シャイン 〜みんな輝いてる〜 第51話 信じることをあきらめたくない 春の陽が近づいている。 「・・・でもまだかなり寒い・・・」 朝4時半。光は自転車に乗って玄関先の黄色い牛乳瓶入れ にそっと新しい牛乳とヤクル○をいれていく。 この配達を始めて1ヶ月が過ぎた。 新聞配達をした経験があるからか、大分慣れてきた。 朝はいい。 それも早朝。 コトコトコト。 鍋のお湯が茹だる音。 台所の小窓からお湯が沸く音。 人の姿はないけれど生活の匂いがする・・・ それが光は新鮮なのだ (明るい昼間もいいけれど・・・) 光りがあるから闇の静けさの深みが分かる。 闇があるから光の有り難味がわかる・・・。 「さて・・・次回ろう・・・!」 次の家に回る。 なんだかやたらと遠い。 配達票を見ると・・・。 (ん・・・?新規の家だな・・・) ・・・というかここは・・・。 (・・・あ、晃のマンションじゃないか(汗) あ、晃、なんで・・・) だが仕事は仕事なのでそうっと玄関に入っていくと・・・。 光はそっとマンションに入っていく。 一階の郵便受けの前で立ち止まった。 『牛乳屋さんへ郵便受けに一本入れて置いてください。 真柴晃』 と、紙が張ってあり・・・ (・・・晃ってば・・・(汗)) 郵便受けを開ける・・・ (あ・・・) 代わりになにか入っている (ホッカイロ・・・) 使い捨てカイロ。 『おつかれさま。光』 と書いてあった・・・。 「・・・晃・・・。ありがとう・・・」 郵便受けに光は一礼して・・・。 牛乳瓶を横にして入れて戻っていった・・・。 一恵から光が配達を始めたと聞いた晃。 (少しでも光の役に立ちたい・・・) そう思い、牛乳の配達を配達人指名で申し込んだのだ。 (晃・・・。本当に色々ありがとう・・・) ホッカイロのぬくもりに感謝しながら・・・ 光は確かにペダルを踏んで早朝の道を走る。 三階の窓・・・ 光の自転車のライトを見つめるのは晃・・・。 (光・・・本当は郵便受けまで行って会いたかった。 でも・・・。約束だもんな・・・) ”私を信じて・・・待っててくれ・・・” 待つことが 見守ることが ・・・それが誰かを愛するということ。 育てる心と心 (光が会おうって言うまでオレは・・・待つから・・・) 光の自転車のライトが見えなくなるまで・・・ 晃は見送っていたのだった・・・。 「・・・あ・・・。蕾が膨らんでる・・・」 太陽の光りも大分温かみを増してきた。 窓辺の光月草の蕾が膨らみを増した。 このくらいなら・・・もうすぐだ。 もうすぐ花が咲く・・・。 (でも・・・まだ私は・・・) PPPPP! 「・・・!!」 電話の音に過剰に心臓が反応する。 緊張が手の震えを起こして 「・・・。あ、あ、は、は、はい。よ、よこ・・・横山です・・・」 受話器を持って出るとき、声がどもってしまう・・・。 (・・・駄目だな・・・なんで・・・) 頭では大丈夫だと思っても体が反応する。 恐怖を思い出させて・・・。 ”触らないで・・・っ” 助けを求めたのに 払われた手・・・ (・・・私の心の根っこが・・・。人を信じられなくしてるんだ・・・) 『トラウマ』 そんな可愛い言葉では表現できない。 人をが信じられない 人が怖い 理由がない不信感・・・。 (けど・・・。負けてられない。自分に) 光は内職の品を納期を守るために 深めの帽子と眼鏡をかけて昼間のビジネス街へ裏道を通って 自転車で向かう。 「あ、あの・・・」 工場の事務所に段ボール箱3つかかえてもって行く。 事務所の女性が一瞬、かなり怪しげに光を見た 「あ・・・よ、横山です」 光はマスクをとった。 「あらぁ。どうしたの。風邪?」 「え、ええちょ、ちょっと・・・。じゃあ、今月分置いていきます」 (早く帰りたい) 弱い心が働いてしまう。 光は賃金だけ受け取るとそそくさと事務所を立ち去った。 「・・・相変わらず奇妙な子ねぇ・・・。薄気味悪いし・・・」 だが、光の丁寧でかつ綺麗な仕事振りに止めてくれとは言えない。 (外見と仕事振りに差がありすぎるのよね・・・。ま、 うちは質よく数量さえこなしてくれたら言うことないんだけど) ダンボールの中の造花を見て呟く女性職員だった・・・。 誰もいない小さな公園。 ベンチで薄っぺらい茶封筒の中身を見てため息をつく光。 (あれだけやって・・・これだけか・・・。文句言ってられない。 これで役所に行って色々払ってこなきゃ) 現実は生きること。経済的な現実からは逃げられない。 「はぁー・・・」 水たまりに映る自分の顔。 (・・・相変わらず・・・。ネガティブなお顔ですね・・・) 綺麗な顔で何の問題もなく、そこそこの学歴があれば 納期してきた工場のような事務ぐらいできるだろうか。 ビジネス街を颯爽と歩くスーツ姿の女性のように・・・ 「・・・とダメダメ!人は人・・・!」 光はマイナス思考を飛ばそうと頭をパシっと気合を入れて叩いた。 (・・・春になるんだぞ・・・?光月草も咲くんだ・・・。 しっかりしなきゃ・・・) 頭では分かっているのだけど 心が付いていかない。 人の悪いところばかりに目が行ってしまう。 信じられない。 公園を通り過ぎていくサラリーマン。 「がー。喉、いがいがする。ぺッ」 タンを吐き捨てていく様に言い知れぬ嫌悪感を抱いて スーツ姿のおじさんは皆あんなことをするのかとさえ思い込みそうで・・・。 (・・・駄目だな・・・なんか・・・なんか駄目だ・・・) この心の動きを 言葉では説明しにくい 条件反射だから、予防もできない。 慣れていくしかない。 「はー・・・。太陽の光りが・・・まぶしい・・・」 綺麗だ。 子供の無垢な心のように 人の心を照らして・・・。 (私の名前は光なのに・・・。心は薄暗い・・・って あー!駄目だ。思考がどうしてもマイナス世界に・・・) 光はポカポカ!と自分の頭を叩く。 「ふー・・・はー・・・」 深呼吸。 体の中の空気の入れ替え ついでに心の少し重い空気も入れ替え (さ・・・。帰ろう。母さんがリハビリから帰って来る) 光がベンチを立ったとき。 「あの・・・すみません」 ビクっと心臓が反応して後ろをむくと・・・ 50代ほどの女性。 「あの・・・。表通りの○○病院に行きたいのですが・・・」 「え、あ、あ、あ、あの・・・」 突然に道を尋ねられて、その病院の名は知っているが どう教えていいのか混乱して言葉が出ない。 「あ、えっとあ、あの・・・。その病院は・・・○○ビルの確か3階で・・・」 「そのビルが分からなくて・・・。申し訳有りませんが そのビルまで案内してくださいませんか」 「えっ、あ、あの・・・」 そのビルは表通り。 一番人のとおりが多い。雑踏の海。 光は困り果て動揺していると 「・・・。もういいです。なんとか一人で行ってみます」 女性は少し怪訝な顔で軽く会釈して去っていく。 (・・・。うざったいと私が思ってるって思われたんだ・・・。 違うのに) 人が信じられない 心の根っこが親切心を阻む。 (でもこのまんまはなんか嫌だ) 「あ、あの・・・!こちらから行った方がすぐわかりますよ」 光は女性を追いかけた。 「ありがとうございます。わざわざ・・・」 「い、いえ・・・。じゃ、じゃあ行きましょう」 そして少し足を悪そうにしている そっと自然に光の手は女性の背中に添えられいた。 自然に・・・。 だが通りが見えてくると緊張が高まって 手に汗をかきはじめて・・・。 (わ・・・。排気ガスのにおい・・・) 光は動揺する心を悟られまいと必死に笑顔をつくって 女性をビルまで案内した。 「エレベーターに乗って3階でおりたらすぐ看板が あると思います」 「そうですか。この辺りのビルは同じような建物に皆見えるので 分かりませんでした。ありがとうございます」 女性は光の手をぎゅうっと握って拝むように 振った。 (え・・・) 「貴方、ご気分が悪かったのでしょう・・・?それなのに 私を案内してくれてありがとう」 「い、いえあの・・・」 「世の中も捨てたものじゃないわね。家から出てきたときは、体調は あんまり良くなったのですけど、今日は貴方のお陰でとてもいい日になりそう ありがとうございました。うふふ。じゃあ」 女性は何度も深々と頭を下げて エレベーターに乗っていった。 ”今日は貴方のお陰でとてもいい日になりそう” (・・・) 女性の笑顔が・・・ 何だか後ろめたい。 ”貴方、ご気分が悪かったのでしょう?” 見抜かれていた。 一瞬だけど、『面倒。人に親切にしてる余裕なんてない』 と思った自分が居て・・・ (・・・。お礼なんていわれる資格私ないのに・・・) 今は・・・ 人込みより あの女性の笑顔の方が 胸が痛い・・・ 「・・・あ」 コートの中に手を入れてると 何か入っていた。 「・・・のど飴・・・?」 蜂蜜と黒砂糖ののど飴・・・ そういえばさっきの女性から同じ匂いがした・・・ ”あなたも風邪気味なのでしょう?” (・・・) 甘い蜂蜜黒砂糖の匂い 優しすぎる 匂い ・・・自分の中のもやもやしたキモチが軋む・・・ 「・・・。なんか・・・なんか・・・」 女性の”ありがとう” が嬉しいのかそれとも 女性の”ありがとう” にたいして後ろめたいのか 分からない。 ただ 涙が勝手に出てきて止まらない・・・ 「・・・。でも止めちゃだめ・・・なんだ・・・ 諦めちゃだめなんだ・・・」 あの女性の背中に自然に添えた自分の手を その気持ちを・・・ コンクリートの通りで一人突っ立って 俯いている光をちらっと視線を送る人。 視線は痛いけれど そこから走って逃げ出してはいけない。 (・・・進まなきゃ・・・。俯いたままでもいいから 前に・・・) 転んでもいいから 逆戻りしたっていいから ・・・人を信じることだけは捨てないで 自分自身を捨てないで・・・ 光の部屋の窓辺の光月草。 蕾が静かに咲いた・・・ そして・・・ 「・・・あ、晃・・・?久しぶり・・・。あのさ・・・」 (始めなきゃ・・・。私) 「会いたいんだ・・・。晃に・・・」 (・・・自分の気持ちを伝えるところから・・・) 光のスタートライン。 光月草が咲いた 光の希望の花も咲いたのだった・・・。