シャイン
〜みんな輝いてる〜
第38話 弱くてもいい 貴方は弱虫なんかじゃない
顔に痕があったって
目が見えなくなって
耳が聞こえなくたって
足が不自由だって
少し話が下手だからって
”弱者”なんかじゃない
弱い者なんかじゃない
※
光が運転する車に、登代子が乗って向かう先は病院。
「ハイ、母さん。肩につかまって」
車から車椅子を取り出して登代子を乗せる。
(・・・また・・・。痩せたかな)
登代子を抱き上げるたびに体重が減っている気がする。
なのに顔がむくんでいるのは薬のせいだ。
「・・・横山さん!だから無理な動きは
足に負担をかけるんですってば!」
「うるさいねぇ!あんた、私の体どれだけ知ってるってんだい!」
リハビリ室で若い療法士に渇を飛ばしながら
手すりにつかまって自力で立ち上がる。
療法士泣かせの”横山さん”と異名をもらうほどに、元気のよさと
口の悪さで有名になってしまった。
(・・・辛口のおしゃべりの方もリハビリしてもらおうかな。ふふ)
だがリハビリ室は明るい雰囲気ばかり漂っているわけじゃない。
「なんでワシが孫みてぇなコドモの言う事きかんにゃならん!」
「え、あのその・・・」
高校生くらい。制服をきた女の子がおどおどしている。
エプロンの名札に『ボランティア』と書いてあった。
どうやらボランティアの実習生らしい。
「あ、あの・・・私・・・」
「ボランティアかなんか知らんが、お前、
大人見下して何が楽しい!?」
「そ、そんなつもりは・・・」
「やかましいッ!!大人に”してあげますから”とは
なんだ!!リハビリやる気うせた!!どっか行け!!」
「きゃ・・・」
女子生徒にゴムボールを投げつける患者さん。
女子生徒は涙ぐんでしまった。
「もう。倉田さん(患者の名前)苛苛してるからって
八つ当たりしないの」
「へん!!コドモに介抱されるなんて・・・。
ワシの気持ち、お前らに分かるか!!弱い人間に
なったっていわれとるようなもんなんだぞ!!」
「わかったわかった興奮しないで倉田さん、今日はもう部屋かえろう」
看護士に促されて車椅子に押されリハビリ室を出て行った・・・。
大きな体の患者さんが・・・。車椅子に乗せられた途端、背中が小さく見えた。
その背中が
登代子が倒れ、ベットに寝かせられた時のことを光に思い出させる・・・
たくましさに満ち溢れていた母が
小さく見えたあの時を・・・。
(あの子は・・・)
女子生徒はリハビリ室の隅っこで蹲って泣いている・・・。
光は少し迷ったが声をかけてみた。
「・・・あの・・・。もしよかったらこれどうぞ」
光はポケットから苺のキャンディを差し出した。
女生徒は一瞬、光の顔を見て驚いた。
(いきなり私の顔で声かけられたら引くよな・汗)
「あ、ごめんなさい。えっと・・・。嫌ならいいんです。
こんな顔見せられて驚いたよね」
「・・・」
女生徒は少し考えてから苺キャンディを受け取ってくれた。
リハビリ室から出て、廊下長椅子に座り、一緒にキャンディを食べる二人。
甘いキャンディのおかげか
女生徒はぽつりぽつり話し始める。
「そうか。社会の実習なのか」
「・・・はい・・・。私は将来福祉系の道に進みたいと思ってるですが・・・。
実際の現場は初めてです」
「・・・」
自分より十は若い高校生。
将来への期待が満ち溢れているように光には見えたが・・・。
現場では、思い描いた仕事の風景ではなかった・・・と疲れ気味な
表情で女生徒の心が窺えた。
「よく言われます。”自己満足”したいだけで
やってるんだろ・・・とか・・・。でも私、自己満足でもなんでもいい、
人と頑張れる仕事がしたいって思ってるんです」
「そうか・・・。貴方は信念があるんだね」
「でも・・・。あの位言われたぐらいでへこんでたら
無理なのかな・・・」
「・・・」
微妙な問題だな・・・と光は思った。
される側とする側との気持ちの温度差。
これは、人と人の心の付き合いという根っこの問題でもあって
”こうであればいい”という応えがない。
「・・・うちの母は・・・。ご覧のとおり、今日もパワー全開
なんだけど・・・それでもやっぱり・・・。いつ完治するか分からない
って不安をいつも抱えてるんだ。口に出さないけど・・・」
八つ当たりしれくれるなら
どれだけでも八つ当たりしてくれたらいい。
親子ならそれも許せるし分かり合える。
他人同士でそれほどまでの心の触れ合いになるまでは
大変な精神的なエネルギーがいる・・・。
「倉田さんの気持ち・・・。どうしたら
少しでも分かってあげられるのかなって・・・」
女生徒の目がまたじわっと潤んできたので光はつかさず
ハンカチを差し出した。
会釈して受け取る女生徒。
「・・・分かって”あげる”ことはできないと思う」
「どうしてですか?」
「・・・。私もほら・・・。ご覧のとおりの顔なので・・・。
すぐ”卑屈”になってしまう」
「・・・そ、そんなことは・・・」
女生徒はリアクションに困って苦笑いして濁した。
「人間は自分の弱い部分から逃げたくなるんだ・・・。
認めたくなくて見たくなくて・・・。だから・・・
そこを他人に触れられたら拒絶反応がすごくなる・・・」
「・・・」
「・・・。・・・そばにいる誰かに
ぶつけるしかなくて・・・。そんな自分をまた嫌いになって・・・。
それの繰り返し・・・」
女生徒は患者に投げられたボールを
見つめた。
そのボールにはあの患者さんのどんな気持ちが
篭っているのか
「・・・じゃあ・・・。私はどうしたらいいんでしょうか」
「・・・。待つ・・・。相手に寄り添うきもちを持ちながら・・・」
「・・・待つ・・・」
硝子越しに映る登代子を見つめる光。
登代子の辛さや心の葛藤は
登代子にしか分からない。
他の患者さんの心の事は本人にしか分からない。
健康で心が元気な人100人を説得できる言葉を並べても
患者さんの痛みの1パーセント表現できるかどうかさえ・・・
「・・・あ、ごめんなさい。なんか偉そうなこと
ベラベラと・・・」
「いえ・・・。すごい大切なこと・・・いっぱい
聞かせて頂きました・・・」
女生徒は深々と光にお辞儀した。
「あ、ちょっと待って。これ・・・」
光は女生徒にもう一個キャンディをあげた。
「・・・ありがとうございます!」
再びリハビリ室に戻っていった少女の背中・・・
少しだけ頼もしく見えたのだった・・・。
ポンポン。
誰かが光の背中をたたいた。
「・・・光」
「あ・・・晃!?どうして・・・」
「今日はこの病院を回ってたんだ。
光のお母さんがリハビリしてる病院だって聞いて・・・」
「そうか・・・」
光は何故かあせって
(・・・”あれ”以来だな。)
”自分の気持ちに前向きになるから・・・”
二人が以前住んでいたアパートでの一件以来。
(・・・。な、なんか・・・照れすっとばして
妙にこそばゆい・・・。し、湿疹が出そうだ(汗))
光は持病(?)の照れを抑えようと
必死に会話のネタを探す。
「・・・あ、晃も食べるか。こ、これ」
「ありがとう。光の飴だ。優しい味の・・・」
「・・・(動揺)あ、晃。その表現方法
やめないか(汗)」
光はパタパタを染まる頬の温度を仰いでさげる。
そんな光の仕草が一層晃を盛り上げる。
「ふふ。感動した。光があの女の子に話してるの聞いて」
「か、感動なんて大層なもんじゃないよ。私の
話なんぞ・・・」
「いやいや・・・。きっとあの子に伝わってる・・・。
きっとな」
(・・・あ、晃から・・・なんだか自信に満ちたオーラが・・・汗)
恐れるものは何もない
そんなフレーズが浮かぶように晃はとても頼もしく見えた。
「・・・で、でも・・・なんとでも言えるよ。
私は・・・患者さん本人の痛みを変わってあげることなんてできない」
「・・・光・・・」
「母さんと・・・せめて体の痛みが激しいときだけでも
交換できたら・・・なんて・・・」
硝子越しに見える・・・
リハビリ室の母や他の患者・・・
それぞれにそれぞれの状態や状況がある。
痛みも違うし苦しみも違う。
だが・・・
「・・・私には何ができるかなって・・・。でも
何も出来なくて・・・。その繰り返しで・・・」
「・・・」
がんばれとか
前向きにとか
言葉は簡単に浮かんでくるけど
何が出来るのかって考えたら
浮かばない。
頑張っている人たちにガンバレなんて
失礼な気さえする
「・・・きっと・・・。お母さん・・・
光の気持ち・・・いつも感じてるよ・・・。きっと・・・」
”光・・・。しっかりしな!自分の足で
自分の力で歩いていくしかないんだよ・・・!”
そういつも励ましてくれた母。
(私は母さんにそんなこと言えないけど・・・)
母が・・・
リハビリに励む母の好物を今日の夕食に作ろう。
側にいる人が出来ることは限りられているかもしれないけれど
精一杯・・・。
優しげに母を見つめる光・・・
(光・・・綺麗な瞳・・・してるよ・・・)
光の横顔を見つめていると・・・
トコトコ・・・。
足に包帯を巻いた少女が光たちのまで転んだ。
「・・・あ・・・」
晃は少女に駆け寄ろうとしたが光が止めた。
(光・・・。知り合いなのか・・・)
光は少女をじっと見つめて・・・
「由美ちゃん・・・大丈夫・・・!」
拳をにぎってエールを送った。
少女はうん・・・と頷いて・・・
手すりに掴まって立とうとする・・・
少女は震える腕に力を入れて
立ち上がる・・・
「ひか・・・るお姉ちゃ・・・」
光の方へ寄ろうとして・・・
バランスを崩した
「由美ちゃん・・・!」
光は少女をぐっと抱き止める・・・。
「光・・・お姉ちゃん・・・」
「・・・由美ちゃん・・・」
光は少女をぎゅうっと抱きしめる・・・
三つ編みの髪を何度も撫でる・・・
(・・・光・・・)
”よかったね・・・よかったね・・・”
少女の髪を撫でる光の手から
そう・・・
晃には聴こえる・・・
「・・・由美ちゃん・・・ありがとね・・・」
「え・・・?」
「由美ちゃんから・・・元気もらえたから・・・」
飛び切りの笑顔と・・・
心が・・・”活きる”パワーを・・・。
「・・・弱くなんかない・・・。みんな心が強いんだ・・・。
だから・・・」
だから人にパワーを与えてくれる
心の根っこが強いから
だから人と励ましたり出来る・・・
「光。その子にも”あれ”あげたらどうかな」
「あ、うんそうだな」
光はポケットからキャンディを取り出して少女にあげた。
「むふー。おいひい☆」
「私もおいしい。由美ちゃんの笑顔がおいしいよ」
頬をすり合わせて喜ぶ・・・
(・・・あれが・・・光・・・なんだよな・・・)
苺キャンディそのもの
疲れた心を・・・
その人が”元気を自分で出せるように”する・・・
その人の持っている力を引き出す
「横山さん!お母さんの右足が・・・指先だけなんですけど
動いたんです!」
看護士が大声で光を呼んでいる。
「ほ、ほんとですか!!か、母さん!!今日は
赤飯だ!!母さんの祝いだ!!」
「ば・・・赤飯は”娘が大人の女になった日”だろ!?
恥ずかしいこと言うんじゃないよ!!」
「似たようなもんだろ。母さん!赤飯だ!
母さんが女になった」
どっとリハビリ室に笑いが起きる。
人の笑顔は伝染する
朗らかな笑顔は人から人へ・・・
ソレが何よりもパワーになる。
何かと闘っている人
何かに悩んでいる人
何かに苦しんでいる人
弱い心だからじゃない優しいから
奥にはきっと乗り越えられる強さがある
生活の中で少し不便なことがあるだけで
どこにも”弱者”なんていないのだから・・・。
「母さん。今日は本当に赤飯にしよう」
「や、やめないか!あんたねぇ!」
「ふふふ・・・」
病院の駐車場。
登代子を抱き上げて助手席に乗せる光。
「赤飯だ。赤飯」
「やめなって!光あんたねぇ!!」
「仲がいいなぁ。本当に・・・」
笑いながら車に乗り込む光達。
その光を睨む・・・
黒くて重い影が・・・。
(・・・アイツ・・・ゲテモノ女・・・)
見ていたのだった・・・。