光は母の登世子に来年、美容師専門学校を受験したい意向を伝えた。 「・・・結構お金、かかるんだけど・・・。あの・・・。半分は私の 貯金で賄える。あと半分だけ・・・貸してください!! お願いします!!」 光は登世子に通帳を見せて頭を下げて頼み込む。 来年は妹の一恵が大学へ行くというのに わがままもいいところだ思うが・・・ 「・・・。へっ。私の子供のくせに貯金が少ないねぇ」 「・・・(汗)」 「・・・貸してやるさ。この程度の金額ならねぇ。だけど、 ちゃんと返済してもらうよ。親子といえどもお金のについては 甘えは許されない」 流石、保険レディ一筋30年と思う・・・光。 「ま、返済期限は私が死ぬまってことにしといてやるよ」 「母さんありがとう・・・。ちゃんと少しずつ返すから・・・」 「ふふ。期待はしてないさ・・・」 光は嬉しそうな顔で通帳を握って二階へあがっていく・・・ 「・・・お母さん。いいの?ホントに・・・?」 「あ?何が。光が何かをやりたいって言い出したんだ。 母親が応援しないでどうするのさ」 マグロの刺身をくちにしながら、晩酌する登世子。 「でもさ・・・。”夢”を見るのはいいけど、専門学校での 人間関係とか・・・。お姉ちゃん、不安じゃないのかな。また 酷い目にあわせられたり・・・」 たくあんをぽり・・・と少し心配そうな顔でかじる一恵。 「・・・そんな不安。本人が一番分かってるさ・・・。覚悟の上で それでも”夢”を貫こうって思ったんだ・・・。母親としては 乾杯!って言ってやりたいね・・・」 九谷焼の徳利で、お猪口に日本酒を注ぐ・・・ (後で光と一杯やろうか・・・。光の夢を聞きながら・・・) 娘の成長が嬉しい。 人並みのことをやろうとしても 必ず、それを”嘲笑う”人間達に出会ってしまう。 そんな人間達を乗り越えてでも 掴みたい”何か”が見つかったことが・・・嬉しい。 仏壇の夫の写真にお猪口を供えた・・・ (ちょっと早い祝い酒だ・・・。ねぇアンタ・・・) 街の中の専門学校。 多々あるけれど、どの学校の生徒の大半は高校を卒業したて の光よりは数歳若い世代。 光は願書を貰いに学校の事務室に姿を現していたが・・・ (・・・な、なんか・・・。やっぱりいかにも”現代っ子”って カンジの・・・お洒落な子が多いなぁ・・・) 光は帽子を深くかぶり廊下を通り過ぎていく 生徒達を見ていた。 (・・・あ・・・。なんか駄目だ。まだ緊張する・・・) 光は思わず帽子を深くかぶり顔を俯かせてしまう。 (こんな気持ちで・・・。勉強できるのか・・・) 決意はしたものの・・・実際に学校へ来てその様子を肌で感じると 膨大な深い不安が襲う。 光は願書を貰うと足早に学校から離れた。 (・・・くそ・・・。弱い自分がまた・・・) 学校に入ったら・・・また何を言われるだろう。 自分より年下の人間にからかわれないか・・・ 強くなったと思っていたけど・・・ (新しいことをするって・・・。やっぱりまだ不安だ・・・) 光は誰もいない公園のベンチで願書とパンフレットを 見つめてため息が止まらないでいた・・・ 「・・・ん?」 冬の昼間の公園。人の気配と声に気づいた光。 みるとブランコに白髪のおばあさんを夫らしきお爺さんが 乗せてこいでいた。 (・・・あっ・・・) おばあさんが車椅子から落ちた。 「大丈夫ですか!??」 光は思わず駆け寄った そしておばあさんを車椅子に乗せてあげた。 「有り難う御座います。お嬢さん」 「い、いえ・・・。それよりお怪我はありませんか?」 光は少し砂がついたおばあさんの着物をそっと払った。 「大丈夫です。お嬢さんは優しいですねぇ・・・。それに べっぴんさんだぁ・・・」 光の手を嬉しそうに握り締めるおばあさん。 「い、いえ・・・。私なんて・・・顔こんなだし・・・」 「うんにゃぁ・・・。お嬢さんはべっぴんさんだぁ。 色も白いし・・・何よりあったかい手、しとる。 私はもう白髪だらけのオババだけど・・・」 「・・・」 光の手を懐かしそうに頬にこすり付けるおばあさん。 「これこれ。そろそろ手を離してあげないとお嬢さんが 困るだろう。ミヨ(おばあさんの名前)」 「あ、そうだねぇ。お嬢さん。ごめんねぇ」 おばあさんは何度も頭を下げる。 (・・・) 光は何を思ったかリュックの中から 黄色のプラスチック櫛を取り出した。 「はい。これでおばあさんもべっぴんさんですよ・・・」 光はおばあさんの髪にそっと椿の髪留めを刺してあげた。 「まぁあ。可愛らしや・・・」 「お嬢さん。頂いてよろしいんですか?何だか高そうな櫛だし・・・ 助けていただいた上に・・・」 おじいさんが光に尋ねた 「あ、高いものじゃないです。100円ショップの物なんですけど おばあさんにべっぴんさんって言ってもらったお礼です」 「でも・・・」 「・・・私の方が助けてもらいましたから」 ”ありがとうねぇ・・・” おばあさんの何気ない言葉・・・ でも心が満たされるこの感覚・・・ 「・・・お嬢さんは本当に”べっぴん”さんですよ。なぁ、ミヨ」 「えぇ・・・そうですとも・・・」 光の手を・・・ 在り難そうに握り締めるおばあさん・・・ その手の温もりが 不安を和らげていく・・・。 (そう・・・。私が目指していることは・・・。こういう瞬間なんだ・・・) 人とちょっとだけだけど・・・ 気持ちが通い合う。 この瞬間。 この瞬間にもっと出会いたいから 大好きだから・・・ (その出会いのために・・・。それだけを見つめて・・・ 歩いていく) 光はベンチに戻り、リュックからペンを取り出した。 そして願書に名前を書く・・・ (もう迷わない。もう・・・) 願書をポストに投函した。 (・・・今日は・・・温かい陽射しだな・・・) 晴れた空・・・。 光は優しい太陽に 照らされていた・・・