シャイン 〜みんな輝いてる〜 第50話 光月草の芽と手紙 一筋の光が見えた。 でも一筋は一筋で・・・。 「・・・お姉ちゃんあのさ・・・。大丈夫なの・・・? 病み上がりなのに仕事って・・・」 まだ肌寒い朝。 コートを着て自転車にまたがる光。 その自転車の籠にはミルク瓶やヤクル○ が入っている。 雅代の知り合いが乳製品販売店をしていて そこから配達の手伝いを受けたのだ。 「・・・。昼はまだ怖くて・・・。はは。まだ弱虫だけど なんとか頑張るよ。じゃあ一恵、味噌汁作っておいたから あとは頼む」 (お姉ちゃん・・・) 本当はまだ体には蹴られた痕が残っているし 本調子じゃないはず・・・ けれどもう あの真っ暗な部屋にいられない カーテンをあけ、外の空気を入れ替え 夜でもいいから外へでなくては・・・ 「・・・。よし・・・!行って来るか・・・!」 ぺチン!と両頬を叩いて光はペダルを踏んだ 薄暗い道を 自転車のライト一つたよりに・・・。 朝の空気はいい。 寒いけれど澄み切って心も緊張感が流れる・・・ 薄暗い道 誰も人の姿が見えないことが安心できる。 まだ昼間の街中も 雑踏も人の声を見ると聞くと 足がすくむし・・・ インターホンや車のクラクションも怖い 何をしても頭の隅が不安で・・・ 近所の誰かに見られないか 知り合いに声をかけられないか 不安が不安を呼んで 人が多くなる朝が怖い。 (でも・・・芽がでたんだ・・・。晃。 光月草の芽が・・・芽が・・・) 変化しなくちゃ・・・ ゆっくりでいいから (・・・動こう・・・。動こう・・・) 一歩ずつでいいから・・・ 人が少ない朝・・・。人の視線にアンテナを 神経を尖らせながら・・・。 それでも自転車のライトをたよりに・・・ 光は力いっぱい ペダルを踏んで自転車をこぐのだった・・・ 「・・・そうか・・・」 「ハイ。でも無理してるの分かるだけやっぱり 辛い・・・」 俊也と一恵が携帯で光の様子を話している。 「・・・無理できなくなったら・・・。ちゃんと 光は休むさ。自分でコントロールして・・・」 「そうならいいんだけど・・・」 「・・・心配するなら・・・。光が好物の苺キャンディをさ 沢山買っておいてあげなよ・・・」 「俊也さん・・・。そうね・・・。お姉ちゃんの好きなもの・・・」 光のためにできること。 配達から帰って来たとき、疲れた体を癒すために 大好きなキャンディを玄関先に置いておこう。 「・・・光に関わると・・・。なんだかみんなが 優しくなれるな・・・。そう思わない・・・?一恵チャン」 「ハイ・・・。不器用だけど・・・。 どん底に何度も落ちても落ちても・・・。光が差すほうへ 行こうとする・・・」 暗闇の中にいても 自分なりの”光”を見つけられる 「・・・今日も下働きだけど・・・。がんばるかなぁ・・・!」 「はい・・・私も・・・!」 光がもがいて 苦しんで それでもなんとかしよう、なんとかしよう もがいて半歩でも進もうとする 姿は・・・ かっこよくないけれど 健気な力が溢れている。 「母さん。背中拭くね」 「いいよ。雅代さんに頼むから・・・。アンタ、 手の傷はいいのかい?」 腕をまくる・・・ 光の腕にはまだ生々しい内出血した青痣が 残っている・・・。 心配気な登代子をよそに 光は登代子のパジャマを脱がせ、 温かい濡れタオルでそっと拭く・・・。 「光・・・。無理すんじゃないよ・・・」 「・・・拭かせてよ・・・。することがないと・・・。 また不安になってくるんだ・・・」 「けど・・・」 母の背中・・・ 大分痩せた・・・ でもあったかい・・・ 昔良くだっこされたときの・・・ あったかさ・・・。 「母さん・・・少しだけ・・・。母さんに触らせて・・・」 「光・・・」 「・・・お願い・・・。母さんの背中あったかくて・・・。 安心できるから・・・」 (光・・・) この体が動くなら。 手が動くなら 抱きしめてやりたい 赤子のようにおでこをよしよしなでて 抱きしめてやりたい・・・ (なんで動かないんだ・・・なんで・・・!) 蹴られ殴られ 一時は命の危険にさらされて 体の怪我がなおっても心の傷に苦しんで (父ちゃん・・・この子が何をした・・・? 悪いことした・・・?神様がいるなら言っておくれ。 これ以上光に試練与えないでくれって・・・) 「腕も拭いておくな・・・。汗かいてる」 脇から二の腕を 丹念に拭く光・・・ 右頬の痕は大分消えたものの・・・。 かすかに残る・・・ 「光・・・」 「ん・・・?」 「光」 「なに・・・?」 「・・・光・・・」 この手が動くなら 起き上がれるなら 抱きしめてやりたい 「頭・・・こっちに持っておいで」 「え・・・?う、うん・・・」 光は登代子の手の中に頬を寄せるように頭を近づけた。 「・・・光・・・。光・・・」 「母さん・・・」 「何があっても・・・アタシはあんたの味方だよ・・・」 「母さん・・・」 動かない手の甲を 必死で光の頬にくっつける・・・ 「アタシの自慢の娘だ・・・。光・・・光・・・」 両手では包んでやれないけれど・・・ 母の深い想いだけは 伝えたい・・・ 「光・・・。アタシのかわいい光・・・」 「母さん・・・。お母さん・・・」 今だけは 子供に戻ろう・・・ 幼い子供に戻って・・・。母の温もりに甘えて・・・ 「お母さん・・・お母さん・・・」 母の愛に包まれて・・・ 不安でいっぱいの心を休めよう・・・ 暫く光は登代子のベットの側で 頬に手をこすりつけて座っていたのだった・・・。 ”私は一人じゃない” (そうだ・・・一人じゃない・・・) 光の心に宿った少しの光り。 昼間の街はまだ怖い 家に誰か尋ね来ても出るのが怖い 怖いことの項目は沢山あるけれど (一人じゃないから・・・。どん底にはもう・・・ ならない・・・) 底が見えたのなら あとは・・・上がっていくだけだ・・・ 「・・・光月草・・・。咲いてね・・・」 光の部屋の窓辺の光月草・・・ 今日もまた少し・・・ 葉が開く・・・。 (・・・大丈夫・・・。大丈夫・・・) 昼・・・。 玄関のドア・・・ 開ければ太陽の光と 通行人の声が入ってくる・・・ (・・・怖い・・・。怖い・・・。だけど・・・) 外には怖いものだけじゃない ・・・鳥の声 花の匂い 怖いものだけじゃない・・・ (・・・。よし・・・!) ガチャッ 光は玄関のドアを開ける・・・ (・・・眩しい・・・) 久しぶりに まともに全身に浴びる・・・。 家の前を通り過ぎる高校生。 近所の主婦達 チラっと光の姿に気づいて視線を送られる。 ぶるっと足の先が震えて膝がすくむ 心が元気な人には分からない 恐怖が走る。 けど・・・ (・・・冬の太陽は・・・やわらかいな・・・) 足元を見ず一度空を見よう 冬の太陽は体に動くエネルギーをくれる エネルギーをもらえたなら・・・ (・・・私も伸びよう・・・) 窓辺の光月草の芽のように・・・ 光の水色のスニーカーは・・・ 一歩踏み出した・・・。 光は3ヶ月ぶりに美容室へ足と運んだ。 積もった雪に看板が埋もれている。 郵便受けにはチラシがたまっていて・・・。 (ん・・・?) 郵便受けを開けると可愛らしい葉書の束がバサっと 落ちた。 (・・・キティの葉書・・・と・・・。 和紙の・・・絵手紙・・・?) 二種類の手紙。 差出人の名前に光は知っていた。 (小夜ちゃんと・・・イトおばあちゃんからだ・・・) 小夜ちゃんもイトおばあちゃんもの家に 光が髪をカットしに行ったことがある・・・。 『光おねーちゃんへ。早くげんきになって、 また、わたしのかみをきりにきてください』 『ひかるおねーちゃんへ。けがはなおりましたか? びょういんのごはんはおいしいですか?』 習いたてのひらながで クレヨンで 一生懸命に書いた文字。 (小夜ちゃん・・・) もう一枚は 筆書きの丁寧な綺麗な字・・・。 『光ちゃんへ・・・母に白髪の中に黒い髪が 生えてきました・・・。光ちゃんの昆布の煮つけが食べたい 食べたいと言っています』 『母に会いに来て下さい。母と待っています』 (イトさん・・・) ”待ってるね” ”待っています” ちっぽけな自分。 美容室には誰も居ないけど ずっと空にしたけれど 待っていてくれる人がいる なんと力をくれるのだろう 存在を見てくれて 受け止めてくれて 太陽の光りが怖かった そんな情けないちっぽけな自分の 存在を知っていてくれる人がいた 「ありがとうございます。ありがとうございます・・・」 葉書に向かって頭を下げる光。 雲の合間から 太陽の光りが光の背中に 当たる (私には・・・特別な力もなにもないけれど・・・) 髪を切ることと ちょっとだけ裁縫が出来ることぐらい まだクラクションが 人の視線が怖いけど こんな私でも こんな私でも 「・・・居ても・・・いいですか・・・?」 生きてて 活かさせてもらって いいですか・・・? 「・・・頑張ります・・・。ささやかに・・・ささやかに・・・」 二枚の葉書と・・・ 真冬の太陽の温もり 光に”活きる”力を呼び戻す 「さて・・・。長いこと放置してたんだ・・・。 掃除でもしよう!」 少し目に滲んだ涙を拭って 光は腕をまくる。 太陽のぬくもりと葉書から・・・もらった元気で 光は笑った・・・。 今日もまた・・・光月草の芽がまた成長したのだ・・・