シャイン
〜ビューティフルスマイル〜
光が作った、HP。 掲示版では ”人を外見で判断しても言いか”というテーマで 論議が盛んだった。 インターネットというのは不特定多数の顔も名前もわからない人間同士が 意見を言い合う、そういう意味では格好の機会であり、場所かもしれない。 『人間は外見じゃない。中身だ』 という古来からある真っ当ないけんもあれば。 『所詮、人間外見でしょ。中身が大事とかいってる奴に限って 綺麗どころの異性を選んでる』 なんていう現実主義な意見も。 『現代における外見重視主義は化粧品会社や健康食品会社などの企業による 一定の価値観植え付けである。』 なんて説明的な意見も・・・ (色んな考えがあるもんだなぁ) 光はつくづくそう思う。 だったら、外見へのこだわりも色々あっていいはずなのに やっぱり世の中は顔かたちがいい人間、物等が優遇されている。 (あ。何これ) 『こういうサイト開く位なら、若さと綺麗を維持できるだけのお金を頂戴!! ふざけるな!!クソ!!  送信者 ビューティフルスマイル』 (なんだぁこの書き込みは) まぁ、掲示版という場所では”荒し”と呼ばれる書き込みは多々あるので そんなに気にしなくてもよいが・・・ 何だか切実な悪意と微妙な切なさを感じる光。 「・・・このメールは・・・」 一通のメールに光の目が留まった。 『・・・依頼件名は私を結婚させて。日時と場所は・・・』 予約のメールなのだが、”私を結婚させて”なんて 一文に光はただ、首を傾げるだけ・・・。 でも何かを感じた光は、そのメールに記されていた住所に晃と共に向かってみた。 「・・・普通の・・・マンション」 2階建ての白い外壁の至って一般的なマンション。 女性が一人暮らしするのには丁度いい感じだ。 (205号の・・・中村さん) インターホンを押すと・・・ 中年、いやもう少し若いだろうか、30代後半ぐらいの 少し小太りの女性が出てきた。 しかもパックのままで。 「・・・」 「・・・あ、こんにちは。”シャイン”の・・・」 光が 「・・・貴方・・・。その顔の痕って・・・。ギャグ?」 (・・・(怒)) 血管が2、3本浮ぶがお客様なのでとりあえず、我慢。 「すみません。あの、ご依頼受けました。僕が社長の・・・」 「・・・。いい男」 なんだか急にめが乙女ってるし。 「は?」 「ささ、どーぞどーぞ!!」 光を無視して晃を手をひっぱり中へと手招く。 (・・・あの人、面食いだな。うん(汗)) 荷物を持って光も後を追う。 (それにしても・・・。散らかりすぎだな) 玄関の廊下から下着やらスーツやら脱ぎっぱなし。 玄関からは生臭い匂いがしてきた。 「まぁあ。貴方みたいな素敵な人にメイクしてもらえるなんてv うふふ」 「・・・は、はぁ・・・(汗)」 リビングのソファに座ってビールを注がれる晃。 (ここはスナックか!?) 心の中で突っ込む。 「あ、あの・・・。中村さん。そろそろカットに入らせていただきたいんですが」 「あ、そうでしたね。私ったら。モロ私好みの顔だったのでv」 晃、何だか、女蜘蛛の巣にひっかかった気分(汗) だが、一応仕事なので晃は道具を取り出し 中村の髪にはさみを入れていく。 (・・・。大分・・・。痛んでるな・・・) 30代後半となれば、多少髪は痛んでいるものだが 枝毛に加え、毛も細く、少し地肌が見えている。 (・・・何かの病気せいかもしれない) だがそんなことも唐突に聞けもせず・・・ 「ねぇ・・・。貴方、お幾つ?」 「僕は・・・25です」 「若いわねぇ・・・。ふふ。でも女も男も30過ぎたら下降するばっかり・・・。 どうして人は・・・。老いるんだろう」 鏡の中の中村の表情が変わった。 「・・・。婦人系の病気になっちゃうし・・・ ほら。みてよ。毛まで抜けるのよ」 毛が絡まりまくったブラシを晃に見せる中村。 「HPにさ・・・。”綺麗は自分の心から”なんて謳い文句あったわよね・・・? でも年を取るとね・・・。心も体も綺麗が抜けていくのよ・・・」 ブラシに絡みついた毛・・・ 白髪が何本か混じって・・・ 「・・・。幾ら化粧しても、痩せても・・・。老いることは止められない・・・ せめてね。某宝塚出身の女優並に”土台”がよかったらいいのに・・・」 光は、ドレッサーに置いてある大量の化粧品と キッチンの冷蔵庫の上にある大量の美容食品に気づく。 その美容食品の名前・・・ そう・・・ 『ビューティフルスマイル』 あの掲示版の・・・ 「・・・。38にもなって・・・男のひとりも居ない、結婚相談所 通いしてるこの私を・・・。ホントにメイクとカットだけで変えられるとでも・・・? 笑わせないでよ!!」 晃に化粧品の瓶を投げつけた。 「晃・・・!」 晃に駆け寄る光。 「・・・。いい顔した男と女に限ってね・・・。奇麗事を言うのよ。 ”綺麗”に年なんて関係ないとかって・・・。そういう奴が一番 嫌いよ!!貴方みたいなイケメンには分からないでしょうね!?? 人生で一度でも”顔も体も汚い”って言われたことなんてないでしょう!??」 その辺にある物を晃に投げつける中村。 「いい加減にしてください・・・!!」 光が腕を掴んでやめさせた・・・ 「離してよ!!」 「貴方の気持ちは分かるけど・・・。晃にぶつけてどうするんですか!??」 「気持ちが分かる?簡単に言わないでよ!」 「”顔も体も汚い”?私なんて顔見られて一発目に ”ゲロ吐く”って言われたことだってありますよ!? もっとドギツイ台詞ありますけど、書き出しましょうか!??」」 光が言うと・・・ 説得力がある・・・ 何だか切ないことであり・・・ 「・・・。確かに世の中、顔かたちがいい、お金があるとか権力地位があるとか そういう人が優遇されます・・・。就職、結婚だって・・・。 でもね、私、一日一回は世の中恨んでる」 光の言葉が 今更だけどやっぱり胸に突き刺さる晃。 「・・・世の中恨んだって・・・。その”世の中全体”が私の気持ちを 理解してくれる訳がないんです。インターネットの中で恨みつらみをいっても 誰も私を知らない。それどころか恨んでることすら馬鹿にされる・・・ 顔も名前も知らない馬鹿な相手に・・・」 「・・・」 「・・・だったら恨むエネルギーなんか捨てて・・・。自分がしたいこと、 思いっきりしたほうがずっと楽だって気がついたんです。 お化粧でもいい、運命の結婚相手を探すことだっていい・・・」 光は白い櫛をリュックから取り出して 中村の乱れた髪を静かに梳き始めた・・・ 「したいことなんて・・・。私には・・・」 「・・・笑ってください」 「え・・・?」 光は笑ってみせる。 「ただ・・・。笑ってください」 「・・・そんな急に言われても・・・。私の笑顔なんて引きつった笑顔にしか・・・」 「それでもいいです。笑ってください」 「・・・」 中村は渋々口元を緩めてみる・・・ 頬に小さな笑窪が・・・ 「・・・こんな笑顔しか。それにコジワが目立つだけよ・・・」 「でも笑窪は可愛いです」 光は笑窪のあたりを指でこちょこちょっと擦った。 「ちょ、く、くすぐったいじゃない」 「・・・ほら。笑えた」 (え・・・) 鏡の中の自分・・・ 人って・・・ こんなに簡単に笑えたっけ・・・? 「”笑顔は最大の化粧なり”・・・うちの”社長”の座右の銘です。 奇麗事ではなくて・・・、人間て、笑うと細胞が活発になって お肌にいいって科学的根拠があります。」 「・・・何ソレ・・・。ちょっと無理がある理屈ね。ふふ。でもまぁ確かにね・・・。 愛想の悪い笑顔のない店のラーメンなんて不味いわね」 「でしょ!?」 そのとき 光と中村は同時に微笑んだ。 果てなく穏やかに・・・ 「・・・イケメン社長さん。それから・・・。”ヒカル”さん でしたかしら・・・。ごめんなさい。八つ当たりなんかして・・・」 「いいえ・・・」 「なぁ、晃、カットとセットはもう終わったんだよね。私さ・・・。中村さんの 髪に少し、ヒト加えしてもいい?」 「え、ああ、いいよ」 光はリュックからまたもや何かを取り出してきた。 それは・・・ 「・・・これ・・・。漆の櫛・・」 紅色で・・・桜の花びらの絵が描かれている。 「これをですね・・・。こうして後ろでアップした 髪に・・・挿して・・・」 さらに光は晃のメイク道具箱の中からリップを取り出して 小指で中村の唇に塗ってみた。 「・・・漆色。派手でもなくでも・・・ちゃんと存在している色・・・。 。うん・・・!”居酒屋女将風”」 「・・・」 櫛一つと、口紅少し。 それだけほどこしただけでなのに 雰囲気が大分変わる。 「・・・あとは笑顔をプラスすれば・・・。パーフェクト。 それは、お笑い番組でも見て、練習してください。 中でも”アイアンボーイズ”がお勧めです。」 中村はくすっとまた笑った。 「貴方・・・。変なヒトね」 「・・・最近、お笑い番組ばっかりみてるせいかも」 「でも・・・。強い人ね・・・」 「・・・最近・・・。”目標が”できましたから・・・」 「ふふ・・・」 鏡の中で微笑み合う二人。 晃は光の笑顔が頼もしく見えた・・・ 「あの・・・。光さん。ごめんなさい。HPの掲示版を荒らしたのは・・・」 「・・・あの掲示版、削除しました」 「え?」 「ネットの掲示版は色んな意見を言い合うのにはもってこいだけど・・・。私は やっぱり相手の顔をみて話したいから・・・。じゃ、しつれいします! またのご利用をお待ちしております!」 光と晃はそういい残して、中村の部屋を跡にした・・・ 『エンタの奥様』というお笑い番組のビデオテープを 一本置いて。 (・・・笑ってください・・・か・・・) 中村は早速、ビデオを見てみることにした。 「・・・ふふ・・・。アハハハハ!」 若手芸人のコントに声をあげて笑う中村。 久しぶりに笑った。 自分の声で・・・ (私は”インパルズ”の方が面白いと思うわ) 自分の心で・・・。 「・・・あー。なーんか最近私、説教くさくないかな。言うことに」 「そんなことないさ。頼もしくなったってことだよ」 「ならいいんだけど・・・」 帰りの車の中。 光はちょっと自分が偉そうに説教してしまったのではないかと 気にしていた。 「光の心が成長したから・・・。光の言葉が中村さんに通じた。オレはそう思うよ」 「うん。アリガト・・・。でもまぁまだまだ・・・。”自己嫌悪虫”は 私の中にうじゃうじゃいますから、それに負けないように頑張ります!」 「ああ。頼りにしてるよ」 前向きな光に出会うと晃は舞いあがるほどに嬉しい。 何よりも 嬉しい。 「・・・それにしても光。よく漆の櫛なんて持ってたな。っていうか 光のリュックは何でも入ってるんだな」 「えへへ。まぁ。柄じゃないんだけど、髪留めとか、ブローチとか。 お客さんに似合うものがあるといいなぁって思って集めてたり作ったりしてるんだ。 ほら」 「おおー・・・」 リュックの中には、ビーズで作った髪留めやら、着物のハギレで作ったブローチ・・・ 色々入ってる。 「器用だな。本当に光は」 「いやいや。晃ほどじゃないっすよ」 「器用で・・・優しいよ。光は・・・」 バックミラーの中の晃の目が合った。 優しい眼差しで・・・ 光はさっと逸らした。 「・・・あ、そ、そうだ・・・。この間の美容学校行って見ないかの話・・・ね。 一応、受けてみようかな、と思う」 「え・・・。ホントか!??」 「ウン。まぁ受かるかも分からないし、出来るかわからないけど・・・。 人の髪や肌にふれるなら、基本的な”技術”もいるかなって思うし」 「嬉しい・・・!嬉しいよ!!」 「でもさ、2年以上あるんだろ?学校って。その間、 この仕事・・・」 「オレ一人で頑張る!!光が卒業するまで何が何でも!!」 晃はハンドル手から離して、光の手を握り締めた。 「晃!ハンドル!!」 「お、おっと!!ああごめん、嬉しすぎて・・・」 (・・・) 晃の半端じゃないリアクション・・・ 光は喜びも感じるが 晃の喜びの度合いの大きさに驚く。 「よーし!!光!お祝いに焼肉でも食って帰ろう!!」 「え、でもお祝いって受験してもないのに」 「いーのいーの!!さ、行くぞ〜!!」 子供のようにはしゃぐ晃・・・ (どうしてそんなに嬉しいんだ・・・?晃・・・。私は・・・) 晃の優しい眼差しが 切ない。 (晃、私は・・・) 晃の横顔が少し辛かった・・・。