シャイン
〜みんな輝いてる〜
第45話 この世に生まれて
この世に生まれてよかった
そんな瞬間が誰にもきっとある
きっと・・・
※
「ばあちゃん。久しぶり・・・。暫く来れなくてごめんな」
とある寺の墓地。
晃は祖母が好きだったカスミソウを供える。
祖母がなくなってから三年いじょうすぎて・・・。
「・・・ばあちゃん・・・。オレ・・・。今・・・。幸せだ・・・」
唯一の晃の肉親・祖母の墓前に手を合わせる・・・。
「・・・ばあちゃん・・・」
この墓の中には祖母の他に・・・もう一人晃にとって
肉親の遺骨が入っている。
墓石の裏に『真柴 晃子 平成○年没』と書いてある。
そう。晃の母親だ。
(・・・。こんな名前・・・消してやりテェ)
自分を捨て、嫌い、母親という役目を”面倒くさい”といって
放棄した女。
自分に母親という生き物は存在しないとまで想っていたのに
晃が二十歳の時。
突然、見知らぬ病院から母の遺骨を引き取ってくれと電話が
かかってきた。
日本の法律は身内というしがらみで何でも押し付けてくる。
「・・・ばあちゃん・・・。ごめんな・・・。
あんな女と一緒にいれて・・・」
自分にとっては母じゃなくとも・・・祖母にとっては娘だ。
「・・・ばあちゃん。オレ・・・。頑張るから・・・」
母と呼べぬお腹からでも生まれてきた自分。
この世に生まれてきた命。
(生まれてきてよかった・・・光と出会えたから・・・)
母とは想わないが・・・。
この世に送り出してくれたことだけは
礼を一言いってやろうか・・・
そのくらい思える心の余裕が出来た。
・・・憎しみにさよならして・・・。
・・・大切なものができたから・・・。
「こんにちは」
久しぶりに光の家に晃が尋ねると・・・。
「あ・・・」
光が自家用車から車椅子を押して家に入るところだった。
「健康ランドから帰って来たんだ。よいしょっと」
「オレも手伝うよ」
晃も車椅子の車輪をぐいっと玄関の段差のところで
持ち上げて家にあげた。
「ありがとう。晃」
光は軽々と荷物を片手に登代子をベットまで抱き上げて
つれていく。
(・・・すごいパワーだな・・・)
これが光の生活。
力と光自身の健康が万全じゃなかったら
務まらない。
そして何より・・・。
(・・・光は・・・。きっとお母さんがダイスキなんだな・・・)
「母さん、お湯に浸かりすぎなんだよ。湯冷めしてないか?」
「へん。温泉はじっくりはいるもんだよ」
登代子に温かいセーターを着せ、毛布をかける。
「光。荷物、ここに置いておくな」
「あ、ありがとう。晃・・・。お茶にするか?」
「当たり前だよ!さっさと真柴さんにお茶と戸棚にある
まんじゅうもっておいで!」
登代子の指令に光、素直に聞いて台所へ行って
やかんに水を入れる。
「すいません。いつも勝手に押しかけて・・・」
「いえいえ、さ、狭いところですが座ってください」
ベットの横に置いてある座椅子を晃に勧める登代子。
「お風呂にいってらしたんですか?」
「ええ。光が近所の人から割引券もらったっていうんでね・・・。
ふふ。貧乏性は私ゆずりみたいで」
「そんな・・・。光はお母さんと一緒にお風呂
入りたかったんじゃないかな」
「・・・ははどうでしょうね・・・」
(この人は・・・。光の心を見てるね)
台所でお茶の準備をする光を・・・
じっと見つめる晃。
その晃の横顔から登代子は深い想いを感じる・・・
(・・・。話を・・・するときなのかもしれないね)
いつか話したかった。
光の母親として・・・。
「真柴さん」
「はい」
「・・・単刀直入に聞きますね・・・」
「は、ハイ・・・」
急に改まった言い方に晃は少し緊張が走った。
「・・・。あの子との”将来”ことは・・・真柴さんの
心にはありますか・・・?」
(”将・・・来・・・”)
真剣な登代子の眼差しに・・・
娘を想う”母親”の強い意志を感じる。
「・・・あります。オレはずっと光さんのそばにいたい・・・。
・・・というか俺がそばにいたい・・・。だから
離れられないんです」
「そうですか・・・。そういうお気持ちがあるなら
わかりました。聞けてよかった」
「お母さん・・・?」
「申し訳有りません。枕の下の紙をとってくれませんか」
晃はいわれるまま、登代子の枕の下の紙を静かに取り出した。
(こ・・・これは)
それは完全介護を謳ったマンションのパンフレット。
「私は施設でもどこでも行こうって気持ちは
あるんです。若い娘達にこんな母親がついてたんじゃ
誰もよりつかない」
「そんな・・・」
「光に施設探してるなんて言おうものなら
絶対に反対する・・・。ふふ。母親の自惚れですが優しい子だから、私を
遠くにやるなんてこと絶対にしない・・・」
穏やかに微笑む登代子が切なく・・・。
「・・・。光はお母さんのことが大好きなんだと思います・・・。
だから離れたくないんだ」
「・・・。子離れ親離れしなくちゃいけないんです。あの子
のために・・・」
光を見つめる登代子の顔が
切なく晃の胸を締め付ける・・・。
母を誰より想い慕う娘
子を誰より想い愛する母
思いあうあまりに
苦しみを抱え込む
思いやりと簡単に言ってしまえばそれまでだが
そこには深い深い情が絆がある・・・。
(・・・これが・・・真っ当な親子なんだな・・・)
「でもね・・・。今日みたいにね・・・。”母さんの背中
綺麗だから沢山洗うね”なんて健気なこと言われたら・・・。
ふふ。アタシも光と離れたくないんですよ・・・。母親失格です・・・」
「お母さん・・・」
浴場で登代子の背中を
せっせと泡立てて、優しく優しく
洗う光。
まるで光の方が母親になったように
愛しそうに嬉しそうに
登代子の体を隅々まで丁寧に
丁寧に
洗って・・・
お湯で泡を流して・・・。
”娘さんなんて優しい顔しておられますね・・・
いい母娘さんだ・・・”
見知らぬおばあさんにそう言われて・・・。
気がつけば登代子の目尻は少し滲んでいる・・・。
「嗚呼もう父ちゃん。私早くよんでくれないかね・・・。
父ちゃんよ」
「・・・お母さん・・・。そんな哀しいこといわないでください」
登代子は鼻をずずっとすすって涙を飲み込んだ。
「・・・だから・・・。真柴さん」
「はい」
「光のこと大切に思ってくれてるのは本当に嬉しい・・・。
ですが・・・。貴方には未来がある・・・。光のことは・・・
諦めてください」
「え・・・っ」
突然の登代子の断りに晃はただ言葉をなくした。
「・・・現実的に金銭的に私がどこかの施設へ入る
ことは難しくてね・・・。当分今の状態が続くと想うんです
・・・。情けない話ですが・・・。だから光のことは諦めたほうがいい・・・」
「そ・・・そんなこと言わないでください・・・!オレは・・・光がいない
人生なんて考えられない・・・!光がお母さんと一緒にいたいっていうなら
オレはそんな光ごと受け止めたいって思ってます」
「・・・。ありがとう・・・。そのお気持ちだけで充分・・・」
登代子は首を振って晃の申し出を断った。
(・・・そんな・・・オレは・・・オレは・・・)
晃の脳裏に蘇る
微かに覚えている母の記憶。
記憶といえるものでもなく
ただ・・・冷たい背中だった。
「お母さん・・・!オレは・・・オレは・・・欲張りな男なんです」
「え?」
「オレは・・・光もほしいけど・・・”母親”も欲しい・・・
家族が欲しい・・・。だから・・・オレは光も光の家族も
欲しいんです」
「真柴さん・・・」
「これは見なかったことにしますね・・・」
晃はそっとパンフレットを
枕の下に戻した。
「・・・お母さんは一日でも長生きすることを
頑張ってくださいませんか・・・。きっと光の願いでもあると
思うんです・・・」
「・・・真柴さん・・・」
「お願いします・・・」
晃は頭を下げて登代子に頼む・・・。
(・・・この人になら・・・。光を任せられる・・・。父ちゃん)
登代子は箪笥の上の仏壇に飾ってある写真に
心の中で呟いた・・・。
「ん?おいおい。なんか・・・。湿っぽい空気
が流れる気がするんだけど?」
光がお茶と饅頭をおぼんにいれてもってきた。
「なんでもないさ。私と真柴さんとの秘密だよ。ね」
「・・・え、あ、は、はい」
「・・・?秘密の話か。ま、いいけど。はは。
これ、おいしいよ」
光は首をかしげながらおまんじゅうをぱくっと
食いつく。
「・・・はぁー。色気もないねぇ。真柴さん、
こんな娘でいいんですか?」
「はい。いいんです。食欲旺盛の方が健康的でいい」
ぷっと登代子は大笑い。
つられて晃も・・・。
「な、なんだよー。二人して・・・。
やけぐいしてやる!」
光はさらに大きな口をあけて食べる。
登代子のベットの周りが
賑やかな声が昼下がり
こだましていた・・・。
帰り。
「いつもありがとうな。最近母さん、晃が遊びに来る日、
楽しみにしてるんだ」
「光栄だよ。オレこそお母さんと沢山話できて・・・嬉しい」
「そうか。よかった」
さっき晃と登代子が話していたことが気になる
光。
(晃と母さんが仲良くなったなら・・・いいか)
登代子の中にあった晃への不信が消えたのなら・・・。
光が一番望むことだ。
「晃、母さんと大分仲良くなったよな・・・。私も嬉しいよ」
「・・・。ほら。オレの母親っていないも同然だったから・・・
居心地がいいんだ。光のお母さんのそばって」
「晃・・・」
晃の両親のことは
光は詳しくは知らない。
「・・・光とお母さん見てて・・・羨ましかった・・・」
「そ、そうか・・・?私はあんまりいい娘じゃないけど・・・」
光は照れくさそうに鼻のあたまをかいた。
「・・・いい娘ってお母さん言ってた。それに・・・」
「それに?」
「・・・いい”嫁”になるって」
「よッ・・・(汗)」←どもってる。
晃はしてやったりという顔で光の鼻のあたまをつん!と
指でつまんだ。
「わっ」
「ふふ。じゃあな。光。また明日来るから」
笑顔で晃はアクセルを踏んで車を走らせていった。
(・・・晃・・・)
登代子と本当に一体どんな話をしたのか・・・?
”いい嫁になるって”
(・・・。ま、まさか・・・。母さんってば、勝手に
婿にこいとか言ってんじゃないだろうな(汗))
でももしそういう話をしていたんなら、ちょっと嬉しいかも・・・?
「い、いやッ。まだそこまでは考えてないッっていうか
あのその・・・ッ」
家の門の前で一人で悶々する光・・・。
「光ーー!!鍋の火つけっぱなしにしてくんじゃないよーー!
早く消しなーー!」
「あ、そうだった。いっけねぇ!」
慌てて家に入っていく光・・・。
今夜も横山家は賑やかな夕食を迎える・・・。