嬉しそうなんだ・・・) まるで新居を選ぶ新妻のように 「・・・あー。ほら。光。ここ見ろよ。 よく野良猫ベランダに来てたよな」 「うん。私、ついえさ上げちゃって・・・。 大家さんに叱られたよ」 「餌付けは良くないけど・・・。やせっぽっちの猫は オレもほおっておけなかった」 光の部屋と晃の部屋の前の手すり。 ここで白い茶色の猫がいて 光も晃もえさをやっていた。 「あの茶色の猫・・・。ちゃっかりしてたよな。 晃と私二人から別々にご飯貰ってさ」 「ああ。でも・・・なんかオレと光を繋げる 使者みたいな気がしてた・・・」 「・・・そ、そう・・・デスカ(汗)」 (・・・。ど、どう返していいか分からん・・・汗) 声も掛けられない こんなに近くに居るのに 小さな子猫で繋がっている気がしていた・・・。 「オレと光だけが知ってた子猫だ」 「あ、ああ・・・」 二人だけが共有する記憶。 二人だけの・・・。 晃はそれを肌で感じられて思い出して 満たされていた。 (・・・晃・・・) 光は晃の微笑みに戸惑いを覚えつつも どこか嬉しいと思っている自分に気づいていた。 (自惚れちゃだめだけど・・・でも晃の顔見ていたら・・・) 「・・・光。オレの部屋に入ってみようか」 「う、うん」 (オレの部屋・・・///) ギィ・・・ 少しかび臭い・・・ だが光には新鮮に見えた。 このアパートに住んでいた間、一度も晃が居た部屋には入ったことがないから・・・。 「・・・日当たりが悪そうだ。でも・・・。なんか 静かでいいな」 光が壁に手を当てて言う。 その壁の向こうにいつも光がいた。 晃がいた。 「・・・あの頃・・・。この壁の向こうに光が いるんだなって思ったら・・・。一人じゃないって 思えたんだ」 「・・・晃・・・」 「光の部屋に明かりがついたら嬉しくて。 あ、帰って来たんだなって・・・。消えたらおやすみって 呟いたりして・・・」 「・・・」 あの頃の自分を晃に全て見通されてる気がして・・・。 光はぱっと壁から手を離した。 「あ、ごめん。気持ち悪いよな。こんな話・・・。 ストーカーだ」 「い、いやぁ。こっちこそごめん。なんか・・・ びっくりして・・・。で、でもあの・・・。私も思ってたよ」 「え?」 「”隣の部屋の無愛想な人”そう思ってた。でも 晃の部屋の電気がつくと・・・。なんか少しほっとした・・・」 (光・・・) (・・・!だ、だぁっ。晃、うっとり視線、 スイッチオンしないでくれっ・・・///) 光はぱっと晃に背を向けた。 「・・・。あの頃・・・。オレはどうやったら 光が笑ってくれるか・・・何が出来るかそればかり考えて 生きてた」 「・・・」 「・・・今もそれは変わらない・・・。寧ろ・・・」 強くなっている 光のそばにいられる分だけ期待してしまう 「あの火事がなかったら・・・。晃の一言がなかったら・・・ 私は・・・」 ”自分を信じろ!” 固まったままの心が破けた瞬間だった。 「晃には本当に感謝してるんだ。私の心が動き出せる 切っ掛けをくれた・・・」 「光・・・」 「だからその・・・。あの・・・」 その先の気持ち・・・ ”晃、ありがとう”その気持ちはいっぱいあるのに 其の先の気持ちが・・・ (まだ・・・いえない) 「・・・お礼を言うのはオレだ・・・。光のおかげで 今の自分が在る。光のおかげで・・・。オレの人生は・・・ 明るい光に照らされた・・・」 すぐそばに居たのに触れられなかったあの頃。 けど今は手を伸ばせば・・・ 「光・・・。ずっと・・・。光を見てた。 光だけを・・・」 「晃・・・」 ずっと見ていた光。 今は笑い返してくれる・・・ もっともっと 近くで見て居たい ・・・近くにいたい・・・ 「・・・光・・・」 壁際に居た光に静かに近づく晃・・・。 (駄目だ・・・。止まれない・・・) 溢れ注がれる 晃の想い 光はただただ体全身で動揺し 戸惑い (逃げちゃ駄目だ。晃から逃げちゃ・・・) 光は俯けていた顔を上げて 晃を見つめた 「晃・・・」 逃げては駄目だ。 晃から溢れ伝えられる想いからもう・・・ 「・・・光・・・。光・・・」 もう止められない晃の想いは 静かに手を光の肩に添わせて・・・ ビクっと肩をすくめる光。 だがもう光を気遣う余裕など晃にはなくて・・・ 「光・・・」 光の頬をそっと撫でる晃・・・。 (逃げちゃ駄目だ・・・逃げちゃ・・・) 晃の手を受け入れようと想った其のとき。 光の視線が窓に・・・ (・・・!) 硝子に映る・・・自分の顔。 こんな顔が 晃にはどう見えてるの・・・!? (・・・だ、駄目だッ) 「・・・っ。ご、ごめん・・・ッ」 光は晃の手をはらい・・・ 再び晃に背を向けてしまった・・・。 「ご、ご、ごめん・・・晃・・・」 「い、いや・・・オレの方こそごめん。身勝手なこと ばっかり言って・・・」 光と晃の間にある見えない溝 想いの温度差・・・? (オレって奴は・・・。自分の気持ちに浮かれて・・・) アパートに来た時から光を完全に無視していた。 光との同じ記憶を辿る喜びに酔ってしまって・・・。 「ごめんな。もう帰ろう。光」 「・・・。ま、待ってくれ。晃」 晃の手をつかむ光。 「・・・光・・・?」 「あ、あの・・・っ。私・・・。まだ・・・ そ、その・・・。色々時間がかかると思う・・・。 で、でも・・・ちゃんと素直になるから・・・」 「・・・素直・・・?」 「じっ自分の気持ちに・・・」 (・・・光) 「い、今は・・・こ、”ここまで”だけど・・・。 ちゃんと晃に向き合えるようになるから・・・」 光の手は強く晃の手を握っていた。 「このままで・・・帰ってくれるか・・・?あ、あの・・・」 光の手が汗ばんで・・・。 緊張していることがわかる・・・ それが光の精一杯。 晃の心に堪えようと必死の・・・ 「ああ。一緒に帰ろう・・・。このままで・・・」 晃は微笑んでくれた 光はほっとして・・・ 手をつなぐ。 心の一緒に繋いだみたいで 嬉しい 口付けよりも 抱擁よりも ずっと 嬉しい パタン・・・ 二人がアパートから出て車に乗り 帰っていく。 アパートの壁に張り付いていたツタの葉。 ひらり・・・ ツタの葉が二枚地面に落ちた そこは 光がベランダから飛び降りた場所。 そして晃が受け止めた場所。 ツタの葉2枚 葉についた種がそこに根付いて また新しい芽を出す。 光の心も部屋も真っ暗だったあの頃。 あの頃があるから 今・・・ 光は笑っている・・・